第二百四十二話 顧問
7450年10月29日
森から出てきたのは女性らしき騎士に怒声を浴びせられていた汚い格好をした兵士だ。
なんのつもりなのか、兜や鎧、背負った荷物にまで刈った草を細い紐のようなもので留めており、装備品同様に土や草の汁などを塗りつけてわざと汚していると思われる顔。
体力も底をついている様子で足取りも心許ない。
そのくせ、目だけはギラギラと飢えた狼のように異様な輝きを発していた。
兵士が街道に達すると同時にバリュート士爵と女騎士は馬から飛び降り、兵士の脇に揃って跪き臣下の礼を取ると、「伯爵閣下、王国第二騎士団長ヴァルモルト准男爵です」と恭しく頭を垂れた。
続いて「ご用件の程は未だお伺いしてはおりま……」とバリュート士爵が続けようとしたところ、兵士は「えむい……み……んっ……んんっ……みず……」と掠れた声で答えた。
何度も本人と直接会話をしているヴァルモルトには聞き間違えようもない。
掠れていて聞き取りづらいが、その声は紛れもなくリーグル伯爵本人のものである。
「どうぞお飲み下さい。但し二杯までに願います」
女騎士の言葉に伯爵は更に目をギラつかせる。
腰の後ろにぶら下げていた容器(見慣れない形だが水筒だと思われる)を取り外し、ねじ式らしい小さな蓋を回して外した。
その蓋をひっくり返すと、まるで盃のようなそれにそっと容器を傾けて注意深く中身を注ぐ。
そして、最初の一杯は一息に、続く二杯目は少しずつゆっくりと飲んでいる。
ヴァルモルトとしては目を剥きつつも頭を捻らんばかりの光景である。
どうやらあの汚い格好の兵士がリーグル伯爵のようであるが、水を持っていて、それを飲むだけの事になぜ女騎士が許可するような事を言うのか?
だいたい、伯爵は比類のない魔術師である。
水など魔法で幾らでも作り出せる筈だ。
そもそもなぜ伯爵だけが徒歩で且つ大きくて重そうな荷物を背負っているのか?
にも拘わらず、二人の騎士は何も荷を負っていない(乗騎には大きなサドルバッグが装着されてはいる)のか?
乗騎を失ったのであれば下位者である騎士のどちらかが歩くべきでは……いや、あの荷物は確かに大きくて重そうだが、それは人間基準の話。
馬ならば、頑健な軍馬であればあの程度、どうということのない荷物だ。
ましてやバリュート士爵などはヴァルモルトですら驚くほどの繊細かつ高度な騎乗技術を見せている。
あの腕なら、多少バランスが崩れたところで何程もないと思われる。
従って、どう考えても一頭に二人乗りし、もう一頭に荷を纏めれば三人揃って高速且つ楽に移動が可能である。
わざわざ一人だけを虐めるように大荷物を背負わせるだけでなく、あまつさえ罵倒しながら歩かせるなど……正気の沙汰とは思えない。
それ以前に、伯爵は酷い脱水症状だけでなく、まとな食事すら何日も摂っていないように目は窪み頰も痩け、頬骨すら浮いているのは何故なのか?
対して二人の騎士には全くそのような気配はない。
そんな事が許されるのであろうか?
