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舞台裏


「プハァッ! ハァハァ……」

「蒼、大丈夫⁉」

「ああ……死ぬかと思ったけど」


 海から顔を出すと、空から海を見下ろしていたサズ子が真っ先に僕の元にやってくる。


「しかし、これは酷いな……」

「流石に、私も肝を冷やした」


 僕達は、二人揃って港の方を見る。


 港は……いや、港だったものは、ほぼ全て消し飛んでいた。

 唯一、残っている場所といえば、ちょうど僕の背後に残ったV字型の陸地のみ。


 ……ていうか、これ下手したら街の方まで消し飛んでないか?


 爆発が起こってから、住民のほとんどは避難しているはずだが……少なくとも、市場の方まで地面が見えないぞ。


「突然、二つに分かれた黒い炎が島も海もまとめて焼失させた時には、どれだけ蒼の遺体が残っているのかと……」

「勝手に殺すな! 大体、アレに巻き込まれてたら骨も残らないに決まってるだろ⁉」

「それは確かに。でも、冗談はともかく、本当に無事でよかった。ドゥルジが本調子なら、間違いなく蒼は死んでいた」

「いや、これで本調子じゃないのかよ……」

「うん。あの迷惑女の魂程度では、到底ドゥルジの力を取り戻すには足りない。その証拠に、ドゥルジはずっと人型で戦っていたでしょ?」


 ……ああ、確かにサズ子がディアと戦ってた時は、蛇の姿になってたっけ?

 じゃあ、ドゥルジも同じように人外の姿になれるのか。


 しかし、島の地形を変えるほどの力を持っていながら、本調子じゃないとか……ディアもとんでもない物を渡してきたな。

 僕は槍と一緒に持っている、漆黒の鎌に目を向ける。


「アイツを槍で貫いたら、身体が溶けるように消えて鎌だけ残ったんだけど……」

「心配しなくても、それがドゥルジの本体」

「そっか、良かった……」


 あんな奴を野放しにしてたら、いつ背中から燃やされるか分かったもんじゃないからな。

 鎌が何処かに流される前に、キチンと回収して置いて正解だ。


「それに、色々と新しい発見もあった。結果的に、収支はプラスで終われたね」

「僕には何をどう解釈しても、プラスに思えないんだが……発見って、何だよ?」

「まず、そのガントレット。それは、正真正銘の悪器」

「はい?」


 僕は右手に装備されたまま、一生外れる気配のない黒銀のガントレットを見る。


 ドゥルジと戦っていた時、これのおかげで危ないところを乗り切れたので、何となく呪いの装備じゃなさそうな気がしてきたところだったが……悪器だというのならば、微妙なところだろう。


 ていうか、ぶっちゃけ呪いの装備とあまり変わらない気がする。


「恐らく、槍に残った私の悪意に自我が芽生えて、新しく作られたのがそのガントレット。私の残骸に残った悪意は、どうやらそれだけでも悪器に成れてしまうほど強かったらしい」


 何故か、サズ子は誇らしげに胸を張っている。

 そういうのどうでも良いから、早く外し方を教えてくれないかな。


「そして、自我が芽生えた私の別人格は、どうやら蒼と契約しているっぽい。だから、蒼がピンチになったら力を貸している」

「契約?」

「そう。私が付けた傷跡(マーキング)……もとい、契約痕を通じて、蒼の魂に新たな契約が更新されている」

「おい、今まであえて聞かなかったけど、この傷跡やっぱりお前が付けたのかよ⁉︎」

「……そんな事より、どんな契約をしたの?」

「お前、それで誤魔化せると思うなよ」

「こ、これは、真面目な話。契約内容によっては、私にだって不利益があるかも知れない」


 サズ子はまたアイアンクローをされると思ったのか、僅かに僕から距離を取る。


 ……はぁ、まったく。やっぱり、僕の記憶がない間にコイツは色々とやっていたようだ。

 本当に、コイツは最悪だな。


 しかし、契約か……何かしたっけ?


