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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第二百三話 東へ

7450年5月8日


 夕食を終えたグレースとフィオは、二人に割り当てられた部屋に戻ってきた。

 会話もないままに窓を開け日没間際の夕日を部屋に取り込むと、フィオは魔法を使ってお湯を出すと桶を満たし始める。

 そして、何枚かの薄っぺらい手拭いを桶に浸して固く絞り、小さな机の上に並べた。


 それを見ながらグレースは服を脱ぎ、裸になると椅子に腰を掛ける。


 フィオは手拭いを一つ取り上げてグレースの後ろに回ると、その体を拭き始めた。


「……ああ」

「ん?」

「気持ちいいわ」

「そうか。脇を上げろ」

「うん」


 オレンジ色の夕日が差し込む部屋にゆったりとした時間が流れる。


「じゃあ次、あなたね」

「ああ、頼む」


 体を拭き終わり、服を着ると二人はお湯が入ったままの桶を持って部屋を出た。

 外で髪を洗うためだ。


 二人は、野営をする時以外は必ずこうして体を拭いているし、余ったお湯で髪も洗っているので、オース一般の人よりは高い清潔さを保っている。


 髪を洗っている間に日が暮れ、辺りは急速に薄暗さを増して行った。


 そそくさと部屋に戻ると、片付けられたテーブルの前に椅子を並べてそこに座った。

 グレースはそこに薄いバットのような容器を置くと小さな袋を取り出してその中身をバットに零す。


――何かわかった?


 袋の中身は砂であった。

 そこに指で文字を書いたのだ。

 お互いに夜目の特殊技能を持っているため、僅かな明かりさえあれば特に困ることはないのだ。


――大主キョウの戻り予定は不明なママ


 フィオは画数の多い文字はカタカナで書いている。

 また、句点も省いていた。


 グレースは木べらで砂を均して書かれた文字を消すと、また新たに文字を書く。


――こっちも収カクはなし


 それを見てフィオは頷くと文字を書き始める。


――ミョウなことをキかれた

――?


 フィオは木べらで砂を均した。


――妙


 フィオが少し大きめに書いた文字を見て、グレースは「それはわかる」と憤慨したような顔をして小声で言うと砂を均す。


――オークのステータスを見たことがあるか? とキかれた


 照れたような笑みを浮かべてフィオは書いた。


――ダレに? 見たことがあるキもするけど


 そこまで書いて砂バットはかなり狭くなったのでグレースは砂を均し、続きを書き始める。


――オボえてない

――ペギーだ 私もそうコタえた


 フィオの答えを見てグレースが「それで?」と言った。

 フィオは砂を均して続きを書き始めた。


――日本人ならブタ人ゾクと見えるハズだと

――そうだっけ?


 グレースの答えを見たフィオは、また砂を均して指を伸ばす。


――見たのは何年もマエだから正カクにオボえてないが、そんなキもする

――タシかコボルドなんかも人ゾクよね?


 その後も小声混じりの筆談は長い間続けられた。




・・・・・・・・・




7450年5月9日


 デーバス王国の王都ランドグリーズから軍の一部隊が出発した。


 目的地は東部戦線の最前線、国土の最東部にあるツラミと呼ばれる街である。


 彼らを率いるのは王太子であるアレキサンダー・ベルグリッドで、規模は僅か二〇〇人程という小部隊だ。

 戦闘員の数ではロンベルト王国の一個中隊にも満たない小規模な部隊だが、構成員の大部分は国内最精鋭の白鳳騎士団から抽出された騎士であり、現時点で東部戦線に回せる精一杯の数と言っても過言ではない。


 現在、デーバス王国は東隣のカンビット王国と激しい領地争いを繰り広げているのだが、ここ数十年はかなり旗色が悪く、南進してきたカンビット王国軍に押し潰されるようにかなりの領土を失っていた。

