ご機嫌取り?
「姉御! 肩をお揉みましょうか!」
「触るな」
「失礼しやした!」
「姉御! お刺身はいかがですか!」
「それは、私達のお弁当用の刺身だろ。勝手に手を付けるな」
「すいやせん!」
「姉御! お飲み物はいかがいたしましょう!」
「何でもいい」
「かしこまりやした!」
穏やかな昼下がり、船の上ではいつもと違う騒がしさに包まれていた。
「……ロバーツ船長」
「なんだ」
「何故、俺達はあの女の召使いみたいなことをしなきゃいけないんですか」
「仕方ないだろう。お嬢ちゃんの機嫌を損ねれば、我々は一人残らず海の底か、最悪【悪食】の夕飯になってしまう」
「はぁ……」
アルバートは情けなさそうに溜息を吐くと、操縦席に戻っていく。
ふむ。やはり、アイツは固いな。
【悪食】が現れた後、お嬢ちゃんに脅された私達は第二海層に引き返さず、いつまた【悪食】に襲われるかも分からない黒海をなんとか生きて抜け出すことが出来た。
現在は、絶賛この船の実質的な支配者になったお嬢ちゃんに、また船を壊されないように機嫌を取っている最中だ。
まあ、むさ苦しい航海が続いていたせいか、思いのほか船員達は喜んで見た目だけは可愛らしいお嬢ちゃんのためにせっせと尽くしているようだがな。
「おい、ジジイ」
「何だい、お嬢ちゃん」
「コイツ等は一体何なんだ? 鬱陶しいことこの上ないぞ」
「お嬢ちゃんがあまりに可愛いから、少し舞い上がっているのだろうさ」
「それは当然だが、それにしても鼻息が荒すぎて不愉快だと言っているんだ」
「まあ、気持ちは分かるが……しかし、彼等がいないと船を動かすことは出来んぞ?」
「……はぁ」
お嬢ちゃんは疲れたように溜息を吐くと、船員に持って来させた高級そうなワインボトルに口を付ける。
……あれ? お嬢ちゃんが飲んでるのって、私の部屋に隠してあった秘蔵のワインじゃね?
「おい、お前等。この船は、もっと早く移動出来ないのか」
「申し訳ございやせん。先程の戦闘で、動力室もダメージを受けていて……」
「穴や故障個所は、全部私が直してやっただろ」
「それが、動力室が損傷している間にエネルギー漏れが起きてしまいまして……一度陸でちゃんとしたメンテを行わないと、どうにもならないんですよ」
「……そう」
「すみません、姉御……どうか、使えない俺を罵ってください」
「いや、姉御。コイツだけの責任じゃありません。自分も一緒に罰を受けます」
「お、オイラも」
「おい、お前等! 何どさくさに紛れて脱いでいるんだ! さっさと服を着ろ! この変態共め! 吐き気がする!」
「「「ありがとうございます!」」」
お嬢ちゃんが蔑んだ目で睨むと、船員達は興奮したようにお礼を言う。
ちなみに補足すると、砲弾でも傷つかなかった動力室を完膚なきまでにぶっ壊したのはお嬢ちゃんだったりする。
つまり、完全なるマッチポンプなのだが……まあ、それはともかく、アイツ等何だか本気で気持ち悪くないか?
おかしいな。私の船には、いつからこんなに変態が紛れ込んでいたのだろう?
「はぁ……、蒼が恋しい」
「……天条君は、本当に生きているのかね? 一度は天条君を見捨てた私が言うのも何だが、黒海からはもう随分と離れてしまったぞ?」
「生きている。確かに存在を感じるもの」
お嬢ちゃんはどこか諦めたようにも見えるような視線で地平線の先を見つめながらも、強い確信を込めてそう呟く。
……この悪魔みたいなお嬢ちゃんも、天条君のことになると普通の少女と変わらんな。
しかし、色々な意味であの少年は何者なのだろうか。
欠片も躊躇わずに黒海に飛び込み、【悪食】を呼び出したというだけでも驚きなのに、お嬢ちゃんの話が本当なら人食い鼠の狩り場となった黒海から単身で生きて逃げ延びたという。
普通ならおとぎ話だとしても信じる気にならんが、お嬢ちゃんが指示した船の行き先は、間違いなく黒海から一番近い国である音楽国家サンビカだ。
お嬢ちゃんがその事に気が付いているかは知らないが、それが妙に話にリアリティを持たせている。
「やはり、あの女の弟ということか……」
「何か言ったか、ジジイ?」
「うん? 私は今何か言ったかい? すまんな。年を取ってから、無意識に独り言を言っていることが増えてね。気にしないでくれ」
「そう。可哀想ね」
「ははっ、君達もいずれこうなるさ」
「……ならないわ」
「うん?」
「お前みたいな、耄碌したタバコ臭い老人にはならないと言っている」
「いや、そこまで言うかね⁉ お嬢さん、いくら天条君がいないからって、ちょっと本性出し過ぎじゃぞ⁉」
「当たり前じゃない。私、お前達にいくら嫌われても平気だもの」
「姉御! 俺達は、どんな姉御にだって一生ついて行きます!」
「これからも姉御の手となり足となり、全力で尽くしていく所存です!」
「お、オイラも!」
「キモ過ぎ」
「「「ありがとうございます!」」」
「……いや、待てっ⁉ そもそも、お前達は私の部下だろうが⁉」




