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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第二百七十四話 反魂

7451年3月29日


 レンバルの発した言葉と、彼が浮かべる表情からベンノコは真意を読み取った。

 実はベンノコもそれなりの手傷を負っており、レンバルと同様の危機感を抱いていた事も大きい。


 ベンノコは一瞬だけ眉間に皺を寄せるが、すぐに目の前に立つ冒険者に牽制の一撃を放つ。

 そして、退いた冒険者によって空けられたスペースに向けて鋭く踏み込み、同時に左腕の盾を水平に倒して大きく旋回させた。


 盾の旋回半径は無人となり、そのスペースにレンバルが転がり込む。

 レンバルは立ち上がりながら戦斧バトルアックスを振り回し、ベンノコが体勢を整える隙を作り出した。


 彼ら二人が前進したことで、当然ながらベンノコの後ろには空きスペースができる。

 その空間は即座にバースによって占められる。

 お陰で二輌目の馬車と中央の馬車との間には隙間が空いたままだ。


 熟練の技が光る冴えた連携だと言えるだろう。


「バース、早く行……!」


 レンバルが怒鳴り声を上げようとした時、彼らの方へ新手が駆けて来るのが見えた。


 上質な革鎧に身を包み、羽飾りの付いた帽子を被った貴族のような男だ。


 手には抜き身の長剣が握られている。


 もう既に、五人もの新手が緑色団ベルデグリ・ブラザーフッドの脇を通り過ぎている。

 これ以上増えると本当に逃げられるものも逃げられなくなる。


 直感でそう判断したレンバルは、


「左!」


 と続けて全員の注意を喚起した。


 が、残念な事に反応できた者はいなかった。

 地に倒れ、息も絶え絶えのジュリエッタを除いて。




・・・・・・・・・




――奴ら、あの二人以外まだ全員残っているのか!?


