特別編:クロード目線(2)
「クロード様、フォスカレータ侯爵令嬢がお見えになっています。」
扉の前で立つ皇室の侍従の男が言った。普段ならこういう仕事もすべてレオンに任せているが、今日はオリビア・リリーの調査のために側を離れている。
今しがた片付け終えた書類を机の脇におき、その男をにらんだ。
「お前に名を呼ぶことは許可していないはずだが。」
レオンの代役に選ばれたことに調子にのっていたのか、男は許可してもいないのに部屋に居座り続け、あまつさえ父以外にクララとレオンにしか許していない名まで当たり前のように呼んだ。
まさか皇太子にそんな扱いをうけると思ってはおらず油断していたその男は、睨み付ける自分に残虐さをみたのか、顔を真っ青にして頭を下げた。
「も、申し訳ございませんでした!どうかおゆるしくださっ………」
「侯爵令嬢は追い払え。呼んだ覚えはない。それが済んだら、二度と私の前に姿を表すな。」
逃げるように男が部屋を出ていったのを見て、机の引き出しから紙束をとりだした。中身は婚約者の候補リストだ。今自分を悩ませる最大のもの。それが二年前から催促されている、婚約だった。
皇太子たるもの婚約は幼少期から決まっているものだが、皇后の死去と重なり、それどころではなかったのをいいことにこれまで避け続けていたが、さすがに18、結婚適齢期ともなればこれ以上は避けられない。
そこにはもちろんフォスカレータ侯爵令嬢の名前もある。自分を懐柔し、侯爵家に手出しができないようにしようとしているのか、それとも婚約者という身分をつかい近づかせ、暗殺させようとしているのか。
なんにせよこのあばずれとの婚約だけは避けたいところだが、ベドフォード公爵令嬢の名前があがってこない限り、最有力候補となってしまうのだ。
ベドフォード公爵家に今年12になる末娘がいるのは周知の事実だが、社交界にまったく姿を現さずに領地に引きこもっており、さらにまちがいなく皇太子の婚約者としては申し分ない家門であるはずなのに、このリストに名前がのっていない始末。
父に尋ねたことがあるが、珍しく誤魔化したところを考えると、皇室にとって都合の悪いことでもあるのか。
「………ラウリア、」
"なあに、クロード。"
ラウリアとは五大精霊の 水 の名前である。
机を挟んだところに姿を表した、雫に囲まれ柔らかく微笑むラウリアを見やる。
「リリアン・ベドフォードという女を知っているか?」
ラウリアの空気が変わったのを見過ごさなかった。息の吸い込みがいつもより多くなり、瞬きが遅くなる。精霊ではあるが、五大精霊たちは人間に限りなく近い姿をしているため、動揺した時にみせる反応も、人間のそれと同じなのだ。
精霊たちにとってもなにかある令嬢だということか。
平静をよそおうラウリアが、両手をあわせてにっこりとほほえんだ。
"………もちろんよ。ベドフォード家のなかでも魔力の強い子だわ。ライラちゃんの実力も目を見張るものだけれど、あの子はそれ以上よ。"
ライラちゃんとは、ライラ・ベドフォードのことだ。代々精霊に愛されるベドフォード家の人間は、五大精霊にさえ気に入られている。そのなかでもライラ・ベドフォードは水属性を保持しているのもあり、ラウリアからの守護を受けている。本人がそれに気づくことはないだろうが。
契約精霊は契約主に嘘をつくことはできないが、ラウリアの様子に疑問を感じ、五大精霊の火、コンラットもよびつけた。
"なんか用か?"
燃え上がるような深紅の髪を一つに結い、切れ長の瞳をもつ男が現れる。コンラットは五大精霊とは思えないほどに砕けた物言いをする奴で、見た目からしても強者を思わせるため、幼い頃は憧れたこともあった。
炎の扱いが雑なのは五大精霊だからこそなのか。どうなのか。
コンラットはこれから私が何を言おうとしているのか分かっているのか、心なしか表情がひきつっているようだ。
「リリアン・ベドフォードについて教えろ。」
"リリアン~?"
コンラットは人間と会話するのがうまい。こちらは簡単にはぼろを出さないようだ。さもいつも通りであるかのように皇太子の机に座る。
片手をついてこちらの方へ体を近づけてきた。
"あいつのことなら精霊だったら誰でも知ってるさ。かなり愛されているからな。魔法の腕もいい。兄の影響で剣術まで習ってる。それがどうした?"
