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裏切り

 「いつまで待たせるつもりだ」

 新たな増援として派遣される予定の陸軍第六軍(Armee)司令官に詰め寄られたエルヴィンだが、自分の倍以上の年齢を生きた将軍を相手に、

 「全軍を必ずお送りします」

 と泰然と言い返して済ませるのだからエルヴィン・フォン・クロネッカーという提督への疑念は増すばかりであった。

 「見せかけだけで何も考えてはいないのではないか」

 「アルミターゲでの撤退戦の成功はまぐれ当たりか」

 その声が各所で上がるようになったが、エルヴィンは気にする様子もない。形式上の上級司令部である第四軍(Marine)司令部からも陸軍参謀本部からも出撃を繰り返し求められたが、連邦軍に対して手を変え品を変え“戦術的成功”を重ね続けた。

 「一体何考えてるの。毎日司令部からも陸軍からも矢の催促だよ」

 「敵を困惑させている」

 「それだけ?」

 「それだけ」

 アウグスタは小さく開いた口のまま、エルヴィンの表情を窺い続けた。

 七月二五日。エルヴィンは麾下諸部隊に指令を下す。

 「艦隊全艦出撃。第七次“豊穣神(フレイ)作戦”を発動する」

 作戦名は前任者が幾度も失敗させてきたものをそのまま引用した。

 「ついに動くか」

 艦艇の準備を終え、いつ次の作戦が始まるかと待ちくたびれていた麾下の旅団長たちは喜び勇んだ。

 「前衛に第四八旅団、左翼に第五旅団。以下各旅団の配置を伝達する。輸送船団を防護しつつ、惑星オルレアーンス・ドライまでの補給路を開く」

 エルヴィンの指示はこれまで幾度も失敗を繰り返してきた作戦計画と全く同じであったが、これまで“想定外”を重ねてきた麾下の指揮官たちにとってはここだけでも“常識”が守られただけで安堵に足る材料だった。これまで同様失敗するのではないかという不安は等しく抱えているとしても。

 「しかしながら旅団長以下には伝えなくてよかったのですか、輸送艦の件」

 「知れば動揺する者も出てくる。敵を騙すにはまず味方から、と言うだろう」

 師団参謀長の懸念をエルヴィンは平然と打ち返した。

 「師団長にはお考えがあるのです、大佐殿」

 アウグスタは食い下がろうとしかけた参謀長とエルヴィンの間に割って入った。

 「師団長が結果への全責任を負います。大佐殿が余計な火の粉を被るべきではないのでは」

 その一言で参謀長は、エルヴィンから視線を逸らさずに数度頷きながら退散した。

 作戦に投入されるのは戦列艦、防護艦、戦闘支援艦らを合わせ一八四隻。他に“無人の”輸送艦を帯同している。これだけでは到底前方に展開する連邦軍の堅陣に敵う規模ではない。だが統帥本部も陸軍も、一刻も早い作戦開始を求めていた。

 旗艦ケーニヒの艦橋スクリーン前面を覆う、黒一面の無窮の大河と星の粒たち。その流れに乗って、数百キロずつの間隔を置きながら慣性航行で進む数十隻の艦艇の所在が、前方スクリーンに示されている。

 少ない、とエルヴィンは感じる。アルミターゲでもここオルレアーンスでも、彼の手元には精々スクリーンを見回せば把握できてしまう程度の艦船しか目に入らない。この倍、いや十倍の艦隊だって指揮できると、彼の身体の中で抑圧された欲望が疼く。損耗したたった一個師団の質量では彼の気宇など到底満たすことができるものではなかった。

 「偵察艇より入電。熱源を探知。艦数四〇〇隻以上と推計」

 「熱量解析——主力艦一二〇以上、補助艦七〇以上、護衛艦二二〇以上」

 情報参謀の報告を受け取り、エルヴィンは立ち上がった。

 「各旅団に伝達。対艦戦闘部署発令」

 「了解、レーザー通信用意」

 既に自分たちがあらゆる周波数帯に向けて妨害電波を放ってレーダーや通信を遮断している状況では自軍の通信も艦隊制御データリンクもまともに機能しない。このような状況では通信UAVや光学通信といった方法で旗艦の意志を伝達することが求められる。