ヴァルモルトの部下達も異様な光景に息を呑むばかりで呆気にとられ、碌に声も出せないまま剣を鞘に収め、槍を立てるだけで精一杯だった。
そんな中で水を飲み終わった伯爵は丁寧に水筒の蓋を締め直すと再び腰の後ろに戻し、小さく息を吐いた。
そして「よい。私が直接聞く」と言うとそのまま進み出る。
バリュートと女騎士は「はっ」と短く返事を返すと立ち上がって剣の柄に手を掛けながら伯爵を守護するようにその両脇を固めた。
その態度からは、ほんの少し前までボロボロの兵士を怒鳴りつけていた様子など微塵も感じさせない。
「「……?」」
それを見たヴァルモルトやその部下達は、誰か一言で事情を説明出来る者はいないのかとお互いの顔を見合わせている。
「……久しいな、ヴァルモルト准男爵。訓練中のためこんな格好で失礼する」
疲労の濃さはいかばかりかと窺える程に声は掠れているが、その声には張りが戻っている。
なお、軍事関係などの公式な面談でもなく、且つ自領内でもあるためリーグル伯爵は王都で話す際とは異なって爵位に準じたこの場での最上位者たる言葉遣いになっている。
意外すぎる光景からいち早く正気を取り戻したヴァルモルトが慌てて馬から降りると、部下達も思い出したように一斉に馬から降りた。
その場に跪き「突然の来訪、誠に申し訳ございません」と口する。
しかしてその胸中には「訓練中と言ったか?」と疑問符が渦巻いていた。
王国騎士団にとって訓練とは、開けた場所での集団野戦訓練や騎乗訓練のほか、型稽古や組み手などの個人戦闘訓練がまず想起され、次いで一般的に行われている歩兵の行進や陣形転換訓練などが頭に浮かんでくる。
と言うより、それ以外を“訓練”とは呼ばないのが当たり前である。
決して森の中で汚い格好をした上に大荷物を背負い、騎士に怒鳴られながら道なき道を歩かされるような類のものではない。
「うむ。して用件は? ここで話せるようで急ぎなら三〇分程度であれば時間を割けるが、そうでないなら最低でも明日まで待って欲しい。私も今夜中にはウィードまで……多分行けると思う」
ウィードの街は馬ならここから小一時間程度の距離にある。
歩いたとしても普通の農奴なら一時間ちょいというところだろうし、長くてもまず二時間はかからない筈だ。
何しろ遠目ではあるがウィードの南に広がる耕作地はもう街道の先に見えているのだ。
故にリーグル伯爵が言う「多分」とか「今夜中」という意味がわからなかった。
それはそうとやはりこの様子だと……。
「いえ、急ぎでもありませんし、腰を落ち着けてお話させて頂きとうございます故……あのう、昨日の午前中には我々の先触れがウィードに到着していたかと存じますのですが……?」
ヴァルモルトは嫌味にならないよう、気を遣いながらも先触れから聞いていないのかと問う。
尤も、どうしても嫌味に近くならざるを得ないのは致し方ない。
「そうか。すまんな。私はここ暫く、ほぼ外界との接触を絶っていたのでな。無礼は許して貰いたい」
「いえ、そんな……」
「では明日ウィードで。お手数だがもう一度ウィードに先触れを出して会談用の部屋を用意させ……いや、バルソン卿」
伯爵の呼びかけに女騎士は鋭く「はっ」と返事をする。
「そなた、急いでウィードまで向かえ。ファイアフリード男爵に事の次第を説明し、会談用の部屋の準備や御一行の寝所の用意を頼んでくれ」
「は。ですが後に落ち合う場所について副団長と相談のお許しを」
「許す。が、急げよ」
女騎士はバリュート士爵と二人で地図らしきものを広げると小声で相談を始める。
「ヴァルモルト准男爵。そういう訳で話は明日、ウィードで伺おう」
そう言うと伯爵は二人の騎士に「先に進んでおく」と言い残して様子を見守っていた一行を無視するかのように歩き出そうとした。
「か、閣下、お待ちを! ご紹介したい、せねばならぬ方が……」
ハッとしたように声を掛けるヴァルモルトにリーグル伯爵は目を向ける。
「すまん。見ての通り今は全く頭が回っていないんだ。どなたかは存じぬが今ご紹介頂いたところであと三〇分もしたらそのお顔も確実に忘れているだろう。明日にして貰えないだろうか?」
「し、しかし、馬車におわすのは……」
「ヴァルモルト准男爵。先に申した通り私は今、訓練中だ。会わぬともご紹介をお受けしないとも言ってはおらぬ。しかしながら王国南方総軍司令官に任ぜられた以上、まずはその義務である領土、いや国土防衛の為の訓練が全てにおいて最優先されると思うのだが?」
