第28話 勇者に見捨てられた者たちの共闘。
もうもうと舞い上がる土煙の中。
俺たちは決死の思いで血まみれの戦士を引きずり、レオが作った土の砦へと滑り込んだ。
「バルド! しっかりして、死なないで……!」
神官服を泥だらけにした女僧侶、マリーが泣きそうな顔で錫杖を掲げる。
淡い光が戦士のひしゃげた腕と胸を包み込み、必死の治癒魔法が展開されていく。
「……外の壁、もう長くは持ちません!」
砦の銃眼から外を睨んでいた魔法使いのセリアが、悲痛な声を上げた。
ピキピキ、メキィッ。
砦の中にまで、防波堤が削られ、崩壊していく嫌な音が響いてくる。
俺はポーションの空き瓶を放り投げ、右目(白蛇の恩恵)が捉えた情報を頭の中で高速で処理していた。
(あの大亀、やっぱりおかしい。あれだけの質量と魔力がありながら、防御スキルを一切使ってない)
生身で障害物に突っ込んでいるから、全身傷だらけなのだ。
つまり、今のあいつは理性を失い、何かに取り憑かれたように『夢遊病』状態で歩いているだけ。
ならば。
完全に歩みを止め、何らかの強烈なショックを与えれば、正気を取り戻すはずだ。
「……一つだけ。僭越ながら、俺に策があります」
静まり返る砦の中、俺の声に三人の視線が突き刺さる。
「策って……あんな山みたいなバケモノ相手に、どうするつもりですか!?」
セリアが声を裏返らせた。
俺は足元で待機するアイと、俺の肩で息を整えているレオを指差す。
「うちの従魔で、あの大亀を真正面から受け止める。……あんたたちの、支援魔法があればの話ですが」
防波堤が崩れ落ちるまで、残り数十秒。
砦の前に進み出たアイの背中に向け、マリーとセリアが全魔力を込めた杖を突き出していた。
「大いなる魔力の源よ、この者に満ちよ! 『マジック・エンハンス』!!」
「魔力よ、極限まで高まれ! 『マナ・ブースト』!!」
二重に掛けられた魔力増加のバフ。
アイの小さな体が、バチバチと青白い放電現象に包まれる。
「アイ、限界まで引っ張り出せ! 騎士団と冒険者の武器以外の『鉄』、全部だ!!」
『――命令を受理。リミッター完全解除。環境鉄分の最大収集を開始します』
キィィィィィンッ!!!
鼓膜を突き破るような磁力の駆動音。
俺がバラ撒いていた極上の鉄鉱石が宙に浮き上がるだけではない。
ズゴゴゴゴォォォッ!!
大地の底深く、何百年、何千年と眠っていた純度の高い砂鉄や鉄分が、黒い竜巻となって地表を突き破り、一斉にアイへと殺到した。
圧倒的な魔力バフによって、アイの装甲が組み上がる速度と規模は、先ほどの比ではない。
六メートルだった巨体が、十メートルを超え、さらに膨張していく。
赤熱する鉄の摩擦熱。
黒煙を上げながら、分厚い装甲が折り重なり、巨大な鋼の腕と脚が形成される。
組み上がったのは、全長十五メートルに達する、規格外の巨大機神。
(……デカすぎだろ。スーパーロボット大戦かよ)
だが、問題はその『重さ』だ。自重だけで、アイの足元の石畳がメリメリと陥没していく。
「今だ! 筋力増加のバフを!!」
「は、はいっ! 『フィジカル・エンチャント』!」
「『ストレングス・ブースト』!!」
マリーとセリアの二重バフが、巨大な鋼の巨神に降り注ぐ。
ブゥンッ! と、アイの全身の関節部から蒸気のような熱気が噴き出し、沈みかけていた足取りが、ガシッと大地を力強く踏みしめた。
その瞬間だった。
ドゴォォォォォンッ!!!
土魔法使いたちが命懸けで築き上げた防波堤が、ついに粉々に決壊。
土煙と岩の破片をまき散らしながら、スーパーマーケットほどの大きさを誇る巨大な亀が、俺たちの陣取る空間へと足を踏み入れてきた。
視界を覆い尽くすほどの、圧倒的な質量と絶望。
俺は、喉の奥から血が滲むほどの大声を張り上げた。
「行けェェッ! アイ!!」
『――障害物を、物理的に排除します』
ズドォォォォンッ!!!
十五メートルの鋼の巨神が、大亀の巨大な甲羅の前面を、両腕で真っ向から受け止めた。
平原の空気が爆発したかのような、凄まじい衝撃波。
ビリビリと大気が震え、周囲にいた冒険者たちが突風で吹き飛ばされそうになる。
「と、止めた……!?」
ガランさんが目を見開く。
だが、アイの装甲からは、嫌な金属の軋み音が鳴り響いていた。
ギギギギ……ッ!
バフを盛った十五メートルの鉄の塊であっても、神話の領域に足を踏み入れた大亀の純粋な『質量』には、わずかに及ばない。
アイの太い鋼の足が、大地を深く削りながら、ズルズルと後ろへ押し込まれていく。
(やっぱり、足場(土台)が負けるか……! ならば!)
「レオ! お前の番だ!」
「ククッ……待たせたな。我の覇道、とくと見よ!」
俺の肩から飛び降りたレオの背中に、マリーがすかさず魔力バフを叩き込む。
膨大な魔力を得た小さなトカゲが、両前足を大地に突き立てた。
「眠れる岩竜の背よ! 顕現せよ、『絶対不落の土竜壁』ッ!!」
大地の奥底から、凄まじい地鳴りが湧き上がる。
次の瞬間、押し込まれるアイの足の背後――さらにその後ろの空間ごと隆起するように。
大亀の甲羅の高さに匹敵するほどの、超巨大な一枚岩の斜面(つっかえ棒)が、平原を突き破って出現した。
ガァァァァンッ!!!
後ろに滑っていたアイの背中と踵が、巨大な岩盤にガッチリと固定される。
鋼の機神、そして大地のアンカー。
二つの規格外の力が完全に噛み合った瞬間。
ギッ……!
岩と鉄と亀の甲羅が擦れ合う、耳を劈くような轟音ののち。
歩く山脈、アース・キャラパスの進行が――完全に、ストップした。
「……う、嘘だろ……?」
「止まった……。あの山が、止まったぞォォォッ!!」
冒険者たちから、地鳴りのような歓声が上がる。
だが、巨大な機神の足元で、俺は一人、右目に意識を集中させ続けていた。
アイとレオの連携によるこの拮抗状態も、持って数分が限界だろう。
(今のうちに、あいつの意識を正気に戻す『急所』を探り当てる!)
巨大な亀を見上げる俺の視界に、白蛇の恩恵がもたらす『真実の光』が浮かび上がろうとしていた。
第28話、お読みいただきありがとうございます!
魔法支援による二重バフを受け、アイちゃんが15メートルの巨大機神へと変貌しました!
さらにレオの巨大な岩盤アンカーで足場を固定し、ついに「歩く山脈」の歩みを完全に停止させることに成功します。勇者に見捨てられた者同士の熱い共闘です。




