第二百四話 粘り腰
7450年5月9日
昼近くなる頃。
漸く領内に駐屯していた王国騎士団から抽出された者たち全員がべグリッツに到着した。
今日まで五月雨的に集合していた者達を含め、人数はぴったり一〇〇名だ。
彼らを俺のリーグル伯爵騎士団の訓練従士と共に整列させて一席ぶっていた。
「……と言う訳で、出発は来週の火曜を予定する!」
出発まで日程がやけに空く事に気がついたのか、不思議そうな顔をしている者が大多数だ。
「それまで、そなたらには別の仕事……間引きをやって貰いたい! ここでの働きは各人の評価査定に大きく関係するので奮励して欲しい!」
今回集めた者達は、ここに来ていない隊長クラスを除いて俺がこの地に来て以来、一年以上かけて観察し、絞り込んだ者たちだから、この程度のおかしさに気が付かないような奴は殆どいない。
「まずは今日! これから一時間後に出発する!」
因みに、能力が高そうな者の中でも、忠誠心が低そうで且つ目端が利きそうな奴を中心に選んでいるので、言うなれば一癖も二癖もありそうな者たち、と評することも出来よう。
「装備は持ってきているなら弓矢と、なければ槍だけでも良い! 各自速やかに食事を済ませろ! 解散!」
リーグル伯爵騎士団は掛け声と同時に隊舎へと走り出す。
王国騎士団の者たちは当初だらだらと歩き始めたが、その様子を見て数人が走り出した。
それにつられるように残りも走り出す。
あっという間に全員が隊舎を目指して走り去っていく。
いい傾向だな。
台座を降りると控えていたバリュート士爵が寄って来た。
「団長。場所は特定済みで目印も立てておりますが……その……」
バリュートはなんだか煮え切らない声で言った。
まぁ、実際に目にした訳ではないから、そういう反応になるのもむべなるかな。
「ああ、やる。これから出れば目的地には今日中に着くだろ」
「ですが、ベージュからの連中は今さっき着いたばかりですよ? まだ相当疲れてるのでは?」
「そうだな。だが、戦時に疲れてるとかなんだとか言えるのか? 敵はこっちの都合なんか考慮してくれないだろ? むしろ疲れてる時を狙うのではないか?」
「……確かに」
バリュートは副団長なだけあって、兵士のコンディションにはよく気を配る質だが、甘すぎるよなぁ。
俺にここまで言われても「それなら集合場所をべグリッツにしなくても……」とかなんとかブツブツ言っている。
だけど、それだと伯爵閣下で騎士団長でもある俺の方が先に移動しなきゃいけないじゃんか。
いや、まぁ、必要ならいいけど、今回は必要じゃないし。
尤も、集合もマチマチだから、全員が集合するまでの間はそれなりの場所も必要になるのでそうしたくても出来なかったってのが本当のところなんだけど。
うん、出来るだけ兵隊に野宿をさせないようにしているあたり、俺の方が甘いか。
それはそうと、夜討ち朝駆けは満足な明かりや個人装備が充実していないオースではちょっと異常だが、俺の知る軍隊では基本だ。
特に、将来俺の軍隊の中核を担う者も出るであろう彼らは、今のうちに少しでも機会を見つけて鍛えておかなければならない。
そして一時間後。
用意してあった食事を済ませた兵士たちは軽装で整列している。
彼らを率いる俺だけが騎乗して出発だ。
最初の目的地はべグリッツ駅である。
駅に到着すると、予めズールーに用意させてあった馬や馬車が並んでいる。
客席が設えれられている、いわゆる客車はまだ一両しかないので、それ以外は貨車だけどな。
「よし、分乗しろ」
客車一両に貨車が五両。
二両三編成の列車に全員を乗せた。
総勢一三〇名程度だが、三編成もあると流石に余裕があるなぁ。
「では、先に行ってるからな」
愛馬ウラヌスに騎乗したまま線路に乗り入れるとムチを入れた。
すぐ後ろに親衛隊長であるズールーも騎乗して付いて来る。