リーグル伯爵の言葉は自分で頭が回っていないと言うだけあってかなり滅茶苦茶だったものの、今までヴァルモルトが見たことのないような剣呑な目つきであった。
気の弱い者なら目を合わすことすら出来ないだろう。
だが、その程度で引き下がるようでは王国第二騎士団長という重責を担うことは出来ない。
ヴァルモルトは肝を据えて低い声を出す。
「閣下の為に申し上げております。訓練は大切でしょう。ですが訓練は訓練です。実戦ではございませぬ故、数分を争うようなものではありますまい」
それは二人にしか聞こえない程、低く小さな声であった。
「……」
リーグル伯爵は肩を竦めるとヴァルモルトを見、次いで馬車の方へ視線を送った。
通常、二両編成の馬車の場合、貴人は前の方に乗ることが多い。
ヴァルモルトは小声で「臣下の礼を」とだけ言うと、そのまま馬車の側まで進み、扉をノックする。
リーグル伯爵は「臣下の礼だと?」と一瞬だけ訝しげな顔つきをしたものの、まだ相談を続けていた部下達に「跪け」と命じると自らもその場に跪いた。
彼らの動きに倣うかのように、馬車に随行してきた騎士達も一斉に跪いた。
暫くして馬車から出てきたのは、厳格そうな鋭い目つきが印象的な一人の老人である。
髪や髭はすっかり真っ白くなっているが、未だ足腰は弱っていないようで、下車の補助をすべく手を差し伸べたヴァルモルトの介添えを無視して地に降りた。
「ロンベルト王国第二十代摂政、前ロンベルト公爵エドワード二世殿下です」
ヴァルモルトの声に、地に視線を落としていたリーグル伯爵の目が見開かれた。
勿論、リーグル伯爵は会話や挨拶は疎か、顔を合わせたこともない。
だが、その名は知っていた。
今上陛下の父親で先王の長子である。
今は田舎に引退している格好になっているものの、摂政の役職自体は解かれていないために形式的なものではあるが、ロンベルト王国のナンバーツーとも言える人物の登場に、リーグル伯爵やその部下達は目を白黒させるばかりだった。
「そなたがリーグル伯か。面をあげよ」
年齢の割には若々しい……とまでは言い難いが、意外に張りのある声だ。
リーグル伯爵はゆっくりと顔を上げ、摂政と目を合わせた。
「お初にお目通り致しまして誠に恐縮であります。私がリーグル伯爵アレイン・グリードにございます。軍事訓練中でしたもので、このようなむさ苦しい格好でのご挨拶はお目汚しかと存じますが、どうかご寛恕頂けますと幸いにございます」
畏まって答えるリーグル伯爵。
「よいよい。こんな場所で急に会ったのだからして、苦しゅうない」
好々爺然として摂政は返答する。
「は。ありがたき幸せにございま、す? な、何でしょうか?」
が、摂政がリーグル伯爵の顔をまじまじと見つめた事で伯爵は疑問を隠せなかった。
流石にこの、観察でもするかのような見つめようは如何に摂政とはいえども失礼の極みに近い。
「……そなた……本当にリーグル伯爵か? ステータスを見せよ」
訝しそうに伯爵を見つめ、一歩近づくと摂政は伯爵に手を出せと命じた。
「は? は」
伯爵はさっと手袋を外すと、おずおずと右手の甲を差し出す。
「ステータスオープン……ふむ。どうやら本当のようだな。いや、これは失礼をした。真っ黒な瞳だと聞いていたのでな。許せ」
「は。いえ……」
リーグル伯爵にはピンとくるものがある。
かつて……そう、何十年も前。
彼が前の人生を歩んでいた際の若い頃。
レンジャー訓練を終えた直後の者達は極度の栄養失調から瞳の色素が薄れ、もともとの黒から茶色い色合いに変化する者が少なくない。
それでもかなりの者は、後に休息し栄養を摂り直す事で瞳の色は元に戻るのだが、体質なのか、中途半端に戻る者やそのまま戻らない者も居ないではなかったのだ。
――今の俺の目もあの人らみたいになってんのか……。
彼の脳裏に描かれるのは在りし日の部下や上官のうち、何名かの瞳の色。
薄い茶色や焦げ茶色をした瞳の持ち主はレンジャー徽章や冬季遊撃徽章を持っていた。
――まぁ、戻らないなら戻らないでもいいか。
伯爵はなんとなく、肉体の完全性が欠けたような気持ちになって嫌な感じも受けたが早々に諦めた。
「伯爵よ。そなた、訓練中であると言ったな?」
「は」
「それはこのままウィードまで一緒には行けぬという意味であると取って良いのか?」
「……いえ。殿下のご希望とあらば現時点で訓練を中止し、ウィードまでご一緒することは可能です。ですが、正式な会談につきましてはやはり明日以降にさせていただきたく……」
「ふむ。その様子では無理もないな」
