追撃
「うーん……」
「どう? お友達は見つけられそう?」
「……いや、見当たらないな」
案の定というか、ロバーツさんの船である特徴的な黒船は見つからない。
僕は試しに、港で暇そうにしている人に声を掛けてみる。
「あのー……」
「あん? 喧嘩か?」
「違います」
「じゃあ、何だよ」
「いえ、大きな黒い船を見たことありませんか?」
「あー、あるぜ。誰が乗ってるかまでは知らねえが」
「そうなんですか。最近、港で見かけたりしませんでしたか?」
「見てねえなぁー」
「……ありがとうございます」
僕は肩を落とすと、お礼を言ってその場から離れる。
あまり期待はしていなかったが、それでも心のどこかではもしかしてと思っていた分、反動も大きい。
まあ、例え無事だったとしても船は相当なダメージを追っていたはずだ。修理に手間取って、まだ港に辿り着けていないだけかも知れない。
「……天条おにーさん」
「あはは……っ、やっぱり駄目だったみたい」
「悲しい?」
「うーん、悲しいというよりは心配かな。いつも予想のはるか最悪を上回るヤツがいるから、そいつが船の人達に迷惑をかけていないといいんだけど」
僕はそう笑いながらも、本心ではサズ子が心配でしょうがない。
サズ子はいつも無駄に尊大で自分以外の全てを見下している、世の中を完全に舐め腐った歩くビリビリ棒のような奴だが……きっと、本来ならそれが許されるだけの存在なんだろう。
しかし、決して無敵ではない。
僕は今でも夢に出てくる、サズ子の悲痛過ぎるほど切実な叫びが忘れられない。
また、泣いてないと良いんだが……。
「……おにーさんは、その人の事が大好きなんだね」
「えっ、別にそんな事はないぞ?」
「……あれ⁉」
「だって、アイツは我儘で嘘吐きで最悪で、良い所なんて本当に一つも無いからな。まあ、でも、大切には思ってるよ」
「どうしよう、急におにーさんの言っていることが分からなくなってきたよ」
「うん、僕も良く分かんないや。だけど、きっと誰かを大切に思うのに理由なんてないんだよ」
「ふーん、そういうものなの?」
「たぶんな。ごめん、僕も上手く説明出来ないんだ」
僕はそう言って、オズの頭をポンポンッ優しくと叩いてやる。
「……じゃあ、誰かを大切に思えないのには理由があるのかな?」
「え?」
「なんでもなーい」
オズは、何やら誤魔化すように首を横に振る。
「それより、これからどうするのさ。まさか、また海を泳いで探すなんて言わないよね?」
「うーん……」
「言、わ、な、い、よ、ね?」
オズは笑顔だが、少しだけ怒った声音で僕に圧をかけてくる。
「……でも、ごめん。やっぱり、心配だからさ」
「それでおにーさんが死んだら、まだ生きているかも知れないお友達はどう思うのさ?」
「死なないよ。だって、僕は宇宙人だからね」
「まだ、その設定続けてたんだ……」
少年は呆れたような顔をすると、しょうがないとばかりに海の前に立つ。
「馬鹿で強情なおにーさん。ここを通りたかったら、僕を倒してから行くんだね」
「おい、馬鹿は余計だろ。それに、そんな古いRPGみたいな……」
「RPG?」
「いや、何でもない」
「もーっ! さっきから、ずーっと訳の分からないことばかり言って! いい加減、僕も怒るんだからね!」
少年は抱えていたラッパを地面に置くと、胸一杯に息を吸う。
「——罰として、海の怖さを思い出させてあげるよ」
その瞬間、周囲の音が消え去るほどの凄まじい美声が辺りに響き渡る。
「オズ……?」
僕は突然歌い出したオズに戸惑いながらも、その天使のような歌声に圧倒されてしまう。
今まで色んな音楽を聴いてきたけど……こんな感覚、生まれて初めてだ。
僕がオズの歌声に聞き入っていると、突如ゾワリという悪寒が僕を襲う。
何故かは分からないが、急に色々な事を思い出してきた。
幼い頃に見た、世界を切り取ったような夜の海。
海岸で不良達にリンチされたこと。
海の中で出会った、信じられないくらいの巨大な目。
……気が付いたら、僕の身体は小刻みに震えていた。
「どう? 海が怖くなってきたんじゃない?」
「オズ……これは、お前が何かしたのか?」
「ううん、僕は別に何もやってないよ? ただ、歌詞に感情を込めただけさ」
「歌詞に、感情を……?」
「そうだよ。歌は人の想いを伝えるものだからね。悪いけど、おにーさんが本質的に持っている海への恐怖を思い出させてもらったよ」