今気づいたが、こいつも従士なのに訓練隊に入れてなかったな……。
ま、いっか。
どうせ俺の傍にいることが多いし。
今までどおり俺が直接指導すればいい。
幸いこいつは物覚えも良くて真面目、加えて忠誠心も高いし。
俺とズールーの役目は列車に先行して線路を走り、異物などがないか確認することだ。
勿論、今日も列車は線路の工事地点まで資材を運んでいるからそういったものは無い筈だが、念の為ね。
ダモン村までの三五㎞を少しゆっくり目で進む。
当然だが線路に異物はなかった。
建設中のダモン駅の傍では伯爵騎士団の従士が馬車を停めて待機している。
「ご苦労」
敬礼を送ってくる従士に答礼しながら声を掛け、馬から降りた。
馬に水を飲ませて待っていると、暫くして最初の列車が到着した。
列車は急停止などに備えて五分くらいの間隔を置いてべグリッツを発っているというから、車間距離は充分に考慮されている。
「ほ、本当にダモンだ……」
「あれだけ速けりゃあな……だが、ベグリッツからここまで二時間も掛からないとはな」
「乗り心地も良かった」
口々に感心した声を上げる王国騎士団員たちに「早く降りてください」と伯爵騎士団員が声を掛け、降車させた。
全員が揃ったところで二列縦隊で行進だ。
ここからクドムナ村まで直線を引き、その半分程の場所が次の目的地となっている。
途中まで道はあるが、最後の二㎞くらいは林や原野を進むことになるので、今日は移動して終わりだろうけれど。
道中にはところどころに目印が用意されているので途中で迷うことはない。
日が暮れる頃に目的地に到着した。
目的地は少し開けた場所で、既に十数人の騎士団員が数台の馬車と共に到着を待っていた。
彼らは数日前からこの地に荷物を運び、全員分の天幕を張って野営の用意を済ませていたのだ。
「よし。今夜はここで休む。明日、朝食と天幕の片付けを済ませたら間引きを開始する」
途中二回の休憩のみで三時間も歩かせてきたが、軽装を指定していたために疲労困憊になっている者はいない。
幾つか火を熾し、鍋にお湯と干し肉を入れてスープを作らせる。
スープの他、今夜の主食はカンパンだ。
俺も伯爵専用の少し大型のテントの前に座り込んでカンパンを齧り始める。
今回は伯爵騎士団も従士ばかりだし、王国騎士団も隊長格の者はいないからか、親衛隊長兼従卒兼給仕でもあるズールー以外はまだ誰も俺の傍に寄って来な……やっぱり来やがったよ。
「団長閣下、夕食をご一緒しても宜しいでしょうか?」
先行して到着していた従士たちがぞろぞろとやって来た。
うん。まぁ、ラルファとかグィネとか旧煉獄の炎の連中なんだけどね。
因みにこの野営地を選定し、正確にこの場所を特定したのはグィネだ。
「……だめだ。自分の天幕に戻れ」
従士訓練期間でもあるこいつらと作戦行動中に親しく付き合うことは避けたい。
それに、折角王国騎士団の連中も一緒なんだからどうせなら彼らと話をしてみたい。
お前らが傍に侍っていたら遠慮して近づいて来れないだろうがよ。
「え……」
断られるとは思っていなかったのか、絶句してすぐになにか言い返そうとするラルファにズールーが目配せをしたようだ。
ラルファたちは「わかりました」と言ってすごすごと引き上げていく。
うん。
まぁ、なんつーの?
気の毒な感じもするが、本音を言えばあんなことがあってから一月くらいしか経ってないし、俺としてはなんとなくラルファと話しにくいんだよね。
いやさぁ、今は他の人もいたし、事務的なものを除いて普通の会話を始めるリハビリには丁度良いんだけどさ……。
ん?
って事は……あいつの方は?
あんな事があった後なのに、あいつの方から傍に来て一緒に飯食おうとか、俺の感覚じゃあなかなか出来ない事だ。
かなりの勇気がいるだろう。
……もう吹っ切ってくれたのかな?