「ああ、そう言えば……契約なのかは分からないけど、僕とずっと一緒に居てくれみたいな事を言ったな」

「今すぐ、破棄しよう」


 サズ子は一瞬で無表情になると、すぐさま僕のガントレットに腕を伸ばす。


「ちょっ、おいおい⁉ 何する気だよ⁉」

「別人格を潰して、契約を無かった事にするだけ。そしたら、蒼の望み通りガントレットも外れるよ?」

「お前、自分の人格をそんな簡単に潰そうとするなよ⁉」

「自分だからこそ、狙いが見え透いてて許せないことだってある。主人格()の邪魔になるなら、別人格()だって敵と変わらない」

「だ、だからって、潰す事は無いだろ……」

「……逆に、何故蒼はそんなにそいつを庇うの?」

「だ、だって……か、可哀想だろ。別人格だろうと、コイツだってサズ子だ。幸せになる権利はあるはずだぞ」

「……」


 サズ子は暫く難しい顔で考え込むと、深く溜息を吐く。


「はぁ……、分かった。でも、あくまでも別人格は悪意から生まれている。主人格()みたいに、蒼の魂を喰い荒らすかも知れないから、安全確認はさせてもらう」

「わ、分かった」


 サズ子はガントレットに触れると、目を閉じたまま動かなくなる。

 こ、これは、今話しているという事で良いのだろうか?


「……確認は終わった。どうやら、向こうも立場は分かっているみたい。だから、私の害になる事はひとまずない」

「むしろ、お前の害になる事はないという所に、不安があるんだが……」

「私が幸せになるなら、蒼は不幸になっても良いんでしょ?」

「そんな事は、一言も言ってねえ‼」


 どうしよう、激しく不安になってきた。

 やっぱり、サズ子に頼んで契約破棄して貰おうかな……?


「ちなみに、別人格からの伝言。お前は、私を裏切らないと言ったよな? とのこと」

「……それは言いました」

「なら、潔く諦めるしかない。契約は、絶対だから」


 サズ子は良い笑顔でそう言うが、僕はコイツがドゥルジとの契約をあっさりと破り捨てて、海に投げ捨てたことを忘れてはいない。

 ていうか、今考えたらドゥルジがあれだけ怒っていたのも当然な気がしてきた。


「それでガントレットなんだけど、蒼が念じれば槍と一緒に指輪に戻るらしい」

「あれ? でも、僕はこれまで何度も念じてたぞ?」

「今までは、ガン無視してたらしい」

「お前等は、本当に別人格なのか? どっちも最悪なんだが?」

「それが、貴方が受け入れた私達だからね」


 ……はぁ、本当に失敗した。後悔先立たずとは、この事だろう。


「それで、もう一つなんだけど……っ!」


 その時、サズ子が焦ったような顔で素早く海に潜ると、僕の手から鎌を奪い取る。

 しかし、鎌からゆっくりと伸ばされた黒い炎は、コンマ一秒のところで僕の右肩の傷跡に触れた。


 その瞬間、全身にゾワァッという鳥肌が立ち、肩まで伸びていた傷跡が首元に向かって僅かに広がったのが、感覚で伝わってきた。


「チッ、油断した……っ! ドゥルジ! お前、どんな契約を蒼と結んだんだ⁉︎」

「教えなーい☆」


 すると、鎌から甘い毒のようなドゥルジの声が聞こえてくる。


「……ふざけるなよ。私は、お前をここで破壊しても良いんだぞ」

「きゃははっ! 私を殺したら、お前のお気に入りにどんな厄災が降りかかるか分からないぞ? それに心配しなくとも、そこまで悪い契約内容じゃないさ」

「良いから、早く言え!」

「簡単だ。そこの人間に私の力を貸してやる代わりに、私を天海まで連れて行って貰う。ただ、それだけだ。どれだけ私の力を使ったって、それ以上の代償は何も貰わない。破格な契約内容だろう?」

