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特別編:レオン目線(6)


 カーテンの奥に隠れる主のそばにつきながら会場の様子を伺っていると、オリビアという女がクララと共に会場の中心にいた。

 世間的に言えば絶世の美女ともいえるような容貌をしている女が、あのアゼンタイン家の公子のパートナーを務めているともなれば、会場内の反応は分かりやすいものだった。


 その二人と、普段まったく姿を表さないベドフォード公爵家の当主夫妻が来ているということで、会場を抜け出してカーテンの裏側へ来る者は誰一人としていなかった。

 クロードにとっては幸運なことであるのだろう、ソファに深く座りネクタイを緩めていた。


 主は、女どもが近寄ってくる、爺どもが媚びへつらってくる、といった理由でパーティーというものが嫌いだった。パーティーがあれば大体こうして人気のないところで時間を過ごしている。


 「何かお飲み物を持ってきましょうか。」


 「いや、必要ない。」


 完全にほどけたネクタイを投げ渡されたレオンは、それを畳んで手に持ち、表情一つ変えずに立ち続ける。

 


 いくら人気が少ないとは言え、ごく僅かなお盛んな人々はやってくる。貴族階級の重要人物よりも自分と相手のことが気になって仕方がないという部類の人間たちだ。


 そういう輩が増えてきたころ、クロードはため息をついてレオンに手を伸ばす。

 レオンはその手にネクタイをのせながら言う。


 「二階のテラスが空いております。」


 「そこにいく。」


 レオンは億劫そうにネクタイを締めながら言った主に頭を下げ、主がパーティー参加者に見つからないように前方を歩く。


 幸いテラスに行くまでの道のりで誰かに見つかることもなく、クロードは気分を取り直してテラスで涼みを始めた。


 テラスと言っても王城のテラスのため、侵入者対策のためつき出した形ではなく、一種の部屋のようなものだった。

 迷い混んでくるものはいても、自らはいろうとしてくるものはほとんどいないと言ってもいいほどに暗い場所だった。

 主からそう離れたところではない場所で、会場の様子をみぞおち辺りの高さにある柵ごしに見下ろすことができた。


 テラスとさとは違いまぶしいほどの明るさを放つ会場内で、一際目立っていたのがクララックとあの女だったはずだが、二人がドリンクを飲み休んでいるのもあってか、別のペアが注目されていた。


 ペアと言ってもあれは、明らかに男のほうから声をかけたようだ。女のほうはまだ幼かった。自分よりも少し下ぐらいだろう。

 ドリンクを女に差し出して、随分アピールしていると思ったら、ベドフォード公爵だった。

 

 どうやらあの愛妻家が、と、注目されているらしい。


 夫人の方はといえば、男女関係なく多くの貴族たちに囲まれ談笑していた。

 社交界でも屈指の美しさを誇る夫人を狙おうとする男は多いだろうが、あの話し方からすると事業の話でもしているのだろう。


 クロードから意識をそらすこともなく会場を一望していると、大きな笑い声が聞こえ、会場がざわめいた。

 笑い声の主はベドフォード公爵のようだった。

 女性のほうから飲み終わったグラスを受け取り、手の甲に口づけまで落としている。


 公爵がそんなことをすれば注目されるのは当たり前だった。わざと注目させているのかと相手の女性に目をやる。


 少女のほうは公爵の行動にとくに何を思ったわけでもないのか、平然と壁際に立ち続けていた。


 瞳は上からでは見ることができないが、その髪やドレスはいたって平凡で、会場の興味は公爵がいなくなったとたんに削がれていった。


 それを見計らってなのか、その女がおもむろに手をあげ、僅かに左右に振った。


 パートナーの男か、と思って同じように手をふる者を探す。

 その女から遠く離れた所で手があがった。


 特に興味をもったわけでもないのに、なんとなくそちらへ視線を動かして、レオンは息を飲んだ。


 手を振っていたのは、クララックの隣に立つ、オリビアという女だった。

 