 緑色団ベルデグリ・ブラザーフッドに感心しながら、ロボトニー伯爵は彼らの脇を走り抜けた。

 手下の騎士が押さえつけているロンベルトの姫はもう目と鼻の先だ。


 アーの女――うつ伏せに倒れているロンベルトの姫の右手に右膝を乗せ、馬乗りになって押さえつけている騎士は喜色溢れる顔で伯爵を見ている。


「確認致しました! ミマイル・フォーケインです!」


 伯爵と目を合わせ、騎士が報告する。


「うむ、良くやった」

「腿にクロスボウを当てておりますが、命に別状は無い筈です」

「そうか」


 伯爵はニヤリとした笑みを浮かべてしゃがむと、顔を横に向けていたミマイルの頭部に手を伸ばし、髪を掴んで引き起こした。


「ステータス・オープン……確かに」


 伯爵の声には満足そうな色が含まれている。


「そなた、程々に加勢してやれ。程々にな……」


 そして、ミマイルの傍に立って戦闘の推移を窺っていた騎士に命じる。


「ペッ!」


 そんな伯爵に向けてミマイルは唾を吐き掛けるものの、唾は彼女の顔から少しだけしか飛ばずに地に落ちた。


「元気がいいな」


 薄い笑みを浮かべたものの、伯爵の目には冷たい光が宿っている。


「何者ですか? あなた達は? 私が誰だか知っての狼藉……」

「ああ、知っているとも。だから何を言っても無駄だよ、お嬢さん」

「くっ…… (アレイン様)…… (たすけ)……」

「ふ。愛しのグリード侯爵閣下はここから遠く離れた領地で今頃何も知らずに正妻と宜しくやっているだろうよ。惨めだな」


 冷たい声音で言い放つ伯爵に負けじとミマイルは再び口を開く。


「そんな事ない! 好きって……私のことを好きって……」


 事実、アルはそんな言葉は一言も言ってはいないが、彼女の真実は妄想を土台に肥大化されている。


――ふむ。確かにグリード侯爵への人質としてはふさわしいか。


 伯爵はあからさまにほくそ笑む。


「そなたは大事な人質だ。殺しはせんよ」


 髪を掴み上げられ、無理な体勢を取らされたミマイルには、もう相手を睨みつけるしか出来る事はなかった。




・・・・・・・・・




 遅ればせながらもバースは、二人が何のために無理をしてまでその空間を空けたのか理解した……誤解ではあるが。


「レン! こっちだ!」


 先程までベンノコが居たスペースに移動していたバースはレンバールに指示を飛ばしながら更に移動して二輌目の馬車と中央の馬車との間に駆け込む。

 言われたレンバールも即座にその後を追う。


 そして、ベンノコまでもが彼らの後を追った。


 嘶く馬と二輌目の馬車の後部との隙間を駆け抜け、バースは左に進路を変える。

 すると……。


「あっ!?」


 デーバスの冒険者達も彼らと同じように馬車を回り込もうとしていた。 

 彼らはまだ馬車の側面に居るため、バースとの距離は七~八mは空いている。


 その冒険者達の中に長柄武器ポール・アームを持った者が居ることを瞬間的に見て取ったバースは、馬車隊が停車している街道と渓谷との間に生えている灌木を盾にするように回り込んだ。


 相手と同様の長柄武器を持つレンバールが耐えている間に、自分が更に回り込んで相手の渓谷側から攻撃を仕掛けようとしたのだ。


 何も言わずにそう考えて実行したバースの耳には、彼の直後で踏みとどまったレンバールの足音が聞こえた。


――レンの野郎、なかなかどうして俺の考えを読むようになったか。


 少しだけ笑みを浮かべ、バースは灌木を回り込もうとした。

 その時。


「待て、バース!」


 彼を呼び止める声はベンノコのものである。

 意外すぎる声にバースは振り向こうと思わず足を止め掛けた。


 そして……。


「あばよ」


 左腕に装着した盾にベンノコの体当たりを受けてしまった。 


――えっ?


 バースは声にならない声をあげ、目を見開いてベンノコを見る。


 ベンノコはにこりと笑うと、体当たりをして崩れた姿勢を立て直し、直前までバースが思い描いていたように渓谷と灌木との間を走り出していた。


――ベンノ、何を!?


 何も掴むものなどない空中で、愛用のロングソードだけはしっかりと握ったままバースは藻掻く。


 そして、はっと我に返り、左手に装備している盾をどうにかして下側にしようと身をよじった。


 ガン!!


 大きな衝撃を受けると同時に左腕から激痛が走る。


 渓谷に突き出していた岩の先端に盾が当たったのだ。

 だがその御蔭か、硬い河原ではなく川に落ちることが出来た。

 川は、ある程度の水深があったようで、川底にぶつかることはなかったが、水を大量に飲んでしまった。


――まずい! 鎧を脱が……。


 激流と言う程ではないが、かなり流れの速い川である。

 どうにかこうにか、盾を留めていたバンドを切り裂いて放棄し、水面に顔を出せた時には戦闘音が聞こえる距離ではなくなっていた。

 何とか岸に向かおうと藻掻いているうちに岩か何かに頭をぶつけ、意識を失ってしまった。




・・・・・・・・・




「ぬおあぁぁっ!」


 後事をベンノコに託し、レンバルは鬼神の如く斧を振り回してデーバスの冒険者達に突っ込んだ。

 後衛を務めていたロックも弓を連射して援護する。


 だが……。


「がっ!?」


 レンバルの脇腹に冒険者の剣が刺さる。


「親父っさん!」


 ロックは弓を放り捨てると腰の剣を抜く。

 が……。


「あっ!?」


 後ろから忍び寄っていた伯爵の騎士に背中から貫かれた。


「くおおぉぉっ!!」


 腹から突き出した切っ先を右手で掴むと、素早く左手の剣を逆手に持ち替える。

 そして、自分の左脇から背後へと剣先を突き出すようにしながら、全身全霊の力を込めて後ろに倒れ込んだ。


「あぐっ!? うわあぁぁっ!!」


 騎士は、腹に剣を受けて絶叫を迸らせた。 




・・・・・・・・・




「ふっ……ふっ……」


 呼吸するたびに襲いかかってくる激痛と、刻一刻と流出して行く血液に、ジュリエッタの意識はどんどんと薄くなっていく。


――ここらが年貢の納め時かねぇ……。


 薄れゆく意識の中、ジュリエッタの脳裏に走馬灯が回る。


「バース、早く行……!」


 聞き慣れたレンバルのだみ声が届く。


――ふ。レンバー(親父っさん)が焦ってら。


 どんどんと体温が失われていく。


「左!」


 鬼気迫る声に何が起きたのかと上空に向けていた顔を苦労して横に倒す。


 ちょっと立派な飾り羽根付きの帽子を被った男が駆けてきている。


「ぐっ……!」


 苦痛の声が漏れるが身動みじろぎしたことで再び激痛に襲われる。

 腹の傷に当てていた手の平に当たる血液が勢いを増す。


 まだ流れ出す血液がこんなに残されていたのかと少し感心した。


 もう、そう長くはない。


――あいつが親玉かねぇ?


