第21話 相棒の不調
「ぶはははっ! 飲め飲めツムグ! 今日はお前のおごり、じゃなかった、俺のおごりだ!!」
「ガランさん、それもう三回目ですよ。ジョッキ空っぽですって」
ドンッ、と乱暴に木製のジョッキが打ち鳴らされる。
冒険者ギルドの片隅に陣取った俺たちのテーブルは、ちょっとした宴会騒ぎになっていた。
それもそのはず。
今日、俺は無事に『Gランク』から『Fランク』へと昇格を果たしたのだ。
廃鉄鉱山での規格外の納品量と、魔物討伐の功績が評価された結果である。
「いやぁ、それにしてもあの鉄鉱石の山にはマジで肝を冷やしたぜ。鍛冶屋の親父が泣いて喜んでたぞ!」
「ええ、ツムグ様のおかげで街の備蓄が一気に潤いました。本当にありがとうございます!」
カウンターから抜け出してきたミリアさんも、果実水の入った木製コップを両手で持ちながら嬉しそうに笑っている。
「フッ、この程度の功績で騒ぎ立てるとは。やはり人間とは矮小な生き物よな!」
空中に浮かんだまま、レオが器用に短い前足で骨付き肉を抱え込み、ガシガシと噛みちぎる。
『……マスターの心拍数に異常なし。アルコール摂取による機能低下を監視します』
アイは相変わらず俺の足元で体育座り(のような姿勢)をして、静かに待機モードに入っている。
「アタシも鼻が高いわぁ。ねぇミリアちゃん、もう一本あのお魚焼いてちょうだいな」
「はいっ、すぐお持ちしますね!」
ハシ姉も上機嫌に嘴を鳴らし、運ばれてきた大きな川魚を丸呑みにしている。
一見すると、いつもの賑やかな夕食の風景だ。
だが。
(……ん?)
冷えたエールを喉に流し込みながら、俺はふと、ハシ姉の姿に目を留めた。
本人はノリノリで魚を飲み込んでいるし、周囲の冒険者たちに愛想(?)を振りまいている。
素人目には、まったく変わった様子はない。
しかし、植物の葉の僅かな変色や、土の乾燥具合を見極める『白蛇の目』は、その僅かなサインを見逃さなかった。
(……羽の色が、少しだけくすんでるな)
いつもなら、薄暗い酒場の明かりの下でも艶やかに光を反射している青みがかった灰色の羽。
それが今は、ほんの少しだけ粉を吹いたようにパサついているように見えるのだ。
魚を飲み込む動作も、コンマ数秒だけ鈍い気がする。
対して、レオの鱗はツヤツヤで元気そのものだし、アイの金属装甲にも異常はない。
(ハシ姉だけ……か)
俺は手元のエールをゆっくりと飲み干しながら、頭の中で一つの仮説を組み立てていた。
夜更け。
ギルドでのどんちゃん騒ぎを終え、俺たちは定宿の二階、いつもの部屋へと戻ってきた。
窓を開けると、ひんやりとした夜風が吹き込んでくる。
レオはベッドの足元で早々に丸くなり、アイは部屋の隅で静かに稼働音を立てている。
「ふぅ……。やっぱりお酒が入ると、羽の先まで血が巡るわねぇ」
部屋の中央で、ハシ姉が一本足で立ちながら、バサバサと軽く羽ばたきをした。
俺は外套をハンガーに掛けながら、彼女の背中越しに単刀直入に切り出した。
「ハシ姉。お前、体調悪いだろ」
ピタリ。
ハシ姉の羽ばたきが、空中で止まる。
「……あら」
ゆっくりと振り返った巨大な怪鳥は、どこかバツが悪そうに黄色い目を細めた。
「気づいてたの? やっぱり、ツムグの目は誤魔化せないわね」
「無理もないさ。素人には絶対分からないレベルだったけどな。……どこか痛むのか?」
俺がベッドに腰掛けて尋ねると、ハシ姉は困ったように嘴をコッコッと鳴らした。
「痛むっていうか……ちょっと乾燥で喉がイガイガするのよ。それに、羽もなんだかパサついてて、上手くまとまらないっていうか……お肌の曲がり角かしらねぇ」