 このカンビット王国の南進は三〇年近く前に開始され、海無し国だったカンビット王国は僅か半年程の期間でデーバス王国を縦断し、海岸線を得る。

 そのせいでデーバス王国は元々海岸沿いに接触していたコーラクト王国との接触を絶たれてしまった。


 これについては、デーバス王国の守備隊が力不足だった訳ではない。

 当該地域を治めていたファルラック侯爵という人がカンビット王国と内通し、その軍隊を引き入れた事が最大の敗因である。

 尤も、南進したカンビット王国軍が海岸線に到達して東西に分進し始めた時点でそのファルラック侯爵も殺されてしまっているので、責任を取らせる者は既にこの世にはいないのではあるが。


 カンビット王国軍は海岸線まで到達した南北に伸びる侵略線を、東西に広げる形でデーバス王国の東部を切り取り続けた。

 結果としてカンビット王国は南進を始めてから一〇年ほどで南北一五〇~二〇〇㎞、東西二〇〇~二五〇㎞程にも及ぶ広大な土地を奪うことに成功した。

 その後はデーバス王国側も激しく抵抗した結果、侵攻速度は激減したものの、国土防衛戦は現在も続いているのだ。


「徒歩がいないだけあって到着には一月もかからない、か……まぁ、今回は連日オートミールじゃないってだけでも助かるけどな」


 王太子の脇で馬を駆る白凰騎士団の百人長、ミューネイル・サグアルが言った。


「おいミュール。レーンに聞かれるかもしれないからその話はもう忘れろ」


 アレキサンダーが苦笑いを浮かべて答える。


「そうだな。って、レーンは大分後ろの馬車だから聞こえないさ」

「ん……それもそうか……って、もう作戦は始まっているも同然なんだから、一応口の利き方には気を付けてくれ。いつ誰に聞かれるとも限らんし。俺はともかくとしてお前の方は面倒くさいぞ」

「ああ、すまな……申し訳ございません」

「いや、そこまで畏まらなくてもいいけど。階級も同じ百人長なんだし」

「恐れながら、殿下の方が先任ですし、それに隊長でもありますから」

「そりゃ嫌味かよ。手柄を上げて勝ち取ったお前と違って、どうせ俺の階級なんか親の七光だよ……」

「ふぅ~っ。そう言わずに。それに王子なんだから当然のようにデンと構えていて下されば……それはそうと、最後までヘリオサイド五百人長もお供したいと仰られておりましたが、本当にお連れしないで宜しかったのですか?」

「私も同行して欲しかったのだがな。流石に白鳳騎士団の五百人長は引き抜けん」

「階級も上だし?」

「それも言われた。ところで、物資の方は抜かりないだろうな?」

「ええ。火薬は六樽。弾も五万発。銃も予備を含めて一四三丁、全て持ってきました。人員もレーン達を除いて全員が一〇〇発以上の射撃訓練を経験した者だけで固めてますから……って、さっきも報告しましたよね、これ?」

「すまん。俺にとっては初めての大きな実戦だし、鉄砲の導入も初めてだからな。セルも絶対大丈夫だと請け合ってくれてはいるが、どうにも不安でな」

「ま、慎重なのは良い事です。戦場では大胆な奴から死んで行くという諺もありますから。気が大きくなるより将としては余程良い資質ですよ……」


 ある種和気藹々とした雰囲気を漂わせている先頭部分。

 対して部隊の中ほどに位置する馬車隊では深刻そうな顔つきで額を突き合わせる者達がいた。


「あー、戦争は嫌だわ……」


 馬車の荷台に積まれた四角い木箱の隙間に敷いたクッションに座りながらレーンティア・ゲグランが言った。

 その声音からは、心底戦争への参加を嫌がっている事が感じられる。


「そうだな。俺も戦争は嫌いだ」


 その横で胡座をかいているヘクサー・バーンズが答えるが、彼の声も溜め息が混じっているように聞こえた。


「あら、ヘックスはこの前、これも必要な戦いだって……」

「ん。確かにそう言った。でも、必要なのは間違いないけど、嫌いなものは嫌いだよ。なんでもかんでも軍隊って枠組みで抑えられるし。どうせ命をかけて戦うなら迷宮の方がよっぽど気が楽ってもんだ」