 帽子の男はジュリエッタから五mと離れていない場所にしゃがんで何かを言っている。

 どうやら、姫は捕まってしまったようだ。

 まだレンバル達のものらしい戦闘音や怒号が耳に届いている。


――姫さんが捕まっちゃまずいでしょ。


 左手に握ったままの弓の弦は、まだ無事だった。

 震える右手を腰の後ろに回し、潰れかけた矢筒クィーバーから矢を一本引き出す。

 矢羽の形状と感触から、やじりはブレードヘッドであることが判る。


――何でもいい。


 誰かが傍を駆け抜けていった。


 仰向けになったままゆっくりと矢を弓に番え、残された力を振り絞るようにして引く。


 目標の男は、別の男に押さえつけられたままの姫の髪を掴んで何か話している。


――ちっ、姫さん、左手は無事じゃないか。


 足で押さえられた右手はともかく、怪我でも負っていないのなら左手はフリーのように見えた。


――まぁいい。チャンスは作ってやるから……逃げな。


 激痛を堪え、声が漏れないように歯を食い縛り、ジュリエッタは矢を引いた。

 狙うは、ミマイルを押さえつけている男の側頭部だ。


――でもあの男が親玉なら……。


 ボスを斃せば手下は慌てるだろう。

 姿勢が悪い上に重傷を負っているために弓勢ゆんぜいは充分だとは言い難いが、この距離なら大きな問題はない。

 まして目標は金属製の防具など身に付けていないのだから……。


 視界がぼやけ始めた。

 血が足りなくて目が見えなくなりつつあるのか、脳への血流が減ったからか。


――迷っている時間も力もない。ままよ。


 ジュリエッタは仰向けに倒れたまま弓を放つ。


――あれ、バルドゥッキー、じゃない……そうだ、ホットドッグと言ったっけ、美味しかったな……もう一度……。


 再び上空に顔をやることなく、目を閉じた。




・・・・・・・・・




 ミマイルの右手は未だ長剣ロングソードを握ったままだが、騎士の膝で潰されて何本かの指はあらぬ方向に曲がっており、右腿にはクロスボウから放たれた太矢クォーレルが突き立ったままで、大した量ではないものの出血は続いている。


「ふん。おい、魔法はもう使えないだろうから縛っておけ……」


 伯爵はミマイルを押さえつけていた騎士に命じると立ち上がろうとする。


 まさにその時。


 どこからともなく飛来した矢が伯爵の腰に命中した。

 本来この矢はミマイルの前にしゃがんでいた伯爵の側頭部に向けて放たれたものなのだが、伯爵が立ち上がりかけたことで狙いが逸れ、腰を射抜いたのだ。


 そして、命中した鏃は少々特殊な形をしており、通常の鏃のすぐ後ろに四枚の小さな刃が取り付けてあった。

 その刃は剃刀のように鋭く研ぎ澄まされており、革製の物入れと中に収められていた天鵞絨の袋など薄紙のように切り裂いた。


「うおあっ!」


 激痛の走った腰に手をやる伯爵。

 矢は伯爵の腰から腹にかけて突き刺さっている。

 それを押さえる伯爵の指の間から鮮血が滲み出す。


「閣下!」


 思わず立ち上がり、伯爵に手を差し伸べる騎士。


 そして、物入れからこぼれ落ちた水晶玉に気が付くミマイル。


「あっ!」


 腰に手を当てたまま、伯爵が叫ぶ。

 拘束から脱したミマイルは本能的にその水晶玉が貴重な物で、賊の親玉らしき人物が肌身離さず持ち運ぶ程に大事にしている事に気が付き、手足から伝わる痛みを無視して飛びついた。