 「ケーニヒより入電! “全艦対艦戦闘部署”!」

 第五戦列竜騎兵旅団旗艦“ヒンデンブルク”で旗艦からの光信号を解析してコンソール上に自動表示された文面を旅団参謀が読み上げる。

 「直ちに実行しろ」

 第五戦列竜騎兵旅団長アレクサンダー・フォン・レネンカンプ少将は視線をスクリーンから動かすことなく低い声で命じた。

 「対艦戦闘部署発令! 全艦砲戦用意!」

 参謀が声を張り上げる。

 彼と比べて半分ほどの年齢しか生きていない、彼に言わせれば“男娼として売り出した方が儲かりそうな”面構えの年少の師団長に仕えなければならない身を呪ったレネンカンプは数日前まで不機嫌の絶頂にあった。若造に一方的に命令されていつまでも海戦の機会が訪れず、何度職を辞して本国に帰ろうかと思ったか計り知れない。

 レネンカンプは二五歳の“狂犬”の玩具にされるために職業軍人としてのキャリアを築いてきたわけではない。堂々と正面から連邦軍の大軍を打ち破るために研鑽を重ねてきたのだ。

 「偵察艇より報告。敵主力艦は一二四隻と推計」

 主力艦の数が帝国軍より多い。連邦軍の主力艦フォレスタル級戦艦の艦砲は帝国軍のそれより高い打撃力と射程を持つ。

 両軍の布陣と状況を立体映像で表示する戦術テーブルから参謀が顔を上げた。

 「このまま砲戦に入れば、輸送船団の前に艦隊が壊滅します」

 「司令部からの命令は」

 「ありません」

 「このまま作戦通り敵艦隊に正面突破を?」

 別の参謀が答えを求めるようにレネンカンプに視線を向けた。だがレネンカンプとて答えを持っていない。

 「どういうつもりだ」

 苛立ちを込めて吐き捨てる。

 全長一〇八七メートルのザクセン級戦列艦ヒンデンブルクには二四三二名の乗員が乗り込んでいる。その全員が各自の持ち場につき、砲戦開始の合図を待ち構えていた。

 両軍の相対速度は毎秒七〇〇キロに達する。あと二十分もすれば両軍は砲戦距離に到達するはずだった。

 急速回頭命令が届いたのはその一分後であった。

 「右十六点順次回頭だと」

 レネンカンプよりも先に声を張り上げたのは参謀であった。

 「一体何を考えているんだ、司令部は!」

 右十六点回頭は面舵を取って百八十度の反転を意味する。ここまで来ておいて、敵の目前で尻尾を巻いて逃げ出すという意味であった。

 「尻尾を巻いて逃げろというのか!」

 「閣下! 我が隊だけでも直進し、敵に当たるべきです。我が隊が行けば、友軍も続きます」

 血気盛んな若い参謀が主張したが、先任の参謀が制止した。

 「我が隊だけが孤立し、一方的に殲滅されて終わりだ。命令には従うべきであります」

 「あの狂犬、統帥本部の言う通りだったか。小手先の策を弄して、肝心要の場で腰が引けたか」

 レネンカンプは歯を剥いた。軋む歯の隙間から漏れる呻き声は、数秒経って命令として参謀たちの鼓膜を殴打した。

 「全艦直進!」

 レネンカンプの声に先任参謀が首を横に振った。

 「閣下、抗命となります!」

 「勝てばいい! 負けても統帥本部が救ってくれる!」

 あの“狂犬”とて、味方の一個旅団を見殺しにはできない。俺が得意とする突撃による戦況打開に師団全体を引きずり込み、俺の功績として勝利すれば中将への昇進は疑いない。

 旅団は直進を続ける。その様は旗艦ケーニヒの戦術テーブルに一分を待たず反映された。

 「あいつは何をしている!」

 テーブルに叩きつけられたエルヴィンの拳の音が周囲の人間の動きを停止させた。

 第五戦列竜騎兵旅団の三一隻の重戦列艦が直進して敵艦隊に向かい、他の各艦は回頭している。

 「あの旅団を連れ戻せ! 作戦が崩壊する!」

 甲高い声で叱咤しても、既に戦闘宙域は妨害電波が飛び交い、電波通信は望みえない。光通信で呼びかけようにもエルヴィンの作戦構想を誰も聞いていない中でレネンカンプを納得させる言葉を持つ者などいなかった。

 これが統帥本部の指示なのか。

 力を込めたアウグスタの親指が、データパッドの縁で白くなった。

 これではエルヴィンを敗北させるためだけに数万将兵を犠牲にするようなものではないか。これがレネンカンプの独断ならば彼は正気を失っているに違いなく、上層部の意図なら統帥本部は下劣なことこの上ない。

