第14話 勇者に捨てられた中二病の巨大爬虫類。
薄暗い木箱の底。
そこに丸まっていたのは、体長一四〇センチほどもある巨大な爬虫類だった。
鮮やかな黄色の鱗。
背中から尻尾にかけては、燃えるようなオレンジ色のグラデーションが美しく広がっている。
そして、全身を覆う黒いヒョウ柄の斑点模様。
爬虫類好きの間で圧倒的な人気を誇る『ヒョウモントカゲモドキ(通称・レオパ)』の姿そのままに、サイズだけを大型犬ほどに引き伸ばしたような魔物が、クリクリの瞳でこちらを見上げていた。
「うおっ、めっちゃ可愛いな……!」
前世からの爬虫類好きの血が騒ぎ、俺は思わず木箱へ手を伸ばしてその体を抱き上げた。
ザラリとした細かい鱗の感触と、予想以上に温かい体温が両腕に伝わってくる。
「――気安く触れるな人間! 我は深淵より這い出でし漆黒の魔竜なるぞ! 貴様の魂を業火で……ふごっ!?」
腕の中でジタバタと暴れる巨大なレオパの顎下を、無意識に指先で撫でる。
途端に、威嚇していたはずの口から「きゅるっ……」と情けない声が漏れ、ふにゃりと目を細めて大人しくなった。
(……めっちゃ可愛いけど、中二病か……)
脳内で呆れたようにツッコミを入れつつ、喉元の鱗を撫で続ける。
そこへ、後ろから箱を覗き込んでいたハシ姉が嘴を鳴らした。
「あら、随分と詩的な喋り方ね。類は友を呼ぶのかしら?」
「……む? その声……まさか、鳥の姐御か!?」
俺の腕の中で、レオパがガバッと顔を上げた。
まん丸の瞳が、驚きに見開かれている。
「アンタ、もしかして勇者のパーティーにいたトカゲちゃん!? 」
「姐御こそ、何故そのような巨大で神々しきお姿に……!?」
「えっ、二人とも知り合いなのか?」
二匹の噛み合っているような、いないようなやり取りに、俺は思わず口を挟んだ。
「ええ。アタシが勇者のパーティーにいた頃、一緒に『従魔』として飼われてたのよ」
「姉御の姿が見えなくなった後、我は進化の光に包まれたのだ。だが、我が真なる姿には『羽』がなかった。それを見た勇者どもは『空も飛べないゴミはいらねぇ』と我を森へ置き去りにしたのだ」
「あいつら、空の移動手段として『飛竜』を欲しがってたものね」
「唯一、まともな心を持っていた僧侶の娘が、誰かに拾われるようにとこの箱を用意してくれたがな」
呆れた話だ。
レアな魔物を手に入れておきながら、自分の理想の姿と違うからといってアッサリ捨てる。
ゲームの厳選作業でもしているつもりなのだろうか。
「でも、飛べないってことは、これからの移動が大変だよな。お前、これからどうするんだ?」
俺が気遣うように声をかけ、腕を離して地面へ降ろそうとした、その時だった。
フワリ、と。
レオパの足は、いつまで経っても地面につかなかった。
重力を無視し、まるで水の中にいるかのように空気を蹴って、俺の肩の高さにふらふらと浮遊し始めたのだ。
「飛べる……いや、浮いてるじゃん! なんで勇者にそのスキルを見せなかったんだ?」
「見た目だけで『ゴミだ』と吐き捨てた愚者どもだぞ?」
空中に浮いたまま、レオパが鼻で笑う。
「己の目利きもできぬ輩に、わざわざ我が真髄を見せてやる義理などなかろう?」
ひねくれているが、ひどく真っ当なプライドだ。
価値の分からない人間に媚びを売る必要はない。その矜持に、俺は深く同調していた。
「違いない。……なあ、行く当てもないなら俺たちと一緒に来るか?」
「フッ。深淵の魔竜を従えようとは、命知らずな人間よ。……だが、姐御のよしみだ。我が力、特別に貸してやろう」
「素直じゃないわねぇ。よろしくね、トカゲちゃん♡」
こうして、俺のパーティーに、空を泳ぐ中二病のレオパが加わることになった。
「……ツムグ、来るわよ」
帰路につこうと森を歩き出した直後。
不意に、ハシ姉が足を止めて低い声を出した。
ガサガサガサッ!!
