事情聴取
「ここか……」
私は辿り着いたの、見上げるほど大きなお屋敷を見る。
オルフェウス家。音楽国家サンビカにのみ存在する特殊爵位、演奏家貴族の一つ。
音楽に関する何らかの功績を認められ、国王様から土地と財産を与えられる代わりに、他国に音楽の素晴らしさを広めること、または技術を後世へと引き継ぐことを義務付けられている特殊な貴族だが、音楽国家の国民にとっては下手な公爵家よりもよっぽど影響力のある存在だ。
「その中でも、この家にはあの神童と名高いオズ様かいらっしゃる……っ!」
俺は今日すでに何度目かも分からないほど確認した、鞄の中身を再び確認する。
……よし。色紙とサインペンは、ちゃんと入ってるな。
「ふぅー……、行くかっ!」
俺は深呼吸すると、屋敷についているベルを恐る恐る鳴らす。
すると、すぐに家の中からは使用人と思われる人物が顔を出した。
「失礼、私は全海層秩序自衛軍サンビカ支部所属のファンボと申します。先日起こった海龍事件について、当事者の少年及び、その場に居合わせたオズ・オルフェウス様に詳細な事情を伺うため参りました。事前に面会のお約束をさせていただいているのですが……」
「はい、伺っております。ファンボ様ですね。中へお入りください」
使用人に案内され中へ入ると、外観と同じようにまるで異世界にでも迷い込んでしまったのかと思うほど豪奢な造りの廊下に通される。
さ、流石は、演奏家貴族。随分と羽振りが良いようだ。
「こちらの部屋で、オズ様がお待ちです」
俺が圧倒されていると、気が付いたらオズ様が待っているという部屋に到着していた。
い、いよいよ、オズ様に会えるのか……!
「オズぅぅううううううううっ‼」
「ご、ごめんなさい、おにーさん! 謝るから、引っ張らないでーっ!」
すると、いきなりどこか怒ったような少年の叫び声と、何度もコンサートホールで聞いた事のあるオズ様の美麗な声が聞こえてきた。
「お、オズ様? 海軍の方がお見えになっておりますが、いかがいたしましょうか?」
「あっ、はーい、部屋に通して大丈夫だよ! ほら、おにーさん!」
「くぅ……っ、覚えてろよ!」
使用人が恐る恐る扉を開けると、部屋の中には僅かに赤く染まった頬をさするオズ様と、ベッドの上で全身に包帯が巻かれている複雑そうな顔をした少年がいた。
恐らく、このベッドにいるのが今回海龍を撃退したという少年だろう。
「は、初めまして、私は全海層秩序自衛軍サンビカ支部所属のファンボと申します」
「初めまして、オズ・オルフェウスと申します。本日はお忙しい中、わざわざこちらまでお越しいただき、誠にありがとうございます」
オズ様はそう言って、お手本のような完璧なお辞儀を披露する。
正直、俺よりも百倍礼儀正しい。これが貴族か。
ベッドで寝ている少年も、驚いたように目を見開いている。
「そして、こちらは私の父の友人の息子さんです。名前は——」
「……初めまして、テンジョウアホと申します」
何かを堪えるように、少年はベッドの上からペコリと頭を下げる。
恐らく、まだ海龍と戦った時の傷が完治していないのだろう。
あんなに辛そうな顔をして、可哀想に……。
「ご丁寧にありがとうございます。早速で申し訳ないのですが、彼に当時の状況などを詳しく伺わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「はい、問題ございません」
「ありがとうございます。それでは、テンジョウアホ君。まずは、出身から伺っても良いですか?」
「だ、第二海層にあるブルースです」
「第二海層ですか?」
「は、はい。何か変ですか……?」
「いえ、失礼しました。もっと高い海層の出身だと思っていたので、少し驚いてしまいました。ブルースなら、私も行った事がありますよ。黄金の砂浜がとても綺麗で、近くにある海の家の焼き魚串がとても美味しかったのを覚えています」
懐かしい。最近は第二海層が色々と大変な事になっているようだが、落ち着いたら休暇でもとってまた旅行にでも行きたいものだ。
「はは……っ、僕もそのお店知ってます」
すると、少年の顔が再び引き攣る。
そんなに体調が悪いのか……あまり雑談で、話を長引かせないようにしよう。
「失礼、話がそれましたね。それでは次に海龍が現れた時の状況と、どうやって海龍を撃退したのか教えていただけますか?」
「え、えーっと、僕達が港に居たら突然海龍が現れて……すみません、僕もそれ以上の事は分からなくて……それに、僕は海龍を撃退したというか見逃されただけ何ですけど…………」
「……そうですか。一応、報告書によると悪器のような物を所持しているという事ですが?」
「は、はい」
「詮索するようで申し訳ないのですが、どのような物で、何故持っているのですか?」
「……持っているのは、この指輪です」
少年はそう言って、蛇のような刻印が刻まれた黒銀の指輪を見せてくれる。
「これは……し、死んだ姉の形見でして、肌身離さず持っていなさいと言われていました」
「そうなんですね……申し訳ございません。辛いことを思い出させてしまいました」
「い、いえ……」
「では、その悪器の能力で海龍に……見逃されたと?」
「はい、海龍を海まで追い返すことは出来たんですけど、どうやらそれが癇に障ったらしくて、身体を何箇所か齧られてしまいました。何とか指輪の力で逃げる事は出来たんですけど、この有様です」
……少年は何てことないように笑って話すが、生きたまま身体を喰われるなど想像しただけでも恐ろしい。
それは、目の前の少年の惨状を見ても明らかだ。
「……テンジョウアホさん。改めて、この国を守っていただき本当にありがとうございます。後は我々海軍に任せて、ゆっくりと療養してください」
「そ、そんな大した事はやってないですよ。頭を上げてください」
俺が頭を下げると、テンジョウアホさんは慌てたように手を振る。
どうやら、謙虚な上に心優しい少年のようだ。
こんな状況じゃなければ、海軍にスカウトしたいくらいだな。
「では、最後にお聞きしたいのですが、海龍の弱点のようなものはありましたか?」
「弱点のようなものは分からないんですけど……群れの個体を傷つけると、途端にバラバラに行動し始めて、それぞれが酷く凶暴化するので気をつけてください」
「なるほど……ありがとうございます。きっと、この情報は多くの海兵の命を救うでしょう」
「いえ、そんな……」
「では、最後にオズ・オルフェウス様。申し訳ないのですが、一つだけお願いがございます」
「はい、何でしょうか?」
「その……もし、よろしければなのですが…………こちらに、サインをいただけませんか!」
その瞬間、初めてオズ様の顔に動揺が走る。
そのお顔はまるで年相応の子供のようで、とても微笑ましかった。




