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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第百六十八話 漏れ

7450年2月24日


 日が落ちた直後くらいに援軍が到着した。

 俺がトカゲ野郎をぶっ殺したのが一昨日の午前中。

 その後のモンスター大暴走を始末したのがそれから一時間後。

 援軍要請の伝令を出したのはその後だ。

 石油の匂いを嗅ぎながら馬車に揺られていたのが昼前辺りで、タンクール村に到着したのが昼過ぎ。


 ダービン村に駐屯していた偵察部隊の隊長によると、本来ダービン、ゼンド、インゲル村に駐屯していた王国軍はゼンド村から七、八㎞程北にあるロッシュ村に集められていたとのことなので、彼らは三〇㎞以上の道のりを二日強で移動して来たことになる。


 曲がりなりにも道のあるダービン村まではともかくとして、ダービンとタンクール間は道なき道と言っても過言ではない。

 いや、今年の頭に大軍が通っていたし、道なき道とまで言うのは流石に言いすぎか?

 何だかんだ言っても、黒黄玉ブラック・トパーズが使っていた馬車でも通れたんだしな。


 俺の前に跪いて到着の報告をしているのは、王国第二騎士団に所属する二四二中隊と二五四中隊の中隊長だ。


 元々ダービン村とインゲル村に分かれて駐屯していた二四二中隊は、先のタンクール村への侵攻作戦の折に全部で三〇〇名以上も居た中隊員のうち一〇〇名もの死者を出して壊滅状態となっていたが、前線に行かなかった中隊長の元、ロッシュ村で縮小中隊として再編成にあたっていた。


 また、ゼンド村と別の村に分かれて駐屯していた二五四中隊は、タンクール村侵攻戦に参加していなかったのでそこでの死者こそ出さなかったが、部隊の一部をダービン村に常駐させてドラゴンの動向を探らせていたのでやはり戦死者は出ている。

 先日から俺に随伴してくれている王国軍の隊長も、この二五四中隊に所属する小隊長のうちの一人だ。


 そうしてもう一人、ドレスラー伯爵領に駐屯する第二騎士団への補給を取り仕切る二六五中隊の中隊長もいる。

 この中隊は普段、領都のデバッケンとダスモーグとの間に位置するバルコーイの街に駐屯しているのだが、麾下の補給部隊から機動性の高い者のみを抜き出して特別部隊を編成してロッシュ村に進出していた。

 今回はその部隊に加えて、中隊長が戦死している第四騎士団の第一八中隊、四一八中隊の敗残兵を取りまとめてくれている。


 三人の中隊長を見下ろして労いの言葉を掛けると、彼らを臨時司令部という名のボロ屋に誘った。

 勿論、徒士かちが大半の兵士たちには早速休息を取ってもらう。

 因みに、俺のウラヌスだけはゼノムが無理を言って馬車に乗せてきてもらっていたが、数時間前に回復していたという。

 心の中でゼノムに感謝の雨を降らせながら作戦を決定した。


「しかし、この壁は大したものですなぁ」

「魔法ですか?」

「話には聞いておりましたが、これ程とは……」


 ボロ屋に向かう途中、三人の中隊長はタンクール村の外周を覆うように聳え立つ土壁について感心の言葉を漏らしている。

 タンクール村侵攻戦でも土壁を作り出していたし、どうやら話くらいは聞いていたらしい。


 ボロ屋に着いた。


「まずは皆さんの部隊陣容についてご説明願えますか?」


 俺の要求に従い、中隊長たちからそれぞれの部隊が所有する軍馬や荷馬、馬車の数などの報告が行われた。


 ……問題はないな。


「では、キンケード、デナン両村への侵攻作戦について説明します……作戦は明朝、日が昇ると同時に開始します……」


 ここでの作戦もシンプル極まりない。

 まずは今タンクール村にいる部隊を居残り組と各村への侵攻部隊の三つに分ける。


 居残りはトリスに指揮をさせる四一八中隊の五〇名だ。


 そして、両村のうちで少し遠い方だと目されるデナン村へは俺が指揮をする各中隊から選りすぐった騎兵のみ、三五名を充てる。とは言え流石にこれだけだといくらなんでも心許ないので、五〇名程の歩兵と最低限の補給物資を満載した馬車六台を後追いで向かわせる。

