幕間 第三十五話 類家義人(38)の場合(中編)
次の任地であるバクルニー王国の東部への移動に当たり、赤兵隊は隊を二つに分けて移動することになった。
一方は隊長である父上が、もう一方は副隊長である母上が指揮を執り、別々のコースで任地へと移動するのだ。
父上達は遠くバクルニー王国までの道中において、ただ単に移動するだけでは勿体ないと考え、二箇所の反乱と一揆の鎮圧の仕事も引き受けていたためだ。
因みに、俺は父上と次兄であるトラス兄上とサリバン姉上と一緒に隊の二割程の人数で反乱鎮圧の方へ向かい、母上はレグラス兄上と残る八割程の大部分の赤兵隊を率いて一揆の鎮圧の方へ向かった。
反乱はバクルニー王国の西北部にあり、グラナン皇国と接しているヒミク侯爵領にあるダーンタフという街の太守の男爵が中心となっている。
男爵は領主であるヒミク侯爵に二か月前に反旗を翻したという。
反乱の原因は税が高すぎる事に対する不満だとか、隣の領土を治める領主に買収されたとか色々な事を言われているらしいが、外国の事なのでよくわからない。
恐らく、父上と母上はヒミク侯爵から詳しい説明を受けているのだと思われるが、俺のような子供には詳細な説明の必要はないと判断したようだ。
正直な話、その判断は理性では納得できるが、感情では納得できない。
鎮圧に向かう全員が出来る限り多くの情報を共有している方がいいと思うからだ。
だが、これは情報共有をさせて貰えない、仲間はずれにされたガキの感情からひねり出された方便に近い屁理屈であることに疑いの余地はない。
幼児に家の収入や借金の情報を教えるような人はいないのと同じことで、単に教えるに足るだけの能力を持っていないと判断されただけの話だからだ。
要するに、未だ一二歳の癖に一人前扱いされていないことに不満を覚えて不平を零しているようなもので、ここらあたり、やはり俺の精神性はその肉体同様のガキなんだなと思う。
兄上同様に扱われるための条件は簡単で、一人前だと示すに足る実績を上げればいい。
勿論、これには色々なシチュエーションでの実戦経験なども含まれるので、一度くらい大手柄を上げただけで一人前扱いなどされる訳もないが。
少なくとも、何度もパトロールに同行し多数の経験を積んで赤兵隊の若手達を束ねるような地位にいる五つ上の次兄、トラス兄上は移動中に何度か父上に呼び出されていたのだ。
俺だってあと二~三年も経験を積めば……。
二~三年だって?
冗談じゃない!
俺の感覚ではもう俺の年齢は五〇なのだ。
はっきり言って、父上どころか赤兵隊の誰よりも年上で、老練で円熟した考えが出来るという意識もある。
去年からはパトロールのシフト割や巡察コースなども俺の意見が採り入れられ、それで実際に効率も上がっていると父上と母上は仰っていたし、兄上達や姉上も心から感心してくれているのだ。
また、赤兵隊の経理関係や資産と人員の管理などについても父上達は勿論、実際にそれを担当している者達からも殆ど手放しで称賛されている。
順当に能力を考慮するのなら、父上を補佐する副隊長だって十分に務まる筈だ。
……しかし同時に、俺に詳細な情報を明かさないという父上の判断については理性ではしっかりと納得しているのだ。
肉体的にまだまだ子供なのは言うまでもないが、オースの常識だって碌に知らないし、戦闘技術も未熟、そして傭兵として一番大切な場数を踏んだ回数も圧倒的に足りない。
幾ら他の奴より頭が回ろうが、こんな奴に何もかも情報を開示するなど愚の骨頂だ。
自分では「一人前にはまだまだ程遠い」などと言っておきながら、その心の内では「俺に足りないのは経験だけなのに」と思っているような奴など、下手に情報を与えたら手柄を立てようと先走りするに決まっている。
分かっている。
それなのにどうだ?