「貴様!」


 伯爵は痛みに耐えかねて片膝を突きながらも、ミマイルに片手を伸ばす。

 騎士は何かを掴んで身を丸くするミマイルを無害と断じ、伯爵の傷を治癒しようと精神集中を始めた。


「殺せっ!」


 必死の形相で叫ぶ伯爵に精神集中を解かれ、僅かの間、騎士は呆気に取られる。


「そいつを殺すんだ!」


 再び強い口調で命じられ、騎士はミマイルの背に剣を振り下ろそうとした。


 そして……。


 蹲ったミマイルの体の下から、迸るように薄暗い閃光が放たれた。

 閃光は一瞬にして周囲を薄暗がりに染め上げたが、すぐにもとに戻った。


 同時に、騎士の四肢から力が失われる。


「ごほぉっ!」


 腰が砕けるような感覚に騎士は剣を取り落とし、地面に両膝を突き、続いて両手も突く。


「あああっ!」


 伯爵も悲痛な顔で目を見開き、恐怖に塗れた悲鳴を上げている。


「あ……あ……」


 ずずずっ、と強制的に体の中から大切なものが奪われるような感覚に原初的な恐怖感を覚え、騎士は身震いをした。

 彼の後方では、かっと目を見開いたままの伯爵の顔からどんどんと生気が失われていた。


 その目に映るのは騎士と同様の恐怖感しかない。


「そん……ば……ばか……な……ここまで……きておきな……がら……ばかな……」


 しゃがれたような声で伯爵が呟く。


 なお、伯爵達が知る由もない事だが、戦闘中であった者たちもほぼ同時に一人残らずその場に倒れ伏している。


 東の襲撃地は静寂に包まれた。

 時折、風に吹かれて枝葉を揺らす木々が立てる音しかしない。


 そんな中。

 暫くして声が発せられた。


「……ふ……ふふ……うふふ……」


 笑い声だ。

 声の主は女性らしいが健康的なものからは程遠い。




・・・・・・・・・




 その夜。

 東の襲撃地から南に数キロも離れたある村の広場。


 一人の闇精人族ダークエルフの行商人が、小型の天幕の前で焚き火にあたっていた。


――この時間になっても現れんとは……先触れの騎士達も戻らんようだし、これは成功か?


 彼がこの場所で麻布や、小物だが針や糸などの生活必需品の露店を開いてから三日。

 予想通り昨日の夕方に先触れの騎士が二人到着した。


 騎士達は村の領主である士爵の家に一泊し、ミマイル達の到着を待っていたが、予定の時刻を過ぎても一向に現れないため、馬を飛ばして来た道を引き返していった。

 それが数時間も前の事だ。


 馬車隊はともかく、ミマイルが無事ならもうとっくに戻って来なければおかしい。


 ダークエルフの行商人は昏い笑みを浮かべながら焚き火に追加の薪を投入した。


 この様子なら当初の予定通り、あと二日をこの村で過ごし、村人達に充分存在をアピールしてから本国へ戻るべきだろう。


 

一応現時点で公開可能な情報です(下記は不完全且つ不十分な記述です)。

また、以前にも言っていますが、持ち主であるデーバスの人達は下記の内容について知りません。


反魂の水晶球(ソウル・リバーサー)

【水晶】

【効果:周囲の魔力存在から生命力と魔力を集め、それを触媒に使用者をアンデッド化させる。生命力と魔力を提供した者もアンデッド化するが、集めた魔力量が少ないと効果は中途半端に終わり反魂は成立しない。使用にはこの水晶球に直接触れている必要がある。なお、使用された場合の補助とする為に、使用される前でも半径二〇〇m以内で魔力存在が死んだ場合、自動的にその魔力を収集する。収集した魔力量が多ければ多いほど使用した場合の成功率は高まり、且つアンデッド化した使用者の能力を高める】


因みにこの水晶球は最後に使用された後、デーバス王国の宝物庫に収められてから一〇〇年近くが経過しています。

宝物殿の半径二〇〇m以内には多少ですが市街地も含まれています。


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― 新着の感想 ―
ヤンデレを殺すのか気になってたけど、 ヤンデレゾンビにするとかw
[一言] うわぁ、最悪に近いルート来たぁ そうなるかぁ… アンデッド姫か、さすがに厄災にしかならんだろうなこれ…
[良い点] ここのところ内政主体で、話があちらこちらに散ってしまってたのが、姫襲撃で一気にスピード感が出てきましたね。 ミマイルが反魂の水晶球の発動者となり『強力なアンデッド、中身は強烈なヤンデレ…
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