歌でそんな事が出来るなんて信じられないが、あの歌声を聴いた後だと不思議な説得力がある。
「さあ、おにーさん。変な自殺願望なんて捨てて、暫くこの国でゆっくり休みなよ。その間におにーさんの友達がこの国に辿り着くかもしれないし、宿に泊まるお金がないって言うなら、僕の家を貸してあげるからさ」
「……オズ、何でそこまで——」
その時、オズの背後の海から巨大な水柱が立った。
「え?」
オズは驚いたような顔で、背後を振り向く。
「蒼い鼠……?」
激しい水飛沫が収まり姿を現したそれは、まるで一つの生物のように何十にも重なった海龍の群れだった。
「危ない!」
海龍はそのまま、オズの方に倒れてくる。
僕は咄嗟にオズを抱きかかえると、その場を飛び退く。
地面に叩きつけられた海龍はあちこちに散らばると、その真っ赤に染まった目を一斉にこちらに向けてきた。
ま、まさか、僕を追ってここまで来たのか⁉
「あ、あれは……? ま、まさか……あ、【悪食】だぁーっ!」
「な……っ⁉ 嘘だろ⁉ 何で海龍がこんな所に現れるんだよ⁉」
「知るか! いいから、早く逃げろ! 喰われるぞ!」
「早街にいる奴等にも、急いでこの事を……いや、まずは海軍を呼べっ!」
港にいた人達は瞬く間にパニックになり、その場から逃げ出す。
「お、おにーさん! 僕達も早く逃げなきゃ!」
「……オズ、先に逃げろ」
「え、おにーさん……?」
僕はオズを下ろすと、右手の親指に嵌っている大振りの指輪を見る。
この指輪は新しく出来た、僕のもう一つの悪器だ。
「【黒銀の腕】」
強烈な悪意を瞳に宿した大蛇をイメージしながらそう呼びかけると、指輪からは銀のような液体が溢れ出し、僕の腕を覆うと黒銀のガントレットに姿を変えた。
「アイツ等を、一匹残らず海に押し戻してくれ」
僕の声に呼応するかのようにガントレットの鱗のような装飾品が上を向くと、次の瞬間、隙間から大量の銀が勢いよく噴射される。
そのまま銀は蛇のようにうねりながら、薙ぎ払うように鼠達を飲み込んで海に落としていった。
だが、きっとまだ終わりでは無い。
何故か、僕の中にはあの鼠達が絶対にまた戻ってくるという確信に近い予感がある。
僕が覚悟を決めて海へ一歩近づくと、後ろからオズが慌てたように僕の服を引っ張ってきた。
「お、おにーさん⁉ 何をするつもりさ⁉」
「ちょっと海に潜って、あの鼠達を追っ払ってくるよ」
「む、無理だよ! 死んじゃうよ!」
「やってみないと分からないだろ?」
「分かるよ! おにーさんのバカ! おにーさん、本当は海を見るのも怖くて仕方ないくせに!」
そんな事はない。
オズにそう言おうと思った瞬間、僕は自分の足が震えているのに気が付いた。
……はぁ、情けない。
「……怖いさ。けど、怖いとか関係ない。やるか、やらないかだ」
僕は兄貴の口癖を借りながら、オズの手を優しく振りほどく。
海の前まで来ると、いよいよ心臓が爆発しそうなほど鼓動が加速していく。
……大丈夫。僕はこの世界に来て多少は強くなったし、理屈は良く分からないが海で溺れる事も無い。
「ふぅー……っ!」
僕は自分の胸を思いっきり叩くと、勢いよく海に飛び込む。
海に入った瞬間、一瞬恐怖でパニックに陥りかけたが……不思議とすぐにスーッと恐怖が引いていくのが分かる。
……ほら、やっぱり海なんて何てことない。
それより、問題は目の前で怒ったようにこちらを睨み付けている海龍だ。
「お前等、僕をこんな所まで運んだ上に襲い掛かってくるなんて、どういうつもりだ!」
僕がそう叫ぶと、鼠達は威嚇するように毛を逆立てる。
そこに、ガイアのような友好的な雰囲気は一ミリも感じない。
……やっぱり、サズ子の言う通りスキルを持っていない僕の言うことを海龍達は聞いてくれないみたいだ。
「【黒銀の槍】」
僕は人差し指に付けている蛇が這いずったような刻印のある指輪に、人間状態のサズ子のイメージを送る。
すると、指輪は一瞬で太陽を象った黒銀の槍に姿を変えた。
「僕は、出来ればお前達と戦いたくないんだ。ガイアにはたくさん助けて貰ったし、ガイアの仲間であるお前達を傷つけたくはない」
僕が戦闘態勢になったのを感じたのか、鼠達は本格的に陣形を組んで僕に敵意を向けてくる。
やっぱり、戦闘になってしまうのか……。
それにしても、一体コイツ等の目的は何なんだ?
