特別編:父と母の馴れ初め(4)
お二人に、いえ、アーサー様の片思いに進展があったのは、それから二ヶ月後のことでした。
私の元にある一報が飛び込んできて、私はすぐにアーサー様のもとへ走りました。
「アーサー様!!アンナ様が、婚約なされるようです!!!」
「なっ!!なんだって!!!?」
アーサー様が立ち上がった衝撃で積み上げられていた書類が雪崩を起こし宙を舞いました。処理済みのものと未処理のものが床で混ざります。
……あ……………… 三日間の徹夜の苦労が……
そんなことはどうでもいい旦那様が私に詰め寄ります。そしてお決まりの、
「どこのどいつだ!彼女の心を射止めた奴は!」
「お、落ち着いてくださいアーサー様、アンナ様をお助けする前に私が死んでしまいます。首がもげます。」
これまで以上の力強さで首を振られ、クラクラする頭を押さえました。べドフォード家の至る所に飛んでいる精霊たちも物凄い速度で部屋中を飛び回っています。大惨事でした。
「射止めたわけではなさそうです!どうやら継母がアンナ様に意志の確認もせずに決めたらしく……」
「そっ、そうなのかっ」
アンナ様の意思ではないことにあからさまにほっとなさったアーサー様の手が肩から離れました。やっと首の安定を手にいれた私は軽く首を回します。
やられる頻度が多すぎてそろそろ本当に首が外れそうですが、今はそれどころではありません。
「相手はグローリオ伯爵です。」
「グローリオだと!?五十過ぎの好色親父じゃないか!」
また手が伸びそうになったので肩に着く前に避けます。
グローリオ伯爵は今年五十二になる現伯爵で、本妻一人、側室六名、愛人十二名という大変女好きでいらっしゃいます。
しかも愛人たちはほとんど十代だということで、性癖の悪さが伺えます。
「街でアンナ様を見かけて求婚したそうです。その顔なら側室にしてやるし、子供を五人ほど産めるのであれば本妻にしてやってもいいと。金銭的な面で困っていた継母は喜んで受け入れました。それで継母は」
求婚した、あたりで怒りを露にしたアーサー様は急いでご自分の机に駆け寄ります。そして引き出しを漁りながら顔だけこちらに向けました。
「いつだ!?顔合わせはまだしてないだろうな!?」
「それが、内密に動いていたらしく、顔合わせも、正式的な婚約書の作成も本日の午後からラルッツェ男爵家で」
「いくぞ!!」
言い終わる前にアーサー様が机から紙を引っ張り出しました。
それは一年前からアーサー様が書いておいた求婚書です。完全に乗り込むつもりのようで、外着を羽織っています。
「アーサー様!」
「はいはいクリス、ちょっと失礼。」
私を押しのけて部屋に入ってきたのは奥様でした。唖然としていると手に持っていたくしをアーサー様の髪につき入れます。
「求婚しに行くんでしたらその格好じゃいけませんよ、クリス、クローゼットから正装を引っ張り出して頂戴。髪型は私がやります。」
「は、はい!」
「母上!こんなことをしている間に彼女は……」
「大丈夫ですよ、いまお父様が動いていますからね。」
旦那様までご存知だったのですか……!
一人息子がストーカー行為をしていることを。
慌てながらもどうにか正装を引っ張り出して、アーサー様に着せます。そうしている間に髪型は完成していました。前髪を上げて目元をスッキリ見せています。これは迂闊に外を出歩けないやつですね。
「精霊たち。この花に祝福をしてくれないか。」
"いいよー"
慌ただしく靴を履きながらアーサー様が花瓶に挿してあった花を一輪抜き取り精霊たちに差し出しました。
真っ白な花びらが何層にも重なるその花は根元からうっすらと緑に色づいており、アーサー様がアンナ様の花だと言ってずっと部屋にかざっておられたものです。
精霊たちが光をふりかけ、ほんのりと光を宿しました。アーサー様の頼みであるからということだけでは精霊たちは祝福をくれません。この花を受け取るアンナ様もまた、精霊から祝福を受けているという証拠です。
それを見ながら私はどこか緊張しながらも、高揚していました。アーサー様がついにアンナ様に思いを伝えに行くことに対しての興奮、アンナ様はアーサー様にどんな反応をするのだろうかという緊張。急いで行かなければアンナ様が、という焦り。いろんな思いが自分の中で渦を起こし、動けなくなりました。
「馬車は用意してありますから、乗っていきなさい。」
「はい!ありがとうございます、母上!」
アーサー様が部屋を出ていきます。その後ろ姿は恋しい女性のもとへ駆けつける王子様そのもので、私が初めてアーサー様と出会った頃とはまるで違っていました。
それを目の当たりにした私が硬直していると、急いでいるはずのアーサー様が立ち止まりました。
「何してる!早く来いクリス!!」
ぱちんと、私の中で何かがはじけました。
自然と笑みが零れます。
奥様がその様子を微笑みながら見つめていることに気付かぬまま、私は返事をして、アーサー様の後を追いました。