そう判断された自分の事を「情けない」とか「不甲斐ない」という気持ちもあるにはあるが、感情の大部分は「なんで俺だけ」という不満で一杯なのだ。
勿論、詳細について告げられていないのは俺だけではなく、二つ上のサリバン姉上は当然として、トラス兄上よりも年が上のアベラルドやラドバン、フランカと言った一般の赤兵隊員などにも知らされていない。
それに対し、俺の感情は「あいつらはまだまだガキだから仕方がない」と感じている。
俺など彼ら以上にガキだというのに、これだ。
本当に度し難い。
……しっかし、生まれ変わる前は四〇近いおっさんだったというのに、どうしてこう俺はガキ臭い感じ方ばかりしてしまうのだろう。
自分で分析したところでは、肉体年齢相応の感じ方に近くなっていると思われるが、俺と一緒にオースに生まれ変わった人達も同様のジレンマに悩まされているのだろうか……?
「へんな顔」
「あ゛?」
街道を移動する部隊の馬車を警護するため、槍を担いで馬車の横を歩いていたら、いきなり顔に文句をつけられた。
ジースの娘で俺より二つ下のタニアだ。
父親であるジースの英才教育の賜物なのか、俺より年下且つ女の癖に純粋な剣技では俺に並ぶ。
まぁ、俺に並ぶ程度なので大した事はないが、年齢を考えると驚異的であり、隊内において将来を嘱望されている一人である。
「この顔は生まれつきだ」
ぶすっとした返答にタニアは「そんなこと言ってるんじゃないわよ」と返してきた。
顔の造作ではなく、表情を指して“へんな顔”と表現したようだ。
「ちょっと考え事をしていただけだよ」
「考え事、ねぇ……」
半眼になってそう言うタニアの顔には、露骨に疑わしそうな表情が浮かんでいる。
前世、西欧人の少女はおしなべて美しい容姿をしているなと思っていたが、タニアは極めつきだ。
一見して妖精か、とでも思うような整った顔立ちに薄い緑色の綺麗な髪をしている。
首の後ろで刈り揃えているのが俺に言わせれば勿体ないけれど。
「それよりちゃんと周囲の確認はしているんでしょうね?」
「ぐ……当然だろ」
痛いところを突かれた。
しょうもない思索に耽っていて周辺監視が疎かになっていた。
このあたりも否応なく自分がガキの心になってしまったと再認識させてくれる点だ。
本来の目的を忘れ、意味のない考え事に没頭するなど、記憶に残る前世の俺からはとても考えられない。
何しろここはいつ魔物が襲いかかって来るかわからないオースの森なのだ。
俺は再び担当の方向へと視線を飛ばした。
・・・・・・・・・
三週間後。
俺達はやっとダーンタフの街の郊外に到着した。
郊外にはヒミク侯爵騎士団が駐屯し、陣地を築いている。
そこに加わったのだ。
駐屯地兼陣地はダーンタフから三方向に伸びる全ての街道に築かれており、現在は小競り合いも減って小康状態となっているという。
駐屯地に入り、詰めていた兵隊から聞いて反乱の原因が判明した。
ダーンタフの街を治めるガルド男爵家には美しい娘がいるらしいが、彼女を見初めたヒミク侯爵は六番目だか七番目だかの妻にしようと思い、ガルド男爵家に対し、娘を差し出せと要求した。
男爵も素直に娘を差し出せば良いのに、何故か断った。
なぜなら、その娘は男爵の従士長を務める士爵の長男と恋仲にあったのだ。
長男は人柄もよく、貴族に求められるおよそ全ての才能に溢れていた。
他には幼い娘しかいない男爵は長男と娘を結婚させ、自分の跡取りにしたいと思っていた。
にべもなく断られたヒミク侯爵はダーンタフの街に重税を課した。
それを不服としての反乱だという。
なお、最近のロンベルト王国ではあまり見られなくなっているが、税の低減や利権の確保など政治的な要求を飲ませるために、領主に対して反乱を起こす事自体はそう珍しいものではない。
このあたりは地球でも中世前には世界各地で当たり前のように散々あったので、文明や文化程度から地球の八世紀とか九世紀、いいところでせいぜい一〇世紀過ぎくらいに相当すると思われるオースなら当然と言えるだろう。
また、反乱と言っても、領都を占領し、領主一族を皆殺しにして自分がそれに取って代わろうとするような性質のものはロンベルト王国では三百年以上も前に廃れており、バクルニー王国を含む諸外国でもここ百年近く、そういった字義通りの反乱は絶えている。