「何が破格だ……っ! 人の魂を喰らわなければ、まともに力が使えないくせに! 私の影響で蒼の魂に手が出せないお前なんて、ただのお荷物と同じだ!」

「そんな酷いこと言わないでよ~。私はただ、元の世界に帰りたいだけなんだからさ〜。お前とそこの人間がいれば、簡単だろ? それに、私達は姉妹じゃない。ねっ、お姉ちゃん♪」

「え、そうなのか?」


 突然のカミングアウトに僕が驚いてサズ子の顔を見ると、サズ子は苦虫を百匹くらい噛み潰したような顔をしながら、僅かに首を縦に振る。


「……吐き気がするけど、まあ一応」

「そうそう。だから、これからよろしくね? 人間☆」

「……なるほどな」


 最初に見た時から、何となくサズ子と似ているなと思っていたのだが、まさか姉妹だったとは。

 思い返してみれば、悪い顔をしている時とか確かにそっくりだもんな。


「えっと……、まあ、そういう事なら良いんじゃないか? 別に害はないんだろ?」

「むしろ、百害あって一利なし。コイツは性格も口も顔も悪いくせに、何の役にも立たない事が確定しているゴミ」

「きゃー、こわーい。自分の事を棚に上げて、人の事をディスる奴ほど救いようがないよね。流石、人間に堕ちた女は言う事が違うわ」

「蒼、コイツを海に捨てよう」

「危ないから、止めろって。まあ、そしたら、今度ディアに会った時にでも事情を話して返すことにするよ」


 僕がそう言った瞬間、今まで余裕だったドゥルジが固まったのが雰囲気で伝わってきた。


「…………あの、今までの事は謝るので……それだけは、どうか勘弁してくれませんか」

「いや、態度変わりすぎだろ」


 あれだけ傲慢で凶悪な力を持つドゥルジが、一瞬で見る影もなくなった。

 ディアは一体、どれだけ怖がられているのだろうか……。


「蒼、それは凄く良い考え。あの性悪女に頼るのだけは死んでもごめんだと思っていたけど、ゴミ処理をするには最適」

「お前は黙ってろ、サズウェル!」

「黙ってろは、こっちの台詞だ。このクソ虫。お前はまだ、自分の立場を分かってないのか? これだけ迷惑をかけて置いて、謝罪の一つも無いゴミなんか私達には必要ない。それに、お前も知っていると思うが、あの女は例えどんな契約をしていようと、契約ごと破壊する力を持っているぞ」

