第10話『失敗作』の細剣。
カァン、カァン、と。
規則正しい金属音が、路地に響き渡っている。
「悪いわねツムグ。鉄の匂いと熱気は、アタシの美しい羽毛に良くないの。ここで待たせてもらうわ」
(……いや、ハシビロコウって本来アフリカとか南の鳥だよな? 暑いの苦手なのかよ)
心の中で的確なツッコミを入れつつ、「分かった、すぐ戻るよ」と声をかける。
俺とガランたち『銀の牙』は、剣と金槌の看板が掲げられた重厚な木の扉を押し開けた。
――ムワッ。
一歩足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような熱気が押し寄せてくる。
むせ返るような鉄と油の匂い。薄暗い店内の奥では真っ赤な炉の炎が上がり、筋骨隆々のドワーフがハンマーを振るっていた。
「おう親父、邪魔するぜ」
「あぁん? 誰かと思えばガランか。今日は何の用だ」
ドワーフの親父が不機嫌そうに振り返る。
顔の半分を覆う見事な顎髭。鋭い眼光は、完全に『気難しい職人』のそれだ。
「いやな、今日は新人を紹介しに来たんだ。こいつはツムグ。昨日からこの街に住み始めたばかりでな」
「ほう。見ない顔だと思ったぜ」
親父が値踏みするように俺を一瞥し、フンと鼻を鳴らす。
ガランは気にする素振りも見せず、俺の背中を軽く叩きながら言葉を続けた。
「でな。実は昨日、こいつが森でマッドボアに襲われてたミリアちゃんを助けてくれてな」
その言葉が落ちた瞬間。
親父がピタリと、ハンマーを振るう手を止めた。
「……ミリアを助けた、だと?」
「あ、はい。偶然通りかかっただけですが」
親父はゆっくりとハンマーを金床に置き、厚手の布で煤けた手を拭った。
そして、カウンター越しに俺の真っ直ぐ目を見る。先ほどの威圧的なオーラは消え、そこには年長者としての静かな色が浮かんでいた。
「……そうか。俺はマスター夫婦とは昔からの腐れ縁でな、ミリアのやつも赤ん坊の頃から知ってるんだ。俺にとっちゃあ、孫みてえなもんでな」
親父が深く、頭を下げる。
「あんた、よくあの子を助けてくれた。心から感謝する」
「い、いえ! 頭を上げてください。本当に、大したことはしてませんから」
「いや、恩に着るぜ。……で、今日は剣を探しに来たのか?」
「こいつに合う剣を一本、見繕ってやってくれねえか」
ガランの言葉に、親父が力強く頷く。
「おう、任せとけ! なんでも好きなのを持ってみな!」
親父に促され、俺は店内に並ぶ武具を物色し始めた。
(……どれも、しっくりこないな)
何本か手に取ってみるものの、どれも刃が分厚く、ずしりと重い。
この世界の冒険者の主流は『断ち切る』『叩き割る』ことに特化している。剣道の体捌きで斬るスタイルには、どうも合わなかった。
ふと、店の隅に置かれた木樽に目が止まった。
ガラクタに混じって、一本だけ異質なシルエットを持つ剣が突っ込まれている。
「親父さん。これ、見てもいいですか?」
「ん? ああ……そいつはやめとけ」
俺がその細身の剣を引き抜こうとすると、親父が渋い顔で手を振った。
「鋼を何度も折り返して叩くっていう、東方の特殊な製法を真似て打ったんだが……薄刃すぎて、冒険者どもの力任せの戦い方じゃすぐに刃こぼれしちまう。実戦じゃ使えない『失敗作』だ」
失敗作。
その言葉を聞いて、俺は逆に刀身をスッと抜き放った。
――美しい。
波打つような刃紋。手作業で極限まで丁寧に研磨されたことがわかる、滑らかで精緻な刀身。
それは俺が知る『日本刀』そのものだった。
持った瞬間に、ピタリと手に吸い付くような重心の良さがある。
「親父さん。これ、少し振ってみてもいいですか?」
「振る分には構わねえが……よし。どうせなら裏庭に行きな。試し斬り用の巻藁がある」
店の裏手。
土が剥き出しになった庭の中央に、人の胴体ほどの太さがある巻藁が立てられていた。
俺は真剣(日本刀)を振るうのは初めてだ。
だが、剣道の昇段審査で徹底的に叩き込まれた『型』の記憶が、体の奥底に染み付いている。
スゥ……ッ。
ゆっくりと息を吸い込み、自然な動作で両手で柄を握る。
右足を半歩前へ。
剣先を相手の喉元へ向け、ピタリと静止する。
――正眼の構え。
魔法のオーラも、力任せの気迫もない。
ただ、一切の無駄を削ぎ落とした、静かで鋭い静寂だけがそこにあった。
(重心移動。刃筋。ただ、それだけだ)
踏み込みと同時に、腰を捻る。
腕の力ではなく、体全体の移動を刃に乗せる。
――ヒュッ!!
