第百二十話 宮仕え
7450年1月11日
『やはりそうか……無理だよな……』
クローとマリーの二人と話し合ったアルは、苦虫を噛み潰したような表情で言った。
二人共、今回の出兵においてどのような手柄を立てたとしてもタンクール村の領有は難しいとの意見だったのだ。
実は、アル本人も同様の予想を立てていたものの、一縷の望みを掛けて二人に意見を聞いていたのである。
『流石にもう掘ってる訳はないだろうし、自然に出てる油田かガス田か……』
しかめっ面をしてクローが言う。
『転生者なら誰でも興味を持つでしょうね……ん~、先に気が付かれていたなら掘り始められている可能性もあるか……でも、利用法なんて……』
マリーも呟くように言った。
『仮に精製出来なくても明かり用の燃料でもいいし、加熱燃料としても使えるから無駄にはならないだろ。臭いけど』
マリーの疑問に答えながら、アルは考えを纏め始める。
――俺の領地からここまでは直線距離でも一〇〇㎞以上は離れてる。地理的に一番近いのはガルへ村かベージュ村か……どちらにしても大して変わんねぇだろうし……。
アルの領地からは天領となっている二つの伯爵領を挟んでいるため、直接タンクール村を攻めることは出来ない。
ロンベルト王国内から全く文句の出ない形でアルがタンクール村を手に入れるには、二つの経路しかない。
一つは、自領の東に並ぶランセル伯爵領と今居るドレスラー伯爵領の支配権を手に入れたのち、今のようにダービン村から南下する経路だ。
もう一つは、ガルへ村あたりを起点に一度南下してデーバス王国の領土を侵略し、適当な街か村を占領する。しかるのち、そこから東に向かってタンクール村まで攻め続けるという経路である。
ランセル伯爵領やドレスラー伯爵領の支配権を合法的に入手するのは困難を極めることが予想される以上、第二の経路を選択して自ら進軍し、タンクール村を手中に収めなければいけないのだが、その場合でも問題が多すぎる。
勿論、道中にあるデーバス側の村々を落とすこと自体は、その気になりさえすればアル一人でだって出来るだろう。
だが占領した村々の維持についてが大きな問題となる。
ロンベルト王国中央からアルの領有する西ダート地方を防衛するために駐屯部隊を出して貰ってはいる。
が、この部隊は「現時点の領土」を防衛するための戦力なので、勝手に他に転用する訳には行かないし、そもそもアルはその指揮権すら持っていない。
加えて、領土が東西に細長くなってしまうという問題も同時に抱え込んでしまう。
しかもその真ん中あたりは、デーバス王国から攻められる頻度の高いランセル伯爵領の南側となる。
単なる防波堤になってしまいかねない。
それに、デーバスへの侵略計画をかなり前倒しすることになるので占領地維持の戦力が揃っていない。
鉄道路線の開通を遅らせる覚悟で人を回せば多少は何とかなるが、教育や練成を急いで行ったとしてもタンクール村を直接占拠するのは早くて三年は掛かると思われる。
――俺の騎士団だって人数に余裕がある訳じゃない。領内各地から従士を出させたとしてもせいぜい村一つ防衛するので精一杯な人数しか集められ……いや待てよ?
