特別編:レオン目線(7)
「はい、どういったご用件でしょうか。」
レオンと向かい合う騎士は、自分の前に立ち塞がるフードを被った男を不審そうに見つめながらも、一応マナーを守り丁寧に言った。
年は20から30に差し掛かる程度だろう。胸に着けている騎士の紋章は、ぎりぎり上位にはいる程度のものだった。今は巡回中のようで、王城の庭を徘徊しているところをレオンにつかまった。
先日のパーティーで、門番をしていた騎士である。
「このあいだのパーティーの参加者について尋ねたい。その中に、レイラという名前の者はいなかったか。」
騎士は訝しげな表情をして、無意識なのか腰にさす剣に手をかけた。
身分も分からないような者に貴族について質問されればこういう態度にもなるだろう。皇室に対する忠誠心と正義感は強そうだ。
レオンはそれを見て無言で胸の内ポケットからペンダントを取り出した。
それを見せられたとたん騎士が顔を青くする。
「申し訳ありません!まさか皇太子様の使いの方だとは思いもよらず………!」
ペンダントには皇太子のみが使用することを許される紋章が装飾されている。皇太子が信頼する侍従や騎士などに与えることがあり、これを所持した者には王国内での優遇が約束される。
「レイラという女性なら確かにいらっしゃいました。」
「茶髪の、メガネをかけた?」
「は、はい、その通りでございます。実はもうお一方クアルテーロ姓の女性がいらっしゃって、そのご令嬢がアゼンタイン公子様のパートナーを務めていらしたので、印象に残っております。」
真面目に答えた騎士を見ながらレオンはペンダントをしまい、フードをかぶりなおした。
クララックのパートナーが、レベッカ・クアルテーロの名前でパーティーに参加したことは、主に聞いたことで分かっていた。
あの少女が同じクアルテーロ姓で入り込んでいたのなら、クアルテーロ家まで行けば少女についてなにかしらの情報が手にはいるはずだ。
パーティー以来、あのオリビアという女は姿を消した。クロードがそれとなくクララックに聞いたことがあるが、クララックは口にしようとしなかった。
同じクアルテーロ姓であるということは、やはりまちがいなくクララックはあの少女との関係がある。
パーティーにつれていけないほどの関係が。
「………………………ご苦労」
「あっ、と、とんでもございません!!」
頭を下げる騎士に背を向けたレオンは、その足で厩舎へ向かった。主から離れ、馬にのってまでいく所はもちろん、クアルテーロ家だ。
皇太子の専属騎士であるならば、自らが向かうのではなく使いを用意するものだが、今回だけは違った。レオンは、どうしても自分の目で確めたがったのだ。主に命令されたからではない。レオン自身が、あの少女に会い、そして名前を知りたかった。
レオンの頭にあるのは、それだけだった。
黒毛の愛馬にまたがり、手綱を引っ張った。
レオンは脳裏に焼き付いている、あのパーティーでのことを思い浮かべる。
彼女は仮面をつけていない自分でもすぐに気付いて、偽りの名を読んでくれた。名前を聞けば、躊躇いながらも教えてくれた。
その名前が偽りであろうとも責めようとは思わない。自分も彼女に本当の名前を伝えられない。
彼女と会話をすることが出来た。それだけで天にも昇る思いだった。
だが、それは長く続かなかった。彼女はあの兄たちでもなく、クララックでもなく、別の男と共に行ってしまった。
クリス、と、親しげに呼ばれたあの男が羨ましくて仕方がなかった。自分が彼女にとって特別な存在になれるとは思ってはいない。
それでも、こじつけでもいいから、彼女のことが知りたかった。
しばらく馬を走らせ、街中に入ったところで降りた。
人通りの多いところでは降りて手綱をひいて歩くことが決まりになっている。
王城に近いこの街中では、幾人かの貴族たちもいた。貴族に髪色を見られればソードマスターだとばれてしまうため、フードを引っ張り深く被る。
有名なブティックやスイーツ店があるからか賑わっており、静まり返った王城とはまるで違っていた。
「お嬢様!お嬢様お待ちください!」
女性の声が響いた。やはり貴族が来ているようだ。侍女のような女がレオンとすれ違う。
かるくまとめられている栗色の髪が、レオンの視界を横切った。
その色を認めた瞬間レオンは立ち止まる。
まばたきすら忘れ、しばらく動けなったレオンに、愛馬が心配するかのように鼻を擦り付けた。
レオンがやっとのことで後ろを振り返り、ついさっきすれ違った女を見る。
「オリビア、こっちだ。」
「まぁお坊っちゃま!お嬢様を止めてくださいな。お一人で行かれてしまって。」
オリビア。
栗色の髪、緑とも黄色とも言いきれない色素の薄い瞳、ほっそりとしている体に作法が染み付いている足取り。
まちがいなく、クララックのパートナーだった女だ。
「………………………ここで待っていてくれ。」
賢い黒毛の馬は言葉を理解したように姿勢をただし、その場で足踏みをした。
手綱を放し、女のほうへ近づく。
「どうして止める必要がある?リリーが俺らのためにプレゼントを用意しようとしてくれているんだぞ!」
「カイ。そこは邪魔になるからどけ。リリーが選んでくれているんだ。騒ぎを起こすな。」
女の近くにはあの路地裏で出会った少女の兄たちもいた。
