第百十六話 人の気知らず
7450年1月6日
俺の前に明日からの視察に同行するメンバーを整列させた。
副団長のバリュート士爵。
恐らくは純粋な騎乗戦闘技術について、俺も含めて彼の右に出る者はそうはいないだろう。
尤も、魔法アリならランキングは一気に下がるけど。
本人もかなりの技倆ではあるが、俺やミヅチは当然として、バルドゥックで鍛えられたクローやマリー、それに旧煉獄の炎の連中の方がより実戦的に使えるからねぇ。
騎士ダムガン・デーニック。
ラークス村の出身で平民だが、努力家で馬術に秀でている男だ。
前述のバリュート士爵程度の腕であれば、探せば他の騎士団にもいないことはないと思うが、こと馬術に限っては彼に比肩する技倆の持ち主はそうそういないと思われる。
騎士クロフト・バラディーク。
クローはウェブドス侯爵の騎士団で騎士の叙任を受けた。
腕の程は団長である俺が保証したために、ほぼ無試験で俺の騎士団に編入した形になっている。
騎士であった期間が短かったために騎乗戦闘はまだまだ修業が必要なのは俺と同様であるが、白兵戦闘に限れば騎士団でもかなり上の方に位置する。
魔法の技倆については、その特殊技能のレベルは副団長とあんまり変わらないが、ストーンアローとキュアーの行使時間は非常に早いので、この二つの魔術は達人に近い。
騎士マリッサ・バラディーク。
クローの嫁さんで、同じくウェブドス侯爵の騎士団で騎士の叙任を受けている。
白兵戦の腕はクローより少し落ちるが、投げナイフを含めた剣よりも近い間合いでの接近戦についてはかなりの腕を持っている。
マリーもフレイムアローとキュアーの魔術を得意としており、行使時間はクローと遜色はない。
従士ヘッグス・ホワイトフレイム。
バルドゥックの冒険者集団、元煉獄の炎のリーダー。
俺とミヅチを除けば白兵戦闘では騎士団で随一と言っても良いだろう。
但し、戦斧を使えばだけど。
魔法についても三種の元素魔法を操り、それぞれのレベルはもうすぐで五に到達し、無魔法のレベルも六に近いため、魔術師としても一流と言っても良い。
従士リタ・ラヒュート。
クドムナ村の領主であるラヒュート士爵の長女で長子だ。
騎士団に入団して三年が経っており、貴族の継嗣なのに未だに正騎士になれないのは純粋に彼女の技倆が低いからに他ならない。
尤も、幼少期は結構な虚弱体質だったらしく、白兵戦の訓練を始めたのも一〇歳頃と遅かったのが主な原因であろう。
従士オズマンド・キブナル。
彼も従士ラヒュート同様にハッシュ村の領主であるキブナル士爵の長男で長子だ。
しかし、彼女とは異なって戦技については白兵戦も騎乗戦も水準を満たしているので今回の視察が無事に終わったらバリュートから騎士への推薦が行われるはずだ。
そして、俺の奴隷頭兼警護隊長となったダディノ・ズールー。
元々デーバス王国の歩兵から俺の奴隷になっていた為に、迷宮冒険者出身なので騎乗戦闘は大したことはないが、白兵戦についてはそれなりにやる。それどころか場合によってはクローやマリーを上回る部分すら多い。
俺にとって一番かわいい奴隷、と言う程でもない、か、な?
いや、一番かわいがってきた奴隷であるのは確実だ。
今後もそうだろうなぁとも思っている。
そして自動地図作成機と方位磁石。
彼女たちも昨日からこの連携訓練に参加させているが、特に方位磁石の方は俺の期待を裏切ることなくあっという間に連携をものにした。
虐殺者や根絶者と言った、実力に開きのあるメンバーを指揮させた経験が良い方向に働いてることが確認できた。
彼ら一人ひとりの顔をしっかりと見つめるが、不安そうな表情を浮かべる奴はいない。
明日の早朝、この一〇人と一緒にべグリッツを発つ。
現在時刻は多分一四時くらい。
疲れを抜き、明日の準備のためにかなり早く切り上げることにした。
「よし、今日はここまでにしよう。各自今日はしっかり休養に充て、明日までに疲れを抜いておけ。では解散!」
そう言って愛馬ウラヌスに飛び乗ろうとしたら、方位磁石が話し掛けて来た。
「ねぇ、アル」
「なんだ?」
「その……」
「うん?」
「ご、ご飯食べに行こうよ」
「え? まだこんな時間だぞ? それに、飯ならついさっき昼飯食ったろうがよ」
冬とは言え、まだ日は高い時間だ。
「だって……」
「だってなんだよ?」
何今更もじもじしてんだよ?