 エルヴィンの唇の色が失せている。あの目の奥で、きっと世界の色が抜け落ちている。彼が説明をする気が毛頭ない、彼の脳内にしか存在していない作戦計画は、今まさにレネンカンプ一人の突出ですべてが崩壊しようとしている……

 彼には力任せの荒療治が効くことを、彼女は長い付き合いの中で会得している。

 呼吸の荒い司令官をアウグスタは小突いた。

 「早く指示を出して。私たちで勝手にやってもいいの?」

 その一言に青年は目を見開いた。

 「させるものか!」

 そう吐き捨てて戦術テーブル上で動く立体映像(ホログラム)を睨みつける。かじりつくようにテーブルを掴んだ両手は震えていた。

 ケーニヒ艦橋の幕僚たちは皆エルヴィンを待った。彼が何かを言わなければ誰も動き出すことができない。この数秒は誰もが強制的に忍耐の限界を試された時間だった。

 焦点の合わない双眸は一瞬たりとも留まることなくテーブル上を動き続け、正解を探している。それが一点に止まったのは五秒後のことだった。

 「我が隊も続くべきだ!」

 ネーリング少将の第四八戦列槍騎兵旅団司令部でも意気上がる参謀がレネンカンプの突撃を見て声を張り上げた。

 「軽挙だ」

 しかしネーリングは断ずる。

 「敵の数は我が方より優位、真正面から撃ち合って勝てるわけがない。統帥本部はその責をクロネッカーに負わせるだろうが、その前に自分の命が危ないのではないか」

 しかしこのまま戦おうが尻尾を巻いて逃げ出そうが、オルレアーンス・ドライの戦況を挽回することには繋がらない。時間をかければかけるほど事態は悪化していくのである。

 「これが“狂犬”の計画の範疇か否か、彼女は知っているのかな」

 そう呟き、ネーリングは嚮導艦に続くよう参謀に指示した。

 「これは罠か、それとも錯乱か」

 第三四任務部隊旗艦ネヴァダでは指揮官ショックレー少将が敵の熱源の動きを見て当惑していた。

 「幽霊艦隊め、我々を弄んでいるのか」

 これまで散々ゲリラ戦を展開して連邦軍を苦しめてきたかと思えば突然主力艦隊と輸送船団を出してきて、目の前で二隊に分裂して主力艦の一部だけが突進してくる。

 連邦軍の将兵たちからみて、敵の動きはあまりに不気味であった。

 「カミカゼか」

 嘲笑う参謀もいたが、帝国軍内部の深刻な精神的分断を悟り得た者はいなかった。

 「どう対処なさいますか、閣下」

 参謀長デンプシー代将が司令官に決断を促す。

 既に一か月もの間帝国軍の挑発的攻撃を受け、今まさに目の前に餌が差し出されたかのように敵主力艦が単独で直進してくる。

 帝国軍の動きは味方のみならず敵をも驚愕させた。大幅に損耗したとはいえ一個旅団の損失は簡単に替えが利くような代物ではない。概算で七万五千人ほどの訓練された乗員と共に敵火力の全面に突出させて主力は全速力で撤退する様は、兵学の常識で測れる事態ではなかった。

 「敵はそれほど追い詰められているというのか、破れかぶれとでも言うのか」

 だがすぐに軌道計算を行い、迂回軌道を取ればオーリンズⅢに帝国軍が到達し得る可能性があることを航海参謀が指摘した。

 「あの三〇隻ほどの敵戦艦を餌に、我が軍の追撃を回避してオーリンズⅢに至ろうというのか」

 連邦軍司令部が逡巡したのも無理はない。たとえ戦略目標がオーリンズⅢへの到達にあったとしても、わざわざ主力艦部隊を単体で捨て石にする必要もない。

 「罠か、それとも破れかぶれなのか」

 三〇隻の敵艦隊など無視してしまえばいい、と一人の参謀は声を上げた。叩くべきは敵の本隊であり、輸送船団であろう。だが戦術的常識からかけ離れた敵の動きが、ショックレーを悩ませた。

 「シャーマンを前に出して攻撃させろ。本隊は左に迂回軌道を取って敵本隊を叩く」

 その命令は迷いの結果と言っていい。第五戦列竜騎兵旅団一個に対して明らかに過大な、シャーマン代将率いる三四一任務群(TG341)、一一八隻もの戦力で確実に叩き潰そうとしたのである。これで追撃する戦力の四分の一が分離された。