彼女が近くにいることはまちがいなかった。オリビアという女が彼女の侍女であることも。
呆然としながらも、今しがた少女の兄たちが口にした名前を呟く。
リリーと、確かにそう言っていた。それが、彼女の名前なのだろうか。
彼女のことについてのはじめての情報に心が震えた。胸がズキンと痛む。彼女の名前を知ることができて、すぐそこに、あれほど会いたがっていた彼女がいるのに、
レオンは、嬉しさではなく、悲しみを感じていた。
三人が立つそばにある店から、一人の女性がでてくる。陽の光に透ける金の髪に紫の瞳、まだ手にその感触が残る、白くたおやかな腕、剣術大会や路地裏の時とは違う、髪も綺麗に整えられきらびやかなドレスを身にまとう、ありのままの少女の姿があった。
袋をいくつか手に持ち兄たちのもとへ駆け寄った少女は、見る人の目が溶けてしまいそうな輝く笑顔を浮かべて、楽しそうに言った。
「ねぇねぇ聞いてくださいお兄様!私さっきお店の中で声をかけられて、フランシスか………!?フランシス!って言われたんです。」
「なに!?」
「リリー、その男どこ行った!?」
「え?まだ中にいると思いますけど………………あぁあ、待って行かないでください、殴ったりしちゃだめです!」
リリアンが店の中に入ろうとする兄の服を引っ張って止める。
上質な生地で作られたドレスの裾が軽やかに舞った。
毎日思い出した透き通る声がこんなにも近くで響いているのに、少し歩けばすぐにその手をとれるのに、レオンは動けなかった。
「お、お嬢様それはナンパです!」
「分かってるわ。私にだってそれぐらい!だから、
あら?あなたは………………。お姉さまにしつこく付きまとってた方ね?いい加減諦めたらどうですか?お姉さまが見向きもしないからって妹の私にまで近づいてくるだなんて。恥ずかしいですわよ?
って言ったわ!」
誇らしげにそう言う彼女が可愛いと思うことを止められない。あんなに色々な表情をする彼女を見たことはなかった。
自分が生きる世界からは見ることのできない、彼女の世界だった。
「リリーよくやった!さすが俺の妹だな!!」
「フランシスだなんてださい名前を。妹を馬鹿にしすぎたようだな。」
少女がぷくっと頬を膨らませた。
「あら。お兄様たち、私が赤ちゃんの頃にひどい名前をつけようとしてたの忘れてません?リンリン・フワリン・アイバジークでしたっけ。ほんと、お母様がリリアンって名付けてくださってよかったわ。」
少女が名前を紡いだ。その小さな口から飛び出した音を、レオンは聞き流さなかった。
「………………………………………。」
「………え?」
誰かに呼ばれた気がして、後ろを振り返った。でも、あたりを見回しても誰もいない。街を行き交う大勢の人々。大きな箱を抱えて野菜を運ぶ人や、日の光で艶々と光る立派な黒毛を持つ馬、楽しそうに駆け回る子供たちはいても、期待していた人の姿はなかった。
………あたりまえ、だよね。こんなところにレイヴァンがいるわけないし、いたとしても私の名前なんて彼は知らない。
急な妹の行動に、お兄様たちは首をかしげた。
「どうした?」
「………………………………………………ううん………。」
なんでもない、と言いながら顔を戻したが、切なく疼く胸を落ち着かせる術を、私は知らなかった。。
リリアンが振り向くと同時に置いてきていた愛馬の影に隠れたレオンは、息をつきながら口元を押さえた。
リリアン、と、呟いてしまった。リリアンの声に、仕草に、表情に酔ってしまっていたのか、聞こえてしまう距離で。
自分の声が含む甘さに困惑していた。自分はいつからこんなにも彼女のことを愛していたのだろうか。ほんの数回しか会っていないような女に。
ずくん、ずくんと、重く鼓動がうちつけられる。そのたびにひどく痛んだ。
どうしてもっと早く気付かなかったのか。いや、気付いてはいた。気付かないふりをしていたのだ。
今目の前で見た彼女の笑顔、回りの人々を見つめる目の優しさ。
彼女が大切に育む幸せの中に自分の恋慕が入り込むことなど、自分で許せない。
愚かだった。今彼女を手玉にとろうとした男のように。自分も同じだと知ってしまった。
届くはずのない距離だった。
自分には眩しすぎる存在。自分が闇のなかを突き進んできた人間なら、彼女は天空を舞う天使。悪魔が天使に恋い焦がれるなど、あってはならないことだ。
「リリアン………………………。」
自分にはその名を呼ぶことしか許されない。それ以上近づくことは許されない。
それに、気付かないふりをしていた。
自分は、自分が生きてきた世界になかった眩しすぎる光に興味をもっただけだ。決して恋い焦がれていた訳ではない。恋なんて無縁の人生を送ってきたくせにどうしてこれが恋だと分かる?確証はないだろう。ただ自分は、みっともなく彼女に救いを求めた、それだけだ。
ならもうやめてしまえばいい。今さらこの道を変えるつもりはない。主が一人で突き進んでいくのに、自分が仕えないことなどありえないのだから。
レオンはリリアンたちに背を向け、手綱をひき、進み出した。
ここで会えた以上、クアルテーロ家にいく必要はない。そしてにどと、彼女に会う必要もない。
リリアンの回りを飛び交う精霊たちがそんなレオンの後ろ姿を悲しそうに眺めていたが、そのことをリリアンに伝えることはなかった。




