第19話 鉄の幼女の真価を試すため廃鉱山へ
ギルドの重厚な木の扉を押し開けると、そして荒くれ者たちの喧騒が鼓膜を打った。
だが、俺の後ろをテチテチとついてくる『銀色の物体』を見た瞬間。
酒場の熱気は、水を打ったようにピタリと凍りついた。
「おい、マジかよ。あいつ、ゴーレム連れてやがるぞ……」
「なんだあの色……茶色じゃねえのか? 鉄みたいに光ってやがるぞ」
「そもそもゴーレムなんて、ダンジョンの中層でも滅多にお目にかかれない激レアモンスターだぞ。なんでこんな街中に……!」
ざわめきと、強烈な警戒の視線。
無理もない。
身長百二十センチとはいえ、鈍い金属光沢を放つ無骨な体は、どう見ても戦闘用の兵器だ。
俺は周囲の視線を流しつつ、カウンターのミリアさんの元へ向かった。
「ミリアさん、こいつの従魔登録をお願いしたいんですけど」
「ええっ!? つ、ツムグ様、またすごい子を連れてこられましたね……っ! ど、どこで出会ったんですか!?」
ミリアさんが目を丸くして、カウンターから身を乗り出す。
俺の足元にピタリとくっついていたゴーレムが、黄色く光る丸い目を彼女に向けた。
『――新規人間ユニットを視認。敵対的意図、なし。データベースに登録します』
鈴を転がすような、感情の起伏がない幼い少女の声。
無骨な鉄の体からそれが響き渡った瞬間。
「……えっ?」
「……は?」
ギルドの酒場が、奇妙な静寂に包まれた。
『マスター。当該ユニットの体温および心拍数に軽度の上昇を確認。体調不良の可能性があります』
「いや、お前の声に驚いてるだけだよ」
俺が苦笑しながら、冷たい鉄の頭をぽんぽんと撫でる。
すると、ゴーレムは小さく「ガギュ」と低い音を鳴らし、俺の足にすりすりと頭を押し付けてきた。
『……マスターの接触を確認。駆動系に異常な発熱を検知。冷却システムを推奨します』
淡々とした声色ながら、その仕草はどう見ても甘える子犬のそれだ。
「か、っ…………!!」
ミリアさんが両手で口を覆い、限界まで目を見開く。
「か、可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
「おいおいおいおい! なんだあの声!? なんだあのギャップ!!」
「ちくしょう、鉄くずのくせにめちゃくちゃ可愛いじゃねえか!!」
酒場の荒くれ者たちが、一斉に机を叩いて立ち上がった。
あちこちから「俺にも撫でさせろ!」「声もう一回聞かせてくれ!」と野太い歓声が飛び交う。
(……お前ら、さっきまでの警戒心どこ行ったんだよ)
完全に骨抜きにされている冒険者たちを横目に、俺は大きく息を吐いた。
「ということで、登録を。……あ、名前ですよね」
ステータス水晶を用意したミリアさんに促され、俺は少し考える。
アイアンゴーレムの『アイ』。そして、AI(人工知能)のような喋り方をするから『アイ』。
「『アイ』だ。今日からお前の名前はアイだぞ」
『――音声入力を確認。個体名【アイ】を登録』
アイは一度瞬きをして、黄色い目を俺に向けた。
『……マスター。悪くない呼称です。以後、当機はこの名称で稼働します』
相変わらずのクーデレ幼女ボイスだが、俺の足にしがみつく力が少しだけ強くなった気がした。
従魔登録を終え、俺たちはギルドのテーブルで晩飯の肉を突っついていた。
「明日の依頼、ですか?」
俺の問いに、仕事終わりのミリアさんが隣の席に座りながら首を傾げる。
ハシ姉は今日も魚の丸焼きを呑み込み、レオは念動力で肉を空中に浮かせて食べている。
アイは俺の足元で、大人しく待機モードだ。
「ええ。アイの能力テストも兼ねて、何かいい依頼がないかと思って」
「それなら、今のツムグ様たちにピッタリの依頼がありますよ!」
ミリアさんがポンッと手を叩く。
「ここから歩いて二時間ほどのところにある『廃鉄鉱山』での、鉄鉱石の採取依頼です。ノルマ制で、取ってくればくるほど報酬が上がります」
