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男なら一国一城の主を目指さなきゃね  作者: 三度笠
第三部 領主時代 -青年期~成年期-

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第百十七話 ダービン村

7450年1月8日


「鍛え方が足りんな」

「……は。誠に申し訳ございません……」


 俺の叱責にベッドに寝っ転がったままのバリュートとデーニックが項垂れる。

 器用な奴らだ。


 昨日の早朝にべグリッツを発ち、夕方にはデバッケンに到着した俺たちだったが、約一六〇㎞強の距離しか移動していなかったにも拘らず、この二人は一夜明けても疲労から動けないでいた。


 残りの全員は普段通り動ける。俺とズールーを始めとしてクローやマリー、ラルファ、グィネも普段から走り込んでいるから、その程度の疲労なんざぐっすりと一晩も休めば抜けるのだ。

 ああ、馬車を御していた三人の従士は移動中も交代で休んでいたためか、三人とも元気だ。


 しかし、馬術に長けたデーニックですら……。

 尤も、彼はそもそもの騎乗技術が違うようで、体への負担の掛かりにくい乗り方ができていたらしく、バリュートよりはかなりマシな状態だが……。


 こいつら二人があの程度の速度と時間で疲労困憊とは……俺もヤキが回ったな。

 乗馬はゆっくり歩かせる程度であれば大して疲れない。

 走らせたとしても、同じ速度で走るほど疲れる訳じゃない。

 だが、普通の馬は長時間に亘って走り続けられない。

 従って、騎手の方も何時間も馬を走らせ続けるような経験をしたことのある者などまずいない。


 それに思い至らなかった俺のミスだ。


 因みに、乗馬に慣れていない普通の人であれば、たとえ走らせなくても数時間も馬の背に揺られていれば尻の皮が剥けたりもする。

 が、流石に腐っても騎士団の騎士。

 バリュートも含めてそういう奴はいなかった。

 いたとしても、そんなものは治癒魔術で痛みすら完全になくしてやれる。


 でも、疲労はそうは行かない。


 先の例だと、乗馬に慣れていなければ途中に適宜休憩を挟んでも合計数時間程度、馬の背に揺られているだけで筋肉痛や疲労で翌日動けないなんて当たり前だ。


 今回の件は騎手は充分にベテランだったが、歩かせたのではなくそこそこの速度で走らせていたのが原因である。

 現代の地球で行われているエンデュランス馬術大会の騎手も一〇〇㎞を超えるようなレースの終了後は疲労困憊になる。

 まして騎士は重たい鎧を着込んでいるのだ。


 疲労がポンと抜ける魔術とか、無いんかね?


 そもそも今回同行している騎士たちでは最年長(従士も含めれば元煉獄の炎(ゲヘナ・フレア)のヘッグスが最年長になる)のバリュートは能力値の方も下降線に入っている。


 ……今日は疲労抜きの休養日に充てるしか無いな、こりゃ。


「戻ったら、騎士団の訓練メニューに一日二〇㎞の持久走を追加しろ。これは命令だ。いいな?」

「は……」

「特別な任務がない限り、従士だろうが騎士だろうが毎日べグリッツとミードを走って往復させるんだ。これは全てに優先させろ」

「は……」

「やらない奴は抗命罪で放り出せ」


 情けない表情を浮かべているバリュートの顔を見て、少し気の毒になったが必要なことだ。

 ……ん? よく考えたら持久走を義務付けたのって、俺の奴隷のガキ以外には初めてかな?