あっけらかんとしたところもあるあいつの性格なら、俺のようにいつまでも引き摺ることはないのかも知れんし。
だとしたら、なんだか無下にしてしまったようでちょっと後悔に似た気持ちが湧くなぁ。
そんな事を考えながらゆっくりとカンパンを齧っていると、王国騎士団から数人の兵隊がやってきて、先程のラルファと同じように声を掛けてきた。
当然、受け入れる。
いい機会なので色々と話をしてみたいしね。
どうやら、俺が王国南部の兵権を握ったことについては概ね好意的に受け入れられているようだ。
これには少しホッとしたが、考えてみれば俺はついこの前もブルードラゴンを倒したドラゴン・スレイヤーだし、兵士たちにしてみれば実績のある英雄なんだから心配する必要はなかったのかも知れない。
理屈では解っていたけど、やっぱり生の声で言われなきゃ実感が伴わないからねぇ。
それに、若い奴らからはそんな俺にくっついてりゃ手柄を挙げられそうだという打算も見え隠れする。
こういった事に関心のない奴ってのは信用できないが、あまり手柄を上げることばかりに執心されてもそれはそれで困る。
何でもバランスってのは大切だよね。
その点、多少年嵩の者は上手く若いのを誘導して今回の間引きでの評価点や、指揮官が同行していないことについての理由を聞き出そうとしている者がいる。
これについては、目端が利きそうな奴らを集めたんだから当然だろう。
答えないけど。
それはそうと、故郷を恋しがる者もいた。
ちょっとだけ心配していたが、やはりそういう人もいるか……。
一〇年後、王国軍に戻す者たちはこういう……いや、全員が全員、一〇年も異動なしって訳もないし、これについてはちょっと心配が早すぎたかね?
そうして食事を済ますと就寝だ。
見張りは従士たちや王国軍関係なく持ち回りで野営地の周囲を歩き回ってパトロールする。
例外は俺だけ。
木の板を敷いた上に自慢のウォーターベッドを載せ、毛布を敷く。
うむ、これならいい寝心地だ。
本来、騎士団長なら寝台を運ばせるものらしいが、ウォーターベッドと毛布の組み合わせならそこまで荷物にはならないし、最高だねぇ……これ、もう少しゴムに余裕が出来たら正騎士連中には支給してもいいかもなぁ。
・・・・・・・・・
その夜。
深夜の見張り当番を終えたラルは自分の天幕には戻らずに、アルが一人で寝ている天幕に向かった。
アルのテントは野営地のほぼ中心にあり、それを半径五m程で囲むように他の天幕が建てられている。
アルのテントから少し離れた場所では丁度ズールーが騎士団長の見張りとして周囲に睨みを利かせている。
「どうした? 寝ないのか?」
ズールーは不思議そうな声でラルに尋ねた。
現在は実戦に準ずる間引き作戦中のため、同じ従士同士であるからか敬語は使わない。
「ん。ちょっとアルに相談があって」
「団長閣下とお呼びしろよ」
「あ、そうね。団長閣下に取り次いで」
先日あった出来事について、ズールーは何も知らない。
就寝しているアルを起こすのは躊躇われる。
「ご主人様はもうお寝みなさっておいでだ。朝になってからじゃ駄目なのか?」
「うーん……私はそれでもいいけど、お、お父さんが……」
「ゼノムさん?」
「ん……まぁ、ファイアフリード家の事でね、ちょっとね……」
ズールーは貴族の家の事情のようだと思ったが、それにしてもこんな時間に、まして今話すような事でもないだろうと考えた。
なお、ラルの方はこの時間のアルの見張りがズールーである事を確認した上で真夜中の見張りに志願している。
そして、ズールーならば気心も知れているので他の者より要望も通り易いであろうし、アルのテントの中で何が起きたところで絶対に口外しないという確信もあった。
ついでに、この時間ならアルの眠りが浅くなる事については昔からの殺戮者のメンバーならば全員が知っている。
「ん……何かあったか?」
ラルが睨んでいた通り、この程度の会話音量でアルは目を覚ましたようで、意外にしっかりとした声を掛けてきた。
