第百六十一話 ストレート
7450年2月22日
南門の周辺で戦っていた全員は、一五分ほど前に後退を命じたミヅチに従って居留地の中心部に作られたパンケーキ型の高台まで退却し、その頂上に登っていた。
この高台の直径は一五m程もあり、全員が乗ってもまだまだ大きな余裕がある。
そして、その高さは七mもあって、周囲を取り巻くように作られた階段を除けば壁面は殆ど垂直に近い。
なお、この高台に登っているのは殺戮者と黒黄玉のうち、北門のゼノム達の援護に向かったトリスとベルを除く全員だ。
そして、高台の周囲を取り巻くように螺旋状に作られた階段の上に陣取り、一人奮戦を続けて何事か大きな雄叫びを上げながらも元気にオークの胴体を切り裂いている者がいた。
「だぁっしゃー!」
ラルが魔斧をゴブリンの頭部に叩きつける。
哀れなゴブリンは頭部を縦に割られただけでなく、胸の中程まで断ち割られ、断末魔の叫び声を上げることなく絶命した。
魔物を十体倒すか、怪我をしたら交代という決めごとになっている。
が、殿を受け持ってこの上まで後退してきたラルは、一回りして自分の番が来るまで休んだだけで、もう五分近くも経とうというのに階段の上に陣取り続けていた。
「おい! そろそろ交代しろよ」
「おりゃー、まだまだぁ! 次ぃ!」
階段の上に仁王立ちし、たった今殺したゴブリンの死体を階段下に蹴り飛ばしながら、ラルは吠えた。
交代を申し出たズールーの方など見向きもしない。
彼女が持つ魔斧の刃が心臓の鼓動の如く明滅をする。
それは、血のような赫。
だが、真っ昼間なので注意して観察していない限り、まず気が付かないであろう。
ヘルメットの下、盆の窪あたりで一つに纏められた長い金髪や、魔物を睨む顔、肢体を鎧う黒いプロテクターはところどころが返り血で染まっており、血の滴る手斧をぶら下げるその姿は今までの激戦を物語っている。
「いいさ。好きにやらせとこうぜ」
「だけどケイネスタンさん……」
「本人がやる気みたいだし、あの様子なら暫くは大丈夫だろ……お蔭で数も大分減ってるみたいだし」
ロッコに言われて、ズールーもパンケーキの縁から下を覗き込んだ。
まだまだ多くの魔物が階段に殺到しているが、細い階段は一列でしか登れない。
地面には後ろから迫る魔物に突き落とされて大怪我を負って藻掻いているゴブリンやノールの姿も認められた。
加えて、このパンケーキを取り囲む魔物の数は、南門で退避を開始した当初の半分程度にまで減っている。
地上で藻掻いている数を含めても三〇〇も残ってはいまい。
「それに、ラルが頑張ってくれている分、みんな休めるし」
低い声で耳打ちするようにロッコが言う。
「ん。ま、それもそうですね」
それを聞いてズールーも頷く。
アンダーセンを始めとした黒黄玉のメンバーは、その殆どが息も絶え絶え、体力の限界に近いという有様だったのだ。
何にしても、たった一つの登り口の頂上で魔物を跳ね返し続けるラルが居る限り、この高台は堅固な要塞と評することも出来よう。
「あの人、凄い……」
今も戦い続けるラルを見て、ネルは呟くように言った。
不思議なことに、彼女が魔物の体に斧を叩き込む毎に斧が与える傷は大きなものになっていくような気がするくらいだ。
「ああ、あいつが殺戮者のラルだ。バルドゥックであの女を知らない奴はモグリかお前さんみたいな新人だ。んなことより……さっさと頼むぜ」
「あ。ああ、すみません、バールさん。今すぐに……」
ネルはラルファから視線を切ると獅人族の戦士の肩口に開いた傷に治癒魔術を掛けた。