「くぅ……っ」

「さて、私達に何か言うことはないのか?」

「…………ご、ご……………………」

「聞こえない」

「……………………ご……めんなさい」


 サズ子はそれを聞くと、とてもいい笑顔で僕を見る。


「さて、それじゃあ、今すぐあの性悪女に会いに行こう。蒼」

「いや、鬼かお前は」


 さっきから様子を見守っていたが、ドゥルジからはちゃんと謝罪も聞けたし、もう迷惑をかけないなら一緒に天海に連れて行ってあげてもいいと思う。


「でも、コイツは言葉だけで全く反省してないよ? むしろ、内心は罵詈雑言の嵐だと思う」

「言っておくが、今のやり取りだけ見てたら、百%お前が悪い」

「はい、病んだ」


 まあ、ぶっちゃけ僕もドゥルジが反省しているとはサラサラ思っていない。

 だって、サズ子の妹だし。


 ただ、こちらには最悪ディアという切り札がある以上、天海に行くという目的も同じなんだし、積極的な嫌がらせはしてこないんじゃないかと思った。


「……はぁ。まあ、今から戻るのも面倒くさいし、今回は特別に許してやるか」

「クソ……ッ、覚えてろよ。サズウェル」

「何だ? 今すぐ、お前をあの性悪女のところに連れて行っても良いんだぞ?」

「……」

「そうだ。お前はそうやって、私の言う事を黙って聞いていろ。私に迷惑をかけなければ、しょうがないからついでに天海に連れて行ってやる」


 サズ子はそう言うと、千変万化と呟く。

 すると、みるみる鎌は小さくなり、黒い十字のピアスへと形を変えた。


「うん、可愛く出来た。流石、私」

「……」


 サズ子はそのまま耳にピアスを刺すと、僕に見せてくる。


「どう? 似合ってる?」

「あ、ああ……」

「なら、良かった。初めてドゥルジが役に立った、歴史的瞬間」

「……クソ……クソぉ………っ!」


 サズ子の満足そうな顔の横で、心なしか悔しそうにピアスがキラリと輝いている。

 ……何だろう、凄く可哀想に思えてきた。


 ボォ―……ッ。


 すると、遠くの方で船の汽笛の音が聞こえてくる。

 僕達がそちらを見ると、一隻の大きな黒船がこちらに向かってやってきていた。

 あの船は……。


「おーいっ! 大丈夫か、アンタ等⁉」


 船が僕達の隣まで来ると、甲板から今朝港に居たおじいさんが身を乗り出しながら、僕達に向かって声をかける。


「午前の便から帰ってきたら、港はねえし、客は浮いているわで、何がなんだか分からねえ! とにかく、今引き上げるから待ってろ!」


 おじいさんはそう言って僕達の方に浮き輪を投げると、船の上から梯子を垂らしてくれる。

 ……さて、この状況をどう説明したものか。


「蒼」

「うん?」

「私に、任せて」



 ****************



「そうか。そんな事があったのか……」


 僕達は船に上がると船長室に案内され、タオルと暖かい毛布を渡されながら事情を説明して欲しいと改めて頼まれた。

 サズ子は詐欺師張りの話術で、海賊が襲ってきたこと。僕達はその間、海の中に潜って避難していたこと。その海賊が港を破壊した後、何処か去って行ったこと。という、ほとんどが嘘の話をさも真実かのように説明すると、おじいさんを納得させる事に成功させていた。


「……アンタらは知らないと思うが、恐らく襲ってきた海賊は第一海層からの脱走者だ。少し前から、いくつもの島がそこから出てきた海賊達によって潰されている」


 第一海層からって……それはつまり、僕達が海軍を滅茶苦茶にしたせいで?


「……でも、だったら、この国の人達は何故ここまで平穏に暮らしているんですか? そんな凶悪な海賊達が出てきているんだったら、上の海層に近いこの国は避難者でもっと溢れかえっててもおかしくないはずなのに」

「海軍が緘口令を敷いているのさ。こんな大事件を大々的に公表しちまえば、それこそパニックになった人々が余計なトラブルを起こして、他海層にまで被害が拡大しちまう。だから、海軍は脱走した海賊達の被害を第二海層のみで抑えるつもりなのさ」

「なるほど……」

「まあ、それでも人の口に戸は立てられねえ。噂を聞きつけた一部の情報通達で、連日第三海層行きの船は満室さ。しかし、第二海層には海軍基地本部があるから、いくらヤバい海賊達が出てきたと言っても、大丈夫だとは思っていたんだがなぁ……こりゃあ、結構ヤバいかもしれねえ」


 おじいさん……ロバーツ船長は、船室にある窓から港の惨状を改めて見る。


「……しょうがねえ。どうせ、あんな港じゃあ船もつけらんねえし、客と船員を守るのも船長の役目だ。このまま、第三海層に向かうとする。黒海の近くには必ず海軍が控えてるし、ここにいるよりは安全なはずだ」