 黙って二人の会話を聞いていたヴァルデマール・ナバスカスが何か言いたそうな顔をしたが、口を挟むことなく黙したままだ。


「そうねぇ……迷宮で相手をするのは人間じゃないしね」

「だよな。でも、レーンだって国に認められるような手柄は必要だろ?」

「それはそうだけど……」

「なら、今が踏ん張り時だろ。Bになっちゃった以上、仕方ない」


 ナバスカスも肩を竦めながら答えるバーンズを見つつ、ウンウンと言うように頷いている。


「それもそうだけど、人を傷付けるのはあまり気分が……切り替えるしかないけどね」

「ああ。でも今回は鉄砲(こいつ)がある。これさえありゃレーンの仕事は陣地構築が中心になるだろ? 直接カンビット兵に攻撃魔術を使わなくたって……」

「だといいけど……」


 ゲグランは眉間にシワを寄せて言葉を濁す。


「何か気にかかることでも?」


 遂にナバスカスも会話に参加した。


「火縄銃って私がイメージしてた使い方じゃないみたいだから……」

「ああ、確かに」


 ナバスカスもゲグラン同様に戦場での銃の使用法については然程詳しくはない。


 何度も射撃の練習をさせられたが、火縄銃の威力は鎧を着ていない相手なら命中しさえすれば二〇〇m先でも傷を負わせることは可能だが、標的が金属製の鎧を着た騎士など防御力の高い相手なら有効射程は五〇mもないのだ。

 せいぜい四〇mもあるかどうかと言ったところである。


 何より射撃間隔が長く、初弾はともかくとして次弾を撃つ準備中は移動すらも難しいため、待ち伏せ的に使う方が有効だろうと思われた。


「でも、発射音はレーンの魔術で消せるじゃないですか。そうすると待ち受けるような使い方ばかりじゃなくて攻めるような使い方も出来るし」


 ナバスカスの方はバーンズと比べて幾分丁寧な喋り方だ。


「そうなのかなぁ。確かにサイレンスは有効でしょうけど、効果範囲を広げると結構魔力食うのよね、あれ。それに、範囲も変形させなきゃいけないしね。そもそも、相手まで結構近いから……そうなると撃たれる人も見えちゃうし……」

「そこは我慢するしかないな。魔法を掛けたらレーンはしゃがんで目を閉じてたっていいんだし、相手の声が聞こえないだけまだマシだろ? 俺達は直接銃を撃つんだぞ」


 バーンズは「贅沢言うな」とでも言いたげな顔で言う。


「まぁね……」


 人馬は東へと進んで行く。




・・・・・・・・・




 ダーリンス宮殿の親衛隊詰め所。


『それで、ファイアフラッシュ商会は何と言っているんだ?』


 センレイド・ストールズがズヘンティス・ヘリオサイドに尋ねた。


『当面の間は今まで通り三か月で二〇丁が限界だと。増やせても一丁か頑張って二丁。但しその場合の工作精度は期待しないで欲しいと。割増料金を貰ったとしてももう限界だと、あんだけ疲れた顔で言われちゃあな……それ以上強くは言えなかった』


 ヘリオサイドは残念そうな声で答えるが、その顔つきは然程残念に思ってはいないようだ。


『そうか……あそこ以上に腕の良い鍛冶屋は無いからなぁ……』


 数年前、鉄砲鍛冶を探すために、ランドグリーズとその近傍にある全ての鍛冶商会に精密工作のコンペをやらせたのだが、彼らを満足させた鍛冶商会は一つとしてなかった。

 一番マシな結果を出したファイアフラッシュ商会を鉄砲鍛冶として抱え、育てて来たのだが、昨年から漸く年産八〇丁という生産力では軍備の拡充は思うままにならない。


『弾だけでも別の商会で作れないかな? 最後にコンペを掛けたのって一年半も前でしょ? 他の鍛冶商会もそれ以降腕を上げてるかも知れないよ?』


 アラケール・カリフロリスが事務の手を休めて口を挟んできた。


『弾だけでも他の商会で作れるなら、ファイアフラッシュさんの所でも少しは余裕が出来るでしょ? 生産量はともかく、お弟子さんへ教育する時間だって作ってあげなきゃ永遠に年産八〇丁のままよ』

