悪意の抜け殻
「ぐぅ……ぁぁああああああああああっ⁉」
激しい激痛が、僕の身体を蝕む。
まるで、刃物で何度もズタズタに切り刻まれているみたいだ……っ!
「お前、その腕は……」
僕の命を狙っていたはずのアランさんは、突然起こった出来事に混乱したように呟く。
当然だろう。だって、僕の右腕は——
「なん……何だコレは……っ⁉」
現在、僕の右腕には水銀のように溶けだしたナニかが纏わりついてウネウネとうねっている。
アランさんの攻撃を躱そうとした時、突然指に嵌めていた指輪からコレが現れて攻撃を防いだのだ。
光の弾をいとも容易く受け止めたコレは、僕の右腕を瞬く間に覆う。
僕は慌てて水銀を払おうとしたが、右腕にある蛇が這いずったような傷跡に水銀が触れると、頭がおかしくなると思うほどの耐え切れない激痛が身体を蹂躙し、そのまま動けなくなってしまった。
——死ね。
「え……?」
——死ね。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
圧倒的な殺意と悪意が籠った呪詛が聞こえたと思った瞬間、右腕で辛うじて止まっていた水銀が僕の全身を飲み込む。
一瞬で視界全てが闇に飲み込まれると、暗闇の中からジワジワと滲み出すように……ナニかが浮かび上がってくる。
やがて、暗闇に目が慣れてくると、ソレの正体に気が付いた僕は目を丸める。
闇から這い出てきたのは、視線だけで人を殺せるくらいの憎悪で瞳を歪ませた、見上げるほどの巨大な蛇だった。
——惨く死ね。
——残酷に死ね。
——苦しんで死ね。
——この世のありとあらゆる絶望の中で、生まれた事を後悔しながら死ね。
いつの間にか、僕はそいつに右腕を喰われていて、頭の中に濁流のような悪意を流し込まれる。
——クソみたいな下等生物が、私の前に現れるな!
「お前は……」
激痛で霞む視界の中、それでも分かる。
その黒銀の大蛇は、間違いなくサズ子だ。
しかし、それはサズ子とは似ても似つかないほどの悪意に満ちた……いや、違うのか。
ディアも、アリスさんも、ダイヤさんも……全員が言っていた。
サズ子は、悪意の塊だ。
しかし、サズ子は決して僕に悪意を悟らせなかった。
巧妙に、詐欺師のように、僕に警戒心を抱かせないように、蛇のように懐に潜んでくる。
それが、僕の知っているサズ子だ。
「じゃあ、お前は……本物のサズ子なのか?」
常に呪詛のような思念を送ってくる黒銀の大蛇を見上げながら、僕は初めて……サズ子を心の底から、怖いと思った。
****************
「……ここで終わりとは、どういう意味でしょうか?」
迷惑女は、警戒したようにそう聞いてくる。
「お前を殺すという意味以外、何に聞こえるの?」
「だって、私には殺される理由がありませんもの」
殺される理由……ね。
「【王族殺し】。この国には、かつて一人の美しい王女がいたわ。しかし、その子は八歳の頃、無残な方法で殺されてしまった。犯人は捕まったけど、何と犯人は王女と同じ年頃で周囲からも姉妹のように仲が良いと思われていたはずの公爵家の娘だった」
「……随分と、懐かしい話をしますわね。でも、その罰はしっかりと受けたはずですよ? 階層堕としという、死よりも重い罰を……まあ、私にとっては罰でも何でもなかったのですけどね。だって、私は自ら望んで海層堕としを受けたのですから」
「一つ、聞かせて欲しいのだけど、貴女は何故王女を殺したの?」
「逆に聞きますけど、何故殺しては駄目なのですか? 王族とはいえ、彼女も私達と同じ人間のはずでしょう? それに王家の血なら、私だって公爵家に嫁いできたお母様から引き継いでいますもの」
「別に、私だって王族とかどうでも良い。私が聞きたいのは、貴女が同族を殺した理由よ」
「あら、同族とは面白い言い方をしますわね。まるで、ご自分が人間じゃないみたい」
「……答える気がないなら、それでも良い」
正直、蒼以外の人間に興味は無いし、この無駄話は私の気まぐれでしかないのだから。
「ああ、拗ねないでくださいまし。私は蒼様だけでなく、貴女様とも仲良くしたいと思っているのですよ? なので、特別に答えて差し上げます。私が王女を殺した理由、それは自分の運命を変える為ですわ。あのままでしたら、私はどうしよもなく平凡な人生を歩むことになっていましたもの。私には、それがどうしても耐えられなかったのです」
「ふーん……それは、確かに平凡だわ。笑っちゃうくらい、平凡な理由」
