第二百七十五話 百鬼夜行 1
7451年3月29日
夕刻。
ミマイルの馬車隊に所属する二人の騎士がコリドーク街道を北上していく。
彼らは先日、先触れの任を受け、ミマイル達が立ち寄る予定である村に一日先行して派遣されていた者達だ。
到着予定時刻を二時間も超過しても、一向に到着しない本隊を心配しての行動である。
そして馬を駆ること小一時間。
時刻はもう既に日没近い。
道がYの字になっているが迷う事なく右側に馬首を向ける。
左に向かったとしても一〇㎞も進まないうちに再び合流するのだが、道幅が広いのは川沿いに拓かれた右側の准街道なのだ。
正式なコリドーク街道は左側の道なのだが、地形の問題で馬車がゆったりと通れる道幅には出来ず、数十年前にこの数㎞だけは准街道として新たに道が拓かれていた。
元からある正式な街道の方が多少近道ではあるものの、道幅や路面状況の良さから今では准街道の方がよく使われている。
そして一〇数分後。
街道は渓谷に近づきつつあり、もう少し進めば水が流れる音が聞こえるようになるだろう。
「いたぞ!」
「何だ、ただ遅れていただけか」
茜色に照らされた道の先に幾人かの人影が見えた。
馬車が立てるゴロゴロという、車軸と軸受の音もするので後ろには馬車も続いているのだろう。
「ああ。そのようだな……あん?」
「どうした?」
「なんか変じゃないか?」
「本当だ!」
隊列の先頭を歩いてくる人影の歩き方にぎこちない物を感じる。
「何かあったのかな?」
「さぁ? また車軸でも……」
そして、だんだんと近づいてくる者達を見て、二人は言葉を失った。
彼らが着ている傷ついた鎧は、明らかに戦闘後の様相を呈していたからだ。
先頭を歩く歩兵は片脚を引きずっている。
「おーい! 一体何があったんだ!?」
たまらず一人が馬を駆けさせる。
もう一人も乗馬の腹に拍車を当てた。
そして、二〇m程の距離まで近づいた。
「おい! どうした!? なぜ返事を……?」
馬車隊に向けて声を掛ける二人の騎士だが、ここまで接近したことで明確な異常に気がついた。
馬の姿がないのだ。
本当なら先頭の重装歩兵を指揮する騎乗した騎士が続いていなければおかしいし、何よりも馬車という物は馬が曳く為に作られた物である。
が、先頭の馬車を引いているのは馬ではなく、見慣れない者達であった。
彼らは曳き馬が着けていた物らしい馬具を肩に掛け、人力で馬車を曳いていたのだ。
何らかの原因で馬を失い、その替わりに通り掛かった隊商などから人員を徴用したのであろうか。
しかも見る限り全員が満身創痍であり、着ている鎧の表面には乾いた血糊がこびりついているばかりか、手足や胴に大怪我を負っている者も多い。
「な!? これは?」
「そなたら……」
色を失う二人の騎士の目の前で、先頭を歩いていた歩兵が停止した。
歩兵は旧知の者で、つい先日も足に出来た肉刺が痛いと零していた大男だ。
その顔に浮かぶのは精気の抜けた虚ろな表情で、目も騎士達の方を見ていない。
ついでに、肩口からざっくりと大きく切れ込みが入り、鎧も一部はぶらぶらとしている。
「……。……。」
何かを言っているようだがよく聞こえない。
「ジャンセン、動くな! 今治癒を……」
そう言って騎士の片割れが下馬しようとした。
「待て! おかしいぞ!」
もう一人が警告を飛ばす。
・・・・・・・・・
7451年3月30日
早朝。
ロンベルト王国天領南部を流れる、とある河川の河原に一人の男が横たわっていた。
男の下半身は川の流れに浸かったままであり、上半身だけが陸に上がっている。
着ている鎧は随分と高価な物のようで、元は各所に金属製の小札が取り付けてあったようだが、剥がれたり傷ついてボロボロになっているようで、もう既に使い古された安物の革鎧以下の存在と化している。
「うう……」
意識も朦朧としている様子で、よく見れば片脚と片腕があらぬ方向に曲がっている。
重傷だ。
そこに小さな木の枝が流れ着き、曲がっていた男の脚に当たる。
「ぐお……!」
痛みで覚醒したのか、男はうめき声を上げながらも正常に見える片腕を使って、川から全身を引き上げた。
しかし、そこで再び気を失ってしまったようで、河原に頭を付けると目を閉じてしまう。