 「TG341に指令。敵の別動隊を攻撃」

 「本隊は取舵。針路を算定」

 参謀たちがあわただしく動き出す。

 第三四一任務群が右に変針する。左砲戦で敵艦隊を撃滅しようと主砲の狙いを定めた。一方の主力は第五戦列竜騎兵旅団を残し反転した帝国軍主力を捕捉しようとする。

 帝国軍の旗艦ケーニヒの艦橋ではエルヴィンが一つの命令を下していた。

 「針路そのまま、第四船速まで加速! 輸送船団は離脱軌道に遷移!」

 数において勝る敵艦隊に対し友軍を見捨て背後を晒して遁走するのである。そればかりか迂回軌道を取る主力と別に輸送船団は回頭して撤退を図る。

 「しかし閣下!」

 この命令には参謀長シェーア大佐が反駁した。

 「それでは第五戦列竜騎兵旅団が敵中に孤立します!」

 「復唱はどうした!」

 エルヴィンは鬼神の如き剣幕で迫った。参謀長の首を締め上げかねない勢いで。たとえそれが死地に突撃するものであっても上官の命令は絶対である。それは銀河帝国軍人であれば将校教育の入門で教わる鉄則であった。

 自分より遥か年下の司令官に怒鳴られ、シェーア大佐は顔を紅潮させていた。その彼を見限ったようにエルヴィンは踵を返す。

 「俺が指揮官だ! 命令を伝達しろ!」

 軍隊の司令部内の光景とは思えない事態の連続に、参謀たちは戸惑っていた。参謀長が直立して硬直したまま、司令官が彼を無視して怒鳴り散らす。誰も動くに動けない状態であったが——

 「命令が聞こえなかったの? 動いて!」

 先任副官アウグスタ・シューラー大尉が両手を叩いた。司令官以外の人間のその一言に瞬時に司令部は再起動した。

 「針路そのまま!」

 「発光信号! 全艦第四船速!」

 「両舷四速、宜候!」

 「輸送船団は軌道遷移! 諸元転送!」

 「レーザー通信用意!」

 狂人としか思えない司令官の差配だが、部下たちは上官の責任の中で動くしか選択肢がない。生死の境目にあっての恃みは、“狂犬”の異名を賜ったエルヴィン・フォン・クロネッカーの作戦が彼らを生きて帰らせてくれることだけだった。

 “幽霊艦隊”の出現に端を発した第七次オルレアーンス海戦は、こうして誰の予想とも違う形で火蓋を切った。


 「狂犬め、我らを見捨てるつもりか!」

 レネンカンプ少将は驚愕した。彼の独断専行に師団は追随せざるを得ない。その確信は現出した事態により一瞬で崩れ落ちた。今や彼の目前には銃殺隊の隊列でなく、敵艦隊の砲列が迫っている。そして後者の方が遥かに慈悲もなく、彼の栄誉と彼自身の生命とを永久的に消し去ることとなるだろう。

 「敵艦発砲!」

 「敵駆逐艦部隊接近!」

 第五戦列竜騎兵旅団単体から見れば四倍近い敵艦隊が一斉に砲門を開いた。右舷前方から光の矢の嵐が殺到する。

 「撃ち返せ! 取舵一杯!」

 圧力を避けるため第五戦列竜騎兵旅団は左に変針する。僅か三一隻の第五戦列竜騎兵旅団を一一八隻の連邦軍第三四一任務群が攻撃する格好となった。その他の連邦軍は変針し逃避する帝国軍本隊を追跡する。

 「閣下、意図をご説明ください」

 情報参謀ケッセルリンク中佐がエルヴィンに問うた。今や第五戦列竜騎兵旅団は敵中にあり、帝国軍はみすみす貴重な重戦列艦を捨てて撤退しつつある。高速輸送船は空の無人艦だが、単に撤退させようとしたところで戦術的に何の意味もない。敵があれを全滅させても、護衛もなしでは囮にもならない捨て石にしか見えなかった。

