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特別編:レオン目線(5)


 「只今戻りました。」


 「ああ、ご苦労だったな。」


 「いらっしゃい、レオン。」


 いつも通りアゼンタイン公爵家の庭にいた主のもとへと戻る。さすがに十数年護衛をやっていれば気付くことだが、主は相当アゼンタイン公子に心を許している。

 毒味もなく紅茶を飲んでいるところがその証拠だ。


 自分にとっても、気付いていなくともクララックは僅かでも気を緩められる相手になっているのだろう。クララックから主への敵意を感じないことに気づいた日から、警戒心を緩めている気がする。


 今しがた暗殺者を返り討ちにしてきた親友の護衛を、笑顔で迎えられる心の広い公子だ。


 クロードの座る椅子の横に立った。

 クロードとクララックは、いつもと違う場所に座っていた。いつもは開けた所にある高めの物だが、今日は茂みの中にある、

ベンチのような豪華な物だった。まるで女性用のように布で飾りつけが施されている。


 「レオン、紹介しよう。オリビア令嬢だ。」


 主がクララックの隣を指差す。その方向を見ると、侍女服を着た見たことがない女がクララックの隣に座っていた。


 女性から距離を置いている二人に混じっていることは、かなり珍しいことだった。

 それを表情に出すことはないが。


 「は、始めまして。オリビア・リリーと申します。」


 皇太子の護衛の登場に怯えているらしく、慌てたように言ったその侍女に会釈を返す。

 皇太子の専属騎士という立場にある以上、貴族階級での礼儀作法は守らなくてはならない。

 

 「レオン・ナイト・キャンベルです。」


 必要最低限の言葉だけ述べて視線を戻す。

 この対応に、大抵の女は泣き出すか隣の男に助けを求めたりするものだが、オリビアが何も言わないのを見て、もう一度視線を女に向けた。

 オリビアはレオンよりもクロードをびくびくとしながら見つめている。クララックも同様の対応であるところからすると、都合の悪い話しでもさせられたのだろう。


 自分にとってクララックは、十数年に渡る顔見知り、程度だが、女と関係を持ち問題になるようなことをする男だとは思っていなかった。


 そんなことを考えているレオンの思考を読み取ったのか、クララックがあからさまに焦り出した。


 「レオン!?ちがうよ、けっして不純なことはしていないから!」


 「数年間付き合っていて何もない方が心配になるが。」


 クロード!と、クララックが顔を真っ赤にして反撃している。

 普段冷血な皇太子だと思われているクロードだが、クララックの前ではこれぐらいの冗談は言う。クララックだけは唯一、クロードとこんな時間を過ごすことが許されているのだ。


 「あ、あの、ではわたくしは、そろそろ仕事の方に戻ります………。クララ様、また打ち合わせの方後程………………………。」


 「あ、うん、玄関まで送るよ………。」


 「あ、いえそんな………………」


 オリビアの顔色の悪さにつられ、真っ赤だったクララックの顔まで青くなっていく。

 それを聞いていたクロードが、唐突にカップを置いた。


 「玄関まで送る?彼女はこの家の侍女ではないのか?」


 瞬間二人は固まり、その手を握りあった。

 どうみても仲睦まじく尋問を受ける容疑者にしか見えない。


 「………ぼ、僕の知り合いの家の侍女をしているんだ。さぁ、オリビアもういこう。」


 「ええ…」


 どもるクララックはともかく、オリビアは優秀な侍女のようで、所作も完璧演技も悪くない。


 不自然なほどにはやくこの場を辞そうとしているところや、クララックのほうがあからさまなのを考えれば、二人が嘘をついていることは明らかだが、主は今それを追求する気はないらしい。それ以上なにかを言うこともなく、庭からでていく二人を見送った。

 しんと静まり返る二人の回りに、精霊が集まってきた。

 なぜか自分は精霊に愛されている。死を嫌がる精霊にとって自分は誰よりも恐ろしい存在であるはずなのだが、クロードよりも断然こちらの方に集まってくる。

 ぎこちなく指を伸ばしていると、主が口を開いた。


 「オリビア・リリー、調べておいてくれ。」


 「………は。」


 胸に手をあて、頭を垂れる。


 「クララのことだから騙されることはないだろうが、何かを隠している。すくなくとも、」


 そう言いながらクロードは体を捻り、自分の背もたれの上部分から何かを摘まみ出した。


 「俺がここへ来たとき、あのオリビアという女のほかに、誰かぎいたはずだ。」


 その指の間に絡まる物を見て、レオンは自分が動揺したのを感じた。目を凝らさなければ見えないほど細く、色素が薄いもの。


 あの時風で靡いていた、少女の髪の毛だった。


 皇太子が人の動揺に気付かない訳がない。いつも何も言わず何も聞かず何も感じずのレオンが反応したことに、クロードは疑問を抱いたようだった。


 「知っているのか?」


 「………。」


 色が同じなだけだった。長さはちぎれでもすれば変わってしまうし、何かこれといった確証があるわけでもない。

 金髪の色素、ましてや一本だけで見分けなどつくはずがない。


 だが、それがどうしても彼女のものだと思えてならなかった。


 ほぼ直感的にだった。



 「………………………いえ。」


 主に偽りを吐くことは、命をかけた忠誠を誓った自分にとって、死ぬまであり得ないことだと思っていた。主は嘘が嫌いだ。そうして自分を裏切る奴らを何人も見てきている。

 それを傍で共に受け、主のために幾人もの裏切り者をこの手で葬ってきた。

 なのに、少女のことを話すことができなかった。自覚したわけではなかったが、気づいて口にしなかった訳ではないが、レオンは今、主への忠誠よりも、少女を選んだのだ。


 注意深く慎重なクロードが、レオンが誤魔化したことに気付いていないわけがないが、裏切ることは絶対にないとわかっているからか、何も言わずに頷いた。


 クロードが紅茶を再び飲み始め、クララックが戻ってきたのを見ていたが、頭からあの少女のことが頭から離れなかった。


 ここにあの髪が落ちていて、なおかつ主がオリビアという侍女と共にいたのだろう、といっている女に、限りなくあの少女が当てはまっていた。



 侍女がつかえているのはあの少女で、あの少女はクロードがきたことに焦りとっさに精霊にでも飛ばしてもらい、侍女とクララックと精霊たちはそれを隠している。


 そう考えるのが一番自然だった。

 明らかにあの二人は恋人同士ではないし、誰かを庇うための行動だとしか思えない。

 そしてその庇う相手があの少女だったとしたら、


 「………。」


 彼女は専属侍女がつくほどの大きな家の生まれで、アゼンタイン公爵家とも交流があり、精霊に愛されるという存在。

 皇太子と会うのを嫌がっていたところを見ると、ここに来ていることは公にしたくないということなのだろう。

 実際クララックに恋人ができたとい話など聞いたことがない。


 人々には知られないようにクララックに会いに来ている。


 だとしたら、………………………だとしたら、


 

 あの少女は、クララックの本当の恋人なのではないのだろうか。





 


 

 

 


 

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