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音楽国家の流行


「何見てんじゃゴラァ!」

「ぐはぁっ!」


 男の子に案内され街に入った瞬間、見知らぬ男にぶん殴られた。


「えっ、何事⁉」

「お前、今俺のことを見ただろ⁉」

「いや、たまたま視線があっただけですよね⁉」

「だから、どうした!」


 そう言うと、男は再び僕に殴りかかってくる。

 一切状況は分からないが、このまま大人しく殴られてやる訳にもいかない。

 僕は伸ばされた男の腕を取ると、背負い投げのように男を地面に叩きつけた。


「ぐあっ! ……クソッ、やるじゃねえか、ダチ公」

「誰がダチ公だ⁉︎」

「一度拳を交えたら、その瞬間からもう俺達親友だろ?」

「少なくとも、僕は友情にそんなステップを求めてねえよ⁉」


 僕がそう叫ぶと、男は残念そうに立ち上がってトボトボと何処かへ去って行ってしまった。


 無駄に罪悪感を刺激されるが、正直視線があっただけで殴りかかってくるような危険人物なんかと関わりたくはない。


「おにーさん。見かけによらず、結構強いんだねぇー」

「まあ、体術だけはそこそこ……それより、何で僕は街に入った瞬間からこんな目に遭わなきゃいけないんだ? この街では、これが普通なのか?」

「今はそうだねー」

「え⁉」


 冗談で言っただけなのに、肯定されてしまった。


「マジ?」

「マジだよー。今この国では、喧嘩が流行ってるんだ」

「喧嘩が流行るってなに⁉」

「音楽国家と名高いこの国では、色々な国から人が観光しに訪れる。だから、流行にはとーっても敏感なんだよ。最先端を突き走っていると言ってもいい。そんな日々流行が変化していく中で、最近では()()が流行し始めたんだよ。今では夫婦でも笑顔で殴り合う。それが、この国の普通になりつつあるんだ」

「そんな馬鹿な……」


 僕は信じられない気持ちで街を見渡すが、視界に映るのはそんな流行を否定するような綺麗な街並みばかりだ。

 荒れている様子など、欠片も見受けられない。


 ガッシャァァアアアアン!


 すると、突然目の前に店の窓を突き破って血だらけの男達が出てきた。

 慌てて止めようとするが、男達は血だらけになりながらもお互いの襟首を決して離さず、満面の笑顔で殴り合っている。

 まさに、異常としか言いようがない光景だ。


 ……どうしよう、一刻も早くこの国から逃げ出したくなってきた。


「あははっ。まあ、そんなに怖がらなくても、みんな本気で喧嘩をしている訳でもないし、案外喧嘩した後の方がお互いに遠慮がなくなって、より仲良くなれたりするもんなんだよ? 見ててー」


 そう言って、男の子は近くにいたボディービルダーのような筋肉隆々の大男の元に走っていく。


 ……まさか?


「おーじさん♪」

「あん? 何だガキ」

「えいっ☆」


 男の子は天使のような笑顔を浮かべると、その柔らかそうな拳で大男のふくらはぎ辺りを触れるように殴る。


「危ない!」


 気が付いたら、僕は走り出していた。


 喧嘩が流行っているとかいうこの国には、初対面であろうが遠慮なく人の顔を全力でぶん殴る頭のおかしい奴が捕まることもなく平然と過ごしている。

 そんなサイコパス予備軍で溢れているこの国住人なら、きっも相手が子供だろうが容赦はしないだろう。


 もし、あんな大男にあの子が手加減なく殴られるような事があったら、最悪怪我だけでは済まないかも知れない。


「……うわぁーっ! やーらーれーたぁーっ!」


 しかし、僕の予想に反して、大男はだらしない笑顔で地面に倒れるフリをする。


「あれ……?」

「ほらね! こんな風に、この国の人達は根が良い人達ばかりなんだ! だから、そんなに不安がらなくても大丈夫だよ! 嘘だと思うなら、騙されたと思っておにーさんも優しくこの人を殴ってみてよ!」