『どうした?』
急に頭を上げたアルを見て、クローが尋ねた。
『ふふふ。なんとかなりそうだ』
ニヤリと笑みを浮かべてアルは答えた。
『え?』
『ど、どうするの?』
クローとマリーが不思議そうに聞く。
『ん。まぁ、なんとかなりそうって言っても先の話だから。目の前の事じゃなくてね』
アルは少し申し訳なさそうな顔つきで答える。
が、すぐに表情を改めると僅かに黙った後、すぐに口を開いた。
『油田はタンクール村よりもこっち側に近いんじゃないかな? 本当のところはまだ判らんがな』
『そうなの? まぁ、私だって本物の油田とか見たことないから……匂いだけでどのくらい離れてるかなんて、勘でしか言えないし』
『そりゃそうだ』
アルの言葉に二人が頷いたが、先程タンクール村よりも油田は遠いだろうと言ったマリーは少しだけ不満気だ。
『うん。まだダービン村を出て一時間も経ってない。四〇~五〇分ってとこだ。俺たちの移動速度はせいぜい三~四㎞ってとこだろうから……』
『匂いがしたのは一〇分ちょっと前だし、さっき匂いがした場所はダービン村の南一・五~二㎞ってところか』
クローの言葉に頷きながらアルは更に続ける。
『……あの時。俺は千葉にいたんだ』
『へ?』
『あの時って……?』
『東日本大震災の時。千葉のデパートで商談をしている時だった』
『ああ……俺は小学生だった』
『うん。でもそれが?』
クローとマリーは不思議そうな顔だ。
『覚えてないか? 千葉から一〇㎞くらいのところで石油コンビナートに火災が起きた』
『ん~?』
『ああ、そう言えば。でも何で今?』
『まぁまぁ。で、石油コンビナートはその後一〇日くらい燃えてた』
『そんなに?』
『ああ。燃えてた時は風向きなんかもあったんだろうな。一〇㎞も離れた場所でもちょっとは臭ってたよ』
『ふーん』
『でも、その後……確か鎮火して一週間か、二週間か……経ってからまた同じお客さんのところに行く用事があってね。行ったんだが、その時はもう何の臭いもしてなかった』
『そりゃ鎮火したんならそうだろ?』
『と、思うだろ? でもなお前は覚えてないようだから教えてやる。火災の原因は液化天然ガスのタンクが倒れて液化ガスが漏れたのに火が点いたんだ』
『あの地震じゃなぁ』
『でもな、地震で壊れたのは液化天然ガスタンクだけじゃない。隣りにあったアスファルトのタンクも壊れてアスファルトも漏れてた』
マリーの目に理解の色が灯る。
が、クローは不思議そうな顔のままだ。
『それが……?』
不思議そうなままクローが尋ねる。
そんなクローに何か言いたそうなマリーに、アルは微笑みながら頷きかける。
口を出すなと言いたいのだろう。
『ちなみに漏れたアスファルトが完全に回収されたのは二ヶ月も後だ』
『んん? 二ヶ月? ……ってことは』
『そう。もう一度俺が千葉に行った時もアスファルトは盛大に溢れたまんまだったってこと。だけど、臭いはしなかった。日本の首都圏で一〇㎞も離れてりゃそういう事もあると思われがちだろうが、例のコンビナートと千葉のデパートの間の大半は海だ』
『それ、今の話と何か関係が……』
『まぁ聞けよ。クロー、お前は当時子供だったから覚えていないだろうが、盛大に報道されてたことだ。震災の翌年の夏頃かな? 同じコンビナートでまたアスファルトのタンクが壊れてかなりの量のアスファルトが漏れ出た。一部は海上にも流れ出て、オイルフェンスまで張られた』
『……で?』
『その時も一〇㎞離れた千葉で臭いはしなかった……と思う』
肩を竦めながらもアルは辛抱強く話を続けている。
が、バルミッシュからの伝令が来てしまったために中断せざるを得なかった。
どうやら作戦内容について下達があるようだ。
『あんまり大きな声じゃ言えんが、俺が、俺達が油田を手に入れるためにも今回は占領に失敗して貰いたいね』
それだけを早口に言うとアルは馬の速度を上げて去って行った。
『なんじゃそら。っつーか、アルってたまに話が回りくどいよな。マリー、分かったか?』
『ええ。貴方のオツムが弱いってことを再認識したわ』
『何でだよ?』
『アルの話が回りくどいのは貴方や私に自分の頭で考えさせようとしているからよ』
『はん?』
『いい? コンビナートでタンクが壊れたのなら漏れたアスファルトはかなりの量よね?』
『そりゃあそうだろうな。タンク一つで何十万リットルと入るだろうし』
『自然に染み出してる油田で出てくる石油の量は?』
『盛大に噴いてるなら、流石にとっくに知られてるだろうし……ちょびっとじゃないの? いや、溢れたアスファルトと比較してだけど』
『そうね。でも、アルの話が本当なら……多分本当なんだろうけど、臭いは一〇㎞も伝わらないわ』
『あ』