「あ、そ、そうだ! 海胆入ってるんでしょ?」
ラルファは海胆が食いたいらしい。急に表情が変わり嫌らしい笑みを浮かべた。
海胆が食いたいなら一人でいけよ、もう子供じゃねぇんだし。
しかし、一体何を考えているのか、なんかムカつく笑顔だね。
多分だが、俺に奢らせようって魂胆が透けて見える。
いや、まぁ、もし一緒に行くなら飯ぐらい幾らでも奢ってやるけどさ。
「ああ、海胆な。ドリングルって飯屋に入荷してる。まだ食ってないのか? 美味かったぞ」
「じゃあさ……」
「いや、明日も早いし準備もあるから今日は飲まないで屋敷で飯食って休む」
土曜だし、ギベルティが来るしな。
「そんなおじいちゃんみたいなこと言ってぇ~」
「そうですよ、ご飯行きましょうよ、久しぶりに」
自動地図作成機まで加わった。
冗談じゃねぇ。
普通なら一+一は二だから大したことはないが、お前らがタッグを組んだら一+一=二〇〇だ。一〇ば……じゃなくてどうせ他のメンバーも合流してくるだろうから一〇〇倍飲み食いするだろうが!
冗談はさておき、俺は今回の視察でしっかりと見ておきたいんだ。
だから何一つ遺漏がないようにしておきたい。充分な休養も大切だし……そんなことよりも、またミヅチと暫くお別れになるのだ。
一緒に飯を食うと伝えたらミヅチも来るだろうが、その、なんだ、必然的に二人の時間が減っちゃうじゃん。
ミヅチの機嫌は悪くなるだろうし……何より俺も、その、ね?
「あのな、遊びに行くんじゃねぇんだよ。お前らも遅くまで呑んでないでさっさと宿に帰ってクソして寝ろ!」
・・・・・・・・・
少し早めの晩飯を食ったあと、風呂を入れた。
当然入浴もするが、髪を染めるのは風呂場の方が何かと都合がいいからそうしているだけだ。
暫くの間、碌に落ち着けそうにないから、今のうちに髪を染めておくのだ。
もう染める必要はないと思ってはいるんだけど、どうにも習慣になっちゃってるんだよね。
ミヅチもまだ染め続けているし、ラルファやグィネだって染め続けてる。
この前会ったバストラルも相変わらず染めてたし、きっとトリスやベルもまだ染め続けてるんじゃないかな?
因みに染髪は各色に応じていろいろな植物から煮出して作った染髪液を使う。
いくら使っても日本の物みたいに髪質が悪くなったり肌荒れがしないところが利点で、色だって綺麗に染まる。
これを日本で売ったら儲かるだろう。
風呂場に持ち込んだ椅子に座り、頭からお湯を被るとミヅチに染髪液を髪に掛けてもらう。
『お客さん、かゆいところはありませんか?』
ミヅチは俺の髪を梳かして染髪液を馴染ませながらふざけて前世の床屋のような事を言う。
でも、お互いに素っ裸で湯気だらけの風呂場でそんな事を言われると、何か勘違いしそうになっちゃうよね?
座ってるのは普通の腰掛けなんだけどさ。
『ん~、もうちょっと下』
『このへん?』
『もっと下』
『ここ?』
『もっとずっと下、前の方』
『もう……バカ』
この椅子、そこらで売ってる床几みたいなどうでもいい奴なんだけど、今度風呂の中で使う特殊な形状をした専用の椅子でも作らせよっかな?
ジャバに教えたら喜ぶかも……べグリッツでも娼館をやりかねないから止めとこう。
俺の髪に染髪液を行き渡らせたら、今度はミヅチの髪も染めてやる。
……なんで伯爵にもなってお互いに髪を染め合ってるのかと言うと、以前、メイドのテフラコリンに頼んで髪染めを手伝って貰おうとした時にミヅチが嫌がったのだ。
――え? 全部脱ぐの? なんで?