僕を殺したいなら、タイミングはいくらでもあっただろうに。
『おい、小僧。契約は覚えているな』
その時、ガントレットから憎々しげに僕を呼ぶ声がする。
「サズ子……」
『サズウェルと呼べ。それは、主人格の名前だ』
「……サズウェル。契約っていうのはつまり、船の中でサズ子から聞いた話のことか?」
『そうだ。お前の身体は、すでに私達のものでもある。だから、お前が死にそうな時は力を貸してやる。ただし——』
「自分から死に繋がるような行動はするな。だろ? 分かってるよ」
……全く、あれだけ僕を呪い殺そうとしてた奴がよく言う。
僕が呆れたように溜息を吐くと、サズウェルはイラッとしたように毒を吐く。
『勘違いするなよ。私はお前が死のうが生きようがどうでもいい。いや、むしろ出来るだけ惨く死んで欲しいとすら思っている』
「最悪のツンデレだ……」
きっと、世界中探してもこれ以上げんなりするツンデレ構文を使う奴はいないだろう。
『とにかく、私が言いたいのはしょうもない理由で手を抜いて、あの程度の畜生どもに殺されるなよということだ。さもないと、私がお前を殺してやるからな』
「あーもーっ! 結局、お前は僕に生きて欲しいのか死んで欲しいのかどっちなんだよ⁉」
『心の底から死んで欲しい』
「お前、今すぐ僕の右腕から出て行けーっ!」
僕達がそんなコントみたいなやり取りをしていると、ついに痺れを切らしたかのように海龍が襲いかかってくる。
「サズウェル!」
『チッ』
すると、舌打ちと共にガントレットから大量の銀が溢れ出し、僕の姿を隠す。
鼠達はそのまま何もない場所を通り抜け、戸惑ったかのように一瞬陣形を崩した。
「ごめん!」
僕はその隙を逃さず、銀の中から飛び出すと何匹かの鼠を斬り裂いた。
これで逃げてくれればいいんだけど……。
『馬鹿がっ! 言ったそばから、油断をするな!』
サズウェルがそう叫んだ瞬間、鼠達はブルブルと痙攣し、弾けるかのようにあちこちに飛び散ると狂ったように海の中を暴れまわる。
「痛っ!」
僕はそのうちの何匹かに噛みつかれたのか、激しい痛みが身体中を駆け巡ると、同時に周囲の海が赤く染まる。
『……っ! 海から出るぞ!』
すると、ガントレットから銀が噴射され、僕は海から打ち上げられるように飛び出した。
「おにーさん!︎ 大丈……っ⁉」
港に叩きつけられるように海から出てきた僕の元に、まだ逃げずに港に残っていたオズが慌てて駆け寄ってくると息を飲む音が聞こえる。
恐らく、僕の身体のあちこちが海龍によって深く喰い千切られ、身体から流れ出た血が周囲の地面を赤く染め上げているからだろう。
まだ子供のオズには刺激が強すぎる。悪いことをしてしまったか……。
しかし、今はオズの心配している暇はない。
僕は激しい痛みをグッと堪えると、槍を杖代わりにして立ち上がり、海の方を睨む。
「サズウェル! 海龍は⁉」
『……安心しろ。どうやら、引いたようだ』
しかし、海龍の追撃を警戒しながらガントレットから銀を垂れ流し、海の様子を伺っていたサズウェルは、さっさと銀を引っ込めるとガントレットから指輪の形に戻る。
たぶん、もう海龍達が襲ってくることはないと判断したのだろう。
「ってことは、何とかなったのか……良かった」
「何も良くないよ⁉ 早く止血しないと!」
オズの焦った声を聞きながら、僕は急に全身が謎の安心感に包まれるのを感じる。
怪我は思ったよりも酷くないのかな?
「オズは、怪我してないか……?」
「……っ! 怪我してるのは、おにーさんの方じゃないか! バカ! バカバカバカバカ! 本当に、死んじゃうかと思ったんだから!」
ポロポロと大粒の涙をこぼすオズを見て、僕が慰めようと腕をあげた瞬間……突然感じたことの無い激痛が僕の身体に走る。
「……? おにーさん? しっかりして、おにーさん!」