『そう。だから油田はタンクール村とダービン村の間にあるんじゃないかな?』
『それは分かったけど、だから何だよ? 占領に失敗した方がいいって事には……あ、そうか』
『うん。油田がタンクール村よりも南にあるのなら更に南を攻めて占領することで油田の権利を主張することも出来るかも知れないわ。でもタンクール村よりも北なら、タンクール村を王国が領有した場合、厄介だわ』
『そうだな……』
クローは納得し、深く頷いた。
『これくらいすぐに、自分の頭で考え付いて欲しいってアルは思ってると思うわ』
『ふう~っ。全くだな……』
二人はその後も小声で会話を重ね、それはアルが戻るまで続いていた。
・・・・・・・・・
「ファイアーボールは使えますか? あ、いや姉上と同じ程度に、と言う意味ですが」
バルミッシュの言葉に対してアルは「威力は再現可能だと思いますが、行使時間はそれ程短くはないと思います」と答えた。
続けて「冒険者として魔物を相手にすることが多かったものですから、姉が得意とする程の威力でなくても良いのであれば同じくらいの時間で使う事は出来ると思います」と補足する。
「そうですか、見た目や威圧にファイアーボールは最適なんですが。……姉上と同程度の威力で使った場合、発動までどのくらい掛かりそうですか?」
「うーん……」
――確か弾頭威力を八とか一六? 一七倍くらいで使ってたんだっけな? どっちにしても練習なんかしてないから一〇分以上掛かっても不思議じゃない。姉貴は俺と違って魔力総量の何割、という感じで感覚的に使ってたろうからなぁ。俺も五倍とか一〇倍なら得意なんだけど。
「……すみません。私の知る“姉と同威力程度”だと碌に練習もしていなかったものですから、何一〇分掛かるものかは……」
心から申し訳無さそうな顔でアルは答えた。
「いえ、ご無理を申し上げたようで……確かに閣下と姉上では練習の方向も異なるでしょうし、仕方ありませんよ」
残念そうなアルを慰めるかのようにバルミッシュは優しく声を掛けたが、その目は「期待外れもいいところだ」と語っていた。
深い森の中、危なげなく手綱を操りながらバルミッシュは少しの間考え込んだ。
バルミッシュは現実をよく把握し、軍人としては優秀な男だ。
ある程度柔軟な思考も出来るが、柔軟過ぎて真面目さに欠けると見られることも多い。
要するに、多くても数百人程度を預かる現場の中級指揮官止まりで、侵攻部隊全体の指揮官には向いていない。
本人もそれがマイナス評価となって、これ以上の出世は望めないだろうことは理解している。
しかし、何年も第一騎士団で飯を食ってきただけあって、王国や王家に対する忠誠心は当然のように高い。
バルミッシュはアルが観戦のために部隊に参加すると聞いてから、どうしたら彼を戦力に組み込めるだろうかと考えていた。
貴重品である軍馬を徴集することで、狙い通りアルの参戦は叶った。
尤も、当初彼は、アルは部下だけ参戦させて自らは本隊に残るだろうと思っていた。
威力偵察を行う際にアルの部下達を先頭か殿にでも置いてやれば、戦死はともかくとして怪我くらいはするだろう。
勿論、騎乗戦闘を行える戦力は貴重なので、意図してアルの部下の戦死を狙うつもりはない。
何にしても部下や軍馬が傷ついて消耗すればアルの参戦も狙える。
上級貴族で領主とは言え、騎士団長なのだから。
仮に、その後も部下だけを参戦させ続け、本人は頑として観戦を決め込むようであれば貴族のプライドは勿論のこと、戦場に出るべきである騎士団長としてのプライドをくすぐってやるつもりだった。
最初からアル本人が参戦するのは可能性としてそう高くはないだろうと読んでおり、本当に予想外の僥倖だったのだ。
その僥倖を見逃す手はない。
騎馬部隊でアルを守りながらタンクール村に接近し、適当な防御施設をアルの魔術で破壊しようと目論んでいた。
一・二箇所を壊した時点で迎撃部隊が出てくるであろうから一旦引き、可能なら森林の中に点在する広場のような場所で迎え撃つ。
それが不可能なのであれば全員が騎乗しているという機動性を活かして高速で退却し、主力部隊との合流を目指すつもりだった。
自身が地理について不案内ではあるものの、部隊には以前からダービン村に駐屯し、パトロールをしていた者も含まれている上、進軍のために通ってきたお陰でまっすぐ戻る程度なら問題はない。
とにかく、防御施設に打撃を与え、修復のために人手と時間を掛けさせることを目的にしていた。
しかし、ファイアーボールの発動に二~三分程度ならともかく、何一〇分も掛かるのではこの策は使えない。
バルミッシュは黒の魔女が過去に参加した幾つかの侵攻作戦を思い出す。
その中で使えそうな物はないだろうか?
