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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第百十九話 戦略物資

7450年1月11日


 アルを含む騎馬隊一〇〇余騎はタンクール村への最短距離を突き進み始めていた。


 過去に行われた作戦で得た物や、パトロール隊がコツコツと作成していた地図があるとは言え、まともな道などない森の中である。

 勿論の事、大した速度ではない。


 それでも重い馬用の鎧(バーディング)を着けない軍馬である。

 しっかりとした足取りで刻一刻と目的地に近づきつつあった。


「隊長、私の部隊の報告を」


 アルはこの部隊の指揮を預かるバルミッシュの脇に寄ると報告を行う。

 急造の騎兵部隊であるために、各人の武装がバラバラなのでその把握のためだ。


「頼みます」


 チラリとアルの方を向いただけでバルミッシュはすぐに画板のように首から提げた板上の紙に視線を戻した。


馬上槍ランスが二。スピアが二。長剣ロングソードが四です」


 アルも淀みなく答える。

 簡略記号でメモを取ったバルミッシュが頷く。


「分かりました」


 バルミッシュの返答にアルは「では」と短く答え、馬を下がらせる。

 替わって別の騎士がアルの位置を占め、報告を行っている。


――ざっくりとランスが三割、スピアが三割、残り半分がその他ってところかな?


 急造の騎馬部隊であれば突進力のあるランサーが少ないのは如何ともし難い。

 とは言え、三〇騎のランスによる突破力は高い。


――っつっても碌に鎧も着けてないしなぁ。


 如何に突進力のあるランサーであっても、弓矢を防ぐ鎧を着けていなければその力は半減する。


――どうすんだろ?


 アルが聞いているのは寄せ集めの騎兵部隊で、タンクール村に強襲を掛けるという事だけだ。

 なんとなく、単なる強襲ではなく威力偵察なのだろうということが分かるのみで、それ以外の情報は未だ下達されていない。


 アルは自部隊が固まっている辺りまで移動するとバリュート士爵の脇に馬を寄せた。


「何かご命令がありましたか?」

「いや、部隊構成の報告だけだ」

「そうですか……」


 バリュート士爵は気の抜けたような顔をしながら手綱を執っている。


「どう思う?」

「どう、とは?」

「今回の作戦だ」

「正直言って、解せません」

「ほう?」


 バリュートの返答を聞いたアルの瞳に興味の色が浮かぶ。


「何のために騎兵だけで先行するのでしょうか?」

「タンクール村への強襲としか聞いていない」


 アルは肩を竦めながら答えた。


「ええ、それは分かります。ですが、その意味について量りかねます」

「と言うと?」

「物見が見つかったのですから、奇襲の効果は薄いと思うのです」

「……効果が薄い?」


 バリュートの言葉にアルは疑問を呈した。


「ええ。こちらが到着していないと思わせられればこそ、敵はまだ攻撃が行われないものと考えて防備を固めていないでしょうから……奇襲は奇襲足りえます。その時に攻撃するからこそ最大限の効果が見込めると思うのです」

「……」


 アルは黙って先を促す。


「しかし、今回は……こちらの物見が見つかっておりますからな。我が方の部隊集結は見抜かれたと考えるべきです」

「ふむ。そなたならどうする?」

「物見が全員捕らえられた訳でもなし、残りの帰還を待ちます」

「そうか……」


 周囲を見回しながらアルは考える。


――常識で考えるならそうだ。


「しかし、我が方には閣下がおいでです」


 バリュートが思わぬ言葉を言ったことでアルはバリュートに視線を向け直した。


「私が総指揮官であれば、閣下を守りつつ進軍し、閣下の魔術で突破口を作ります。防御施設を幾つか壊し、本隊の到着を待って総攻撃を掛けます」

「それは……」

「私が総指揮官であれば、ですよ。ですが、閣下を抜いて考えるならば、先程申し上げたように残りの物見の帰還を待ちます」


 バリュートは先ほどのアルのように肩を竦めて言うとニヤリと笑った。


――確かに俺の事を知っているなら……バルさんが俺の技倆を知っている? だとしても今回俺が志願しなきゃ意味ないぞ? それに……そもそも今回の戦を観戦するなんて、領内以外では誰にも言っていなかった。……俺の従士のザイドリッツから情報が漏れた? いや、あいつが知っていたとしても、それをどうやってこの短時間で伝えた? 単に俺の考え過ぎか?


 実際のところ、この点についてはアルの考え過ぎであった。

 アルが今回の侵攻作戦の観戦をすることについては全体の指揮官であるファイアブレイズ士爵も合流してきたアルの顔を見て、話を聞くまで知らなかった。

 勿論、第一騎士団のバルミッシュ小隊長もアルが来ることについて、予想すらしていなかった。


 アルが考え込んだ様子になったのを見て、バリュートはもう一度肩を竦めるとすぐ後ろに付いていたクローとマリーを見つめて顎をしゃくった。

 二人はすぐに前進するとクローはアルの前に馬を進め、マリーはアルを挟んでバリュートと反対側に付いた。


――ああ畜生! ……ま、自ら乗り込んだのは俺の方だしな。それに、一昨年のガルヘ村の時、一時は俺の力を知らしめてやるとまで思った……今更安全保障費は値切れねぇし、褒美が貰える訳でもないし、糞!


