第6話 白蛇の行方と右目の秘密。
頼れる冒険者たちと共に、いよいよ異世界の街へ!
ガランたち『銀の牙』とミリアさんが前方を歩き、俺とハシ姉は少し後ろを歩幅を合わせて進んでいた。
「……なぁ、ハシ姉。ちょっといいか」
周囲に聞こえないよう、俺は声を潜めて隣の巨鳥に顔を寄せる。
「何よ、急にコソコソと」
「さっき、ミリアさんの『アイテムボックス』の容量は魔力に比例するって話だっただろ。そもそも、異世界から来たただの一般人の俺に、魔力なんてあると思うか?」
俺の問いに、ハシ姉は長い首を傾げた。
「でもアンタ、さっきアタシの紫色のオーラ(魔力)が視えたわよね?」
「ああ。はっきりと視えた」
「なら、確実に魔力は持ってるわよ。魔力を持たない者や、使い果たして空っぽになった者には、他人の魔力は絶対に視えない仕組みなの」
なるほど、と納得しかけて、すぐに違和感が勝つ。
「でも、俺のいた世界には魔力なんて概念はなかったんだ。なんで俺の体に魔力が宿ってるんだ?」
「……アタシに聞かれても困るわね。こっちに来る時、何か心当たりはないの?」
心当たり。
言われて、俺の脳裏に転移直前の記憶がフラッシュバックする。
山の斜面。轟音と共に崩れ落ちてきた土砂。
そして、逃げ遅れた『白い蛇』を庇うように飛び込み――視界が眩い光に包まれたこと。
「……そういえば。土砂崩れに巻き込まれる直前に、白い蛇を助けたんだ。そいつが光って、俺を守ってくれて……気づいたらこの森にいた」
俺の言葉を聞き、ハシ姉は何かを察したようにスッと目を細めた。
「ってことは、その蛇がアンタの体のどこかに宿ってるってことじゃない? だから魔力が視えたりするのよ」
「……」
その推測は、妙に腑に落ちた。
だが、同時に胸の奥に重い泥のような感情が沈んでいく。俺を守って、宿った。つまり、元の姿には戻れないということか。
「そうか。俺は……あの蛇を、助けられなかったのか」
せっかく見つけた小さな命を犠牲にしてしまったという事実に、思わず俯く。
動物ファーストを信条としてきた俺にとって、それはひどく堪えるものだった。
チリッ。
ふと、俺の右目の奥が、微かに温かい熱を帯びて脈打った。
そういえば、ハシ姉のステータスや魔力を視た時も、決まってこの『右目』が熱を持っていた。
「なぁ、ハシ姉。俺の右目って、普通に見えるか?」
「え? アタシからすりゃ人間の顔なんて全部同じに見えるけど……」
ハシ姉は長い首を曲げ、巨大な嘴を俺の顔スレスレまで近づけてきた。
無機質な黄色い瞳が、俺の右目をじっと覗き込む。
(ち、近い。そしてこの距離で見ると普通に顔が怖い)
瞬きひとつしないガンギマリの瞳に見つめられながら硬直していると、ハシ姉はあっけらかんと言い放った。
「……まあ、見た目は左目と同じよ。ただ、その右目だけ異様に魔力を帯びてるわね。つまり、その蛇はアンタの右目にすっかり根を下ろしてるんじゃない?」
その言葉に、俺は思わず目を見開いた。
脈打つ、温かい熱。
魔力を貸し与え、この異世界の理を見せてくれる力。
(そうか……死んだわけじゃない。俺の右目の中で、一緒に生きてるんだな)
不思議な高揚感と安堵感が、胸のつかえをスッと溶かしていく。外部バッテリーのように力を貸してくれる小さな相棒の存在に、俺は自然と口角が上がるのを感じた。
「どうしたツムグ、二人でひそひそ話か?」
前を歩いていたガランが振り返る。俺は右目元を軽く指で擦りながら、即座に敬語に切り替えた。
「いえ、街に入ったらまずは何をすればいいか、相談していたんです」
「あ! それなら、まずはギルドカードを作りましょう!」
バインダーを抱えたミリアさんが、パタパタと駆け寄ってきた。
「身分証にもなりますし、そもそもカードがないと魔石や素材の換金ができないルールなんです」
「ああ、そうだな。カードができたら、俺たちのアイテムボックスに入ってるマッドボアとゴブリンの素材を換金だ」
ガランが快活に笑いながら、異世界生活のチュートリアルを始めてくれる。
「ボアの肉は極上だから当分食いっぱぐれはねぇし、魔石や素材を売れば、まあ一ヶ月は遊んで暮らせるだけの金貨になるぞ」
「一ヶ月分か。当面の生活費としては十分ですね。あとは、宿屋ですが……」
「はい! ハシ姉さんのような大きな従魔も一緒に泊まれる、少し広めの宿を手配しますから、任せてください!」
ミリアさんが力強く胸を張る。
すると、横を歩いていた盾持ちのボルドが、ニヤニヤと笑いながら口を挟んだ。
「ミリアちゃんの紹介なら、まず間違いないぜ。なんせ、うちのギルドの親父さん……ギルドマスターの一人娘だからな」
ぽんっ、とボルドが肩を叩き、ミリアさんが「もう、ボルドさん!」と顔を赤くする。
「……なるほど。それは失礼がないようにしないといけませんね」
「ハハッ、そうだな!」
ガランが腹を抱えて笑う。
「そうだツムグ。宿が決まったら、お前さんのその『葉っぱ巻きのなまくら剣』もなんとかしねぇとな。腕のいい鍛冶屋を知ってるから、あとで教えてやるよ」
「本当ですか? それは助かります」
右も左も分からない俺に、彼らはどこまでも親切だ。
この世界にも、ちゃんと血の通った温かい連帯感がある。その事実が、たまらなく心地よかった。
やがて、分厚い石造りの城壁が目の前に迫り、ぽっかりと口を開けた巨大な門へと辿り着いた。
行き交う荷馬車や、様々な種族の商人たちでごった返している。
「次! 通行証を見せろ!」
門番の兵士が声を張り上げ、順番待ちの列が進む。
俺たちの番になり、前に出た瞬間。門番たちがギョッとして長槍を交差させた。
見慣れないキャンバス生地のコートに作業着姿の男と、人間サイズの巨大で不気味な怪鳥のコンビ。
怪しまれるのは当然だ。
「止まれ! その怪しげな魔物はなんだ!」
「おっと、待ってくれ。こいつらは俺たちのツレだ」
槍を向けられた俺の前に、ガランが進み出る。腰から銀色の認識票を取り出し、門番に提示した。
「Bランクパーティー『銀の牙』、それとギルド職員のミリアだ。こいつらは俺たちの恩人でな。身元は俺たちが保証する」
門番は銀色のタグと、ミリアさんの顔を交互に見比べた。
「……『銀の牙』のガラン殿か。それに、ギルドの方の保証となれば問題ありません。通れ!」
Bランク冒険者の確かな実績と、ギルドという組織の信用。
門番たちはすぐに槍を引き、道を開けた。勇者のような絶対的な権威ではないが、街で堅実に積み上げてきた彼らの信頼の証だ。
「さあ、行くぞツムグ」
ガランに促され、俺は泥だらけのブーツを踏み出す。
門をくぐった瞬間。
香辛料のツンとした香り、肉を焼く煙、馬車の車輪が石畳を叩く音、そして活気に満ちた人々の喧騒が、一気に押し寄せてきた。
これが、剣と魔法の世界。
そして、俺とハシ姉の拠点作りの第一歩となる、始まりの街だった。
第6話、お読みいただきありがとうございます!