 補給物資はせいぜい一週間分がとこになるが、どうせすぐに往来可能になるから問題ない。


 残りは全員、キンケード村へ向かう。


 デナン村までは、騎兵の足なら急げば二時間もかからずに到着出来るらしい。

 俺はウラヌスの後席にグィネを乗せて騎兵部隊を伴って先行し、タンクール村同様に土塁を築いて耕作地ごと村の確保をする。

 騎兵部隊には、要塞と化した土壁の出入り口の警備をして貰う。

 俺とグィネは荷馬車部隊が到着するのを待つことなく、急いでタンクール村まで引き返し、キンケード村に向かった部隊を追い合流を目指す。


 合流したあとはデナン村同様にキンケード村も要塞化し、以降デナン村とキンケード村を対デーバス王国の前線と定める。


 三人の中隊長には、この侵攻戦において三人のうちで最大の功労者には、王国軍を退職するのなら俺の領地にあるどこかの村を任せてもいいと言ったら目の色が変わった。


 まぁ、三人は全員が准爵だし、正式な士爵位が貰える可能性があるのならさもありなん。

 狙い通りだけど。




・・・・・・・・・




7450年3月1日


 デーバス王国。

 王城ガムロイの一角にある親衛隊詰め所の奥の部屋にはこの国で最高とも言える知識人達が額を突き合わせていた。


『ってことは……』


 口の端を歪めながらツェットが呟いた。


『ドラゴンは退治されたということでしょうね』


 小さな溜め息を吐きながら、ツェットの言葉をアル子が引き継いだ。


『一気に三つも村をおとされた状況から言ってまず間違いないだろうなぁ……』


 人差し指でモミアゲを掻きながら、ミュールも言う。


『ああ、悔しいが本当だ。それに、これを見ろ』


 上座に座るアレクが苦虫を噛み潰したような顔で言いながら、隣に座るセルの前に伏せていた羊皮紙をめくって全員に見せた。

 そこには簡単なスケッチが描いてある。


 絵は森の奥からキンケード村を描いたものであるが、耕作地ごと村を覆う城塞のような巨大な壁が描かれている。

 別方向から描いたと思われる同様の絵もあった。


『ギマリに駐屯する偵察部隊によれば、タンクール、キンケード、デナンの部隊と連絡が取れなくなったため、まずはドラゴンによる被害を受けたのではないかと予想した』


 スケッチについて質問をしたそうな顔の皆を抑え、今度はセルが話し始める。


『そりゃ無理もないな』


 顔を歪めたままツェットが合いの手を入れる。


『ああ、そうだな。もう一度、順を追って説明しよう。先月の二三日、ギマリにはタンクールからの定期連絡が来なければならなかったが来なかった。しかし、キンケード、デナン両村からの定期連絡は定刻通り、昼にはあったという。そしてその一時間後くらいには両村からタンクールからの定期連絡がないとの報告があった』


 セルは感情を感じさせない声で話している。


『今まで定期連絡が途絶えたことは?』


 腕を組んでバーンズが尋ねた。


『二回あった。そのどちらもタンクールからのもので、どちらも連絡員が移動中にドラゴンにやられたと思われる』


 セルではなく、アレクが返答した。


『そうか。すまん、続けてくれ』

『いいさ。……過去にも同様の事があったため、ギマリではまた連絡員がやられたのだろうと考えた。しかし、三方向に向かった連絡員が全員やられたという事は今回が初めてだ。従って、ギマリの連中は自らもタンクール方面へ偵察部隊を送ることにした。翌日の二四日の早朝に偵察部隊は出発したという』