 たとえ第五戦列竜騎兵旅団を犠牲にしても敵本隊が追撃してくる中では追撃から逃れられる見込みもない。

 「敵は兵力を分散した。それでいい」

 先程と異なり動揺を欠片ほども感じさせず、エルヴィンは鷹揚に応じた。先刻の焦慮は新しい方程式の完成と共に失われたようである。

 「しかしこれでは第五戦列竜騎兵旅団と輸送船団を無為に分離したのみですが——」

 「ここから先は機動戦になる。放熱機構の破損その他の理由で減速した船はたとえ重戦列艦でも見捨てて速力を保ち続けろ」

 ケッセルリンクの問いを無視して淡々と発された非情な命令に、数人の口が半開きになった。

 「しかし、それでは——」

 「一隻の犠牲に全軍が構うのは無駄だ。損傷艦は各個の判断で離脱させろ。鹵獲の恐れがある場合は自沈も許可する」

 反論の声が方々から噴出したが、エルヴィンは傲然とそれを打ち返した。

 「命令を伝達しろ!」

 下した命令の壮烈さすら薄れるほどに強い意志をエルヴィンの真紅の瞳が光として放っていた。その一喝に、反論の声が途切れた。

 積極的に命令を受容した者は皆無であったが、ともかく通信参謀の手で書き起こされた電文で司令官の指示はレーザー光通信を通じて師団各艦へと通達された。

 「損傷艦を見捨てろだと」

 驚愕した麾下旅団長や艦長がほぼ全員だった。損傷、落伍した船を見捨てれば、本来なら救えた艦を失うばかりか乗員の救助すら行えない。先ほどからエルヴィンが出す指令は全て友軍を無為に犠牲にするようなものばかりだった。

 「全艦右二点回頭。嚮導艦より順次転舵」

 第五戦列竜騎兵旅団を置いて帝国軍本隊は左斜め後方に陣取る連邦軍艦隊から最も距離を離すような針路を取り進撃する。その推力において帝国軍は連邦軍のフォレスタル級宇宙戦艦に勝り、連邦軍は帝国軍を射程に収められないまま距離を離されていった。そして彼らが向かう先には惑星オルレアーンス(オーリンズ)・ドライ(Ⅲ)がある。

 戦術テーブルを天頂方向から見下ろせば、帝国軍の航跡は連邦軍を中心とした大きな弧を描こうとしていた。いったん背を向けて距離を取り、大回りしてオルレアーンス・ドライへ回り込む軌道である。連邦軍がそれを阻むには、弧の内側を全速で先回りする他ない。それで追いつけるのは、巡洋艦と駆逐艦だけだった。

 「どう考える、参謀長」

 司令官に問われた第三四任務部隊参謀長デンプシー代将は戦術テーブルを示した。

 「敵本隊は突出した友軍を見捨て、オーリンズⅢへの針路を取りました。敵輸送船団は単独で星系外縁に向かいました」

 「あの輸送船団は空荷だろうが……」

 陸軍部隊や補給物資を満載した低速の輸送船を護衛もつけずに単独で逃がそうとするなど、囮以外の何物でもない。

 「だがもしあれが本命の輸送船団だったら」

 とはショックレーのみならず参謀たちも意識せざるを得なかった。

 「主力艦をみすみす犠牲に差し出してくるような敵だ。ひょっとしてこの輸送船団を見逃させるために敢えてあんな真似を」

 「裏を読ませる、ということか」

 戦術的常識から数光年はかけ離れた事態に、連邦軍司令部も混乱する。

 「しかしあの輸送船団にかかりきりになれば、フォレスタル級は敵の艦隊に追いつけない。オーリンズⅢに到達すれば、我が地上軍が敵艦隊の空爆を受ける」

 フォレスタル級の最大速力の低さは帝国軍が決戦を求めず逃げに徹している今は致命的な弱点であった。

 「オーリンズⅢの地上軍の防空能力を舐めているのではないか。敵艦隊も無事では済まないぞ」

 「だが敵の艦砲射撃は十分に脅威だ」

 「ならば敵主力を叩くべきだ」

 「輸送船団を叩けば敵の輸送力に打撃を与えられる。もしあれに地上部隊が乗っていれば、その損害はさらに大きなものになる。両方叩くべきだ」

 参謀たちの議論をデンプシーは収拾にかかった。

 「一隊を以て敵輸送船団を叩き、主力はあくまで敵艦隊主力がオーリンズⅢに到達するのを阻止するべきです」

 「しかし敵主力にどう追いつく」

 「快速の駆逐艦を迂回させ魚雷攻撃で敵の頭を塞ぎ、巡洋艦部隊で背後から攻撃することで敵の消耗を強要できます。敵の行き足を塞げば我が戦艦群が追いつけるでしょう」

 「敵がオーリンズⅢに到達してからでは遅い。ここで叩く他ないか」

 デンプシーは首肯し、ショックレーは作戦参謀を呼んだ。

 「快速艦を切り離せ。敵の前方に回らせろ」

 この命令を受けて快速の巡洋艦と駆逐艦が本隊の戦艦部隊から分離された。低速のフォレスタル級戦艦を置いていくことで確実に帝国軍に到達しようとしたのである。


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