父と母の馴れ初め(5)
「……え?」
重たいドレスを引きずる足を止めた。
「何度も言わせないでちょうだい。グローリオ伯爵様からあなたに縁談がきているの。とくに断る理由もないし、今日中に固めてしまうから。あんたは大人しく微笑んでおきなさい。」
継母がそう言いながら廊下を歩いていく。その先は応接室がある。
そこに、グローリオ伯爵がいるということ……?
頭が真っ白になった。
「お待ちください!わたくし、そんなこと何も……」
「あなたに言う必要があるかしら?結婚できるだけ幸せだと思いなさい。伯爵はとてもお優しくてね、あなたが嫁いでくるなら二十ゴールド、あなたが子供を五人産んで本妻になればさらに八十ゴールド下さるんですって。こんないい話はないわ。」
子供…………?
無意識の内に自らの体を抱きしめるように腕を握った。考えただけで恐ろしかった。
グローリオ伯爵はたしかもう五十過ぎで、側室と愛人が何人もいたはず。そんな方に、わたくしが……?
どうりで今日は朝から豪華なドレスに着替えさせられた。胸元が大きく空いていて、真っ赤で、男性を誘うようなドレス。私には似合わないドレス。
泣きそうになって立ち止まる。
「なにしてるの!もうお待ちになっておられるのよ!?」
に、逃げなければ……。こんなの嫌……!
「ローズのことが、き、気になってしまって……。き、今日は、どこに……」
「あぁ……。」
途端に継母が上機嫌になったのが分かった。その笑いが薄気味悪く見えて、ビクッと肩をすくませる。
「べドフォード公爵家から使いが来たのよ。」
「え。…………」
べドフォード、王国の影の支配者。滅多に貴族相手に求婚はせず、謎に包まれた公爵家。一族全員がありとあらゆる才に恵まれ、王国になくてはならない存在。
あのべドフォード公爵家から、ローズに……?
「すぐに公子様がいらっしゃるそうよ。詳しくは話さなかったけれど、あの様子だと間違いなくローズに求婚しに来るんだわ。あの子に一目惚れでもしたのかしら。どっちにせよ、宝が舞い込んだようよ!!」
おほほほ!と高らかな笑い声が響いた。
公爵家からの縁談が来たならもはや子爵家の縁談など必要ない。ローズが着飾っていたのはそういう……。
ぐいっと腕を引っ張られる。
「ローズはべドフォード公爵夫人、あんたはグローリオ伯爵夫人、こんないいことは無いわよ!贅沢し放題だわ!」
呆然となって力が抜けわたくしは、そのまま応接室の中に引きずり込まれた。
中には太った男性が一人、夏でもないのに汗をかいて、出してあるお菓子は食べ散らかし、私を見た途端に気持ちの悪い笑い声を上げた。
あれが、グローリオ伯爵…………。
涙が出そうだった。頭に手をやられ無理やり頭を下げさせられた時も、グローリオ伯爵の目の前に座らされた時も、婚約書が、目の前に置かれた時も。
ねじ曲がった字でグローリオ伯爵の名前が書いてあった。あとはここにわたくしの名前をかくだけ。そうすればわたくしは、グローリオ伯爵の…………
継母にペンを持たされた。背に手をあてがわれ、無理やり書く姿勢を取らされる。
グローリオ伯爵の視線が胸元に注がれているのはありありと分かった。はじめて人に対して気持ち悪いと思ってしまった。
これまでのことは耐えられた。傷つけられても馬鹿にされても、仕組まれて人々から嫌悪の眼差しを受けても、いつかは終わる、そう思えたから。
でもここにサインしてしまえば、決まってしまう。グローリオ伯爵の妻として、死んでいくことが決まってしまう。
我慢していた涙が溢れ、自分の手を濡らした。
どうしてわたくしばかりこんな目にあうのかしら。どうしてわたくしはなにも出来ないのかしら。
どうして、どうして、
どうして……………………!
「お待ちください」