 本当は自主的に始めて欲しいが、そうも言ってはいられんしなぁ……。


 今日一日を休養日にしたことで、ラルファとグィネは大喜びで朝から街に繰り出していった。

 俺には「休養日だとは言え、酒はだめだぞ」と言うしかなかったのが、何だか悔しかった。




・・・・・・・・・




7450年1月9日


 先日の反省から、今日は三〇分ごとに一〇分ほど休憩を取らせながら移動した。

 移動速度もだく足までに限定している。


 デーバスへの侵攻部隊は一昨日デバッケンを発ったと言うから、今頃は二日分、三〇㎞ほども先行されているだろうが、ゆっくり行っても今日中には追いつけるだろう。

 追いついても動けないんじゃ意味が無いので今日は疲れを溜めないようにゆっくりと休みながら進むつもりだ。


 先日とは打って変わってノロノロと進む。

 ノロノロとは言っても、平均時速にすれば七~八㎞という、もの凄い速さだ。

 普通なら騎馬だけで構成されている部隊でもこの速度なら二時間も移動できれば上等だろうという驚異的な速度とも言える。


「今後、場合によっては騎馬だけで構成された数十騎の部隊を作る可能性もある。その場合は今回みたいに途中で休養日なんか作らないからな。今のうちに慣れておけ」


 とバリュートに言ったら、そう言われると思っていた、とでも言うような神妙な顔をして頷いていた。

 バリュートは馬が疲れないことと、俺が言う内容から、戦術上で革命に近い作戦が実行できることに思い至っていたようだ。


「迂回挟撃にはもってこいですな」


 一口に迂回挟撃と言っても様々なバリエーションがあるが、中でも戦闘開始後に迂回挟撃を行って大将首を取るというのは、派手な勝ち方としては最高に近い。


 しかし、作戦としては非常に困難で、成功率も低い。


 過去、地球でもオースでも無数に近い挑戦が行われたのに比して、成功数は極僅かに過ぎない。

 どちらかと言うと、戦場を迂回しようとする部隊を敵軍に見せつけ、対応するための兵力を割かせて遊兵を作り出させるための策に近い。


 騎兵の移動速度など簡単に予想可能なので、「このくらいの時間で挟撃部隊が戦場に到着するだろう」と、たちどころに読まれてしまうからだ。


 しかし、相手の予想を上回る速度で移動が可能なのであれば、数十騎の部隊でも敵軍の陣形を崩し、混乱を作り出すことは可能だろう。大将首までは取れないまでもね。


「又は、戦闘開始前に潜ませておいた伏兵と共同しての連続挟撃という使い方も良いのではないでしょうか?」


 そうね。

 時間差で連続した挟撃を仕掛けるというのも効果的だろう。

 もしくは、迂回部隊による挟撃によって、伏兵を潜ませた場所に誘導するという使い方もできる。


 尤も、これは高速な部隊でなくてもいいかも知れない。

 だけど、相手に切り札を使ったと錯覚させることも可能なので、本当に最初の数回程度しか効果を発揮しそうにない先の戦法とは異なってより多くの回数に亘って使えそうではある。


 何にしてもこちらに挟撃部隊があり、それが普通の部隊であると相手に思い込ませる事が出来れば、高い効果が見込める。

 勿論、疲労しない騎馬での突撃力・突進力だけ取っても有効なのは火を見るよりも明らかだろうけど。


 まぁ、夢を見るのはいいことだ。


 正直言って、俺としては見抜かれる前の最初の一回をどこで使うかに腐心するだけで、一度使ったら二度目は全く別の使い方をせざるを得ないとは思っているんだけどね。


 構想としては、その最初の一回を使うまでは“相手の”迂回部隊への対処をさせる防御部隊として使用、と言うのが一番近いかな?


 戦死者だって出るだろうし、来るべき時までは馬を奪われたくはないし、まして捕虜にとられるなんて以ての外なんだから、危険度の高い奇襲攻撃なんかに使いたくないよ。

 まぁ“一斉突撃”なんかの場合には、仕方ないから嫌々突撃させる事になるんだろうけどさ。


 さて、そろそろ追いついてもいい頃合いなんだが……森の中をうねる道じゃ視界なんか知れてるから、未だに侵攻部隊の尻尾すら見えない。

 たまにすれ違う納税用の馬車や商人の馬車だとかから聞くには、確実に近づいていることは確かなんだし、焦ることもないか。




・・・・・・・・・




 午後もかなりの時間が過ぎた頃、やっと追いついた。


 部隊の最後尾を固めていたのは俺の領地から派遣された第四騎士団の輜重中隊だったので、俺は怪しまれて時間を浪費することもなく侵攻部隊の司令部に来ることができた。


「……それで宜しいですか?」


 今回の遠征部隊の司令官に任ぜられている王国第二騎士団の第三大隊長、ファイアブレイズ士爵が僅かに困惑したような声音で確認してくる。

 士爵は山人族ドワーフなので頭の天辺は俺の顎よりも低い。


 意外なことに今回の侵攻部隊の指揮を執っているこの人は、第一騎士団の所属ではなく、第二騎士団の所属だった。

 第一騎士団からは一個中隊に相当する合計三個小隊が派遣されていたが、中隊長は派遣されておらず、派遣されてきた全員が指揮官とはならずに各部隊の幕僚としての参戦となっていた。


