特別編:父と母の馴れ初め
「お母様、お母様はいつお父様のことを好きになりましたか?」
ある日の昼下がり、好奇心に満ちた目を向けながら、娘が言った。
ベトフォード家特有の金の髪は、娘だけ何故かふわふわと波打つ。わたくしはストレートだし、アーサーは少し癖が着いているけど、娘のように細く柔らかい訳では無い。この髪すらも羨望の対象となってしまうのだろう。
アーサーが心配してあまり外に出させないものだから肌は雪のように白く、オリビアの世話の甲斐あって滑らか。
なのに唇は私譲りでしっかり色づいている。
自分の娘だからというのもあるかもしれないけれど、娘は誰よりも可愛い。何よりも可愛い。この子以上に可愛い方を見たことがない。
どうしてわたくしの娘はこんなにも可愛らしいのかしら。赤ん坊の時だって、あうー、と声を上げながら小さな手を必死に伸ばして甘えるものだから、使用人たちが何度鼻血をだしたことか。そんな我が家の天使があれから十六年もたって、こんなに美しく成長してしまって、お母様はお父様の心配性を止めるのに大変なんですよ、
と思いながらも、サラの手作りケーキをつついていたフォークを置いた。
「いきなりどうしたの?」
「……私に一目惚れをしたという方から手紙が届いたのです。この間、洗礼祭に着ていく服を買いに出かけた時に見かけたらしく……」
リリーは今年で十六歳。今年の洗礼祭に出なくてはならない。
邸宅に呼びつけても良かったのだけれど、いつも懇意にしているブティックのオーナーが全治二ヶ月の怪我を負ってしまって、来れなくなってしまったために、街まで下りる事になった。
べドフォード家は邸宅の位置さえもあまり公にはしてはならない。そういうしきたりになっている。べドフォード家は、常に切り離された状態で在らなければならないから。
べドフォード家に生まれたからには、人とは違う生き方を覚悟する必要がある。
友達だって安易には作れないし、作る場合には相手の家門を調べあげ、べドフォード家を利用する気がないことを確かめなければならない。
結婚はもっと難しい。べドフォード家の子供たちは代々皇室に嫁ぐか、家を継ぐ、もしくは当主の補佐官になるか、恋愛結婚の場合のみ他の貴族に嫁ぐ、という三択程しか道がない。
わたくし自身もべドフォード公爵家の公爵夫人という立場について、苦労したことがたくさんあった。今もある。常に誇りを身にまとい、崇高たる存在であり続けなければならないというプレッシャーに押しつぶされたこともある。
べドフォード家女主人として、子供たちを甘やかすことは出来ない。そうしなければこの子達は社交界へ出た時に、欲にまみれた貴族たちに陥れられてしまう。
でも、子供たちに私と同じ思いをさせるのことが心苦しかった。本当に辛いのは身に染みて分かっているし、わたくしとアーサーで守ることにも限界がある。わたくしたちに残された時間よりも、子供たちがこれから生きる時間の方が圧倒的に多い。カイやライ、リリーたちが公子公女という地位に疲れてしまわないかがすごく不安だった時期もあった。
だけどわたくしの子供たちは、わたくしよりもずっと強くて気高くて、そんな心配はまったくいらなかった。きっとべドフォード家に嫁いできた女性が一度は通る道なんだわ、と思った。
三人ともとても優秀で、べドフォードの子供らしい才を持ち合わせていた。上に立つものの資格を持っている。そんな所はあなたに似たのね、と言うと、アーサーは決まって そんなことはない、そうだとしても優しさは君から受け継いでいる、と言うのよね。
「でも私は、一目惚れって、よく分からないんです。好きと違うと思うんです。だって、一目惚れってこては、その人の外見に惚れたと言うことですよね?外見だけの恋なんてあるんでしょうか。」
本当に悩んでいる、と言う真剣な顔をしているが、その言葉は本当に娘らしくて、少し笑ってしまった。
「一目惚れは、人によっては外見だけのものでは無いと思うわ。」
「え、そうなのですか?」
確かオリビアの話なら七歳の時に初恋を経験しているはずだけれど、未だに自覚はしていないみたいね。十二の頃から例のレオン・ナイト・キャンベルとは合っていないみたいだし、忘れてしまうのかしら。
「こう……その人に会った時に、びびっと何かを感じることがあるのよ。」
びび……とリリーが呟く。オリビアが話したとおりならリリーもこのタイプの一目惚れのはずだけれど。
「そう。この方でなければだめ。この方とずっと一緒にいたい。目が離せない。この方が欲しい……。出会ったその人が、自分の運命なんだと、感じることがあるのよ。」
「生きる全ての人にあるのですか?」
いいえ、と首を振る。
それから傍に立つ護衛の騎士たちに下がるように言った。ここからは母娘の時間だ。
護衛の騎士といっても、べドフォード家の領地全域に結界が張ってあるから、侵入できる輩はいないため、本来四六時中付いていてもらう必要はないけれど、アーサーの心配性が働いた結果なのである。
「選ばれた人にしか与えられないチャンスなのよ。そして、心のサインに気づけなければそのチャンスは過ぎ去ってしまう。一回きりなの。神様から与えられるのは。」
少し声を潜めて言うと、リリーは神妙な顔つきでこくこくと頷いた。
だからあなたはもうそのチャンスを与えられているのよ、と思うとおかしくなるけれど、それを我慢して頷き返す。
「では、お母様とお父様の馴れ初めも、一種の一目惚れだったのですか?」
「ん〜……そうね……」
「違うのですか?」
そうと言えばそうだけれど、違うと言えば違う。
「聞きたいのかしら?」
「ぜひ!」
キラキラ輝く薄桃色の瞳がグイッと近づけられる。娘が密かに気に入っているその色彩は、わたくしとアーサーにとっても愛しい色だった。
「いいわ。ただし、お兄様たちに言ってはだめよ?」
「もちろんです!」
息子たちはそういう年齢になってきていて、夜な夜な狼へと変貌を遂げるアーサーに、複雑な思いを抱いているようだ。
息子が結婚適齢期になっていても、公爵家当主という立場であろうとも、夜二人きりになるとだらしなくなるアーサーの姿を、あまり息子達は見たくはないらしい。両親仲がいいことには賛成なのだろうが、仲が良すぎると返って引いてしまうんだとか。
まぁ、夜わたくしたちの寝室を覗いてくれることがなければ、わたくしにはなんの関係もないのだけれど。
ふふっと笑って、懐かしい記憶を引っ張り出した。