彼女の掌に集まった魔術光が戦士の傷口に移ると、ぱっくりと開いていた傷口はみるみるうちに癒着していく。
「ん……おかげさんで大分良くなっ……あちち」
「突き傷ですし、この様子だと骨は無事のようですから、今はこのくらいで我慢して下さい。私も重傷治癒はあと五回出来るかどうかというところなので……」
この数十分の間でネルは一〇回も重傷治癒の魔術を使っており、その顔には精神的な疲労の色も濃い。
「そうか。ロールもミームも、レッド様も魔力は限界らしいし、魔物もまだまだいるようだし、贅沢は言えんな」
そこから少し離れた場所。
ミヅチは一人、真剣な表情を浮かべたままアルが戦う土山の上を見つめていた。
ここに退避して以来、仲間の治癒や休息に専念する黒黄玉や、配下の殺戮者に対して、最低限の指示をしたのみで抜き身の曲刀をその手に下げたままだ。
――合図はまだ、ない……。
アルが居ると目される辺りでアーク光に似た電光のような煌めきを見たような気がした。
――大丈夫。あの人なら大丈夫。
いつの間にか、ミヅチの表情は祈るようなそれに変わっている。
・・・・・・・・・
三〇mにも及ぶ高さの土山の上。
俺は必死に戦っていた。
「ぜはっ、ぜはっ、ぜはっ」
休みなく使ってきた攻撃魔術によって、白兵戦距離にまでモンスターが近づく前に殺しているからまだ怪我一つしていない。
だけど、気持ちは既に満身創痍だ。
汗が目に入ったが、拭うこともせずに大きく息を吸い込む。
「フッ!」
息を吐き出すと共にチェインライトニングの魔術を放つ。
ゴブリン共が折り重なるようにして倒れた。
「ざま、見や、がれ……」
汗を拭いながら吐き捨てるように言ってみたが、なんとも迫力がない。
この土山周辺のモンスターもかなり減っており、もう二〇〇匹くらいだろう。
しかし、脳内のレーダーにはまだ一〇〇〇匹以上ものモンスターがプロットされている。
半数以上は最初の位置から大きな動きを見せていない(と思われる)ので、スライムとかウーズなどの粘液だの粘菌だのみたいな奴か、シュリーカーやアスコモイドと言った植物や菌類みたいな奴、またはリーチやスネイル、スラッグのようなナメクジとかその親戚みたいな、移動が難しいか極端に遅い奴らなんだろう。
もう少しで終わる。
感覚的にはまだ魔力は充分に残っているとは思う。
だけど、そろそろ確認くらいしておくべきだ。
【MP:1421(7483) 】
こんだけありゃあ、少なくとも俺の周辺にいる奴らをぶっ殺して、まだお釣りが来るだろう。
因みに残りが三桁に入って、なお全滅が危うい時には居留地上空にファイアーボールを撃って援護を求める事にしていた。
助けてくれとか、格好悪い。
最初から省エネに徹していたのが功を奏したな。
ちょっと余裕があるようなので居留地側に振り向くと戦況を確認する。
まずは【部隊編成】に意識を集中させる。
ミヅチは大丈夫。
その側にズールーとロッコに加えてラルファもいる。
トリスとベルは北の方でゼノムやグィネと合流したらしい。
皆の無事を確認したらモンスターの方だ。
脳内レーダーによると俺に向かって来る奴らの他は居留地中心に作った土山にかなりの数が感じられるが、それ以外は南門の周辺や俺のいる土山周辺にまばらに感じられる程度だ。
これは死にきれていない奴だろう。
なお、ゼノム達がいる北の方にはもう生きたモンスターはいないようだ。
よし、もうひと頑張りだ。
また精神集中をしながら振り返ると、もう一度チェインライトニングの魔術を放つ。
コボルドの一団が絶叫を放ちながら絶命する。
ん? おお、あれはウォーターノマドじゃないか!?