私がそう言うと、迷惑女は一瞬顔を怒りで歪める。
しかし、すぐにその分厚い仮面で表情を取り繕うと、不自然なほど普段と同じ声音で話を再開する。
「ふふっ、酷いですわ。ところで、私からも聞かせて欲しいのですけど……サズ子様は、何故そこまで私をお嫌いになるのですか?」
「嫌い? 私は貴女を嫌いなんかじゃないわ」
「でしたら——」
「だって、虫の大群がいたところで人間は無視して歩くでしょ? でも、もし一匹の虫が自分の周りを飛んでいたとしたら? 普通なら、手で払ったり、潰したりするでしょう。私が今しているのは、それよ」
すると、今度こそ迷惑女の顔から表情が消える。
「……虫扱いとは、あまり気分が良いものじゃありませんね。いくら、蒼様のお連れとはいえ……殺してしまおうかしら?」
「やってみろ、人間風情が」
殺気を向けると、迷惑女の仲間が咄嗟に反応して迷惑女を守ろうとする。
「【千変万化】大地よ。蛇となり、あの愚者達を食い荒らせ」
私が大地を操り、地面から無数の蛇を生み出して攻撃する。
「うおっ、何だコレ⁉ 魔法か⁉」
「慌てるな! 一匹の戦闘能力は高くない! 落ち着いて対処しろ!」
しかし、迷惑女の仲間はかなり戦闘慣れしているようで、突然現れた蛇も落ち着いて迎撃している。
流石は、第一海層の元囚人なだけはあるようだ。
「【千変万化】」
私は再び大地を操ると、足元にいくつもの槍を作ってそれを投擲する。
「……っ! 危ねえ、お嬢!」
迷惑女の眼球に向かって正確に投げ込まれた槍は、脳を貫通してあの女を殺す前に隣にいた赤髪の筋肉女に止められた。
「き、気を付けろ! アイツの魔法は地面を操るみたいだ! つまり、ここはすでにアイツの……っ!」
「へぇー、貴女はこの中で一番頭が悪そうなのに、良く気が付いたね。褒めてあげる……そう。貴女達は陸に上がった時点で、すでに負けが確定しているの」
私はニヤリと嗤うと、スキルを使う。
「【千変万化】大地よ。愚者達に、死の行進を歩ませろ」
その瞬間、地面が流体のようにぐちゃぐちゃに歪む。
当然、足場が不安定になった人間達がまともに立つことなど出来るはずもなく……。
「ぎゃっ⁉」
「がぁ……ッ!」
無様に転がった人間共は、私が投げた槍を躱すことが出来ずに次々と死んでいく。
「くぅ……っ! 何なんだ、あの魔法は⁉」
「どうでもいいから訂正はしなかったけど、これは魔法ではなくスキル。だから、魔力切れなんか起こさない。お前等は死ぬまで私の的だ」
「ふざけ……っ⁉」
筋肉女がうるさいので喉元に向かって槍を投げたら、あっさりと剣で防がれた。
アイツだけ、突出して戦闘能力が高いみたいだ。生意気な奴め。
「お、お嬢っ! このままじゃあ、ジリ貧だ! 何とかしてくれ⁉」
「分かってます! 風魔法【暴風渦】」
突然、迷惑女の周りを突風が包み込み、周囲の人間達は巻き上げられるように上に飛んでいく。
これでは、槍を投げても風の壁に阻まれてまともに届かないだろう。
しかし、正直どう足掻こうとすでに勝負はついている。
「だから、お前達は愚者なんだ。翼も生えてないくせに、簡単に空を犯そうとする」
私を見た迷惑女が、顔を真っ青に染める。
どうやら、やっと自分の運命を悟ったらしい。
「【千変万化】、大地よ。罪人に死の罰を与えろ」
その瞬間、大地からは針山のように無数の棘が飛び出し、それらは空中で身動きの取れない海賊達を全員串刺しにした。
すると、ずっと騒がしかった海賊達の悲鳴は途端に聞こえなくなり、私は折角訪れた静寂を乱さぬように静かに地面を元の形に戻す。
元に戻った地面には、何体もの無残な海賊達の死体がそこら中に転がっており、まるで血の雨が降ったかのように赤く染まっていた。
何だか懐かしい気分になるけど、今の私の顔はとても蒼には見せられないな。
「お、お前……っ!」
しかし、静寂を叩き壊すかのような怒りに満ちた怒号が飛んでくる。
私が声の方に顔を向けると、海賊達の死体の向こう側に自分だけ魔法で身体を逸らし、大地の槍からたった一人逃れた迷惑女がそこいた。
「うん? 何をそんなに、怒ったような顔をしているの? 貴女にとって、他の人間なんて自分の道楽の為の道具でしかないじゃない」
「そんな訳ないでしょう⁉︎ よくも、私の仲間を殺したわね!」
「……笑わせるな。私には分かっているぞ。お前は仲間が死んだことを、少しも怒っていない。その憤怒は、自身の恐怖を紛らわせるための負け犬の遠吠え以上の意味を持たない」