風を裂く、鋭い音が鳴った。
抵抗は、ほとんど感じなかった。
ズレ……スパンッ!
一瞬の静寂の後、太い巻藁が斜めに分断され、ドサリと地面に落ちた。切り口は、引っかかりの一切ない、極めて滑らかな断面をしていた。
「おっ、やるじゃねえか」
背後で見ていたガランが、感心したように口笛を吹く。ボルドとリュックも「綺麗に斬るもんだな」と頷き合っている。
だが、剣を打った親父の反応は彼ら以上に熱を帯びていた。
「お前さん……力じゃなく『技』で斬りやがったな! こいつの正しい振り方を知ってるのか!?」
親父が顔を真っ赤にして、俺の肩をバンバンと叩く。
「失敗作なんかじゃねえ! 俺の打った剣は、お前さんみたいな使い手をずっと待ってたんだ! どうだ、そいつを買い取ってくれねえか!」
「いいんですか? 是非お願いしたいです。……ただ、これ相当高いんじゃ」
「本来なら金貨が飛ぶ代物だが……ミリアへの礼と、職人としての俺の感動込みだ。破格の『銀貨5枚』でどうだ!」
道中、ガランたちに教えてもらったこの世界の相場を思い出す。
銅貨1枚で串焼きが一本(約100円)。大銅貨1枚で宿の素泊まり(約1,000円)。
そして銀貨1枚が約1万円、金貨1枚が約10万円の価値だ。
つまり、本来数十万は下らない業物を、約5万円ぽっちで譲ってくれるということになる。
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「おう! だが、今のままじゃ柄も鞘も仮組みだ。お前さんの手に馴染むように調整し直すから、明後日取りに来な!」
親父はそう言うと、店に戻って一本の細剣を持ってきた。
「明後日まで丸腰ってのは不用心だ。そいつを適当に貸しといてやるから、腰に下げとけ」
「何から何まで、すみません」
「いいってことよ! お前さん、今度ゆっくり飲もうぜ!」
ドワーフの親父と熱い握手を交わし、俺は最高の相棒(武器)の入手に胸を躍らせながら工房を後にした。
「……遅いわねぇ」
店の外へ出ると、ハシ姉が不満げに嘴をカタカタと鳴らした。
「レディーを待たせるなんて、男としてマナー違反よ?」
(だから、お前『オス』だろ)
心の中で二度目のツッコミを入れつつ、「悪い悪い。あとで美味い魚探しに行くから勘弁してくれ」と提案して機嫌を取る。
武器の調達を終え、ちょうどお昼時。
俺たちは、冒険者たちで賑わうギルドの食堂スペースへと戻ってきた。
(……ん?)
ギルドの扉を開けた瞬間、ホールの空気が少しだけ動いた。
真新しいハイネックの編み上げチュニックに、金属補強されたグリーブ。腰にはレンタルの細剣。冒険者らしい装備に身を包んだ俺を見て、何人かの冒険者が興味深そうに視線を向けてくる。
ふと、カウンターの方を見た。
書類仕事に追われていた事務服姿のミリアさんが、不意に顔を上げ、こちらに気がついた。
俺の新しい服装を認めると、一瞬だけ目を丸くし――パッと、花が咲くような嬉しそうな笑顔を向けた。
業務中のため、こちらへ駆け寄ってくることはない。
ただ、胸元で小さく手を振ってくれている。
俺は軽く会釈を返し、ガランたちと共に空いている丸テーブルへと腰を下ろした。
最高の装備と、気心の知れた仲間たち。
異世界での生活基盤が、着実に整いつつある。
そんな充実感を胸に、俺たちは賑やかなギルドの食堂で、遅めの昼飯を食べ始めるのだった。
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