第20話 勇者が捨てた鉄の幼女は規格外。
カタカタ、ガタガタガタッ!!
洞窟全体が揺れるような錯覚。
アイの全身から放たれる濃密な魔力に呼応し、むき出しの岩壁から黒い砂鉄が、赤茶けた鉄鉱石が、次々と引き剥がされていく。
それらは意思を持った生き物のように宙を舞い、身長百二十センチの小さな鉄の体へと渦を巻いて吸い込まれた。
バチバチと火花が散り、熱風が吹き荒れる。
質量が極限まで圧縮され、再構築されていく強烈な熱気と金属臭。
やがて、土煙が晴れた後に立っていたのは。
「……マジかよ」
思わず、感嘆の声が漏れた。
そこにいたのは、身長二メートルを優に超える、大柄で武骨な鋼の巨人。
前世のSF映画からそのまま飛び出してきたかのような、直線的でスタイリッシュな機神の姿。
装甲の隙間から黄色い光を漏らし、巨人がゆっくりと首を動かす。
『――換装完了。これより、障害物の物理的排除を開始します』
(……いや、声はそのまんまなのかよ!)
見た目は完全に最終兵器。なのに、頭に響くのは相変わらずのクーデレ幼女ボイスだ。
脳の処理が追いつかない俺をよそに、通路を塞いでいた巨大甲虫たちが、一斉に突進を仕掛けてきた。
地響きを立てて迫る、牛ほどもある岩の塊。
『対象の攻撃力、当機の装甲を下回ります』
アイは回避行動すら取らない。
ただ真っ直ぐに太い鋼の腕を振りかぶり。
『えいっ』
ドッゴォォォォンッ!!
信じられない轟音。
アイの拳が叩き込まれた瞬間、甲虫の硬い岩装甲がガラスのようにあっけなく砕け散った。
『ふんっ』
バキィッ!
『やぁっ』
メシャァッ!
(いやいやいやいや!)
声は可愛いのに、やってることは完全な脳筋のタコ殴りである。
魔法もスキルも使わない。ただの圧倒的な質量と暴力による蹂躙。
強固な防御力を誇るはずの魔物の群れが、ほんの数十秒でただの岩屑に変わってしまった。
「フッ、新入りもなかなかやるではないか。我の配下に相応しい腕っぷしよ!」
「頼もしいわねぇ」
後方で腕を組むトカゲと、満足げに嘴を鳴らす巨鳥。
俺は引きつった笑いを浮かべながら、そっと剣を鞘に収めた。
戦闘が終わり、アイの赤い目がスッと元の黄色に戻る。
直後、彼女の巨体を覆っていた装甲が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
土煙が収まると、元のずんぐりとした小さな鉄の体に戻ったアイの足元には、ゴツゴツとした大量の鉱石が山積みになっていた。
俺はしゃがみ込み、その一つを手に取る。
ずっしりとした重み。
(これが、勇者パーティーの奴らが言っていた……周囲の物質を纏うスキルか)
巨大化して戦い、能力を解除すれば、纏っていた物質がそのまま手元に残る。
(確かに、この鉱石が全部『金』だったら大金持ちだな。あのゲーマー勇者は、この錬金術で楽をしたかったのか)
無限に増殖する金貨。なるほど、欲をかく気持ちも分からなくはない。
(だが、魔物が増えて武器の消耗が激しい今の状況なら……街の連中にとっては、金よりも鉄の方がよっぽどありがたいはずだ。戦いながら資源を回収できる、間違いなく神スキルだろ)
俺は勇者の強欲さを鼻で笑い飛ばし、アイテムボックスを開いて足元の鉄鉱石を次々と放り込んでいった。
その後、俺たちは坑道の奥へ進んでは魔物を蹴散らし、アイが巨大化して鉄を集める工程を繰り返した。
だが、三回目の採掘が終わった直後のこと。
「ガギュ……」
足元に戻ってきたアイの足取りが、明らかに重い。
ピトッ、と俺の足に寄りかかってきたその体は、触れると火傷しそうなほど熱を持っていた。
『マスター……。魔力残量、低下。駆動系の冷却が追いつきません。推奨……休息モード……』
