五十匹のゴブリン
俺はホークさんの店に向かう。
あの件からホークさんの店は、前にもまして繁盛していた。
俺はカウンターに座る。
古道具屋の爺さんも来ていた。
俺は会釈をする。
爺さんは笑いかける。
「よう!セル。今日は何にする」
「定食で」
「あいよ」
「セル……、お前なんかあったか?」
「わかります?」
「わかるよ。何があった」
「いえ、実は今日初めて、ゴブリンを討伐して」
「それで?」
「なんか少し気持ち悪いというか……」
「あぁそれな。わかる」
「ホークさんもわかりますか?」
「わかるよ。武器は投石か?」
「いえ。投石で行こうと思ってたら、いきなり近くにいたものですから。こん棒で……」
「あぁ。そりゃ感覚残るわな。ここだけの話。ゴブリン退治が不人気なのは、人型だからだ」
「あぁ……、やっぱり。どうやったら慣れます?」
「俺が言うのもなんだけどな。感覚に慣れるのは、オススメしない」
「なんでですか?」
「心が壊れるからだ」
「ホークさんはどうしてるんですか?」
「俺がというより、うちの部族では、獲物を倒した日は、その姿を思い浮かべながら、身体に残った感覚を感じ切るんだ」
「感じ切る?」
「あぁ。反省するとか、倒したことを肯定したりとか、そういうのじゃない。倒したことを、ただ観察し、傍観し、そこで生じる身体感覚を感じるんだ。やってみろ」
「……なんか、鳩尾の辺りが、重いというか……、手足に血液が流れにくくなる感覚があります。臆病なのでしょうか?」
「それは臆病なんかじゃない。心が正常な証だ。
そこからが大事だ。
その感覚から逃げずに、ただ身体感覚として感じろ」
「身体感覚として……、痛みを味わうような?」
「そうだな。一番強く感じる場所に意識を置くんだ」
「わかりました。
あれ……、痛い部分が麻痺してきた?
いや薄くなってきたのか?」
「どうだろうな。
人によって言い方はいろいろだが、俺は流れたと表現している」
「流れた?」
「そうだ。人間の体の中には、血液だけではなく、俺らの感情も流れていると、部族では考えている」
ホークが言うのは、気のようなものだろうか?
「感情ですか?」
「セル。今回ゴブリンを倒したのを感じて、鳩尾の辺りが重く、手足に血液が流れにくくなる感じがしたと言っただろう」
「はい」
「その感覚が、感情の流れの滞りだ」
「そうなんですか?」
「少なくとも、俺の部族では、そう伝えられている。そして、それは……、感じ切ることによって流れる。そうだな。心のマッサージのようなものだ」
「なるほど。もう少しやってみます」
ホークは笑って、仕事に戻った。
俺は食事をしながら、感じ切るというのを、やってみた。
少しずつ軽くなる。
重さは完全には消えなかったが、
さっきまでのように、身体の内側へ貼り付いている感じはしなかった。
「ホークさん。ずいぶんスッキリしました」
「そうか。よかったな。これは過去の嫌な経験とかな。そういうのでも効くから、暇な時にやってみろ。スッキリするぞ」
「ありがとうございます。じゃあ今日は帰ります。お代はココに置いておきます」
「今日はいいよ。俺のおごりだ。お前の初勝利の祝いだよ」
「ありがとうございます」
俺はホークの店をあとにした。
ギルドに戻ると、受付嬢がやってきた。
少し泣きそうな顔をしている。
「あのセルさん」
「どうしたんですか?なにかありましたか?」
「先ほどは、無礼なことを言って申し訳ありません」
「無礼なこと?」
「蹴ったら、落ちるし、落ちたら、動けなくなるでしょって言ったことですよ」
「別に……。正論だし、いいんじゃないですか?」
「あの後、ギルドマスターに怒られたんです。
ただでさえ、ゴブリン討伐を受けてくれる人は少ない。
しかも初心者相手に、心が折れたらどう責任を取るんだと……」
まぁ確かに……。
俺も少し心が折れかけてたかもしれないしな。
「ご飯食って、元気が出ました。それに一つ手数が増えたので、むしろ感謝してるくらいです。ギルドマスターはどの人ですか?」
「あそこにいる人です」
「ギルドマスター。気を使っていただき、ありがとうございます。俺は全然だいじょうぶですので。むしろ感謝してるくらいなんで」
俺がそう言うと、ギルドマスターは手を上げ、わかったと合図をした。
「すみません。すみません。すみません」
「本当に気にしないでください」
「とは言っても……」
「わかりました。じゃあまた戦い方のコツとか、ケガしないコツを教えてください。手数は増やしたいので」
「そんなことなら、喜んで」
「じゃあ、お願いしますね」
「はい」
俺は蜂部屋に戻り、身体を拭き、眠りについた。
それから、毎日毎日、森に向かった。
森の外から慎重にチャンスを伺い、
一日一匹ずつ倒していく。
練習も怠らず、
感じ切ることも怠らず、
ただ粛々と業務をこなしていく。
ゴブリンの行動パターンを覚えたし、
ひと月を越えたころには、村人から顔を覚えられていた。
サラリーマン時代と何も変わらない。
淡々と流れる川の流れのように、
澱ませず、流し続ける。
……
五十匹目の耳を持って、冒険者ギルドへ戻った。
受付嬢は耳を確認しながら言った。
「セルさん。今日で五十匹目です。まだいそうですか?」
「どうなんでしょう。ゴブリンの気配はあるのですが、姿は見えません」
「気配があるなら、まだしばらく探索を続けたほうが良さそうですね。五十匹というと、結構な群れですので、ゴブリンの上位種がいるかもしれないですね」
「上位種ですか?」
「はい。ゴブリンナイト、ゴブリンキングなど、いろんな名称がありますが」
「どうやって見分けを?」
「よくわからないのですよね。私たちは耳しか見ませんから」
「そうなんですか。強いんですよね」
「そうなんです。初級のパーティなら、全滅必至。中級でも苦戦して、勝ち目は半々ってところです」
「じゃあ。その上位種が出たら、どうしたら?」
「ギルドに報告してください。別で討伐クエストを出しますから」