――いや、だって、風呂場の方が後始末とか便利だし、それに俺だってタオルくらいは巻くわ、流石に。
――……く……で、でも……あ、そうだ。女中とは言え、伯爵が肌を晒すなんて……。
――肌を晒すって、男だぞ、俺。そもそも、王侯貴族は風呂だって一人じゃ入らなかった、体なんか専用の奴隷に洗わせていたとか言ってたの、お前じゃん。
――ダメ! 今まで通り私がやるんじゃいけないの? 私がグアイレとかラセルナに髪染めを頼んだらどうするの?
――やだ。
――でしょ?
――っつーか、お前、男に髪染めを頼むの?
――例え話でしょうが!
バルドゥックにいた頃からお互いに髪を染めるのを手伝っていたので、俺としては今更どうでも良かった。
単に大貴族になったのだから、染髪くらい自分たちでやる必要もないだろうと思っていただけに過ぎなかったのだが、ミヅチが言うことも尤もなのでそのまま自分たちでやっているだけだ。
染髪液を馴染ませるために、俺もミヅチも頭に蒸しタオルをターバンみたいに巻いたまま、体を洗い、風呂に浸かった。
石造りのでかい風呂桶に向かい合って入る。
二人揃って足を伸ばせる大きさの風呂桶は俺の自慢の逸品だ。
『ちょっと熱いな』
水を出して、少し温度を下げる。
長く浸かるし、ぬる目の方がいいだろう。
風呂場の窓ガラスも曇って真っ白になっている。
『……ねぇ』
『うん?』
『怪我しないでね』
『ああ』
ぽちゃん、と天井から水滴が落ちた。
『あ、そうだ。部隊編成やり直してくれ』
命令可能回数はもう殆ど残ってないからな。
『今?』
『うん』
『明日じゃなくていいの?』
『もうとっくにトリスやベルなんかも外れてるし、いいよ』
『でも、ズールーや皆の場所が分かるから、別れた時も便利よ?』
『ああ、そういやぁそうだな。明日にしてくれ』
『バリュートさんやデーニックは?』
『そう言えば試したことはなかったな。試してみよう』
『ん……わかった』
お湯に浸かって血行が良くなったのか、ミヅチの肌も僅かに赤みが差している。
が、上気しているとは言え、青紫色は青紫色だ。
当初は死体みたいな嫌な色だな、と思っていたこともあるが、流石にもう慣れた。
『どうしたの?』
俺が体に視線を移したことに気がついたようだ。
『いや、別に』
髪染めてる最中だった。おいたはおあずけ。
『んん? どこ見てたの? お姉さんに言ってもいいのよ?』
『見てねぇし』
ミヅチは湯に浸かったまま俺の方に体を寄せて来る。
『見てたでしょ?』
『何を?』
『んふ、わかってるくせに……ほら、こんなに』
『んお!?』
いきなり掴むな。
『……おっぱい揉んどく?』
『……うん』
少し早いけどもういいや。
髪を流そう。
・・・・・・・・・
『はぁ、やっぱ美味しかった』
シャワーを浴びたラルはタオルを巻いたままベッドに倒れ込んだ。
部屋はシャワーを浴びに行く前からランプを灯したままだ。
『……何で来ないのよ……あいつ……』
暫くの間、薄い毛布の上に突っ伏して動かなかった。
が、漸く体を起こしてベッドに座り直すと別のタオルで髪を拭き始めた。
『……ふぅーっ』
深い溜め息を吐く。
『……久々に会ったのにな……』
髪を少しずつタオルに挟んでポンポンと叩くようにしながら言葉を漏らす。
『頑張って誘ったのに……』
少しばかり精気の抜けたような顔つきでボソリと呟く。
『くちん! ……寒』
暖房などないため、部屋の気温は低い。
まして、さっき浴びたシャワーは水だった。
幼少期から冷たいシャワーには慣れているが、冷たいものは冷たい。
『う~~』
唸るような声を出しながら、髪は放っておいて体に巻き付けたタオルをはだけると手早く水滴を拭き取る。
