選択
定年退職が姥捨てと同じ構造だと言われ、
俺は微妙な気分になった。
しかし、問題はそこじゃない。
これからどうするかだ。
まず定年退職したから、会社の心配をすることはない。
それに結婚もしてないから、家族の心配もない。
家賃……。
退職金と投資の配当収入があるから心配ない。
いや……、
ちょっと待てよ。
俺がここにいるって事は、ほぼ亡くなってること確定じゃない。
もしくは失踪。
最悪、家賃の心配はいらんし、上手くいけば、家賃の支払いもいらない。
あれ……、
上手くいけばって、亡くなってる方がいいのか?
なんかわからなくなってきた。
まぁ、とりあえず、日本の俺の身体の事を心配する必要はなさそうだ。
こっちに集中しよう。
「それで、これからどうする?」
俺は尋ねた。
「俺の荷物はないか?」
俺は周りを探し出す。
着ているものと、
ブーツにコインが一枚。
あとはナイフが一つだ。
「これくらいだな」
「ギルドカードはあるか?」
「カードらしきものはないな」
「しまったな」
「どうした」
「ギルドカードがないと、商売ができない」
「再発行はできないのか?」
「無理だ」
「取り直せば?」
「商業ギルドカードは発行自体が困難なんだ。税と取引についての試験などがいる。それと金もかかる」
「そうか。他の方法はないのか?」
「冒険者ギルドだろうな。あそこなら日雇いの仕事もあるし、自分のペースで仕事ができる」
「そうか。場所はわかるのか?」
「あぁ、わかる。行くか?」
「行こう」
俺たちは、街に向かう。
一時間ほど歩き、街が見えてきた。
「あの街の冒険者ギルドに登録しよう」
俺たちは街に入り、冒険者ギルドを探す。
十分ほどで冒険者ギルドは見つかった。
年代を感じさせる石造りの建物で、壁や天井からは草が生えていた。
「すみません。冒険者登録をしたいのですが……」
受付の女性に話しかける。
「どうぞ。こちらにお名前をお書きください」
名前か……、
俺は心の中でミルに語り掛ける。
「ミルでいいか?」
「だめだ。別の名前にしてくれ」
「そう……、じゃあセルにしよう」
「わかった。文字をイメージする」
俺は文字を書く。
「セルさんですね」
「はい」
「冒険者ギルドの説明をしますね。
まず冒険者に登録すると、ギルド内の仕事ができます。
はじめは、
薪割り、野草採集、草刈り、繁忙期の農家の手伝い等で、
実績がつくと、選べる仕事が増えてきます。
冒険者ギルドは、冒険者と依頼主の間に入り、資金の決済を行います。
ギルドが冒険者に代わって税金も納めるので、納税の手続きをする必要はありません」
なるほど、
派遣のような仕事か……。
「初心者で一日どれくらい稼げるものですか?」
「そうですね。薪割り、野草採集、草刈り、繁忙期の農家の手伝い等で、一日中やって、1Gくらいですね」
1Gの感覚がわからない。
「それで生活できますか?」
「街の宿屋で一晩0.5G程度、一日二食で0.15G程度ですね。飲みすぎなければ、生活はできます」
「もう少し安い宿とかありません?」
「狭いですが、冒険者ギルドが運営している冒険者用の蜂部屋ですと、一晩0.1Gです」
「ずいぶん、お安いですね」
「そうですね。ですが、あまりオススメではないですよ。ちょっと見てみます?」
「はい」
俺たちは蜂部屋と呼ばれる宿泊施設に案内される。
そこには、六角形の仕切りで区切られた、カプセルホテルのような形状のものがあった。
時間帯のせいか、人はいなかった。
「毛布とシーツはありますし、人が結構たくさんいるので、暖かいのは暖かいです。あと、お湯は洗面器に一杯、サービスで付きます」
「難点は?」
「狭いのと、あとは音と臭いが籠る事ですね。夏場はキツイかもしれません」
「あの……、今日から働けますか?」
「もちろん。ご案内します」
受付に戻る。
「本日ですと、もう少し時間が経っているので、報酬は0.5Gになりますが、よろしいですか?」
「はい」
「じゃあ、今からですと、こちらの草刈りですね。道具は向こうで用意されてますので、この地図と紹介状を持って、ご訪問ください」
……
俺は紹介状を持ち、草刈りに向かった。
俺は草刈りとは、草刈り機でやるものとばかり思っていた。
しかし、違った。
死神がもつような、大型の鎌を左右に振って、草を刈っていく。
日に焼け、肌はひりひりし、前腕はパンパンになり、腰は痛くなった。
夕方までやり、紹介状にサインを貰い、冒険者ギルドに戻り、報酬を貰った。
「報酬の0.5Gです。お疲れ様でした。今日は蜂部屋に泊まられますか?」
受付嬢は言った。
「はい。お願いします。あと、安い食堂も教えてください」
「では、この番号札をお持ちください。この番号札の場所がお部屋になります。なお、貴重品は置かれないように、常に身に着けておいてください」
「わかりました。ありがとうございます」
「食堂は、前の道をまっすぐ進み、一本目の道を右に行ったところに、ホークという食堂があります。そこが安いです。ただ、非公認の食堂なので、ご了承ください」
非公認の食堂……、
言葉が少し気になったが、聞くのが怖かったので、やめておいた。
蜂部屋に戻り、番号札の場所を確認する。
蜂部屋には、もう何人か入っていた。
ただ巣に入り、旅立ちを待つ蜂の子のように、誰も会話をせず、
そこにいた。
俺は冒険者ギルドを出る。
「非公認の食堂なんてあるんだ。珍しいな」
ミルは言った。
「それ何なんだ」
「王国が認めているかどうかだな」
「どういう事だ?」
「この国には、先住民族がいたんだ。その先住民族を侵略する形で王国ができた。非公認というのは、その先住民族が経営するってことだよ」
「経営できてるなら良いじゃないか。なにが悪い?」
「まず王国関係者や軍、貴族などは使わない。だから販売単価が下がる」
「安く売らなきゃいけないって事か」
「あぁ、そうだな。しかし税金は取られる」
「権利は認めないが、義務は課すみたいなものか」
「そうだ。ただな、先住民族にも権利は認められている。たしか狩りと漁の権利だったと思う」
「それは特権なのか?」
「特権というほどのものじゃないな」