 その時の事である。


「むっ……」

「何だ? この匂い」

「臭いな」


 隊列の前方から声が上がる。

 ごくごく僅かだが、鼻を刺すような独特の匂いが漂ってきた。

 恐らくは転生者にしか正体をすら推測出来そうにない、刺激臭だ。

 アスファルトの匂いが近いと言えば近いだろうか。


「閣下!」


 先行するクローが驚愕に目を見開きつつも、鋭くアルに声を掛けた。

 大声ではない。


「ああ!」


 アルも驚いた顔で応えたものの、すぐに表情を消すと『いいから黙っとけ』と日本語で言う。


 クローとマリーはアルの様子を見てすぐに落ち着きを取り戻したが、匂いの元を見極めようとでも言うかのように周囲に視線を飛ばしている。


「この匂い、何でしょう? ご存知ですか?」


 クローやマリー、そしてアルの様子を見てバリュートが声を掛けてきた。


「……」

「閣下?」

「それは私の方が聞きたい。そなたはこの匂いが何であるか知っているか?」


 暫く返事をせずに俯いていたアルだが、すっと顔を上げるとバリュートに問いただした。

 木漏れ日がアルのヘルメットに当たり、庇がアルの目に影を作った。

 バリュートは気づかなかったが、その目には薄青い魔術光が浮かんでいる。


「いいえ、存じません。閣下はご存知なので?」

「さてな……」


 バリュートに返事をしたアルが瞬きをすると魔術光は既に霧散していた。

 だが、その瞳には不穏な影が差しており、目つきは鋭くなっている。


 その顔を見て、バリュートは内心の動揺を隠せなかった。

 何しろ、そんな顔の伯爵を見たのは初めてだったのだ。


 アルは、口元を吊り上げて嗤っていた。

 凶悪そうな表情を浮かべて。


 なお、匂いはたまたま風に乗って遠くから漂ってきただけのようですぐに消えた。


 一〇分後。


『どうだった?』


 馬を寄せてきたマリーにアルは尋ねた。


『たま~に漂ってくるみたい。誰も正体は知らないようね』


 クローとマリーはアルに命じられてダービン村に駐屯していた第二騎士団の団員に、先程漂ってきた匂いの正体を知らないか聞きに行っていたのだ。


『そうか』

『でも、あの匂いって……』

『多分だけどな。間違いないと思う』

『やっぱり……』

『それより、他には何か言っていたか?』

『南風の時だけ、しかも今みたいにある程度デーバスの方に近づいた時しか匂わないって言っていたわ』

『だとすると、それなりに離れていそうだな』

『そうね。タンクール村よりも南じゃないかしら?』


 そこにクローが戻ってきた。

 彼もマリーと同様の情報を収集して来た。


 アルの脳裏に転生前の、それも中学や高校、場合によっては小学生時代の光景が浮かんだ。


 当時親しく付き合っていた友人の祖父は小さな漁船を所有する漁師であった。

 漁師は新鋭の漁船を購入した息子に家業を引き継ぎ、自らは現役を引退して、殆ど道楽で漁業をやっていた。

 老人は、学校が休みの日に釣り好きの子供に船や漁具を掃除させる代わりに、岸が見える程度の沿岸で船釣りをさせてやっていたのだ。


 年季の入った漁船は独特の音を立てて稼働する、所謂ポンポン船だ。

 焼き玉エンジンと呼ばれるセミ・ディーゼル・エンジンを搭載したありふれた船だったが、一九八〇年代では大半の船が機関をより馬力のあるエンジンに替えており、そこそこ珍しいものであった。


 当時のアル、川崎武雄はその老人に何度もお世話になっていた。


 部品点数も少なく、構造の簡単な焼き玉エンジンの分解掃除など何十回もこなしている。

 尤も、当時やもう少し前の漁師の家庭の子供達で焼き玉エンジンの構造や整備方法を知らない者は存在しない。

 このエンジンはその程度には日本中に普及していたため、これはそう珍しい話ではない。

 焼き玉エンジンは手軽に整備でき、重油を始めとする安価で幅広い種類の燃料で動作する。

 構造の単純さもあって低い工作精度でも実用的な稼働に持っていける焼き玉エンジンは高い生産性が特徴のレシプロエンジンだ。


 戦中・戦後に亘って街の小さな鉄工所でも大量に作られていた。

 鋳鉄を使った鋳物で作られた物も多い。


『ふふ。石油王か』


 クローがニヤニヤしながら言った。


『そんな訳ないだろ』

『そうよ、誰が買うのよ?』


 アルとマリーは小馬鹿にしたように言う。


『言ってみただけだよ。そんな事俺だって分かるさ』


 クローは口を尖らせて答える。


 しかし、すぐに表情を改めるとアルに問いかけた。


『で、どうする?』


 アルは向かう先を一睨みすると、静かに口を開いた。


『ベルやこの前王都で会ったノブフォムの例もある。デーバスにも転生者がいてもおかしくはない』


 クローとマリーに視線を戻したときには薄い笑みを浮かべていた。


『うん』

『そりゃそうだ』


 二人の顔にも薄い笑みが浮かんでいる。


『気付かれる前に分捕るしかないだろ?』


 楽しそうに言う。


『そりゃそうだな』


 クローも楽しそうに言い、すぐに真顔になった。


『でも、タンクール村を占拠しても領有は……』


 対してマリーの方は少しだけ心配そうだ。


『問題はそれだな……時間が無い。二人の意見を聞かせてくれ』


 

焼き玉エンジンの出力は数馬力から数十馬力程度と大したものではありませんが、本当に簡単な構造であり、安価に製造が可能です。

また、燃料も硫黄混じりの精製度の低い重油でもそれなりに動作します(寿命は短くなりますが)。

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