何年も前、俺が冒険者デビューをした頃に故郷のジンダル半島で倒したこともある奴だ。
河童みたいなモンスターだけに地上を移動するのに手間取っていたのだろう。
何しろ手足に水かきがついてるし、頭の皿が乾いたら弱るからな。
ダート平原にもいたんだなぁ。
なんだか懐かしく思ったが、河童なんぞ生かしておいても何の益もないから罪もない他のモンスターと共にぶっ殺した。
そして、俺の周辺に動くモンスターはいなくなった。
おもむろに振り向くと、土山から足だけをぶら下げて端に腰掛ける。
片方づつ手鼻をかんで垂れていた鼻血を完全に飛ばすと、少しだけ悩んだ後、水魔法で水を出して顔を洗った。
大量の汗を掻いていたし、乾き始めた鼻血が不快極まりなかったからだ。
遠くで皆が戦い続けているが、どうせ一人が登り口に蓋をする感じで立ち塞がっているだろうし、ミヅチも上空にファイアーボールを撃ち上げていない。
まだ余裕はあるだろ。
ならば援護に行くより前にやっておかなきゃならない事がある。
あそことあそことあそことあそこ。
それに、こことそこ。
後は……あそことあそこ。
あ、あそこにもいたか。
今のうちに生き残りの位置を頭に叩き込んでおかなきゃね。
まだ耕作地にも到着していないようなのは、もうどうしようもないので放って置くしかないだろう。
そうしている間に、居留地の高台に集っていたモンスターも少しづつその数を減らしている。
時間切れになったらどうなるのかね?
ま、そっちはミヅチ達に任せておけば大丈夫だろ。
俺としてはもう少し休んでいたい。
座っているのもだるいので、こてんと横になった。
眼の前に小さな土山を作ると脳内レーダーに従って地面に指で印をつけていく。
……死にぞこないの数は一七か。
全部あんまり離れていないのが救いだな。
お?
ゼノムやトリス達が動き始めた。
彼らの進行方向は南。俺や高台に近づく方向だ。
北門の周辺にはモンスターがいないと見てミヅチ達の援護に向かってるのだろうな。
高台周辺はついさっきの俺が始末していたようなゴブリンだのノールだのばかりの筈だし、彼らが向かったのであればもう本格的に放っておいてもいいだろう。
何しろ、スタッグ・ライノだのマンモスだの、マンティコアだのといった、でかくてヤバそうなのは移動速度も高いから前半のうちに粗方片付いてるだろうし。
そして数分が経った。
鼻の下を擦ると乾いた血液が粉のようになって落ちる。
でも完全には乾いていない部分もあったようで、ぬるりとした感触もあった。
でも、鼻血は止まったか。
ん?
レーダーが切れた。
高台の方を見るとまだモンスターが集っているようだが、行動が変わったかどうかは遠すぎてよくわからない。
ま、五分くらいは休めたし、生き残りにトドメでも刺しながらゆっくり合流を目指すか。
俺はもう一度生き残りマップを見て目に焼き付けると、疲れた体を引き摺りながら土山を降り始めた。
・・・・・・・・・
遠いな、くそ。
土山を降りる途中、ホブゴブリンの死体から手に入れた粗末な歩兵用の剣で虫の息になっていたモンスターにトドメを刺しながら下に着いた。
土山の斜面に残っていた生き残り五匹は全部トドメを刺している。
後の一二匹は南門の周辺に転がっているはずだ。
だるさを訴え続ける体に鞭を打って、南門の方を目指す。
えーっと、確かあの辺に……ああ、あいつか。
多分俺のアイスコーンにやられた奴だろう。
倒れたまま「ゲッ、ゲッ」とか言って苦しんでいるホブゴブリンに近づいていく。
ホブゴブリンは体中に氷の刃による切り傷を受けており、中でも喉を切り裂かれた傷に苦しんでいるようだ。
俺は瀕死のホブゴブリンの頭の方に立って、両手でショートソードを持ち上げた。
このまま喉を押さえている手ごと貫けば一撃で死ぬだろう。
頭の上に立って剣先を下に向けた俺の姿に気がついたのだろうか。
ホブゴブリンの目から涙が溢れる。
もう抵抗する気力も体力も残っていないのだろう。
お前に罪はない。
いや、あるのかも知れないが、俺は知らない。
……運が悪かったな。
せめて俺の肥やしになれ。
長い間苦しんだかも知れないが、死ぬ時は一瞬だ。
この姿はこれから先、道を踏み外し、強大な敵に敗れた時の俺だ。
次の生き残りを目指して歩き始めた。
そうして何匹かのトドメを刺し終えた。
と、その時、居留地の南門から数匹の人影が転がるように走り出てきたのが見えた。
思わず鑑定しそうになったが、何とかこらえて観察する。
ゴブリンか。
っつーことは、剣の能力が切れた後は我に返るのか?