「アイ! 大丈夫か?」
『肯定。ただの、エネルギー不足、と推測。……えへへ、褒めて、ください……』
語尾が少しだけ崩れ、アイの黄色い瞳がゆっくりと明滅する。
周囲の鉄を瞬時に吸い上げ、圧縮・変形させる大技だ。魔力と体力の消耗が激しいのだろう。限界は三回といったところか。
俺はしゃがみ込み、熱を持った鉄の頭を優しく撫でた。
「ああ、よくやった。お前はすげぇよ。今日の仕事はここまでにして、帰ろうぜ。ハシ姉とレオは美味い肉でも食うか。……アイはどうする? メシは食えないし、風呂に入ったら錆びるよな?」
『……要求。関節部への専用オイルの塗布、および、柔らかい布での装甲の研磨を希望します』
「油差しと乾拭きか。よし、帰ったらピカピカに磨き上げてやる。それがお前の日課だな」
『……命令を受理。マスターのメンテナンスを……楽しみに、待機……』
俺の足にしがみついたまま、アイはスゥー、と静かな稼働音を立てて目を閉じた。
夕暮れ時。
オレンジ色に染まる冒険者ギルドの扉を開けると、昼間と同じように賑やかな空気が迎えてくれた。
「おおっ、ツムグ! もう帰ってきたのか?」
テーブル席でジョッキを傾けていた『銀の牙』のガランが、俺たちを見て声をかけてくる。
「あれ、手ぶらじゃねえか。アイテムボックスは持ってたよな? さすがにあの鉱山の魔物は手強かったか?」
「アイアンゴーレム連れでも、やっぱり群れで来られるとキツいよなぁ」
他の冒険者たちも、心配そうに声をかけてくる。
俺はアイの冷たい手を引きながら、首を横に振った。
「いえ、一応採集は終わったんですけど……。ミリアさん、ちょっと量が多すぎて。裏庭の広い場所で納品してもいいですか?」
「えっ? は、はい! もちろんです!」
ガランたちも「どれくらい取れたんだ?」と興味津々でついてくる。
ギルドの裏手にある、荷下ろし用の広い裏庭。
ミリアさんが大きな麻袋を用意して待っていたが、俺はそっと手を前に出した。
「アイテムボックスから直接出します。下がっていてください」
空間の歪みを生み出し、中身を一気に解放する。
――ドザザザザザザザッ!!!
凄まじい地響きと共に、廃鉱山で回収した鉄鉱石が、小山のように積み上がった。
夕日を反射し、鈍く光る鉄の山。
「……は?」
ガランの口から、ジョッキが滑り落ちる。
ゴンッ、と鈍い音が響いても、誰も動けない。
俺は見た目ではよく分からなかったが、熟練の冒険者であるガランの目には、その価値がハッキリと映ったようだ。
「こ、これ……全部、廃鉄鉱山で……!?」
「はい。全部アイが集めてくれたんです。使えそうですか?」
「使えるどころの騒ぎじゃねえよ!!」
我に返ったガランが血相を変えて、俺の肩をバンバンと叩いた。
「たった半日で、採掘業者の数ヶ月分だぞ!? しかも見た目だけで分かる、不純物がほとんどねぇ極上品じゃねえか! これで街の武器屋も鍛冶屋も、マジで大助かりだぜ!!」
興奮冷めやらぬガランの横で、ミリアさんも大きく頷く。
「ツムグ様……! これだけの量の納品と、鉱山の魔物討伐の功績……文句なしです! ツムグ様、冒険者ランクが一段階アップになります!」
「おお! やったなツムグ!」
「フッ、我のおかげでもあるな! 崇めよ!」
「よかったわねぇ」
周囲の冒険者たちから歓声が上がり、レオとハシ姉がドヤ顔を決める。
俺は目を覚まして足元に抱きついてきたアイの冷たい頭を撫でながら、「帰ったら早く磨いてやらないとな」と、心地よい達成感に包まれていた。
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