『確かにな……』


 ヘリオサイドが納得するように答えるが、ストールズは『簡単に言うなよ。弾の形は命中率に直結するし、結構大切なんだぞ』と諌めた。


『でも、火縄銃は前に飛びゃいいんだ。そもそも狙撃に向いてないからまずは一〇〇丁を超えるように数が欲しいって言ったのお前だろ?』


 ヘリオサイドは片眉を上げて答える。


『ん……それもそうか。変な弾だって五〇mかそこらなら大体狙ったところに撃てるし、もう少し引きつければいいだけだとも……まぁいいか。アルコ、前の弾のコンペで提出して貰ったサンプルが見たいな。すぐ出せるか?』

『ちょっと待ってて。捨ててないから倉庫から持ってくる』


 カリフロリスが部屋を出ていくとヘリオサイドが溜め息を吐いた。


『軍隊って本当に金ばかりかかるな……』

『ああ。国家予算の九割が軍事とその関連費って、この時代だからこそだけどもう少し他にも金を回さないと国なんかいつまで経っても変わらんわ』


 ストールズもやるせない声で答える。


『クリスの船が思ったほど金が掛からないってのが意外だったよな』

『そうだな。初めてフジを見た時は、こんなでかい船なのにドックも入れて七億掛からなかったってのが信じられなかった……』

『クリス自身も人件費が当初予想よりも大分少なかったって驚いてたなぁ。まぁ、漁に使うような小型の漁船が五〇〇万もしないで作れるって知った時も、そんなに安いのかって俺もびっくりしたけどな』


 漁船の場合、費用の割合は材料費が約五〇万に船大工商会への人件費が約四〇〇万くらいとなる。

 対してフジ号の建造においては、木材などの材料の調達費用が一億五千万程掛かっており、それ以外の費用が徴用した船大工や漁師などに支払われている。

 材料費が高いのは、フジ号以降に建造する大型船の材料費も含まれているためだ。


 しかしながら、下働きや材木運びは勿論、一番人手の必要なドックの穴掘りに対して軍の方からかなり纏まった数の奴隷を借りる事が出来た上、元々カルネリの街に住む奴隷の徴用権を得る事が出来た事も費用の圧縮に大きく寄与していた。


 因みにフジの建造費である七億Zという費用は、王都の騎士団に所属する一人前の騎士一五〇人程の年間費用に相当する。


 決して安価ではないが、今後恒常的に使えるドックや、フジ号以降のより大型で本格的な艦船建造の材料費も含めた費用である事も考慮すればかなり安く済んだとも言える。


 そのお陰もあって、現在はフジ号を建造したドックの傍に更に大きなドックを二つも掘り始めている。

 ついでに、単なる田舎町であったカルネリも充分に潤っており、多少の生活の不自由さについてもあまり大きな不満には発展していない。


『それはそうと、問題は銃の費用だよな』

『ああ。一丁二〇〇万ってのは流石に高い。本来なら競争させてもっと安く作りたいところなんだが……』

『満足な性能で作れるの、あそこしかないからなぁ……』

『そもそも刃物鋼が高すぎるんだよ……碌な合金が作れないってのは痛いよな』

『ああ、鉱石の形で出てくるのは便利だけど、それで冶金技術が未熟なままってのはいただけないよ』

『レーンなら簡単に溶かして作れるけど、比率がな……』

『うん。そういう知識のある奴、欲しいよなぁ』


 二人は顔を見合わせるが、思い出したように事務仕事に戻った。


 

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