「廃鉄鉱山……」
「はい。良質な鉄が取れるんですが、最近になって魔物が棲み着いてしまって一般の採掘業者さんが入れなくなってしまったんです」
「ツムグ、なんとかその依頼、受けてもらえねぇか」
不意に、隣のテーブルからジョッキを持った大柄な男――『銀の牙』のガランが身を乗り出してきた。
「最近、森の浅い階層まで魔物が降りてきてるだろ? 俺たち冒険者も武器や防具の消耗が激しくてよ。鍛冶屋の鉄が底を尽きかけてて、街中が困ってんだ」
なるほど。討伐兼採取依頼というわけか。
何より『鉄鉱山』という環境は、周囲の鉄を操るアイのスキル習熟にうってつけだ。
「よし。明日はそこに行きましょう」
俺は分厚いマッドボアのステーキを頬張りながら、明日の探索に思いを馳せた。
翌日。
湿気とカビ、そして古い鉄の匂いが漂う暗い洞窟の入り口。
ランタンの明かりを頼りに、俺たちは廃鉄鉱山の内部へと足を踏み入れていた。
ズキリ、と右目が薄荷のような冷気に包まれ、視界に環境データの数値が浮かび上がる。
(……すげえ。掘り尽くされた『廃鉱山』って話だったが、右目によれば、壁面の奥にはまだ高純度な鉄鉱脈が大量に眠ってるぞ)
壁面には、掘り尽くされずに残った鉄鉱石の脈が、鈍く光を反射している。
「フッ。このようなじめじめとした地下墓地、我が深淵の炎で一息に焼き尽くしてやろうか?」
「バカ、やめろ。こんな狭い洞窟の中でデカい魔法使ったら、酸欠になるか落盤して生き埋めだぞ」
空中でドヤ顔を決めるレオを、俺は即座に制止した。
防御壁となる『不可侵なる深淵の霊廟』も、狭い坑道で無理に展開すれば周囲の岩盤を崩しかねない。
今回は大魔法は封印だ。
「アハァ〜ン♡」
……。
静寂。
洞窟の中に、オネェのやたらと色っぽい吐息が木霊した。
(……でた…)
ハシ姉は半開きの嘴を器用に微振動させ、戻ってきた音の反響を受け取っている。
「やっぱりすっごく便利♡」
バッサバッサと嬉しそうに羽ばたく巨大鳥。
俺はこめかみを押さえ、深く、長いため息を吐き出した。
「……やっぱりその発声、どうにかならないか…」
音に反応し、暗がりからバサバサと巨大なコウモリの群れが襲いかかってきた。
「フンッ!」
俺は剣を抜き放ち、迫り来る大コウモリを袈裟懸けに両断する。
横から向かってきた二匹目は。
ドンッ!!
ハシ姉の魔力を纏った嘴の一撃が、岩壁ごとコウモリを粉砕した。
「我を忘れるな!」
レオも短い手足を突き出し、念動力で足元の石つぶてを散弾のように撃ち出す。
制約があっても、連携は完璧だ。俺たちは危なげなく、鉱山の奥へと進んでいった。
だが。
『――マスター。前方より、複数の敵性ユニットの接近を検知』
俺の足元を歩いていたアイが、ピタリと足を止めて警告を発した。
直後。
ズズズズ……と、地鳴りのような重たい音と共に、通路の奥から『それら』が姿を現した。
「……マジかよ」
思わず声が漏れる。
それは、全身を硬い岩の甲殻で覆われた、牛ほどもある巨大な甲虫型の魔物の群れだった。
ざっと十匹以上。
通路を塞ぐように、鈍い赤色の複眼をこちらに向けている。
(あの硬さ、俺の剣じゃ一撃では斬り裂けない。乱戦になるぞ……!)
俺が剣を構え直し、ハシ姉が嘴を鳴らそうとした、その時。
テチテチ、と。
小さな鉄の体が、俺の前に出た。
『マスター。敵対ユニットの硬度、当機の装甲を下回ると計算』
アイは黄色い目を赤く光らせ、無骨な腕をスッと前に突き出した。
『……これより、当機の基本性能のテストへ移行します』
淡々とした幼女ボイスが響く。
次の瞬間。
アイの全身から濃密な魔力が放たれ、洞窟の壁面に埋まっていた鉄鉱石や、足元の砂鉄が、カタカタと激しく震え始めた。
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