 本気で作戦を成功させる気がないのか、それとも別の思惑でもあるのかどっちなんだろうと思ったが、よく考えたらいつもいつも第一騎士団におんぶにだっこじゃまずいだろう。

 その証拠に派遣人数は第一騎士団の一個中隊規模だし。

 それに、何年かに一回くらいの割合で第一騎士団以外にも指揮を任せる事もあるって聞いていたし、その際には第二騎士団の大隊長クラスが派遣部隊の指揮官となる事が多いとも聞いていた。


「はい。了解しました」


 頷いて彼の意に沿う姿勢を示す。

 観戦者としてオブザーバー的に司令部内に席を置く許可を貰えたのは幸運だ。

 地球で言えば二〇世紀前によくあった観戦武官に近い存在だが、結局は自軍なので戦闘の推移によっては司令部の指揮下に組み込まれるという。

 戦闘に参加させられることによって全体を見渡すことが出来なくなるのは真っ平ゴメンだが、俺としてもそこは仕方がないと割り切っている。


 俺と俺の騎士団は予備兵力として普段は司令部の近辺をうろつくことを許された形だ。


 この日は攻撃の起点となるダービン村の手前のゼンド村で一夜を明かした。

 急に参加してきた伯爵閣下のため、領主の館に宿泊出来るはずだった人は従士の家に泊まり、その家に泊まることが出来るはずだった人はバリュートなんかと同様に村の空き地や耕作地を走る農道なんかで雑魚寝を強いられた事だろう。

 すまんね。




・・・・・・・・・




 その夜。

 ゼンド村居留地の中にある空き地。


 綺麗に整列している馬車の集団の端に一回り大型の馬車が停まっている。


 他の馬車は荷物が満載され、それを覆うように布が被された上に紐が掛けられているだけだが、その馬車の荷台は他の馬車とは明らかに異なっていた。

 まるでトラックのように背の高い幌が箱型に張ってあるのだ。

 そればかりか、馬車の両脇の地面にはゴム引き布が敷かれ、それを覆うようにこちらもゴム引き布が箱型に展開されている。

 丁度馬車の両脇にくっついて、二つの四角いテントが作られている形だ。

 ついでに言うと、荷台の中の空きスペースやテントの床にはエアクッションのようなものまで敷かれていた。


 その中央の馬車の荷台から二人の男が出てきた。


 バリュート士爵と、一行でも先輩格に当たる騎士デーニックである。


「たまんないですね……」


 外気に触れ、ぶるりと体を震わせてデーニックが言う。


「ああ、全くだ」


 バリュートの方も肩を竦め、首を縮めるようにして答える。


「流石に外は寒いですね……」

「うむ。これだけ整った環境で寝られると言うのに……贅沢だな、俺達……」

「確かに。でもあれは……何とかならないですか?」

「まだ正式に入団した訳じゃないからなぁ……それに、あっちのスペースに行くのは流石に憚られる」

「……確かに。ですが、馬車の外は結構マシですね」

「そうだな。この幌、結構音を遮るんだな……」


 二人はうまく眠れずに目が冴えてしまったようだ。

 馬車の後部に設えられた小さな樽から水を汲んで飲みながら小声で話している。


「仕切りも幌と同じ布で作って貰えるようにしましょうよ」

「ああ、そうだな。だが、今回は我慢するしかなさそうだ」


 彼らの話し声で目が覚めたのか、馬車の脇に張られたテントから一人の女が顔を出した。


「どうしたんですか?」


 グィネは眠そうな目を擦って尋ねた。

 