そして下着を身に着け、寝間着代わりにしている大きめのシャツを被った。
『……はぁ~っ』
また大きな溜め息を吐いて、今度こそ丁寧に髪の水分をタオルに移す作業に戻る。
漸く髪を拭くのを終えると、テーブルの上に置いたままの水差しから水をコップに注いで一息に飲み干した。
『冷て~……まぁでも、明日から暫く一緒かぁ』
にへら、と不気味な笑みを浮かべながら、タオルではなく手の甲で口を拭う。
『明日も早いし、寝るとしますか』
部屋の中に持ち込んだサドルバッグからキヴィアックの毛布を取り出すと、無造作にベッドに放り投げる。
元々ベッドにあった毛布はそのまま敷毛布にするつもりだ。
ランプを消し、ベッドに潜り込む。
『……ル……お休み』
呟くような小さな声で誰かに挨拶をする声が、真っ暗な部屋に消える。
ベッドからはすぐに規則的な寝息が聞こえてきた。
・・・・・・・・・
7450年1月7日
ミヅチは行政府に行くので平服だが、俺の方は鎧を着込み、腰に長剣を佩いての完全装備だ。
銃剣については、今回は持っていかない。
単に長剣として普通の鞘に入れただけだ。
装備を整えた頃、ギベルティが弁当を持ってきてくれた。
店に寄って朝食を食べて行かないでもいいように、昨晩のうちに俺とミヅチ、二人分を頼んでおいたのだ。
弁当を受け取って、二人で家の扉を開けると厩番のグアイレが俺たちの乗馬を整えて待っていた。
俺のウラヌスは荷物で膨らんだサドルバッグを装備しているが、ミヅチの玉竜は鞍と鐙だけだ。
ミヅチは騎士団まで同行して俺を見送ったあと、行政府で事務仕事だしな。
ウラヌスのサドルバッグのポケットに弁当を入れ、屋敷を出た。
騎士団の本部に向かいながらミヅチと話をする。
俺と同行するメンバーや日程など、既に何度も会話してはいるが、最後の確認のようなものだ。
「えーっと、何人で行くんだっけ?」
「俺を入れて一一人だ」
「また微妙な人数……」
「うん」
ミヅチの部隊編成はMAXレベルでも本人を入れて一一人が最大なのだ。
因みにMAXレベルでの拡張能力については未だによくわかっていない。
当初は部隊員の方からも命令を送れるようになるのかと思って、期待していたのだがどうも違うらしい。
作ってよかった無線機。
まだ完成してねぇけど。
「誰抜く?」
「それなんだけど、ズールーを抜く。ああ、他の奴に部隊編成が使えなかったらズールーも入れるけどな」
「いいの?」
「よく考えたら警護隊長だっつって張り切ってるから、俺から離れることもないだろ」
「それもそうね」
ミヅチは納得したようで、頷いた。
『……拳銃は持った?』
『持って来てねぇよ』
『え? いいの?』
『ラルファとグィネが持ってるからな。二丁ありゃ充分だろ?』
『でも……』
『いや、本当にいいんだ。どうせ使わねぇし、撃ったとしても余程近距離でないとなかなか当たらないしな。それなら暇してるマールとリンビーに練習でもさせた方がまだ有意義だよ』
『ん~、まぁそれもそっか……』
騎士団本部に到着した。
まだ暗い空の下、本部の前には六頭建ての馬車と数頭の軍馬が用意されている。
篝火に照らされて何人もの人が馬車に何か荷物を積み込んでいるのが見える。
荷物を積み込んでいた従士たちに朝の挨拶をすると「おはようございます、団長! 奥様!」と、口々に返事があった。
馬車は三人の従士が交代で御する。
と、なると俺のウラヌスの他に七頭の軍馬がいなければいけないはずだが、ここには四頭しかいない。
三人も遅刻してるとはどういうこったよ!?
遅刻している奴は……当然まずあの二人組だ。
もう一人は……ズ、ズールー?
忠実な奴隷頭の姿が見えない!
アホ二人はいつものこととして、ズールーが遅刻だと?