ズールーは溜め息を吐きながら「……ちょっと待っててくれ」と言ってアルのテントへと向かい、入り口に跪いた。
「ご主人様、ご宸襟をお騒がせして申し訳ございません。異常ではございませんのでご心配はいりませんが、従士ファイアフリードが話があると……」
「あん? ……誰が?」
「ラルです。何でもファイアフリード家の……お、おい!」
ラルは許可も得ないままズールーの脇を通り過ようとする。
これは彼女にとって、連続する大きな賭けであった。
「いいよ、通せ」
夕食時の事もあってか、アルは案外と素直にラルをテントに入れる許可を出した。
一瞬だけラルの顔にホッとした表情が浮かんだが、すぐに消える。
同時にテントの入り口の隙間から明かりが漏れた。
真っ白な光から察するに、アルが灯りの魔術を使ったのだろう。
「アル……」
テントの入り口を潜ったラルはまばゆさから僅かに顔を顰めた。
テントの外では肩を竦めたズールーが定位置に戻っていく。
「どうした? こんな時間に」
そう言いながらアルは携帯型の時計の魔道具に手を伸ばしている。
「十二時過ぎたばっかかよ……」
「ちょっと話したくて。座ってもいい?」
アルが返事をしないうちにラルはウォーターベッドに半身を起こしたアルの側に腰を下ろす。
「何だよ?」
「……振られに来たの」
「はぁ?」
アルは思い切り間の抜けた顔をして、表情と同様に間の抜けた声を上げた。
「私、アルのことが好き」
「……」
突然の告白に、アルの表情は混乱を表す。
が、すぐに元に戻った。
「今、何考えてるか当てようか?」
「え?」
「最初は、こんなところでこんな時間にいきなり何を言ってるんだ? で、次に……」
「……」
ラルはアルの顔色を窺うように僅かに上目遣いになって隣を見た。
「……次に、何と言って断ればいいのか……って考えてる」
その答えを聞いたアルは「こんな時にそれ以外を考える奴がいるなら、一体どんな人物なのか教えて欲しいものだ」と思ったが、何も言わなかった。
「最初にあれ?って思ったのはね……」
「……」
「マルソーを買った頃……ううん、買う前かな? バルドゥックでドルレオンさんを助けた時」
「……」
「あれ? 遺品とか全部返しちゃうんだって、いいとこあるじゃないって思ったんだ」
「……」
アルは何も言わずにゆっくりとラルからテントの隅に視線を移す。
「次はね、アルがバルドゥックで頑張る目的の事を話している時。お父さんに、アルは自分の心の内をそっくり吐き出せるような、家族に近い存在が欲しいんだと思う、と言われた時。そういう存在になってもいいな、なりたいな、って思った」
「……」
ラルもアルから視線を外すと、アルが作った灯りの魔術を掛けられた石を見ながら話し続ける。
「あとねぇ、ジェムソンだっけ? 飲み屋で他の冒険者と喧嘩した時、それとなく私の後ろを守ってくれてたじゃない? 頼りになるなぁって……」
「……」
アルは「そういう時はベルもいたし、別にお前の事だけを心配していた訳じゃないんだが……」と思ったが、あえて何も言わなかった。
「商会の建物を買った時も、ヨトゥーレンさん達を雇ってあげたじゃない? 普段はわかりにくいけど本当は優しいんだ、って感心した。思えばその頃からなのかなぁ? 好きになったの……」
「……」
アルは「その頃って……兄貴にきゃあきゃあ言ってた頃じゃないか?」と思ったが、引き続き何も言わなかった。
「それから、アルが落とし穴の罠にかかって戻ってこれなくなっちゃった時。あの時、私はアルが大切なんだって自覚したの……」
「……」
アルは「俺にゲロ吐いといて、流石にそれはないわぁ……それともあんだけの事をしといて忘れてんのかよ?」と思ったが、我慢して何も言わなかった。
「それから……それからはずっと好きだった……でも……」
「……」
「ねぇ、教えて。ミヅチと会うよりも先に私が……ううん、やっぱいいや……」
「……」
アルは「そんな事聞かれても答えられるわけがないだろ? そもそも何て言えばいいんだよ?」と思ったが、やはり何も言わなかった。