「あ、ああ。君か。起こしてしまったか。すまないな」

「ごめん。気にしないで休んでくれ」


 申し訳無さそうに詫びる二人の顔が、少し離れた場所で焚かれている篝火によって照らされている。


「明日もありますし、お二人も早くお休みになられた方が……」


 そこまで言って、グィネは二人の眉間に皺が寄っているのを認めた。

 そして、何かに思い当たったような表情を浮かべる。


「あ……えーっと、もしよろしければ、寝床を変わりましょうか?」


 グィネの提案を聞いて、二人の顔には喜色が浮かんだがすぐに消えた。


「いや、マリーとリタが寝ているし……」

「大丈夫ですよ。マリーさんとリタさんを起こしますね」


 そう言うとグィネはテントに引っ込んだ。

 二人がバツの悪そうな顔を見合わせていると、暫くしてマリーとリタの二人が毛布を持って外に出てきた。


「ラルの鼾がうるさかったんですよね? 替わります」


 マリーが微笑んで言う。


「すまん」

「副団長、我々も毛布を……」

「ああ、そうだな。少しだけ待っていてくれ」


 二人が荷台から自分たちの毛布を持って出てくるのと入れ替わりに、三人の女性は馬車に乗り込んだ。


 荷台の中は薄い布で間仕切りがしてあるが、間仕切りの奥の方からは盛大な鼾が聞こえてくる。


「こ、これ、ファイアフリード准爵の……?」


 リタは幌の中に響く大鼾に戦慄した。

 これではうるさくてとても眠れたもんじゃない、と思ったのだ。


「大丈夫よ。私、こっちでいい?」

「どうぞ。リタさんもいい?」

「あ、は、はい」


 マリーは間仕切りの手前で横になると毛布にくるまった。


「やっぱ地面の上よりは少し暖かいのね……」


 小さな声で呟き、目を瞑るマリー。

 大鼾はその間も続いている。


「あ、あの、アクダムさん。私は……」

「私が奥に行くから大丈夫。リタさんは入り口のそばになっちゃうけどいい?」

「え? ええ。勿論です」


 大鼾の発生源から少しでも距離を取りたかったリタにしてみれば渡りに船だ。


「ごめんね。すぐに黙らすからさ」


 一つだけ欠伸をしてグィネは間仕切りを引き上げた。

 その瞬間、数段大きな音でぐおーがおーと鼾が荷台に轟く。

 横になろうとしていたリタの眉間には、不快そうな皺が刻まれた。


 間仕切りの奥に進んだグィネは、大口を開けて仰向けに寝ているラルファを手探りで探し当てる。

 そして、慣れた動作で蹴り飛ばすとラルファの体を横向きにさせた。


「んぐ……むにゅー……」

「これで起きないって冒険者失格よね」


 横向きになったラルファの体勢がもとに戻らないように脇に滑り込んで、グィネは小さく呟く。


「ん……ひゅー……」


――でも、迷宮の中じゃあ……。


 鼾はおさまり、規則的な呼吸音に変わる。


「こんなあんたの横で寝てくれるのは私くらいよ……」


 器用に毛布を体に巻き付けると、ラルファと背中合わせになったグィネは小さく呟いた。




・・・・・・・・・




7450年1月10日


 アル達を含む侵攻部隊はこの日の夕方に当初の目的地であるダービン村に到着した。

 到着早々に挨拶に現れた領主のゲオマンド士爵に対し、司令官のファイアブレイズ士爵は挨拶もそこそこに、元々村に駐屯していた第二騎士団の中隊長から現状の報告を受け始めた。


 大まかな行動予定としては、ここで数日休み、部隊全体の移動の疲れを抜く。

 その間に少人数で構成された偵察隊を作戦目標であるタンクール村に向かわせるのだ。

 当然、ダービン村に駐屯していた部隊からも偵察隊は送っているが、こちらの行動起点の欺瞞のために通常のパトロールを装っているので、タンクール村の情報については通り一遍の、しかも何ヶ月前の古い情報しかないために、これは必須である。


 偵察隊は待ち構えているであろうデーバスの陣容を掴むのがその目的でもあるが、こちらの到着について気づかれていないかの確認の意味の方が強い。


 気づかれていなければ、偵察隊はダービン村から近い場所で相手の偵察隊を発見し、同時に先方にも発見される可能性が高い。

 非常に難しいが、それを捕捉、撃滅することが叶えば多少なりとも奇襲チックな攻撃を行うことが出来る。


 こちらの主力部隊の到着について、既に気づかれているのであれば、送り込んだ偵察隊はタンクール村の付近までは無事に行けると思われる。

 運が良ければタンクール村の防備状況についての情報を持ち帰る事ができるだろう。

 残念ながら発見された場合でも敵地近くでの交戦は厳に戒めているので、余程の事でもない限りは全滅したりする可能性は低い。


 偵察隊を送り出したファイアブレイズ士爵の背中を見つめ、アルは一人腕を組んでいた。


――俺が行けば……いや、俺はオースの戦争を知らないから見に来たんだ。今回は自分たちの安全だけを念頭に置いて、学ぶことに専念すべきだ……。それに、下手に手を出したら王国軍の実力も、デーバス軍の実力も正しく認識できない……。


 

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