余談だが、こういった性格の文字通りの反乱が最後に成功した例は当時小国の一つに過ぎなかったカンビット王国で反乱を起こし、丸々国を乗っ取った冒険者出身のログモック王だと言われている。
要は、政治的な譲歩を引き出すための一つの手段としての反乱であり、反乱者の要求を認めない限り税も払わないし、最悪の場合は隣の領土を治める上級貴族についちゃうぞ、という脅しなのだ。
今回のダーンタフの反乱も、娘は嫁にやらんし増税も理由が納得行かないので嫌だ、というものである。
因みに、ガルド男爵家は三代前のヒミク侯爵家からの分家であり、家臣同士もそれなりに近い親戚関係にある者もいる。
従って、トップ同士は内心どう思っているのかは分からないが、少なくとも俺が話を聞いた侯爵側の騎士団連中はとても本気で命のやり取りをしようなどという雰囲気ではなさそうだった。
何しろ騎士団にはダーンタフ出身の者も所属している(流石に包囲部隊からは外されているらしい)というのだから当然だろう。
一応は街道を封鎖し、形だけは街を取り囲んでいるが、小競り合いに終始していたのはそれが理由なのだと思われる。
そして、当然の如く反乱自体は小規模なもので、ダーンタフ周辺の街や村は反乱に加担することはなかったのですぐに鎮圧できるものと思われていたという。
落とし所としては、男爵側は娘を諦めてくれれば、多少の増税は致し方ないという所だろうか。
また、侯爵側は従士長の息子さえ討ち取ればそれで問題が解決すると見ているようだ。
ダーンタフの街を潰すのが目的ではないので重税自体は脅し以外の何物でもない事は分かってはいるらしい。
また、街や人に被害を及ぼさないよう、火矢などを使った攻撃についても行われていない。
これを聞いて隊の二割、それもメインではない戦力しか帯同していなかった理由が分かった。
侯爵騎士団は親戚が混じっているかも知れない相手とは戦いたくないし、侯爵自身にもダーンタフの街を潰すつもりもない。
戦うのは傭兵に任せればいい、という考えで、反乱軍も所詮は一地方の小都市が持てるだけの戦力しかないから赤兵隊の二割で充分、という考えなのだろう。
街の西にある駐屯地に到着してたった一日でこれだけのことが分かった。
父上が敢えて俺達下っ端に情報を伏せていたのも、規模の小さな相手だと教えて慢心を誘ったり、大きな手柄を立てられそうな激しい戦闘が予想される一揆の鎮圧に向かいたいとか言わせないためだったのだと思われる。
何せ駐屯地に入ってしまえば相手や反乱の詳細などすぐに掴める状況だったのだし、不満の種になりそうな情報について到着前に教える訳には行かなかったのだろう。
俺も、これらの話を聞いてまず最初に「あ~、こりゃあ大した手柄も立てられそうにないなぁ」と思ってしまったのだから、戦場での手柄が給金に直結する傭兵達にしてみれば、正直言ってやりたくない仕事なのだろうと思われる。
こういった事に対し、最初から思い至らずに当初の感情のまま不満を覚えるあたり、本当に精神性はガキに戻ってしまっているのだろう。
ともかく、小規模な戦闘を起こしてターゲットを討ち取るだけという、ある意味で簡単な仕事なので次兄に部隊指揮の経験を積ませようという腹づもりでもあったのかも知れない。
俺やその他の若手の傭兵達にも貴重な実戦経験を積ませられるし。
何しろ次兄を含む俺や若手達は人相手の戦闘を経験した者は非常に少ないのだ。
パトロールで出会うのは魔物ばかりであり、強力だと言われる魔物も頭の出来は人には敵わない。
勿論、魔物相手だって危険な事に変わりはないし、実際に死者も出ている。
だが、有機的に連携をする相手やきちんとした作戦を立てるような相手とは未だ戦った事がない。
加えて、苦痛の表情を浮かべ、言葉を喋り、同じような姿かたちをした相手とさしたる理由もなく殺し合いをして命を絶つという経験は傭兵にとってある意味で通過儀礼のようなものの筈だ。
傭兵として「処女を失う」「童貞を卒業」するには必要なことなのだろうと思われる。