「お肌っていうか羽毛だけどな」
苦笑しながら、俺は深く納得していた。
やはり、原因は『乾燥』だ。
ハシ姉の種族であるシュービルは、熱帯雨林や水が豊かな湿地帯を本来の生息域としている。
高い湿度と豊かな水場があってこそ、彼女の身体機能は正常に保たれるのだ。
対して、レオは乾燥地帯を好む爬虫類ベースの魔物。
今のこの宿屋の部屋は、雨風はしのげるが、空気はひどく乾いている。
レオにとっては快適でも、ハシ姉にとっては、ジワジワとダメージが蓄積する過酷な環境だったのだ。
(環境屋の端くれとして、一番の相棒の不調にすぐに対処できなかったなんて……失格だな)
自分の不甲斐なさに、小さく舌打ちをする。
三体がそれぞれのポテンシャルを完全に発揮するには、やはり各々の生態に合った『専用の環境』が絶対に必要不可欠なのだ。
「……よし。決めたぞ」
俺は膝を叩いて立ち上がった。
「明日、お前のために湿地を作る」
「は?」
「泥と、水辺と、葦がいっぱい生えた、最高の湿地をな」
俺が真顔で宣言すると、ハシ姉は半開きの嘴から「ハァ」と深いため息を吐き出した。
「アンタねぇ……気持ちは嬉しいけど。どこに作る気よ?」
「えっ?」
「この宿屋の、借り物の部屋の中に池でも掘るつもり? もしそんなことしたら、明日には宿の親父さんに大目玉食らって、アタシたち揃って路頭に迷うわよ」
(……確かに!!!)
俺はハッとして、部屋の木の床を見つめた。
水漏れしたら一発で下の階まで水浸しである。大家に殺されてしまう。
環境作りに熱くなるあまり、完全に立地条件を忘れていた。
「……すまん。俺としたことが、初歩的なミスだ」
「ふふっ。ツムグったら、すぐムキになるんだから」
ハシ姉が嬉しそうに目を細め、俺の肩に冷たい嘴をすりすりと押し付けてくる。
「でも、どうするの? アタシとレオちゃん、好む環境が真逆みたいだけど」
「ああ。だから……」
俺は窓の外、月明かりに照らされたファルデルの街並みを見下ろした。
「クエストをこなしまくって、金を貯める。そして、デカい庭付きの一軒家を丸ごと買い上げるんだ」
そう。部屋がダメなら、土地ごと買えばいい。
広い庭があれば、片方に水豊かな池と湿地を作り、もう片方に熱を蓄える岩場を作ることができる。
「一軒家……! アタシたちの、お家……!」
「ああ。アイの環境も、庭の隅っこに作れるしな」
ハシ姉の目が、パァッと明るく輝いた。
自分の居場所、自分の家。
それは、誰かに捨てられ名前もなかった彼女たちにとって、何よりも魅力的な響きだったのだろう。
「ただ、家を買うまではどうしても時間がかかる。だから当面の対策として……明日は、少しでも湿り気のある場所へクエストに行こう。そこで羽を休めるといい」
「ツムグ……。アンタってば、本当に男前ね……っ」
ハシ姉が感動したように嘴を震わせ、俺の胸に頭を擦り付けてくる。
ちょっと重いが、その温もりが心地よかった。
「フッ、我が魔王城の建設も近いというわけだな。よきにはからえ!」
寝ていたはずのレオが、むにゃむにゃと寝言を言いながら尻尾を揺らす。
アイも待機モードのまま、かすかに赤い光を明滅させていた。
(よし。目標が決まったら、あとは動くだけだ)
明日からは、金策と素材集めの並行作業だ。
新しい目標(マイホーム計画)に胸を躍らせながら、俺は深い眠りについた。
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