シダ植物の群生を掻き分け、前方から次々と現れる緑色の小鬼たち。
醜悪な顔つきに、粗末な棍棒や錆びた刃物を持った『ゴブリン』の群れだ。
その数、ざっと三十体。
マッドボアが森の浅い階層を荒らした影響で、住処を追われた集団だろう。
「ギギャアアアッ!!」
血走った目で、一斉にこちらへ襲いかかってくる。
俺が腰の刀へ手をかけた、その時だった。
「――待て、人間」
フワリと、視線の高さを泳いでいたレオパが前に出た。
「丁度いい。相手は羽虫どもだが……我が真なる力を見せてやるには手頃な舞台だ」
「あら、頼もしいわね。お手並み拝見といきましょうか。任せたわよ、トカゲちゃん♡」
ハシ姉が一歩下がり、パチリと片目でウインクを飛ばす。
レオパは空中で短く太い腕をクロスさせ、ゆっくりと目を閉じた。
「深淵の魔力よ、大地の脈動と同化し、我らを護る絶対の領域となれ……!」
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
足元の地面が、激しく揺れた。
「現出せよ!【不可侵なる深淵の霊廟】!!」
直後。
周囲の湿った腐葉土が、まるで生き物のように隆起した。
凄まじい速度で土砂が組み上がり、俺とハシ姉、そしてレオパを包み込むように巨大な『城』が形成されていく。
そのサイズ、ざっと10トントラック一台分。
ドゴォォォンッ!!
森の中に突如として、巨大な土の要塞が出現した。
(これ……『ウェットシェルター(爬虫類用の隠れ家)』か?)
俺のツッコミをよそに、要塞の外では激しい衝突音が響き始めた。
カンッ! ガキンッ! ガツゥッ!!
城壁に群がった三十体のゴブリンたちが、錆びた剣や棍棒で狂ったように土の壁を叩いている。
だが、分厚く圧縮された土の壁は傷ひとつ、ヒビ割れひとつ起こさない。外の喧騒が嘘のように、シェルターの中は静かで安全だった。
(……なぁ、ハシ姉。今の長い呪文って、本当に必要なのか?)
(さあ? でも、魔物にも色々あるんじゃないかしら♡)
(そっか。色々あるんだな、スキルも……)
ドームの暗闇の中、俺たちは小声で緊張感ゼロの世間話を交わす。
そんな俺たちをよそに、レオパがふふんと鼻を鳴らした。
「無駄なことを。我が霊廟は、いかなる刃も通さぬ。……そして、触れた者には等しく『絶望』を与えるのだ」
レオパが、短い前足をスッと振り下ろす。
瞬間。城壁の表面から、人間の腕ほどの太さがある鋭い『土の槍』が無数に突き出した。
ドスッ、ドススッ!!
「ギ、ギャアアア……ッ!?」
土の要塞は、さながら巨大なハリネズミへと変貌した。
急所を絶妙に避けた土の槍が、ゴブリンたちの手足を正確に貫き、地面へと縫い付けていく。
先程まで勢いよく壁を叩いていた三十体の群れは、一瞬にして全滅。
全員が虫の息でピクピクと痙攣し、うめき声を上げるだけの状態になっていた。
「フッ……他愛もない」
空中でドヤ顔を決めながら、レオパがこちらを振り返った。
「深淵の王が、これ以上自らの手を血で汚すのは美学に反する。……おい人間。特別に、貴様に武功を譲ってやろう。這いつくばる羽虫どもに、慈悲なる死を与えてやるがいい」
(……一見何言ってるか分からないはずなんだけどな。男なら誰でも一度は通る道のせいで、大体何が言いたいのか見当がつくのが嫌だな……)
苦笑いと共に、俺は小さく息を吐き、要塞の入り口から外へ出た。
血の匂いと、土の匂いが混ざり合う森の空気。
スゥ……ッ。
鯉口を切り、黒い鞘から刀を抜き放つ。
親父さんが打ち直してくれた柄が、手のひらに完璧に吸い付く。
(…せめて一太刀で…。)
右足を踏み込むと同時に、腰の回転を刃に乗せる。
ヒュンッ!
風を裂く鋭い音。
地面に縫い付けられたゴブリンの首を、斜めに薙ぎ払う。骨を断つ抵抗すらほとんど感じない、恐ろしいほどの斬れ味だ。
刃筋を返し、返す刀で二体目、三体目を沈めていく。
魔力もスキルもない。ただの物理的な剣術と体捌きだけで、俺は無力化したゴブリンの群れを正確に、無駄なく斬り伏せていった。
やがて、森に静寂が戻る。
刀の血振りをし、カチンと鍔を鳴らして鞘に納めた。
その瞬間、柄を握る掌からチリチリとした熱が流れ込み、三十体分の莫大な『経験値』が全身に行き渡るのを感じた。
「……さて、魔石を回収して帰るか。」
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