「おい、ズールーは? まだ来てないのか?」
馬から降りながら手近な従士に尋ねた。
「いえ、彼は少し前にファイアフリード准爵とアクダムさんを迎えに……ああ、戻ってきたようです」
遠くから複数の馬が駆けてくる音がした。
あのズールーが遅刻する訳ないと思ってたよ。
だが、予め奴らの宿に寄ってから来ればいいのに……って、ここはコートジル城と宿の中間だったわ。
「間に合ったならいい。……馬車の馬と俺と同行する者の馬から全ての蹄鉄を外せ。私が朝食を済ます間に済ませろ」
俺に命じられた若手の従士は目を白黒させて「で、ですが……」とか言って絶句している。
蹄鉄は装着するのは大変だが、外すのは大して時間は掛からない。
「いいから外せ。さぁ、すぐにかかれ!」
「は、はい! しかし、ファイアフリード准爵とアク……」
「あいつら三人の馬はいい」
「了解しました!」
従士は積み込み作業を済ませた他の従士たちに声を掛けると、一斉に厩舎に向かって走り出した。
道具を取りに行くのだろう。
俺はサドルバッグからギベルティの作ってくれた弁当を取り出すと、ミヅチと馬車の御者台に登って弁当を食べ始めた。
暫くするとズールーたちも到着した。
二人のアホは、アホにしては思うところもあるのか申し訳なさそうに詫びてきた。
「……どうせ夜更かしして呑んでたんだろ?」
「「ギクッ」」
「ギクッじゃねぇよ」
「「でも、遅刻はしてないよ(ですよ)?」」
……って、あれ? ラルファ、それゴム鎧じゃん。
そういやあ、何ヶ月か前にダイアンから聞いてた。
あの時は余分のゴムがなかったので受注だけして納品は先になるとか言ってた。
俺の屋敷の水タンクやら熱気球やらで結構な量を使ってたしな。
でも、間に合ったのか。良かったな。
「……ギリギリな。だけど、視察中は酒禁止だからな」
「「ええーっ!? 私達だけぇ~?」」
「アホゥ! 全員に決まってんだろ!」
とかなんとかやっているうちに全ての蹄鉄を外し終わったようだ。
「まぁいい。出発まで待ってろ」
最後に残っていたカボチャのコンソメ煮を口に放り込むと御者台を飛び降りウラヌスに向かう。
サドルバッグにぶら下げていた袋を取り外す。
中身は合計四〇個の金属棒。
言わずと知れた魔法の品、そよ風の蹄鉄である。
まず、バリュートの馬に向かうと蹄鉄を外したばかりの前足を一本上げさせた。
袋から取り出した金属棒のうち、一番広い部分を馬の蹄の底部に押し当てる。
と、すぐに金属棒はぐにゃりと変形して馬の蹄の底部全体を覆った。
「こ、これは!?」
何事をするのかと傍で見ていたバリュートや騎士団の面々は驚きを隠せない様子で声を上げる。
「そよ風の蹄鉄という魔法の品だ。貴重品だから万が一にも無くさないでほしい。私とはぐれて馬が死んだ場合、足を切り落としてでも全て持ち帰れ」
いつも思うけど、人にも装着出来ればいいのにな。
人の足の爪の面積はそよ風の蹄鉄の装着面の半分に満たないし、平らでもないから無理なのはわかってるんだけどね。
どうしてもそんな事を考えちゃうよね?
俺もバルドゥックの迷宮でギベルティに履かせたら色々と捗ったのにと思うことがあったよ。
用意を整え終わった俺たちは、すぐにべグリッツを出発する。
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけてね」
ミヅチとキスをしてウラヌスに乗るとラルファと目が合った。
しかし、ラルファは見てはいけないものを見てしまったとでも言うような、気まずげな表情を浮かべて俺から目を逸らす。
ふん、なんだかんだ言ってまだまだお子ちゃまなのな。
・・・・・・・・・
7450年1月8日
それなりに急ぎはしたものの、適宜休憩を挟みながらお隣のランセル伯爵領を越え、ドレスラー伯爵領には昨日のうちに入っていた。
領都のデバッケンで取った宿の者に話を聞くと、デーバスへの侵攻部隊は昨日デバッケンを発ったとの事だ。
集結地のダービン村はデバッケンから南東にあり、何事もなく普通に進めたのなら徒歩で二~三日の行程だという。
直線距離はどうだか知らないが、おおよその移動距離は多少長く見積もって六〇㎞前後であろう。
だとすると歩兵を抱えている侵攻部隊の移動速度は一日一五㎞程度であろうし、ゆっくりゆっくりと進んでも俺達は人数も少ないから今日中には追いつける。
目的地のダービン村はダート平原の中だから道幅も知れている。
部隊の隊列は細長くなっていることだろう。
どうやら戦闘の最初から最後まで見ることは出来そうだ。