 そこでセルが一息入れ、お茶を口に含んだ。


『結論から言うと、その偵察部隊は帰って来なかった。恐らくはキンケードかデナンに向かうロンベルト軍に捕捉されたものと思われる……』


 後を引き継いで言うアレクの顔には不快そうな表情が浮かんでいる。

 暫しの間、部屋は沈黙に包まれた。


『そこでこの絵を見てくれ。この絵はギマリから出した別口の偵察部隊がキンケード村を描いたものだ。もう一枚あるぞ。二四日の昼過ぎにはキンケードだけじゃなくデナン村もこの有様だった』


 別方向からキンケード村を描いたと思われたスケッチは、デナン村の物のようだ。


『スケッチを描いた兵士によると、この壁の高さは一〇mはあるということだ。確信は持てないが、僅かな時間で築かれていることから地魔法で作ったものだろう。レーン、これについてどう思う?』

『……作られた時間……二三日から二四日の間でしょうけれど、私も魔法だと思うわ』


 レーンの首肯を受け、アレクは深く頷いた。


『やはりそうか……。因みに、レーン。君ならどのくらいの時間でこれと同じことが出来る?』

『壁の厚みはともかく、何回も移動しなければならないから村の大きさにもよるでしょうけど……移動時間を考えれば三時間というところかしら。まぁ、ただ土を出すだけじゃないからね……流石に私でも何度か休憩を挟まないときついから、丸一日は欲しいところよね』