「は。誠に恐縮ではありますが……」
「訓練が終わるのはいつになる?」
「は……順調に行けば今夜半にも。その場合でも明日の昼頃にはウィードで会談可能になります」
「わかった。だが、わざわざウィードで話さなくともよい。ウィードの太守にもまだ話してはおらんのだろうしな。そもそも、そなたとはべグリッツで話す予定だったのだからな」
「は。では、明後日以降でしたらべグリッツで……」
「明後日だと? 早くないか?」
リーグル伯爵は表情こそ動かさなかったが、内心に焦りを感じた。
ウィードからべグリッツまでは、よほど急ぐなら別だが、急いで移動する馬車でも途中で一泊は当然だし、貴人が乗っているのであれば途中で二泊くらいしてもおかしくはない。
また、明後日だと摂政一行がべグリッツに到着した当日に会談というスケジュールとなり、流石にそれは貴人に対して性急に過ぎる。
「ああ、申し訳ありません。お急ぎかもしれぬと明後日“以降”という表現をしてしまいました。勝手な判断をお許しください」
「よい。して、話し合いの内容だが……」
「は」
「ダート平原に駐屯する第二騎士団を中心とする兵力の移動についてとなる。勿論只でとは言わぬ故、そこは安心するがよい」
「は? ……初耳ですが?」
「うむ。事情についてはまた後日説明するが、そなたとの会談は第二騎士団長であるヴァルモルトが行う。私は陛下より顧問を命じられておる故に、その場には居るが交渉内容について直接口を出すつもりはない」
「は……了解いたしました」
「では訓練に戻るがよい」
そう言うと摂政は馬車に戻った。
ヴァルモルトが出発の号令を掛け馬車隊はウィードに向かって動き始める。
その様子を跪いたまま見送った伯爵は再び部下達に声を掛けて呼ぶと「ウィードに先触れは行っているようだし、宿泊や食事についてはファイアフリード男爵に任せろ。そなたらは通常通り教官の交代まで務めるように」と命じてさっさと街道を横断すると森の中に向けて歩き出した。
・・・・・・・・・
……摂政殿下だと!?
しかも、ダート平原に駐屯する兵力の移動?
二〇年はそのままだという約束の筈なのに、これは一体どういうことだ?
歩きながら混乱する頭を必死で回転させるが、考えが上手くまとまらない。
くそ! なんだってこんな時に!
えーっと、つい数時間前に敵軍の物資集積所を急襲し爆弾で木っ端微塵にした想定を終了したばかりで今は撤退中……だったよな?
って事は、想定訓練はこれで終わり……終わり、だよな?
まぁいい。
「バリュート、バルソン。一時訓練中断。傍に来い」
二人はすぐに俺の傍に来た。
「頭が回ってない。今上陛下のお父上、摂政殿下がお越しになられたという認識で合っているな?」
「はい」
「殿下がここまでおいでになられた理由は、ダート平原に駐屯する兵力をどこかに移動させる話をするためで……」
自分の認識と彼らの認識が合っているか確認する。
ところどころ、覚えていないところもあったようで適宜修正を受けたが、俺の応対は大体のところで問題はなかったようだ。
しかし、ヴァルモルト准男爵に付けた顧問が摂政殿下ねぇ。
国王陛下の全権代理という理解で良いって事だろうな。
「あ、そうだ。俺の目の色、変わってるか?」
これ聞いとかなくちゃ。
「確かに茶色くなっております」
「なぜでしょうね?」
バリュートとバルソンは俺の顔を覗き込むと、今気がついたというように驚いた。
「うん。満足な食事を摂らずに行動し続けるとこうなることもある。後でしっかり栄養を摂って休めば大抵は元に戻る」
「そういうものですか」
オースに黒目が少ない理由だろうか?
とも思うが、碌なもんを食ってきていないであろうクローとかトールなんかも今はしっかりとした黒目だったのを思い出し、同時にそんな事はどうでもいいと思ったのでもう忘れることにした。
「まぁ、次の交代の後、ウィードに戻ったらあとは頼む。それから明日一番の普通列車で俺はべグリッツに戻る。動けないようでいたなら無理矢理にでも積み込んでくれ。特別列車は摂政殿下方が乗りたがる可能性もあるから待機させておけ」
「「はい」」
「あと、可能ならお前らのどちらかは今夜中にべグリッツまで戻ってこの事をインセンガとミヅチに伝えろ」
「「はい」」
「よし。訓練再開」
肩に食い込む荷物の痛みを我慢して、足を踏み出した。
まぁ、爆薬を使ったという設定で、重量はかなり減っているから確実に楽になっている筈なんだけど、ちっとも軽くなった気がしないのはなんでなんだろうね?