 男の子は倒れた大男を両手で引っ張って起こしてあげると、唖然としていた僕に向かって笑顔でそう言う。


 正直とても信じられないが、男の子に起こされた大男はさあ殴れと言わんばかりに笑顔で胸を張りながらこちらをジッと見ている。


 ……。


「……えい☆」


「ぷぅぅるぁぁぁぁああああああああああああああっ‼ 何しくさるんじゃあこのクソガキィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ‼」

「ぐぺらぽっ⁉」


 猛牛のような咆哮が聞こえた瞬間、突然視界が450度くらい回転して、気が付いたら僕は地面に倒れていた。


「あっはっはっはははははははっはっはは! おにーさん! 大丈ぶふぅーっ!」

「おい、坊主。怪我はないか?」

「……お前等の情緒は、一体どうなってんだよ⁉」


 普通に騙された!

 こんな事になるだろうと分かっていたのに、乗せられた自分が悔しくてたまらない!


 あと、このクソガキ笑い過ぎだろ! 笑い方が不愉快極まりないんだよ! 馬鹿が!


「それじゃあ、おじさん! ありがとうねーっ!」

「おう、あんまり走って怪我すんじゃねーぞ、坊主共!」

「僕は現在進行形でアンタに殴られた頬が痛くてしょうがねえよ!」

「はっはっはっ!」


 そうして、大男は去って行った。


 ……お前も笑ってんじゃねーぞ、コラ!


 また殴りかかられても困るので、心の中でだけそう悪態を吐いておく。


 べ、別にビビってるわけじゃないからな!


「はぁー……おにーさんって、すっごく面白い人なんだね! こんなに笑ったの久しぶりだよ!」

「全然不本意だけど」

「またまた~」

「いや、本当に」


 男の子はニコニコと笑いながら、僕の身体を分かっているというようにぺちぺちと叩く。

 ……見た目は天使のような美少年なのに、何故かサズ子を相手にしている時のような鬱陶しさがある子だな。


 しかし、だからと言って、出会ったばかりの子共に対して、サズ子のように雑に相手にするわけにもいかない。

 僕は男の子を無視すると、遠くに見える港の方へ向かう。


 ロバーツさん達がこの国に来ているのなら、きっとあそこに船があるはずだ。


「ちょっと、おにーさん! 急に黙って置いていかないでよーっ!」

「はぁ……君はいつまでついてくる気なんだい?」

「ほっ!」


 しかし、男の子は僕の質問には答えず、ジャンプしながら何かを捕まえるように手を合わせる。


「ふーっ、危ないなぁー。はい、おにーさん! ため息吐くと、幸せ逃げちゃうよ?」

「……ありがとう」


 僕は無邪気に閉じた両手を差し出してくる男の子にお礼を言いながら、男の子の頭を撫でる。


 ……凄いあざといけど、それでもこんな小さい子供に笑顔を向けられては無碍には出来ない。

 それに何だかこの子の笑顔を見ていると、腹の底から湧き上がっていたイラつきが急激に収まっていくのを感じる。


 憎めない子というのは、きっとこういう子のことを言うのだろう。


「……それは、君にあげるよ」

「え、いいのー?」

「うん」

「ありがとう、おにーさん! やっぱ、良い人だ!」


 少年は僕の手に頭をこすりつけるようにぐりぐりとしてくると、両手を口元に近づけて息を吸う。

 ……幸せって、そうやって吸収するのね。今度僕も真似しようかな。


「あっ! そういえば、おにーさんにまだ名前を教えてなかったね!」

「そういえば、僕もだ」

「ほんとだ! じゃあ、お互いに自己紹介しようよ! 僕はオズ! オズ・オルフェウス!」

「僕は、天条蒼。よろしくな、オズ君」

「オズでいいよ! これから、よろしく! 天条おにーさん!」

「分かったよ、オズ」


 僕は自然と差し出されたオズの手を取りつつ、そのまま兄弟のように手を繋いで一緒に港に向かう。


 ……ロバーツさん達、無事だと良いな。


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