文化祭前夜、カフェはまだ完成していない
夕方の教室。
机はすでに壁際へ寄せられ、教室全体が“カフェの形”に変わりつつあった。
一年生企画は――カフェ。
それもただのカフェじゃない。文化祭限定の“明高カフェ”だ。
「メニュー表、これでいい?」
林歩美が紙を差し出す。
そこにはまだ手書きの文字が並んでいた。
コーヒー、紅茶、そしてなぜか「気まぐれスープ」。
「気まぐれって何出るの?」
遠野華子が即ツッコミを入れる。
「気分」
「適当すぎる」
教室の奥では、山下純子が一人だけ別次元のテンションで動いていた。
「はい!レジここ!動線ここ!注文ここで受ける!」
紙テープで床にラインを引きまくっている。
「それ、明日剥がせる?」
誰かが聞くと、
「剥がすのは未来の自分」
迷いがなかった。
カフェの“内装チーム”は壁と格闘していた。
段ボール、色紙、手作りランプ。
「これ、ちょっとカフェっぽくない?」
東ゆりが完成しかけの壁を見る。
「というか、もう喫茶店超えてない?」
林山寛子が笑う。
確かに、やりすぎている。
でも誰も止めない。
明高荘に戻ると、夜のキッチンは“仕込み会場”になっていた。
「明日、絶対足りないよこれ」
弓木さやかが紙コップの山を見て言う。
「足りなかったら笑えばいい」
しずくが淡々とパンを並べる。
「解決になってない!」
りんは黙って補充用の箱をさらに積む。
準備だけは完璧だった。
歩美は少し離れた場所で、完成しかけのメニュー表を見ていた。
「……カフェってさ」
ぽつりとつぶやく。
「思ったより“人の集まり方”の形なんだね」
その言葉に、誰もすぐには返せなかった。
でも、なんとなく同じことを思っていた。
夜が更けていく。
校舎の電気はところどころ消え、残っているのは準備の灯りだけ。
廊下に置かれた未完成の看板。
まだ貼られていないポスター。
動かしかけの机。
全部が“明日”を待っている。
帰り道。
歩美と華子が並んで歩く。
「明日さ」
華子が言う。
「うん」
「ちゃんとカフェになるかな」
歩美は少しだけ笑って答えた。
「ならなくても、カフェっぽくはなるでしょ」
それは安心なのか不安なのか、よく分からない言葉だった。
明高荘の明かりがひとつずつ消えていく。
それでも、どこか落ち着かない空気だけが残る。
――明日は文化祭。
一年生のカフェが、ついに始まる。




