前哨戦
アウグスタの視界いっぱいに広がる長机を囲うように座る銀河帝国海軍第七戦列竜騎兵師団所属の五人の旅団長とその参謀らはいずれも新しい上官を品定めするような視線を白銀色の髪の青年提督に向けて投げかけていた。
彼らは遥かに年少の指揮官に付き従ってくれるのか。権威を持たず権限だけを与えた制度的な上下関係は畏怖または崇敬なしには成り立たない。
アウグスタは不安に駆られて傍らのエルヴィンを見上げたが、彼は部下が何を考えているかなど全く意に介する様子がなさそうだった。
第七戦列竜騎兵師団は、重戦列艦を主力とする二個戦列竜騎兵旅団、軽戦列艦と防護艦で構成される三個戦列槍騎兵旅団、その他師団司令部直下の補給艦や戦闘支援艦、無人哨戒機母艦らから成る。いずれも度重なる損耗によって定数を大きく割り込んでおり、エルヴィンの第十七戦列竜騎兵旅団を加えてなお、本来の一個師団の戦力には達していなかった。
「ネーリング少将」
開口一番エルヴィンは一人の旅団長の名前を呼んだ。
「貴官の旅団を直ちにオルレアーンス星系に出動させろ」
突拍子もない命令に、第四八戦列槍騎兵旅団長ゲプハルト・フォン・ネーリング少将は当惑の色を浮かべて返答もできずエルヴィンを見返すことしかできない。
「しかし閣下、我が旅団の防護艦をこれ以上消耗させ切ってしまっては今後の作戦続行は不可能です」
「貴官の旅団の稼働可能全艦でオルレアーンス星系に向かう。他の部隊はここで戦力の回復に努めろ」
部下の懸念をエルヴィンは無視した。
「ご意図を伺ってもよろしいですか」
ネーリングが問う。
いちいち納得しないと命令にも従えないのか、とエルヴィンは思った。机に置きかけたデータパッドを持ち直す。
「軽艦艇でオルレアーンス星系に進出して威力偵察をかける。連邦軍とて哨戒部隊を相手に戦艦を動かしてくるようなことはない。局地的な小規模戦闘で勝利を重ね、敵本隊を決戦に釣り出す。敵主力を我が本隊で誘引する間に——」
話すうちに声が速くなった。彼の視線は聞き手ではなく、机上の星図を辿っていた。
「閣下の仰りようは分かりますが、そう敵が注文通り動いてくれますか」
話し終えたエルヴィンに疑念を隠さず、師団参謀長シェーア大佐が言い返す。
「それは貴官らの気にするところではない」
シェーアの手が止まった。口を半開きにして上官を見返した師団参謀長を無視して、エルヴィンは矢継ぎ早に言葉を紡いだ。
「差し当たり要求するのは四八旅団の出動だけだ。それと私の直率部隊で出る。師団主力を動かすときは改めて指示する、それまでは麾下の部隊をいつでも出撃可能な態勢に整えておけ」
それを会議の結びとしてエルヴィンはデータパッドを脇に抱え、部屋を足早に退出した。師団参謀長シェーア大佐ら師団司令部の幕僚たちも取り残され、室内を暴風が過ぎ去ったかのように呆然と座っている。
「ちょっと、乱暴すぎない」
小走りにエルヴィンの隣に歩み寄ってアウグスタは問うた。
「言葉を尽くして説明しても時間の無駄だ。実績で見せつけた方が早い」
「それは分かるけど、それだけじゃ到底納得されないよ」
「命令は命令だ。違うのか」
エルヴィンは歩みを止めなかった。
「ネーリング少将」
旗艦ケーニヒのハンガーデッキ。短距離移動シャトルに乗り込もうとしたところで赤毛の大尉から声をかけられ、ネーリングは足を止めた。
「先任副官か」
「先ほどは師団長が失礼を」