しかし、丁度良さそうなものは無かった。
だが、すぐに先年、第一騎士団だけで行われた演習を思い出す。
ミルハイアが結婚し、北の国境警備へ向かう途中で何回か行われた物だ。
その中に今回の作戦目的にも合致する物があった。
「閣下。閣下は地魔法が得意だと聞いております」
アルは苦笑いを浮かべて肯定した。
「聞いた」のはアルの姉であるミルハイアからであろうことは想像に難くない。
――姉貴、俺のことをどの程度喋っているのかな? まぁ、第一騎士団に所属してりゃ喋るのは当たり前なんだが。それに、俺だって王国の貴族なんだし、本来は自分から申告すべきだからな。
「こことここ。それにこの辺りに陣地を作りたいと思います」
バルミッシュは簡略なタンクール村の周辺図を手に、説明をする。
「確かに、その辺りであれば……」
――村のど真ん前じゃねぇか。そんな場所に陣地なんざ作られたら敵さんもたまったもんじゃねぇよな。
バルミッシュが指定する陣地の位置は相互に援護も行いやすく、万が一の撤退の際も出来るだけ損害が減らせるような場所が考慮されている。
「でしょう?」
アルの言葉に頷きを返しながらバルミッシュは先を続ける。
「それで、すべての陣地には土手が欲しいですね。高さは三mくらい、厚さもそのくらい、ついでにこんな形で」
改めてアルに要望を言い始めた。
その内容は有り体に言って無茶な要求である。
要求された土手の数は三つだが、高さと厚みはともかく、幅という名の総延長距離が尋常ではない。
単なる巨大な棒を寝かせる形ではなく、ところどころジグザクになっていたりして総延長距離は一つ一〇〇mどころではない。
それだけ巨大な土手を作るのは王国筆頭魔術師ですら難しい。
「この程度は可能であると聞いています。姉上も過去に似たようなことを行ったこともあります。その際に、閣下は自分以上に地魔法に精通しているともお聞きしています」
「はぁ。多分作れるとは思います……」
――土の防御壁……だが、こんな堅固な要塞みたいな……。
指定された土壁の形を見てアルは疑問に思った。
攻撃部隊を出すような隙間が少なすぎるのである。
――攻めるならもっと隙間が多い方がいいと思うんだが……それに、土壁は血や汗、小便が滲みたりしたら後始末が大変だ。耕作地の上に作ることになっちゃうし、大きな被害を……なんでだろう?
魔術で出した元素は、現出させて一日くらいであれば、ほぼ同量の魔力で消すことは出来る。
だが、時間が経過すればするほど、アンチマジックフィールドで消すのはより多くの魔力が必要になる。
更に、不純物が混じればその時間はもっと短くなる。
「そうですか。この壁、作るのにどのくらいの時間が掛かりそうですか?」
「……ざっと見て、これ一つなら一~二分というところでしょうか?」
――少し下駄履いとこう。しかし、これじゃあ俺が中核じゃないか! 俺、なんのために来たんだよ……くっそ。
「そ、そんなに速く!?」
バルミッシュは目を丸くする。
同様の壁を作ったとき、ミルハイアは土の量や投射はともかく、整形にはもう少し時間が掛かっていた。
「まぁ、そうですね。しかし……」
アルは“それならもう少し土を多く出して馬防柵ごと村の一部を埋め立てられますよ”と言おうとしたがギリギリで口を噤んだ。
――それじゃ占拠しかねない。今の段階でもやばいってのに……あーあ、こりゃ油田はもう少し先までなんとか……いや、取り敢えず王国に確保しておいて貰うってのはアリかな?
アルはアルで別の思惑もあるために色々と考えることが多かった。
「しかし?」
「いえ、その後、私は休むまでほとんど使い物にならないので……」
「ああ、観戦に来られたのでしたな」
「ええ、まぁ……」
「申し訳ありませんが、今回は……」
本当に申し訳無さそうな顔でいうバルミッシュを見て、アルは肩を竦めて諦めた顔をした。