 ロバーツさんは立ち上がると、ドアの方へ向かう。


「アンタ等からは、キッチリと代金を頂いている。本当は倉庫にでも押し込もうと思っていたが、あんな事があった後だ。流石に、疲れただろ。第三海層に着くまでは、この船で一番良いスイートルーム(船長室)で休んでな。飲み物も、勝手に好きなのを飲んでいいぞ」

「あ、ありがとうございます」

「おう。到着時間は、ざっと三時間ってところだ。短いが好きに休め」


 ロバーツ船長はそう言うと、ガチャンと音を立てて部屋を出て行く。


「はぁ……なあ、サズ子」

「さっきも言ったけど。海賊達が脱走したのは蒼のせいじゃないよ。全部、あの女が仕組んだこと。そうだな、ドゥルジ?」

「……」

「おい」

「……なによ~。アンタが黙ってろって言ったんじゃない。私は言われた事を守ってるだけよ~」

「私が話しかけたら、すぐに反応しろ」

「はぁー……、ほんとサイアク……そうよ。あの女は、第一海層から子飼いにした海賊達を解放して、とあるメッセージを、まるでサンタクロースのプレゼントみたいに良い子のみんなに配ろうとしている」

「そのメッセージとは、何だ?」

「……海賊王である私の弟、天条蒼がこれから天海へ行く。興味のある奴等は、海賊でも学者でも海兵でも、誰でも良いから全員集まれ。これから、とびっきりのパーティーが始まるぞ。簡単に要約すると、こんな所ね」

「最悪だ……」

「あらっ、こんな楽しい事ないでしょ? 何と言っても、貴方はパーティーの主役なのだから。だから、私はわざわざ港の船を燃やして、貴方を祝いたい素敵なオトモダチと会わせてあげようと思っていたのに」


 ……ああ、それで港の船を全部燃やしてたのか。有難迷惑の究極系みたいな奴だな。


「ああ、それとあの女は、仲間を募集しているみたいね。アンタの」

「何でだ⁉ 何で、僕のなんだ⁉ そんな危ない文言で集まってくる仲間なんていらないぞ⁉」

「さあね。あと、アンタ海軍から海賊認定されてるわよ。ブルーハーツ海賊団、船長の天条蒼として。噂を流している人物は、言うまでもないわよね」

「もう、滅茶苦茶だぁーっ!」


 ディアは、本当に一体何を考えているのだろう⁉

 これじゃあ、僕の周りには次々と危険思想を持つ奴が集まってくる上に、それ以上の危険人物として海軍からも狙われ続けるってことじゃないか!


「……なるほど。あの迷惑女が、私達に付き纏ってた理由がようやく分かった」

「ダイヤさんが?」

「そう。だって、あの女も第一海層から脱走した海賊の一人だったでしょう? だったら、性悪女のメッセージだって知っているはず」

「……そうか」


 僕は大きく溜息を吐くと、思いきりベッドに倒れ込む。

 情報量が多すぎて、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 もう何も考えずに、このまま寝てしまいたい。


「あっ。そういえば、まだ話して無かったけど、蒼のスキルで一つ分かった事がある」

「僕のスキルで?」

「うん。たぶん、蒼は海にいる間はスキルや魔法の影響を受けない。それと、体力も回復するんだと思う」

「え、マジで?」

「たぶんね。だって、蒼はベッドで寝ている時よりも、海で漂流している時の方が明らかに元気だった」


 いや、それはまあ、サズ子に原因がない訳ではないが……確かに、海で漂流していた時の方がコンディションは良かったと思う。


「それに、ドゥルジの炎の件もある」

「そうよ! 私の炎は、水や真空の中だろうと関係なく気に入らないモノ全てを燃やし尽くすはずなのに! 海に入った途端にそいつに炎が触れられなくなったわ! 一体、何でなの⁉」