あ、そう言えば……。
【アレイン・グリード/14/4/7448 アレイン・グリード/8/4/7448 】
【男性/14/2/7428・普人族・リーグル伯爵家当主】
【状態:失調】
【年齢:22歳】
【レベル:40】
【HP:36(36)(80)(145)(223)(297) MP:7491(7492) 】
【筋力:8(43)】
【俊敏:10(60)】
【器用:6(39)】
【耐久:11(59)】
【固有技能:鑑定(MAX)】
【固有技能:天稟の才(MAX)】
【特殊技能:地魔法(MAX)】
【特殊技能:水魔法(MAX)】
【特殊技能:火魔法(MAX)】
【特殊技能:風魔法(MAX)】
【特殊技能:無魔法(MAX)】
【経験:6123260(6400000)】
おおう……弱々しくなっちゃってまぁ……。
・・・・・・・・・
7450年10月30日
騎士団の駐屯地まで帰ってきた。
出迎えの列なんか全く無いが、これでエムイー訓練は完全に終了だ。
本来ならこの後、徽章の授与式が執り行われなくてはならないのだが、まだ徽章が出来ていない上に、俺は授与する側である筈なので省略した。
何より、疲れ切っているから重たい装備なんかさっさと置いて一秒でも早く屋敷に戻りたいんだもんよ。
訓練施設の兵舎に向かう途中で、訓練従士隊が後ろから走ってきた。
「イチ、イチ、イチニ! そーれっ! イチ、イチ、イチニ! いっちば~ん」
あの声はラルファだろう。
うるせーな。
ボロボロになりながらも束ねられた訓練用の長剣を控え銃で抱えながらしっかりとした足取りで歩く。
流石に昨夜と今朝、充分な食事を摂った上でしっかりと休むことが出来たので、体力はかなりの回復を見せている。
が、完全には程遠い。
「今日は!(今日も!) 楽しい!(嫌な!) 駆け足!(駆け足!) するぞっ!(するぞっ!)」
自分を鑑定しても未だ本来の半分以下の能力だ。
それでもここまで回復できたのだから今はこれでよし、だ。
「今日も!(今日も!) 我ら!(我ら!) 走る!(走る!) 何キロ!?(一〇キロ!)」
連続歩調(何名かでリズムを取って駆け足をする時に出す歌のようなもの)は以前クローにちょっとだけ教えてやったことがあるのだが、クローはそれを訓練従士達に教えていた。
普段はあまり気にならないが、こういう体調のよろしくない時には癇に障る。
「今日の!(今日の!) 課業!(課業!) これで!(これで!) おしまい!(おしまい!) まだまだ!(まだまだ!) まだまだ!(おしまい!) まだまだ!(まだまだ!) まだまだ!(おしまい!)」
「右、右、右左! そーれっ! 右、右、右左! つ~ぎっ!」
本当にうるさい。
俺って奴ぁ、何だってエムイー訓練施設をあんな端っこに作ったんだろう。
ああ、通常訓練に邪魔にならないようにと……。
「イチ、イチ、イチニ! そーれっ! イチ、イチ、イチニ! にっば~ん!」
今度はラルファとは別のやつだ。
グィネ……ではないようだ。
「俺達!(俺達!) 従士は!(従士は!) 精強!(精強!) 目指して!(目指して!)」
はぁ、まだ結構あんな。
「今日も!(今日も!) 走る!(走る!) どこまで!(どこまで!) 走る!(走る!)」
俺の傍だからとわざわざ大きく声を張り上げなくていいよ。
うるせーな。
ピリオドの彼方まで行っちまえ。
そうこうしているうちにやっとエムイーの兵舎に到着した。
ベッドに背嚢を放り投げ……丁寧に床に下ろし、中身を取り出す。
さて、とっとと着替えて早く帰ろう。
今日はアルソンの顔を見て、あわよくば行水でもさせてやりたい。
そして、美味いものを食ってゆっくりと休むのだ。
なにしろ明日はタフな交渉になりそうだからな。