今のような落ち着いている状況だとこうしてある程度は考えられるし、恐らくは正しい予想を立てることも出来る俺だが、実際に命乞いをするような人の命を絶てるか、と聞かれたら「その時になってみないとわからない」とか「出来らぁ!」と答えるだろうが、本音は「捕虜として囚えれば金にもなるんだから殺す必要はないんじゃないか」と思っている……。
まぁ、捕虜を取るような状況じゃない事もあるだろうけれど、その時に本当に殺せるかどうかは……正直なところなんとも言えない。
何しろ今回の仕事で確実に殺さなきゃいけない相手は従士長の長男たった一人だけなのだし、本当に下っ端の俺が、只でさえ手柄を立てにくい戦場でそんな機会に恵まれるとは思えない。
・・・・・・・・・
二日後。
俺達赤兵隊は最小限の犠牲を払ったのみで反乱の鎮圧に成功した。
だがそれは、隊にとって大変ショッキングな出来事も重なっていた。
トラス兄上の戦死だ。
一騎打ちをしてこちらが負けたら出来るだけの便宜を図るという形で交渉し、相手方も交渉を受け入れた。
この交渉について父上は当初から反対し、兄上も納得していた筈なのだが、兄上は父上が街の南に駐屯する騎士団の中心部隊との軍議に向かい、隊を離れた隙を窺っていたのだ。
俺や姉上も父上の命に背く事になる、と兄上を諌めはしたが若手達の信任篤い兄上は「これが一番簡単で、犠牲も少なく済むのだ」と若手達を率いて強引に出撃してしまった。
俺は父上に報告に行き、姉上は仕方なく兄上に付いていった。
俺が報告に行ったのは俺の方が姉上より騎乗技術が上だったからという、ただそれだけの理由だ。
果たして首尾よく交渉は纏まり、一騎打ちは行われ、兄上は優勢に戦っていたという。
俺の方は軍議中だとにべもなく断られるのは覚悟していたので可能な限り急いで父上に取り次いで貰おうと言葉を尽くし、必死になって交渉した。
流石に警備の騎士団員相手に兄上が勝手に出撃したとは言えなかったので言葉を選ぶのに非常に苦労をした。
取り次いで貰うまで一〇分と掛からなかったのは本当に上出来だったが……。
父上が駆る軍馬に遅れないよう、頑張って馬を走らせると主張した俺だが、父上に強引に後ろに座らされて道案内を命じられた。
走り出してすぐに俺の騎乗技術では父上の足を引っ張るだけだったと思い知らされた。
そして、俺達が一騎打ちの場に到着したとき、兄上は攻撃魔術とクロスボウに貫かれた。
即死だった。
相手方は卑怯にも伏兵を忍ばせていたのだ。
形勢が不利になり、覆せそうにないと見るや、少し離れた場所から攻撃魔術で兄上を狙い撃ったのだ。
尤も、伏兵については赤兵隊も忍ばせていたのでその点について相手だけを責める訳には行かない。
こちらも兄上が不利な状況に陥った場合には即座に援護するべく手はずを整えていたのだから。
だが、所詮は中身おっさんの俺と異なる、碌に教育もされていない傭兵団の若手集団。
どんな卑怯な手を使ったとしても勝てば、生き残れば正義という傭兵団と異なり、一般の騎士団などでは卑怯な手段は嫌われているのが常識だ。
その常識に捕らわれて、こちらが考えることは相手も考えるだろうとは思っていなかったという。
遠目にその光景を見た瞬間、父上は俺に飛び降りろと命じ、大声を上げながら吶喊していった。
走りながら若手達に陣形を指示し、虎の子のフレイムアローを放てる魔法の指輪を使いつつ現場に到着した父上は、あっという間にその場から逃げようとするターゲットを見定めると鬼の形相で討ち取ってしまった。
相手と兄上の他にはお互いに数人の死傷者が出ただけであっという間に反乱は鎮圧された。
勿論、若手達はこってりと絞られ、俺も姉上も兄上の無茶を止められなかった事で叱責された。
兄上が戦死する現場を目にしてしまった事もあり、俺と姉上は一言の反論(冷静に考えると、兄上を止めるのは無理だったとは思われるが)もなくただただ項垂れるしかなかった。
そして、更に半月後、本当の目的地であるバクルニー王国の首都、レギンカイルに到着した。
予定では今からひと月くらい経たないと母上達は到着しない。
俺と姉上、そして父上は母上に合わす顔がない程に落ち込んでいる。
うーん、なんか忘れてるような……あ、タニア……まぁいいか、次で。