「うるさい。耳元で叫ぶな」


 サズ子は鬱陶しそうにピアスを外すと、部屋の隅にポイッと投げ捨てる。


「おい、失くしたらどうするんだ」

「心配しなくとも、後でちゃんと回収する。それより蒼のスキルに関して、ドゥルジに聞かれる方が厄介」


 サズ子はベッドに乗ると、四つん這いになって鼻がくっつきそうなほど顔を近づけてくる。

 人に見られたら、まるでサズ子が僕を襲っているように見えるだろう。

 色々な意味で、凄く心臓に悪い体勢だ……。


「蒼のスキル、【異海の支配者】は間違いなく海から力を受け取っている」

「海から、力を……?」

「そう。そして、力の供給元は恐らく……」


 サズ子は声を出さず、ゆっくりと口だけを動かす。

 僕は思わず、サズ子の薄く洗練された形の唇に目を奪われていた。



 ——力の供給元。それは恐らく……天海に繋がっている。





 ****************



 ~とあるお屋敷~


「はぁ……、全く酷い目に会った」


 お嬢様がこの街から消えて数日後、俺はベッドに横たわりながら屋敷から見える、逆三角形に大きく抉れた港を眺めていた。

 あの大事件の当事者だった自分がこの程度の怪我で済んだのが、運が良かったのか悪かったのかは分からないが……少なくとも、あの三名には二度とこの国を訪れて欲しくはないな。


 ……あの女、ダイヤは死んだのだろうか?

 分からない。分からないが、ギメイが上手くやってくれたと信じよう。

 だって、それが約束なのだから。


 あの日、俺はギメイと取引をした。

 取引の内容は、ギメイがお嬢様を殺す代わりに、俺があの少年と敵対し、俺とお嬢様を敵と認識させるというものだ。


 元々、お嬢様にあの少年を自分の元に連れてくるように命令されていた俺としては、色々な意味で都合の良い話だったのですぐに乗ることにした。

 仮にギメイがお嬢様を殺すにしろ殺されるにしろ、あの少年はギメイを探して勝手にお嬢様の元へ向かうだろうし、俺は少年に敵対しつつ、さりげなくお嬢様の居場所を教えればそれで終わりの簡単な仕事だ。


 まあ、適当に負けたフリをしようとして思わぬ反撃を喰らってしまったのは唯一の誤算だったが……あの惨状を見れば、これも許容の範囲内だろう。


 コンコンッ。


「どうぞ」


 思考の海に沈んでいると、軽やかなノックの音がしたので返事をする。

 すると、思わずドキッとするほどお嬢様に似た美しい女性が姿を現す。

 この女性は、クロムハーツ家の第二子女、つまり、お嬢様の妹であるパール・クロムハーツ。


 そして、俺の婚約者でもある。


「お加減はいかがですか、アラン様」

「大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ございません……俺は貴女様の護衛なのに、こんなに情けない姿を晒して……」

「良いんです。だって、私達はもうじき夫婦になるのではないですか。こういう時くらい、私を頼って下さい」


 パールはお淑やかに微笑むと、お見舞いに持って来たフルーツを果物ナイフを使い、自らの手でで剥いてくれる。

 貴族にしては、あり得ないくらい控えめで献身的な娘だ。

 顔があの女に似ている事以外は、まさに理想の婚約者と言えるだろう。


 ……しかし、正直顔なんてどうでも良い。

 だって、それは——


 コンコンッ。


 すると、再び扉を叩く音が聞こえた。

 今日は、随分と客人が多い日だな?