男の名はバースライト・ケルテイン。
通称をバースという。
もう既に三〇の峠を超えて久しい、熟練した精人族の戦士である。
もうかなり前から国内随一との呼び声も高い、緑色団と呼ばれる迷宮冒険者のリーダーだ。
この川のもう少し上流で前日に行われた戦闘中に渓谷に転落してしまったのである。
・・・・・・・・・
7451年4月1日
早朝。
朝食を終え、玄関へと向かう。
いつもと同じような感じだが、今日はミヅチと彼女の護衛のダークエルフの戦士、カルサスロスさんも一緒にいる。
今日からミヅチも通常の勤務と訓練に戻るためだ。
玄関に着くと家令のパットが待っていて、俺とミヅチに靴を履かせてくれた。
「行ってらっしゃいませ」
そう言って見送ってくれる家令のパットの横ではアイーダに抱かれたアルソンが「あ~」とか言って彼女の髪を引っ張っている。
俺もミヅチも一般家庭のように朝から晩までアルソンの面倒など見ていないから、アルソンは両親である俺たちよりも女中の二人の方により懐いているのだ。
なんとなく寂しい気がしないでもないが、俺も昔は母親であるシャルよりも接触時間の長いミュンの方により親しみを覚えていた。
勿論、俺もミヅチも嫌われている訳ではないから、抱けば安心して寝てしまうこともあるし、構ってやればきゃっきゃとよく笑ってくれる。
腹が減ったらミヅチのおっぱいに吸い付いたり、俺の手からも哺乳瓶でミヅチのおっぱいをングングと元気に飲むし、抱いてやれば俺の鼻の穴に指を突っ込んだり、唇を引っ張ったりして大暴れだ。
まぁ、子育てにおいて本当に辛い部分については住み込みの女中に押し付け、俺たちは美味しいところだけを味わっていると言える。
だが、俺やミヅチが育児疲れからストレスを抱えてイライラしたりして変に精神が不安定になるような可能性は無いから、これは正しい選択だろう。
因みにもう一人の女中のソフィーは昨晩のアルソンの夜泣きが酷く、朝からとんでもなく酷い顔をしていたので今日の午前中は休みをやっている。
今頃は自室で高いびきだろう。
と、アルソンが大声で泣き出した。
ミヅチに向けて手を伸ばしている。
ミヅチも思わず駆け寄ってアルソンの頬を触り「ごめんね、お昼には戻るから我慢してね」と声を掛けている。
……今までもミヅチが別の部屋に移動しようとしたり、夜寝る時にアルソンの世話をメイドに任せようとする際(生後三ヶ月程で夜は別に寝ている)に、こうして泣く事はよくあった。
本能的に母親との別れを感じ取って嫌がっているのだろう。
因みにミヅチを残して俺だけが出かけようとする時にはこんな事は一切ない。
「どうしましたっ!?」
屋敷の奥に控えていた護衛のダークエルフがすっ飛んでくるが、現場を見て「失礼しました」と引っ込んでいった。
怪我でもしたのかと心配して来てくれたようだ。
二四時間護衛し続けてくれている彼女らだが、自ら進んである程度の育児に携わってくれているから、相当のストレスを抱えていると思う。
だが、あと少ししてミヅチの体調が完全に元に戻れば今までの二人一組四交代制からもう少し緩い体制に移行し、交代で何日かに一日は完全な休暇を取れるようにすると言うので、その点については少しだけ安心材料が窺える。
「あ、そうだ」
ミヅチがアルソンの顔を覗き込みながら何かしている。
どうやら【部隊編成】をかけていたようだ。
赤ん坊に掛けられるのかって?
生まれて二日三日頃の時に何度も試したけれども出来なかった。
当時は目も開いたか開かないかという頃であり、信頼関係がゼロに等しかったからだろうと思って慰めていた。
しかし、一週間、二週間、ひと月経っても出来なかった。
まぁ、ミヅチも家に居てアルソンにべったりだったし、その傍には護衛やメイドも必ず張り付いていて危険なんかなかったので俺もミヅチも当分は無理だと諦めていたのだ。
今なら信頼関係も醸成されて……って、半年やそこらで、あら?
「あーい」
なんかアルソンの嬉しそうな声が……出来たのか!?
「あらあら、奥様、アルソン様がお喜びになられておりますよ! 一体何を?」
「うふふ。ちょっとしたおまじないをね」
おお、そのおまじないを俺にも……。
……。
うむ!