少将はタラップにかけた右足をハンガーデッキの床に戻した。
「あれは会議というものではない。一兵卒ではない我々には司令官は意図を説明する義務があるはずだ」
「長尺の説明を嫌がる人です。ですが無為に友軍を犠牲にするような人ではありませんから」
ネーリングの指が顎へと動いた。
「知ったように言うものだ」
「多少は存じておりまして」
赤毛の女副官ははにかんだような表情を作った。
「疑いはありますでしょうが、彼はアルミターゲでもその前の戦いでも最小限の犠牲で戦略目標を達してきました。どうかその実績をご信頼ください」
「それはこの先の師団長の行動次第だ」
再びネーリングはタラップに足をかけた。
「大尉、貴官の言は覚えておく。だが誰もが納得しているわけではない」
「承知しております。しかし最も危険が高い閣下にはご理解を賜りたく」
「統帥本部も貴官らを信用はしていないようだが」
ネーリングの最後の一言が、アウグスタの耳に残った。
統帥本部は、何を吹き込んだ。
エルヴィンの新戦法は瞬く間に効果を発揮し始めていた。
少数の軽艦艇や輸送艦であたかも隠密の輸送作戦かのようにオルレアーンス星系の連邦軍哨戒網へと接近する。敵が接近すると直ちに反転して逃げ出す。
「敵艦、間もなく熱源観測射程内!」
銀河連邦宇宙軍第三艦隊第三四任務部隊第三四二任務群第八六五巡洋艦戦隊と第五六四駆逐戦隊に属する八隻のアタゴ級宇宙巡洋艦と十七隻のJ・P・ジョーンズ級駆逐艦は哨戒部隊の報告を受けて真っ先に駆け付けた部隊で、数において圧倒的に劣勢な帝国軍の小部隊を火力でねじ伏せようとしている。
「“ブラウメン急行”だな、まるで」
戦隊指揮官の中佐は既に四時間も口内にあるガムを噛み締めた。八六五巡洋艦戦隊はこの二日で三度、敵小部隊を捕捉していたが、その全てに逃げおおせられて乗組員たちは敵艦を撃沈する機会にうずうずしていた。
「敵艦隊、小惑星帯に逃げ込む模様です」
「あの中なら速力は低下する。捕捉できます」
指揮官と同じくカーキ色のシャツを纏った戦隊参謀の大尉が戦術テーブルから顔を上げて報じた。
「よし、主砲砲門開け。射撃用意」
「一番から五番、砲撃戦用意」
一基の全長が百メートルを優に超える主砲塔が旋回して目標を指向する。十九インチMk.49パルスレーザー砲の有効射程は理論一三〇〇万キロメートルに及ぶが、この距離では命中弾を期待する以前に捕捉すらまともにできず、少数艦同士の艦隊戦で確実な命中を狙うには一〇〇万キロ以内への接近が求められる。
「解析値よし」
「射撃準備よし」
「撃ち方はじめ!」
アタゴ級の主砲から青色の閃光が放たれ、一瞬にして視界から消失した。
パルスレーザー砲を連射しながら連邦軍部隊は直径が数キロから数十キロに及ぶ小惑星が無数に密集する小惑星帯に突入する。
「駆逐戦隊、先行します」
「皇宮の飾り人形どもを血祭りにあげてやれ」
指揮官は部下をそう鼓舞しながら、逃げ惑う帝国軍艦艇を追撃した。
「左舷方向に敵艦隊!」
その報告を指揮官が受けたとき、既に連邦軍部隊は引き返せないほど深入りしていた。
「敵駆逐艦多数!」
帝国軍の快速艦、カール・レーマン級防護艦が小惑星の陰から飛び出し、至近距離から魚雷と電磁投射砲で攻撃する。
「これは罠だ! 反転しろ!」
生死をかけた鬼ごっこの攻防は瞬時に逆転し、次々と被弾する僚艦に構わず連邦軍艦隊は反転した。救援を呼ぼうにも妨害電波の中で無線通信は不可能、光学通信を可能とする距離に友軍はいない。