 もはやクロードへの意識は完全になくなってしまっていた。専属騎士としてあるまじき行為だが、レオンは身を乗り出すことをとめられなかった。


 オリビアという女はクララックの邸の庭にあった金髪の持ち主と何らかの関係がある。そんな女が親しげにしているあの茶髪の少女は、



 「………………………………。」


 「レオン、なにかあったのか。」


 異変に気づいたクロードが振り返り声をかけるが、レオンの耳には届いていなかった。

 手を振り終わり、下ろして前で組む動作、その立ち姿が、あの時の少女と重なった。

 瞳が見えないために気づかなかったが、あれは、まちがいなく………


 確信をもった瞬間、柵から手を放し、冷静になろうと息をはいた。


 「いえ、なんでもありません。」


 「………そうか。」


 あの行動からしてまちがいなくオリビアと関係があり、このパーティーにこれるほどの身分をもっている。


 いや、路地裏で出会った時は金髪だった。剣術大会の時は茶髪、どちらかが偽のすがたで、その様子からして今回も身分を偽って来ている可能性が高い。

 高位貴族であることはたしかなはずだが、何故………。


 その少女をみつめていると、一人の男が近づいた。男と言うより男児と言った方が正しいと言えるほど幼く、作法も拙く、体調管理ができていないような者だった。

 

 少女と男児が会話をしているのを見て、そこに駆けつけたい衝動に刈られた。

 少女はダンスの誘いでも受けているのだろうか、受けてしまうのだろうか。

 誰にも触れさせたくないという独占欲が頭を覗かせる。

 

 少女が後ろへ下がった。


 どうやら断るようだった。


 「………………っ………。」


 いつのまにかとめていた空気を吐き出す。拳を握り混んで衝動に耐えた。

 もし理性がとめていなかったら、自分はあの二人の間に割ってはいっていたのだろうか。自分が。歪んだ夜の狼と恐れられる自分が。


 そんなことできない。

 身分を偽っているとはいえ、彼女を困らせることだけはしたくない。


 髪を右手でかきあげ、顔を歪ませた。


 もう、彼女のことでこんなにもふりまわされている自分を、認めるしかなかった。

 自分が、彼女に惹かれているということを。


 だが、



 彼女は、クララックの恋人だ。確証はないが、パーティーまで来たということはそういうことだろう。


 クララックが次期公爵として申し分ないほど能力と才能に優れ、なおかつ性格も温厚、人当たりもよく人望も厚い。

 自分とは住む世界が違う、敵うわけがない人間。

 

 はじめから対抗する気はないが、その事実がレオンの心に大きな傷をつけた。


 視線を主に戻そうとした時、あの男児がカーテンの奥に消えた少女を追いかけるのが見えた。

 一度断られたのであれば、その後は近寄らないのがマナーであるにも関わらず、無知さからか少女が入っていった所と同じ場所でカーテンをくぐった。


 それをみたレオンは、反射的に足を動かした。


 クララックはそれに気付いていないし、カーテンの奥は暗がりで、あの男児が何をするか分からない。

 考えたわけではなく、少女のためにレオンは動いた。


 「クロード様、申し訳ありません、少し席を外します。」


 「は?レオン?」


 命をかけて守る主の言葉に返すことなく、上がってきた階段をかけ下りる。

 途中すれ違った何人かの令嬢が小さく悲鳴を上げたが、気にすることなく少女のいるほうへ足を早めた。


 あの少女と出会ったら、何を話すつもりなのだろうか。自分は騎士の正装を着ていて、皇室主催のパーティーに参加してしまっている。もはや正体に気付かれるのは逃れられないことだった。

 今彼女の前に出れば、今度こそ自分は恐怖を向けられるかもしれない。だが、足をとめることは、できなかった。


 そう時間がたたないうちに視界に少女を捕らえた。

 

 あの男児に腕を捕まれもがいている。


 あたりは暗く、会場からも死角で、レオンとその二人以外人気がなかった。


 と、男児が無理にその細腕を引っ張り、少女がバランスを崩した。


 一瞬のことだった。


 少女以外の回りのものが見えなくなり、少女の元へ走る。


 そして、反対側の二の腕をつかみ、自分のほうへと引っ張り上げた。

 あのときと同じ、柔らかな体が自分にもたれ掛かる。


 髪色が異なろうと、瞳を見ることが出来なくても、特別な感情を抱いてしまうほどには、レオンは少女のことを想っていた。

 名前も知らない少女のことを。


 少女を守れたということに安堵を感じながら、レオンはその体に腕を回した。


       


         精一杯の、愛しさをこめて。

 


 

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