「どうぞ」

「失礼」


 そうして入って来たのは、宝石のようなプラチナブロンドをなびかせた、この世のあらゆる美を集めたかのような完璧な顔の造形をした絶世の美女だった。

 俺はそのあまりの美しさに、思わず放心して見惚れてしまう。


 その女性はベッドの前で立ち止まると、透き通るような蒼い瞳で真っ直ぐ俺の事を見つめ、胸のポケットから黄金に輝く鳥の羽を象ったバッジを出す。


「初めまして、私はアリス・オーシャンと申します。全海層秩序自衛軍所属、第二海層を担当している海軍元帥です」

「げ、元帥? 何故、海軍元帥様がここに……?」


 呆然としていたパールが、驚いたような顔でその女性を見る。

 まあ、無理もない。

 海軍元帥と言えば、あらゆる国家、あらゆる海層で国家公務員として権力を行使する事が許されている存在だ。

 なので、例え貴族であるパールですら、会おうと思って会える相手ではないのだ。


「この街で起こった事件について、少し調べたい事があったので立ち寄ったのですが……」

「ああ、なるほど」


 パールは知らないが、あの事件を起こしたのは第一海層から脱走したお嬢様だ。

 あれだけの大事件だ。きっと、事件について何か知らないかと、大貴族であるパールに直接事情聴取をする為に、元帥自らがやって来たのだろう。

 しかし、何度も言うがパールは何も知らない。知っているのは、俺の方だ。


 ここでその事を隠して、後々痛くもない腹を探られるのも嫌なので、俺は自らあの事件に関わっていたことを説明しようとする。


「あの事件の事なら——」

「ああ、それはもう良いのです。知りたいことは、すでに粗方知れましたから」

「は? では、何故ここに?」

「……分かりませんか? アラン・ロンドさん。地下の牢獄の事ですよ」


 ——ドックン!


 その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓はひっくり返ったのではないかと思うほど跳ねた。


「この島の港が何者かの攻撃により、消滅したのはすでにご存じだと思います。しかし、消失した部分は港だけでなく、一部街の方まで伸びていましてね。奇跡的に、それが原因で出た死者はおりませんでしたが……とある行方不明者の死体が、何体も見つかったのですよ」

「なぁ……っ⁉」


 ただならぬ雰囲気を察したのか、パールが不安そうな顔をして交互に俺と元帥の顔を見比べる。


「驚くべきことに、削り取られた地面の断片からは隠された地下牢が発見されました。そこには、無数の若い女性の腐乱した死体がいくつも放置されており、中には、すでに白骨化した物までありました……貴方の物と思われる所持品と一緒にね」