 この答えは驚異的なものだが、レーンの実力については今更である。

 誰も何も言わなかった。


 因みに、現時点のレーンの地魔法のレベルは七になって久しい。

 壁の厚みを五mと仮定すると、高さ一〇mで直径一・五㎞の壁を作るには二四〇回弱も元素魔法を使わなければならない。

 無魔法を最低限の変形・整形だけに絞り、一度使う毎に移動を繰り返したとしても三〇〇〇弱もの魔力(MP)が必要になる。

 尤も、壁の構築中にも魔力は回復するし、レーンの無魔法の技能レベルは既にMAXに達しているので無魔法の魔力効率は高いので、三〇〇〇は言いすぎだ。

 彼女に限ってはずっと少ない魔力で同等のことが可能であろう。


『これが意味するのは一つ。敵方には黒の魔女がいる。または、レーンと同等かそれ以上の魔術師が複数いるということだ』


 アレクはゆっくりとした口調で、はっきりと言い切った。


 各人から吐かれる溜め息が部屋を支配し、一部の者は気の毒そうな顔でレーンの様子を窺っている。

 世界最高の魔術師と言われ、自身もそれを否定しなかったレーン。

 それを思いやる気持ちの現われでもある。


『……レーンは筆頭宮廷魔術師のロボトニー伯爵をすら上回る大魔導師だぞ? 無魔法のレベルがマックスになった初めての……』

『ああ、それが複数って……』


 ツェットとミュールがボソボソと話している。


『しかし、そうとでも考えなけりゃ辻褄が合わんのは確かだ』


 セルが初めて感情を顕にして言った。

 悔しそうに歪む彼の顔を見て、アル子が眉根を寄せる。


『ドラゴンを倒したばかりか、レーンに迫るかそれ以上の……』

『ロンベルトにも大した奴が居るもんだな』

『私達みたいな生まれ変わりかな?』

『そうかも知れんし、そうじゃないかも知れん。そこまではわからん』

『そう言えば、少し前にロンベルトにドラゴン・スレイヤーが出たって話があったな』


 顎に手を当てながらアレクが言った。


『あー。でもあれ、報告では優秀な冒険者に貴族位を渡すためのでっち上げだったって……』


 アレクの言葉を聞いたセルも思い出したようだ。


『そうよ。何だっけ? 退治した証拠の頭も偽物だったって話じゃない?』


 アル子がセルの意見を補強する。


『本当だったのかも知れんな』

『えーと、いつ頃だっけ? 確か去年、一昨年だったっけ?』

『ちょっと待ってくれ、報告書を探す……どのファイルだっけな?』


 セルが報告書が綴じられたファイルをめくっている間にも話は続けられた。


『なにそれ、ドラゴン・スレイヤー?』

『知らんな』


 ミュールとツェットが顔を見合わせている。


『そんな人が居たんですか?』

『俺も初耳っすよ』


 ヴァルがバーンズに尋ねているが、バーンズも知らないようだった。


『あった。これか……なになに?』


 漸くセルが見つけた報告書には一昨年、ロンベルト王国で伯爵に叙せられた冒険者のことが書かれていた。


 冒険者は男性で、普人族ヒュームの割には体格が良いが、荒事を生業とするからには納得がいく。

 また、その風貌は燃えるような赤い髪をしていると書かれている。


 彼はバルドゥックという都市にある大迷宮でドラゴンを退治したという。

 しかし、証拠だというドラゴンの頭は非常に大きく、普段は氷漬けで展示されていたことから誰もステータスを見ることが出来なかったため、作り物の可能性が高いとも書いてあった。


 ロンベルト王国の首都には軍の諜報部門の出先機関でもある総領事館があり、そこから齎された情報である。

 総領事館にはロンベルト当局の監視の目が光っているため、あまり派手な活動は出来ないが、それは王都ランドグリーズにあるロンベルトの総領事館も同様であるからお互い様と言える。


 それはそうとして、ロンベルティアは非常に大きな街だ。

 買収した工作員や、受け身主体でもそれなりの情報収集は出来るのであまり問題視はされていない。

 事実として、大きな出兵などの情報は遺漏なく伝えられてきている。


 報告書によれば、当該の冒険者は武具や生活用品などを扱うそこそこに大きな商会も経営しており、以前から度々王城に登城しているという。

 調べたところ、その商会は小規模に食品を作っている程度で、メーカーではなく商社機能が主体であることも判っている。


 どんな密約があったのかまでは解らないが、総領事館の判断としては迷宮などで見つかった高価な品を貢いだか、商売上の約束か何かで伯爵に叙されたのであろうと結ばれていた。


 こういったことはデーバス王国でも充分に有り得る事だ。


 そのため、世の中には運の良い奴が居たもんだと見逃されていた。

 

 また、その男に関する報告書はもう一つあり、そちらの方には、その男は授爵に伴って昨年ダート平原の西部に領地を持ったとも書かれている。


 しかし、こちらの方はロンベルト王国軍の人事異動や、ロンベルト王国天領を治める代官などの人事異動と併せて報告されており、見落とされていた。

 とは言え、アレクもセルもコミン村の占領を受けて宮廷内の発言力を高めたり、外洋航海船の建造工作などに必死になっていた時期とも重なるのでそれについて誰も責めることは出来なかった。


 何しろ、ツェットやミュールは普段白鳳騎士団に詰めていることの方が多いし、レーンは魔法の修行や研究に没頭している。

 バーンズも普段は行方不明の兄を探しながら王国内の地図を作ったり、たまに戻った時でもレーンを始め都合の合う者達とベンケリシュの迷宮に入っている。

 アル子はアル子でどんどんと増えていくアレクやセルの事務作業を手伝うだけでてんてこ舞いだ。

 そして、ヴァルやクリスは報告書の当時まだ合流してはいなかった。


 これでは、外国の情報など殆ど素通りであるのは致し方ないと言える。

 まして、当該の冒険者が黒髪ではないとなれば、与太話の一つ程度で記憶の隅に放られてしまっていたのもむべなるかな、であった。


『ただいま。どうしたの? 皆集まって』


 折も良く、クリスが部屋に顔を出した。

 彼女が艤装員長として建造していた外洋航海実証船、フジ号の就役を目前に控え軍部大臣への報告のために、今日ランドグリーズに戻ってくる予定だった。


『ああ、もう就役か。船員は集まったのか?』

『ん。最初はカルネリの漁師達に頼るしかないわ。でも、他の港町でも募集の用意は済ましているから……ところでどうしたの?』


 アレクの問に答えながらクリスは空いていた席についた。


 

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