「主砲斉射!」
その様にエルヴィンは麾下の重戦列艦部隊に攻撃を命じた。
先行した哨戒艇からレーザー通信で共有される測距情報を受けて四〇〇万キロの長距離から第十七戦列竜騎兵旅団の四二隻のザクセン級重戦列艦が一斉に発砲した。緑色の光の束が小惑星帯の中空を薙ぎ、逃げ出す連邦軍艦を殴打する。
僅かな間に連邦軍部隊は一隻残らず撃沈された。このような例が短期間に複数回繰り返され、撃沈された連邦軍艦の数は半月で四十隻に上った。
「ネーリングはいい仕事をする」
従卒として近侍する幼年兵学校生の少年に持って来させた熱いタオルで顔を拭きながら、エルヴィンは評した。
「参謀が仕事をしないから、私が代わりに中継器をしたげてるんだからね」
流石に場所を憚って声を落としながら、アウグスタが告げた。
「低能の相手までさせて、負担をかける」
アウグスタの口元が緩んだ。
「もっと感謝してくれてもいいんだよ」
エルヴィンは敵の予想退路にも防護艦や機雷を配して交戦した部隊の脱出を許さなかった。連邦軍側からすれば敵小部隊の発見報告の後に全艦が行方不明となる怪奇現象のような事態が続いた。
待ち伏せであることは容易に想像がついた。だがどの宙域にどれほどの戦力が潜んでいるのかは分からない。哨戒部隊を増強すれば撃破できる相手なのか、それとも増強した部隊ごと誘い込まれるのか。その判断に必要な情報が帰還しなかった。
オーリンズ星系の連邦軍側指揮官は連邦宇宙軍第三艦隊麾下の第三四任務部隊司令官フレデリック・ショックレー少将であり、勇猛果敢な戦いぶりで知られる彼はここ数日の無様な戦いぶりに苛立っていた。
「帝国軍は何がしたいんだ。我が軍のいくらかの巡洋艦を破壊したくらいで戦況がひっくり返ると思っているのか」
ショックレーは参謀たちを集めて提起した。
「我が軍がオーリンズⅢを完全に封鎖している限り、敵は手も足も出ません」
参謀長マイケル・デンプシー代将が答える。
「それは分かっている。だがまるで幽霊のような敵だ。狙いが分からん」
だが司令官の疑問は参謀たちも同様であり、帝国軍の突然の作戦方針転換の意図を説明できる者はいない。
「惑星オーリンズⅢまでは二重三重の哨戒網が敷かれ、外縁哨戒網が突破されても敵はオーリンズⅢに到達できるわけではない」
「全体の戦況には変化がない。我々は敵地上軍を追い詰めつつある」
「既に敵は弾薬の欠乏著しい。あと二か月もあれば敵は降伏するだろう」
「ならばそれまでに敵は我が封鎖線の打通を図る。図らなければ彼らがここを攻める意味がないのだから」
「ならばどうして敵は我々を小突くような攻撃を繰り返すのだ」
帝国軍の戦術の変化はあくまで戦術レベルでのものであり、全体の戦況に影響を与えるものではない。損耗自体も小さいもので、だからこそ連邦軍首脳部にとっては不可解だった。
結局対症療法として、退避する敵輸送艦を追撃しないよう厳命した。オーリンズⅢの地上戦への帝国軍による補給を断てばよいのだから戦略的には帝国軍艦艇を撃沈する必要性は必ずしもない。
逆に帝国軍にとっては局地的な勝利をいくら積み重ねてもオルレアーンス・ドライへの輸送作戦を成功させねばやがて地上部隊は降伏を余儀なくされる。そのタイムリミットが存在する以上いつまでもいたちごっこ的な戦闘で時間を浪費してはいられなかった。




