第15話 レベル10への到達と『環境測定』の眼。
『――レベル10に到達しました』
脳内に響く、無機質なアナウンス。
「……ッ」
ズキリ。右目が、焼けるような熱を持った。
思わず片手で目を覆う。だが、痛みはすぐに引き、代わりに薄荷のような清涼な冷気が眼球を包み込んだ。
ゆっくりと、覆っていた指の隙間から右目を開く。
瞳孔の奥で、カチリと歯車が噛み合うような音が響いた。
空中に、淡く発光する白銀の『魔法陣』が幾重にも展開する。
万華鏡のように回転する幾何学模様。
だが、いつもと違った。
(……なんだこれ?)
これまで見えていた、モンスターの『進化の系統樹』だけではない。
魔法陣の脇に、まるで現代のデジタル温度計や、環境測定器のような見慣れない光のメーターがいくつも浮かび上がっているのだ。
俺は半信半疑のまま、空中に浮かぶその光の数値へ、そっと指先を触れてみた。
――ピピッ。
触れた瞬間。
指先から直接脳髄へ、その数値が何を示しているのかという『意味』が奔流となって流れ込んできた。
(なるほど……。この青い数値が大気中の『魔力濃度』で、こっちのパーセンテージは俺が今見つめている地点の『土壌湿度』か。こっちの矢印は、風速と風向き……!?)
視線を動かすたびに、リアルタイムで数値がパラパラと変動していく。
これさえあれば、土や空気の状態が一目で完全に把握できる。レベルアップにより、『白蛇の恩恵』が俺のコントロール下に置かれ、詳細な環境データを読み取れるようアップデートされたらしい。
「ツムグ、大丈夫?」
心配そうに首を傾げたハシ姉へ、俺は魔法陣の浮かぶ右目を向けた。
いつものように、彼女のポテンシャルを示す『進化の木』が浮かび上がる。
しかし、その右下。
まるで動画サイトのサムネイルのような、四角い光の枠が追加されていた。
(動画……? 再生ボタンみたいなマークまであるぞ)
空中に浮かぶそのサムネイルに、そっと指を触れる。
途端に。
周囲の薄暗い森の景色が、一瞬にして塗り替わった。
――鏡のように波一つない、広大な湿地帯。
足元には、たっぷりと水分と養分を含んだ泥。
水辺には背の高いアシのような植物群が風に揺れ、淀んだ水面の下には、栄養価の高い巨大な肺魚たちがゆったりと泳いでいる。
それは、ハシ姉という種族が最もリラックスでき、心安らかに過ごせるであろう『最高の住処』の原風景。
ほんの数秒の映像。だが、その環境を構成するすべてのデータが、俺の脳に深く焼き付いた。
(なるほど。この景色が、ハシ姉にとって一番落ち着く、居心地のいい場所なんだな)
進化させて強くしたいなんて、微塵も思わない。
それでは、自分の理想を押し付けて彼らを捨てた身勝手な勇者たちと同じだ。
ただ、俺を信じてついてきてくれた、大切な相棒なのだ。
せめてこれくらい最高の環境を用意して、毎日腹いっぱい美味いものを食って、のんびりと幸せに過ごさせてやりたい。
生き物のための最高の住処を作りたい。
俺の中にある純粋な情熱が、静かに、だが熱く滾るのを感じた。
情報を処理し終え、ふっと瞬きをして意識を切る。
空中の魔法陣やサムネイルは音もなく霧散し、右目の奥へと引っ込んでいった。
「ああ、なんでもない。……二人とも、見事な連携だった。ありがとうな」
心配そうに覗き込んでくるハシ姉と、空中を泳ぎながら「当然だ」と胸を張るレオパ。
頼もしい仲間たちの姿に、俺は自然と口角を上げた。
「帰ろうか。今日の夕飯は奮発するぞ」
新たな家族と、少しだけ使い勝手の良くなった右目の力。
確かな手応えを感じながら、俺たちは夕暮れが迫るファルデルの街へと歩き出した。
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ズシン、ズシン、と。
深い森の奥で、大地が重く悲鳴を上げていた。
樹齢数百年はあろうかという太い幹が、呆気なく根元からへし折れる。
湿った腐葉土がえぐれ、周囲の木々が次々と薙ぎ倒されていく。
森の暗闇の中を歩くのは、動く巨大な岩山。
いや、スーパーマーケットの店舗ほどの規格外な大きさを持つ、巨大な亀だった。
その歩みは、ひどく鈍く、ふらついている。
本来なら苔や美しい鉱石で覆われているはずの頑強な甲羅には、無数の痛々しい傷跡が刻まれていた。
突き刺さったままの太矢。
魔法による焼け焦げた痕。
他の大型魔物と衝突して欠けた爪痕。
限界を超えた疲労と激痛により、巨大亀の意識はすでに深い泥の底に沈みかけている。
我(自我)を忘れ、ただ本能と、強烈な『執着』だけで足を動かしている状態。
――どこだ。
混濁する意識の中で、何度も思い出す景色がある。
それは、波一つない穏やかな水辺。
心地よい温度の泥。
そして、自分の巨大な甲羅の上で、いつも気持ちよさそうにまどろんでいた『白銀の鱗を持つ蛇』の姿。
あの日、突如として空間の裂け目に飲み込まれ、目の前から姿を消してしまった大切な家族。
何年、あるいは何十年、この世界を探し回っただろうか。
大きすぎる体は人間の恐怖を煽り、行く先々で討伐隊を向けられ、炎で焼かれた。それでも、止まるわけにはいかなかった。
(――どこだ。どこにいる……。あいたい……)
数日前。
本当に微かな、だが確かに知っている『親友の気配』がしたのだ。
遠く離れた地で、白蛇の魔力が一瞬だけ脈打つのを感じた。
亀は這いずり、山を越え、森を割って進んだ。
ただ会いたい。
その純粋で強すぎる願いは、意図せず周囲の生態系を大きく狂わせていた。
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