「そ、それが、私の物だという保証が、何処にある!」

「……隠しても無駄ですよ。私達は、光海教会から事件解明の為に誓約魔法を行使する事を許可されています。貴方がどれだけ嘘を貫き通そうとも、それは砂上の城でしかない」

「だ、だとしても、わ、私は絶対に誓約には同意しないぞ!」

「——そうか。では、そんなモノは必要ない」


 元帥の瞳が冷たく光ると、その身体から瞳と同じ蒼色の光が発せられる。


「【命令権限】アラン・ロンド。これからされる質問には、全て正直に答えろ」


 蒼い光は、俺の身体に吸い込まれるように消えていく。


「お、俺に何をした⁉」

「お前に、知る権利は与えていない。それより、お前はあの地下牢で何をしていた?」


「街で見かけた家出少女や帰れない事情がある少女を誘拐して、強姦や拷問をしながら殺していた」


 その瞬間、一瞬意識が無くなり、気が付いた時には全てを暴露していた。


「な、何故、俺は……っ⁉」

「クオン、連れてけ」

「はい」


 すると、銀髪の少女が俺に近づいてくる。

 俺は、咄嗟に窓から逃げようと立ち上がるが……。


「【創造】」


 少女は視界から消えるほどの速度で俺に近づくと、魔法を使い俺の着ている服を拘束着のように変えてしまう。


「がぁっ!」

「ヴァン、運ぶの手伝って」

「おう」


 俺は情けなくベッドから転げ落ちると拘束着のせいで身動きが取れず、やって来たもう一人の栗毛色の髪の少年に担がれる。

 それを見ていたパールは、信じられないといった風に口元を覆いながら、涙声で俺に聞いてくる。


「アラン様。私というものがありながら、何故そのような恐ろしい事を……」

「全ては、お前の顔が駄目なんだ。あの女に似たその顔を、俺が好きになるはずないだろう?」


 その瞬間、再び俺の意識が無くなると、パールにこれまで感じていた不満を全てぶちまけている。

 誓約魔法は使われていないはずなのに……本当に、何なんだコレは⁉


 パールは俺の本心を聞いて泣き崩れると、手に持っていた果物ナイフを自分の顔に向かって振りかぶる。


「馬鹿な事はお止めください」


 しかし、いつの間にかパールの近くに移動していた元帥が果物ナイフの刃を掴み、そのまま握り潰してしまった。

 驚くべきことに、手のひらからは一滴の血も流れていない。

 あの女、本当に人間なのか……?


 元帥は、まさにこの世の者ではないほど整った顔立ちを僅かに歪ませながら、痛ましそうにパールを見る。


「貴女のような美しい女性が、無闇に自分の顔を傷つけてはいけません」

「放っておいてください! 私は、この顔を一度たりとも美しいと思った事なんてありません! お姉さまと瓜二つの、こんな顔なんて……っ!」

「……世界には、自分と同じ顔が三人いると言います」

「は?」

「貴女は、仮にいるもう一人のその方の顔も、醜いとおっしゃるのですか?」

「それは……」

「それに自分と似た顔の人物が何をしようと、それは貴女と何も関係ありません。にもかかわらず、自分の顔を傷つけては、自分にやましい事があると言っているようなものではありませんか」

「……」

「安心してください。貴女は、他の誰よりも美しい。顔ではなく心が。生きていれば、きっと貴女の本当の美しさに気が付いてくれる殿方が現れます」

「う……うぅっ」


 パールは、ついに耐え切れなくなったように号泣する。


「……お前達、私は暫くご令嬢の警護をする。その間、その男をこの街の海軍支部にまで連れて行け」

「「了解しました」」


 二人はそう言うと、俺を拘束したまま屋敷の外へ向かう。

 ……よしっ、あの化け物はお嬢様の元へ残った。


「おい、油臭いぞ、機械男。私が気付かないとでも思ったのか」

「ぐ、ぁぁああああああああああああっ⁉」


 俺が機血外装を起動させようとした瞬間、ブシュゥッという音と共に核に刃が突きたてられた。

 クソ……ッ、これでは機血外装が使えない!


「全く、アイツを追ってたらとんだ悪人もいたものね」

「ああ、でも、今捕まえられてよかった。こんな奴があのまま貴族になっていたら、これから先もっと被害者は増えていただろうし」

「……まあね。でも、本当に見つけたのは偶然だったみたい。まるで、()()()()()()()()()()不自然に地下牢が露出していたらしいわよ」

「ふーん……まあ、悪い事をしたら、そのうち神様から報いがあるって事だな」

「それじゃあ、アイツもそのうち報いを受ける時が来るかもね?」

「いや、それはないだろ。アイツは通常じゃあ考えられないくらいの、すげえお人好しだからな。ただ悪人に騙されてないかどうかだけが、唯一心配だけど……」



 ****************



 ~とある船上~


「ふぅー……っ」


 俺は甲板に出ると、愛煙しているパイプ煙草に火をつける。


「……あれが、噂の少年か。あの女の弟なだけあって、力はあるようだが……それにしては、不自然なほど警戒心がなさ過ぎる。まるで、デロデロに甘やかされて育った貴族みたいだ」


 まあ、だからこそ、あれほど口の回る護衛がついているんだろうが……。


「天海どころか、第十海層にすら辿り着けるように見えんな」


 俺はゆっくりと煙を吸うと、それを遠くに見える昼間なのに真夜中のように黒い空に向かて吐きかける。


 ……まあ、時間はたっぷりある。

 じっくりと、見極めさせてもらうとするか。


「この狂ったパーティーは、まだ始まったばかりだからな」


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