アルソンが身近に感じられる。
そして当然のことだが【部隊編成】に意識を向けると、存在も場所も感知できる。
「おう、アルソン。父ちゃんだぞ!」
「うやー」
アルソンはアイーダに抱かれたまま声を上げて笑い、ミヅチに手を伸ばしている。
俺も鼻息を荒くして指を出してやるが、アルソンは小さな手でミヅチの指を掴み、涎を垂らしながらもにこっとした笑みを浮かべた。
相変わらず薄青くて血色の悪い感じがする肌の色だが、目には生命力が溢れる輝きが灯っている。
うほー。
無茶苦茶可愛い! 仕事行きたくねぇ!
侯爵閣下になったんだし、今日一日くらいサボっても……って訳にも行かぬのが辛いところよな。
「行きましょ」
ミヅチに促されて屋敷をあとにした。
行政府へ向かう途中、つい本音が漏れてしまう。
「アルソンの奴、ああいう時絶対にお前に手を伸ばすよな……俺じゃなくて」
そうは言ってみたものの、どう考えても赤ん坊に必要なのは父親ではなく母親なので、アルソンの行為は当然だ。
「何? ヤキモチ?」
ミヅチはクスリと笑って言う。
その通りなのが悔しいが「そうだよ」としか返せなかった。
「閣下。閣下はお忙しい身でおられます故、アルソン様と触れ合う時間が少のうございます。それに、赤子は父親よりも母親を慕うもの。致し方なき事かと……」
カルサスロスさんが慰めてくれるが、これでも何も無ければ毎日四~五時間くらいは一緒に過ごしているんだ。
でも、ミヅチやメイドたち、そして護衛のダークエルフたち程ではないのは確かか。
それに、一緒に過ごしていると言っても、そのうちの三分の一くらいはアルソンの寝顔を眺めているだけだしなぁ……。
何とも切ないが、もう少し大きくなるまではしゃあないと割り切るしかないだろう。
・・・・・・・・・・
朝。
ロンベルト王国の天領と領境を接するガソレイン子爵領の北辺。
そこを通るコリドーク街道には領境を挟んで関所が設けられている。
天領側には王国第三騎士団が、子爵領の方にはガソレイン子爵騎士団の団員が詰めている他は、木々が鬱蒼と生い茂る陰気な森しかない。
その天領側の関所に詰める一個班五名の第三騎士団員達は今か今かと補給を待ちわびていた。
本当なら昨日のうちに補給部隊と一緒に交代要員が到着し、今頃はここから一五㎞程北にあるちょっと大き目の村に居るはずで、今日から休暇が貰える事になっていたからだ。
「ハンチョー、まだっすかねぇ?」
「ああ、遅いな」
「幾らなんでも遅すぎません?」
「こりゃあ、あれだ。交代の奴ら、途中で魔物にやられちまったかぁ?」
「おい、滅多なことを言うなよ」
「だけどさぁ、おせーよ」
騎士団員達は口々に不平を述べている。
班長も不満たらたらのようで、不平を窘めようともしない。
と、その時。
森の奥からガラゴロと馬車の音が響いてきた。
「やっと来たか……」
「よっしゃー!」
騎士団員達の喜びの声が湧き上がった。
一応現時点で公開可能な情報です(下記はもしもアルが鑑定したら、という内容です)。
今後、この欄で上位鑑定した場合の情報を書く可能性は……気が向けばあるかも。
【反魂の水晶球】
【水晶】
【状態:良好】
【生成日:19/1/5418】
【価値:1】
【耐久値:10】
【効果:周囲の魔力存在から生命力と魔力を集め、それを触媒に使用者をアンデッド化させる。生命力と魔力を提供した者もアンデッド化するが、集めた魔力量が少ないと効果は中途半端に終わり反魂は成立しない。使用にはこの水晶球に直接触れている必要がある。なお、使用された場合の補助とする為に、使用される前でも半径200m以内で魔力存在が死んだ場合、自動的にその魔力を収集する。収集した魔力量が多ければ多いほど使用した場合の成功率は高まり、且つアンデッド化した使用者の能力を高める。反魂によってアンデッド化した使用者は全ての魔法技能が5レベル上昇し、身体能力も反魂時のレベルに応じて上昇する(上昇量は使用時迄に蓄積された魔力量や使用時に収集した生命力、魔力量に影響を受ける)他、幾つか新たな特殊技能を得る(得られる技能の種類や数も、使用時迄に蓄積された魔力量や使用時に収集した生命力、魔力量に影響を受ける)。また、この水晶球が使用された事によってアンデッド化した者はそれ迄の記憶や自我を失い、使用者に対して盲目的に従うようになる】