「ミヅチ、綺麗だしね……。それに、ちゃんと気持ちを伝えたんでしょ?」
「……」
「私は何も言わなかったしね……ミヅチが入って、アルがいずれ結婚するかも、って言った時、言わなかった後悔と一緒に、切なくなった。私もアルが好きなのに、って思った……私の方が先に好きになったのにって……もっと好きなはずなのにって……」
ラルは喋っている途中から洟を啜り出す。
それに気がついたのか、アルはちらりと様子を窺ったが、すぐに視線をテントの隅に戻した。
「でも……本当はずっと前からミヅチはアルの事が好きだったって……私の方が後だったんだって……」
「……」
「アルはまだ結婚してないって言って……でも、そういう言い方をするってことは、やっぱり将来は結婚するつもりなんだって……うっ……」
「……」
「ミヅチにもつまんない嫉妬したし、でもアルには嫌われたくなくて……気持ちもぐちゃぐちゃで、何度もどうかなりそうになった……」
「……」
「それでも、どうにか折り合いをつけて、二番目でもいいやって思って……」
その言葉でアルは僅かに目を見開いてラルの方へ視線を戻したが、ラルは変わらず冷たい光を放つ石を見つめたままだ。
それを見たアルは、ゆっくりとテントの隅に視線を戻す。
「お、お互いヒュームだし、アルとの間に何人も子供を作れば、アルの跡継ぎも、ファイアフリードの家も問題ないじゃんって……」
「……」
アルはミヅチに子供が出来たことについて、言うべきかどうか迷ったが、死産の可能性もあるし、まだ言うべきではないだろうと考えて黙っていた。
鑑定でも死産かどうかは生まれるまではわからないのだ。
「でも、アルは第二夫人をって……私の気持ち、気づいてたんでしょ? それでも私を選ばないんだなぁって……うっ……ま、まぁ、私も何も言わなかったんだから、アルだって反応し辛いよね……」
「……」
アルは「そうだよ。ミヅチと違って絆された訳でも、愛してもいないお前に何故俺から求婚しなきゃならんのよ? それに、お前の家は男爵家だし、ちゃんとした配偶者がいた方がいいに決まってるじゃないか」と思ったが、流石に何も言わなかった。
「ねぇアル。こっち向いて」
ラルの言葉にアルは視線を移した。
数十センチの距離で二人の視線が絡む。
「私、女としてあんまり魅力ないかな?」
「……いいや。可愛い方だと思うぞ」
アルの声は僅かに掠れている。
「うん。知ってた」
「でもそういうとこはな」
性格については一言ありそうだ。
「それも知ってる」
「そ、そうか」
知っててそれか、とアルは鼻白む。
ラルの黒い瞳から涙が溢れ出す。
「うざいよね、私……」
「……」
うん、少し。
そう思ったが、ここで黙っていてはいけないと思いながらもアルは黙っていた。
それを口にすることは出来なかった。
「私はアルが好き。大好き。結婚してください」
涙を零し、鼻水まで垂らしなら、精一杯の微笑みを浮かべてラルは言った。
「んっ……」
アルは小さく息を呑む。
何か言おうと口を開きかけたが、ラルはそれを制して言葉を続ける。
「さっきも言ったけど、今日ね……」
――振られに来たの。
つい先程聞いたセリフが脳内で蘇り、アルは黙したままラルの目を見つめている。
アルは内心でホッと安心したが、表情を動かすような真似はしなかった。
「ちょっと遅くなっちゃったけど……第三夫人でもいいから……結婚して!」
そう言うとラルは隣に座っていたアルを押し倒し、無理矢理にキスをしようとした。
「お、わっ? な、ぐっ!」
突然の行動に咄嗟に顔を横に向け、僅かに唇が触れただけで済ませたが、ラルはそんなアルの頬に吸い付いたばかりか、体をずらして唇を狙っている。
「おい! お前、振られに来たって……!」
慌てたように言うアルの声量は抑えられていない。
「うん! でも、話してるうちに思い直した! やっぱ諦めない!」
「くっそ、なんでこんな馬鹿力が……ズールー!」
死闘は僅か一〇秒にも満たなかったが、ズールーに引き立てられてテントに戻るラルの顔には満足そうな笑みが浮かんでいた。