「………………………いや。」
コンラットの目の奥に警戒が宿っていた。自分に対してこんな目を向けてくるのは始めてだった。どうやら父だけではなく五大精霊たちまでベドフォード公爵令嬢をかばっているようだ。それも俺が近づかないように。
五大精霊がここまで
皇太子と公爵令嬢が近づかないことでなされることは一つ、婚約や結婚に至ることがないということ。
つまり父や精霊は俺と公爵令嬢を婚約させたくないということか。
なぜ。
「………………………………………まさか。」
そう呟いた私を、コンラットとラウリアが険しい面持ちで見つめていた。
頭に浮かんだのは、幼い頃に読んだ文献。ベドフォード家に生まれることがあるという伝説の精霊の愛され人。
オーブリーだというのか? リリアン・ベドフォードが。
幼い頃、オーブリーは確かに存在していたと宰相から聞いたことがある。王国では伝説のなかだけでのことだと、皆がそう思っているが、王家の人間だけは実在したものだと知っていた。
だが何百年と現れていない上に、ベドフォード家の人間が滅多に邸宅から出てこないものだから、自分のなかではいつのまにか絶対に起こり得ないことだと決めつけていたのだ。故にリリアン・ベドフォードがオーブリーである可能性に気づくのが遅れた。
もし本当にオーブリーが生まれていたとしたら、だとしたら、彼女さえ手に入れれば皇帝という地位は確固としたものになる。フォスカレータ侯爵家からの圧を受けることもなくなるだろう。
父がなぜリリアン・ベドフォードについての緩急を避けるのかは分からないが、五大精霊たちの反発を受けたとしても、私はオーブリーを………
「コンラット、ラウリア、私は」
顔を上げた私を見て、二人が顔を強ばらせた時、ドアがノックされた。二人が姿を消す。五大精霊が頻繁に王国の人間の前に表れるわけにはいかないからだ。
だがその必要はなかったようだ。
「只今戻りました、クロード様。」
聞きなれた声が響いた。
「レオンか。はいれ。」
音をたてずにレオンが入ってくる。クアルテーロ家まで行ってきたにしては帰りが早い。王国の辺境あたりまで行かなければならないはずだが。
近づいてくるレオンに疑問を感じた。その表情や足取りはいつもとなんら異なる点はなかったが、空気がいつもより冷えているような、部屋にピリピリとした緊張がはしった。
「………なにか分かったか。」
「街中でオリビア・リリーだと思われる女を発見しました。近くに、………オリビアよりも年端のいかない令嬢がおりました。主従関係と見て間違いないありません。」
報告する声色から感情を感じることはできなかった。いつもと同じく自分のためだけに身を徹し、家族よりも強い繋がりをもつレオンそのものだった。
「………そうか。その者の髪色は。」
クララックの邸宅の庭に落ちていたのは淡い金髪。オリビアと一緒にいたという女が金髪であった場合その女がクララックのもとへいた可能性は高い。
レオンが押し黙る。いつもなら淡々と答えるレオンにだけあって不自然だった。それを訪ねようとし、体の動きを止めた。
クララックのもとに落ちていたのは金髪。オリビア・リリーの行き届いた礼儀作法、クアルテーロなどという辺境の家門を用意するほどにばれてはならない身寄り。オリビア・リリーはあの時精霊に異様なほどに愛されていたことも加え、クララも同様。クララが私にまでその存在を隠したがる金髪の持ち主。
たしかベドフォードは代々、
金髪紫眼………………………!!
「………………………茶髪、でした。」
レオンがやっと口を開いたが、もうその報告に意味はなかった。
まちがいない。あの時オリビア・リリーと共にあの場にいたのは、リリアン・ベドフォードだ。
「………………………っく、くっくっ………………。そうか、茶髪か。」
「………茶髪でした。オリビア・リリーよりも暗めの。」
視界を手でおおい、体をおり笑いだした主人に疑問でも感じたのか、レオンは同じことを二回繰り返した。
レオンが間違った報告をしてきたところで今さら実力を疑いはしない。何年も血にまみれた皇宮を共に生き抜いてきた仲だ。肉親よりも厚い信頼と情がある。レオンは魔法が苦手だ。オーブリーがかけた最高難易度の容姿変更の魔法を見破れなかったのだろう。それができなくともとくに問題はない。なぜなら、この王国でそのレベルの魔法を簡単に、そして長時間使えるのはライラ・ベドフォードと、オーブリーだけだ。
「レオン、」
「はい。」
「オーブリーが誕生したようだ。」
「かしこまりました。婚約者候補に」
「いやまて。」
婚約者候補リストを持ち上げたレオンを止める。父上が婚約者として進めてこないということはオーブリーが生まれたという報告が上がっていないということか。いや、父上が気づいていないはずがない。気づいていながら皇太子である私に命を下さないということは、ベドフォード公爵直々で皇家に献上はしないとでもかけあってきたのか。だとしたら五大精霊のように精霊にたちを敵にまわすことになる。まだ公に動かないほうが得策であろう。
「動くのはリリアン・ベドフォードが成人してからだ。その時には否が応でもオーブリーであることは広まるだろう。そこで捕まえてやろうじゃないか。」
「………………………。」
オーブリーであることが分かれば自然と皇太子の婚約者に、と声が上がるだろう。いくらベドフォード公爵家でも皇室の命令に簡単には逆らえない。
………ああ。それよりも、リリアン・ベドフォードを惚れさせてしまえば簡単なのか。
愛する愛娘の聞き入れない公爵ではない。
「………リリ、アン………………………」
不意にレオンがそう呟いた。どこか呆然としたような顔をしている。その顔色がみるみるうちに悪くなっていくのを認め、レオンの手から書類をうばいとった。
「どうした、怪我でもしていたのか。」
「………………。」
声をかけても尚目があうことはない。あきらかに様子がおかしい。服に血がついているわけでもないが、僅かに胸のあたりを庇うように前のめりになっている。
レオンは私と共に幼い頃から毒の耐性はつけてある。怪我でも毒でもないとすれば、あとは病か。
「……っだれか、皇宮医をよべ!!」
扉の前に待機していた騎士が入ってくる。
「ただちに!」
「いえ。」
レオンが口を開いた。変わらず顔色は悪いが、目の焦点はあっていた。いつのまにかたちあがり、机に叩きつけていた両手の力をぬく。
「クロード様、少し、席を外します。」
「………ああ。」
立ち尽くす門番の横をすり抜けて部屋をでていく。
レオンが取り乱すのを見るのはこれで二度目だった。
一度目はまだ護衛について半年とたたないころ、私が毒をもられ倒れたときだった。
つまりレオンは今、それと同等の衝撃を受けたということか。いや、それ以上の……。
「一体、何に…………」




