悪食
「……最悪」
「お、お嬢ちゃん、落ち着け!」
「馬鹿なことを考えるな!」
現在、私は加齢臭漂うジジイと身体だけ無駄にデカいでくの坊の二人に女相手にやるとは思えないほど容赦のないボディプレスをされ、完全に身動きの取れない状態に陥っていた。
ああ……、何故か蒼が急激に遠くへ移動し始めている。嫌な予感しかしない……きっと、また厄介事に巻き込まれたのだろう。
私が近くにいれば、こんな事にはならなかったのに……この二人が何を勘違いしているのかは知らないが、これだから善意は嫌いなのだ。
「天条君が何を考えていたのか知らないが、お嬢ちゃんまで黒海に飛び込んではいかん! 二度と海面に上がれずに溺れ死ぬぞ!」
「おい、気安く私に触るな。お前の加齢臭が私に移ったらどうする」
「いや、急に口悪っ⁉︎」
苛立ちのまま、私を助けたと勘違いしている馬鹿共にとびきりの嫌味を放つが……どうやら、まだ拘束を解く気はないらしい。
面倒臭いのでさっさとスキルでも使って、この船ごとコイツ等を海に沈めてやってもいいのだが……蒼に合流した後が怖い。
「とにかく、蒼は死んでないし私も死なないから離して」
「馬鹿を言うな! 君達は、黒海を知らないのか⁉︎」
「そんな訳がない。ていうか、いい加減本当に迷惑。中年のお節介ほど、鬱陶しいものはない」
「いやだから! さっきから、何で君はそんなにも当たりが強いのかね⁉︎ 天条君と楽しそうにおしゃべりしていた時と温度差があり過ぎて、私は風邪を引きそうだよ!」
「長文うざい♪ 息も臭い♪ いい加減分かれよ、お前等不快♪ オッサン二人に絡まれて、私の気分は超CRY♪ Yeah♪」
「……船長、コイツ助ける意味ありますかね?」
あまりにも鬱陶しいのでラップ調でコイツ等をディスって遊んでいると、不意に遠くにいる軍艦の様子が騒がしくなっていることに気が付く。
先程まで、あれだけバカスカ砲弾を撃っていたのに……何かあったのだろうか。
「あ、アレは……まさか、【悪食】か⁉」
「【悪食】?」
すると、私の視線で軍艦の異変に気が付いたのか、中年おやじが驚愕しながらそう叫ぶ。
聞いたことない単語に首を捻りながら、何か異変が起こっていないかと軍艦を注視していると、地平線に並ぶ軍艦の内の一隻が、周りの軍艦よりも僅かに沈んでいるような気がする。
私が目を凝らしてよく軍艦を観察してみると……黒海のせいで気付きにくかったが、軍艦の底に僅かに黒い影が蠢いているのが見えた。
「蒼い……鼠?」
「……っ! やはりか! おい、アルバート! 今すぐ逃げるぞ!」
「分かりました!」
「いいか、お嬢さん! 絶対に黒海には入るなよ! 今飛び込んだら、アイツ等に生きたまま喰われるぞ!」
「待て、どういう事だ。アレは、一体何なんだ。説明しろ」
「そんな事も知らんのかね⁉ アレは、海龍ジョルノ! 個にして群の悪食鼠だ!」
「海龍?」
私は再び軍艦に視線を戻すと、海龍らしい鼠の群れがへばりついている軍艦はすでに船の半分ほどが海に沈んでいた。
……いや、【悪食】ということはまさか、あれは沈んでいるのではなく船底を鼠に喰われているのか?
そのまま数秒もしないうちに最初の軍艦が完全に黒海に沈むと、他にも高さが目に見えて分かるくらいの速度で変わっていく船が何隻も現れ始めた。
すると、まだ被害に合っていない軍艦は慌てたように何処かへと引き返し始める。
「もしかして、これは蒼が……?」
「おい、お嬢ちゃん! これから、第二海層に戻る! 天条君のことは、悪いが諦めてくれ!」
「……は?」
その瞬間、私は思わず自分の耳を疑った。
私がバッと後ろを振り向くと、蒼があれほど良い人と言って喜んでいた男は、何も言わずに痛ましそうな顔で首を振る。
……ほらね、蒼。結局これが人間だよ。
「ふざけるな。誰のために、蒼が黒海に飛び込んだと思っている」
「……目的は分からないが、天条君が我々のために海に飛び込んだのは何となく分かっている。しかし、このままでは我々もあの悪食共に喰われるんだぞ」
「……そっちがその気なら、私にも考えがある。【千変万化】」
私がスキルを使うと同時に、船全体に聞こえるほど大きな音でバチンッという不穏な音が響く。
「ろ、ロバーツ船長! 大変です! 突然、船が止まりました! 一切の制御が効きません!」
「な、なに⁉︎ お、お嬢ちゃん! 一体、何をしたんだ⁉︎」
大男が操縦室から飛び出してくるのを見て、老いぼれが焦ったように私を見る。
「船の動力部を破壊した。直して欲しければ、このまま私の指示した方向に船を動かせ。そうしなければ、私はこのまま船を沈める」
「馬鹿なことを言うな! 君まで死ぬぞ⁉︎」
「……もういい加減、馬鹿を相手にするのはうんざりだ。何故、蒼が黒海に飛び込んだと思う? 何故、お前達が襲われているタイミングで海龍が現れた? 何故、あの鼠共は未だに私達を襲ってこない?」
「それは……」
「もう一度だけ言うぞ。蒼は死んでない。理解したなら、さっさとこの船を東に動かせ。理解出来ないなら、このまま死ね」
細かい位置は分からないが、蒼に付けた右腕の契約跡のおかげで大体の場所は分かる。
あの一瞬で何故あんな遠くまで移動しているのかは分からないが……最悪、死んでいなければそれでいい。
「あと十秒だけ時間をやる。もし、この世界一無駄な時間のせいで蒼に何かあったのなら……最悪の名にかけて、この世の全ての不幸をお前等に味合わせてやるからな」