それとも、俺が屠竜を持ったまま接近してきた事への反応だろうか?
あの様子は多分前者だな。
慌てて走りながらも後ろを気にしているようだし。
今更白兵戦なんか真っ平なので誠に面倒だが、精神集中を始める。
それなりに距離が近づいたところへアイスコーンをお見舞いしてやった。
鼻の奥が破れ、再び鉄の匂いが広がる。
俺は多分笑っていたと思う。
・・・・・・・・・
「じゃあゼノム。あとは頼んだ」
「ああ、任せておけ」
ミヅチが使っていた馬車の荷台に寝っ転がったまま俺は皆に指示をしていた。
眠くはないが、もう座って上半身を起こしているのすら辛いんだもんよ。
ゼノムと黒黄玉の若手、王国軍偵察隊の半数はこのダービン村に残り、援軍を待つ。
援軍が到着した後も、ゼノムと黒黄玉の若手、偵察隊の更に半数くらいはここに残ったままモンスターの死体の処理などを行ってもらう。
残りの半数は援軍の道案内をしてもらう。
偵察隊の隊長によると、直接の戦闘員以外も含めれば明後日くらいには一〇〇〇人程度の部隊は駆け付けて来られるだろうとの事だ。
男爵であるゼノムもいるし、実際にドラゴンを倒した功績もある。
ドラゴンの死体は土山の下に埋もれたままだが、鱗だの何だのを取られる心配もないからそれもアリだろう。
土山にモンスターの血も染み込んでいるだろうが、数日経っても俺なら大部分は消せるだろうしね。
それから、ここに残る彼ら以外の殺戮者とアンダーセンやノブフォムを含めた黒黄玉の残り、隊長を含めた偵察隊の半数弱はすぐに南下を開始してタンクール村を目指すのだ。
偵察隊が所有していた軍馬は伝令用の一頭を残して全て徴用する形になっているが、俺たちの軍馬が怯えたままで使い物にならない以上、仕方がない。
まぁ、タンクール村の確保に動くことを説明したら隊長は喜んで協力を申し出てくれたので、徴用、というのは語弊があるけど。
とにかく、ノブフォム、ナルゾメリン、バルケミー、ロックワイズの黒黄玉に加えてロッコとズールーの六名が彼らの使っていた二頭建ての馬車に乗り、もう一台の馬車には王国軍の兵士が六名乗った。
また、ミヅチが使っていた六頭建ての大型馬車に俺以下の殺戮者が六名に加えてアンダーセンと隊長、兵士が四名の一二人が乗っている。
そして、余った三頭の軍馬には王国軍の兵士が二人づつ乗り、合計三〇名の部隊が編成された。
先月の攻略戦とは異なり、小さな部隊だ。
大きな軍隊ではないからモンスターの襲撃も懸念される。
だが、少なくとも道中の半分くらい、最初の五㎞は危険なモンスターに出くわす可能性が低い事を保証してやる。
南側の耕作地を中心に大量のモンスターの死体が転がっていたためか、素直に信じて貰えたのであまり時間が無駄になることもなかったのは僥倖だ。
ん? モンスターの魔石?
よくは知らないけど、俺と同行してくれたり、ここに残る王国軍の連中にはそれぞれ金貨一枚分くらいの量でもくれてやればいいんじゃないの?
それだって多すぎるような気もするけど。
援軍で来てくれた人たちにはゼノムが適当に分けるなり何なりしてくれるだろ。
黒黄玉は……そうねぇ。
後で考えても遅くないと思うよ。
アルはこの一連の戦闘でレベルが上昇し、32レベルから39レベルになりました。
それに伴って、MPは最大値が28増え、耐久も最大値が14増えています。
また、感想欄にてご指摘いただいておりますが、アルの固有技能の天稟の才については第二部の設定資料2にて解説を入れています。モンスターを倒す、稽古をするなど、一度の行動で規定値以上の経験値を得る毎に、自動的にMPが消費されるというように書いていたつもりです。