腰が抜けているのか、座り込んだまま動けないでいる迷惑女に、私はゆっくりと近づく。
「平凡な人生を歩んでいれば良かったものを。ささやかな幸福を享受していれば良かったものを。身の丈に合わない欲を出すから、こんな事になるんだ」
「あ、貴女には、一生分からないでしょうね! 恵まれた人生が、一体どれだけ退屈でつまらないものなのか!」
「そうね。貴女には一生分からないわ。平凡な人生が、どれだけ幸せで素晴らしいものなのか。だって、人間は失うことでしか何かを得られない愚かな生き物だもの」
迷惑女の目の前まで辿り着くと、運命を見るという人間には過ぎた能力を持ったその瞳を覗き込む。
「何かを得るために、何かを犠牲にする行為は愚か……だけど、それは弱い人間が自分の望みを叶える為に必要な儀式でもある。それを怠り、その瞳で安全な道だけを見極めて歩き続けた貴女に、何かを得る権利なんてある訳ないじゃない。貴女は、最早人間ですらないわ。ただ、餌が欲しいと鳴くだけの家畜よ」
「な……っ⁉ それなら、貴女だって蒼様に付き纏うだけの寄生虫じゃない! 何の努力もせずに、他人から餌を奪うだけの卑しい蛇が!」
「私はいいのよ。だって、私は最悪だもの」
「訳の分からないことを……っ!」
「でしょうね。何なら、私の本当の運命を見てみる?」
「……は?」
「それが、一番手っ取り早い」
私はこの女と出会った時から、ずっと発動していた【汚泥の鱗】を解除し、私の本来の運命を見せてあげる。
「なぁ……っ⁉ あ……あぁ…………ぁぁああああああああああああっ⁉」
ごりゅっ!
すると、次の瞬間嫌な音がしたと思ったら、迷惑女は自分で自分の片目を握り潰していた。
……やはり、狂ったか。
まあ、お母様から与えられた最悪の運命を人間が見たらこうなるのは必然か。
本当に、この場に蒼が居なくて良かった。
こんな所を見られては、いくら優しい蒼と言えども引いてしまうかも知れない。
私がそんな事を考えている間にも、迷惑女は発狂したまま潰れてないもう片方の眼球にも指をかける。
「お嬢に……っ! 一体、何してんだ! この化け物がぁ‼」
「……っ!」
その時、突然私の頭上から剣が振り下ろされた。
迂闊だった。まさか、この女以外に生き残りがいたとは……虫の息過ぎて、気がつかなかった。
私は咄嗟に地面を操り、頭上に土の防壁を作る。
しかし——
「ふんっ!」
驚くことに、そいつはただの腕力だけで土の防壁をぶち破ってきた。
私は仕方なく、地面を陥没させて剣の間合いから逃れる。
「今だ、お嬢! さっさと逃げやがれ!」
「…………あ、え?」
「早く‼」
「……っ!」
そのあまり剣幕のせいで正気を取り戻したのか、頭上から迷惑女が走り去っていく音が聞こえる。
私は追いかけようとするが、陥没した地面に突き刺すように頭上から私の脳天目掛けて剣が突き出されたので、仕方なく穴を横に広げて、再び剣の間合いから逃れる。
「チッ、何て厄介なスキルだ……汎用性あり過ぎて、近距離戦じゃ全く歯が立たねえな」
「……お前、人間のくせに良くその傷で立ってられるな」
私が迷惑女を追うのを諦めて、筋肉女の方を見ると……筋肉女の身体には、腹の真ん中から滴る血液越しに向こう側の景色が見えるほどの大穴が開いていた。
「ハハッ! 私は、第一海層生まれだからな。お前とは気合が違うんだよ」
「でも、貴女が死ぬ事に変わりはない。何故、わざわざ苦しい思いをしてまで立ち上がるの?」
「けっ、空見上げて死ぬのも、地面に伏せて死ぬのも御免だね。そんな死に方するなら、第一海層から出てきた意味がねえ」
「ふーん。じゃあ、貴女は最期まで戦いながら死にたいってこと? くだらないわね」
「あん? 何でそうなるんだ? 私は仲間の為に死にてえから、今お前の前に立ってんだよ。見たら分かるだろ」
筋肉女は、心底不思議そうな顔をしながら私を見る。
その顔からは、死の恐怖は一切感じられない。
「……あっそ。でも、残念ね。あの女は、お前の事を仲間とは思ってないぞ」
「仲間さ。私がそう思ってるからな」
「……そう」
私は大地から槍を作り出すと、それを筋肉女に向ける。
「だとしても、私は最悪だから同情なんかしてあげない。一撃で仕留めるわ」
「そっか……。お前、実は良い奴なんだな」
「は?」
「私はガキの頃からさ、よく人が死ぬ所を見てたから分かるんだ。人の死に容赦がねえ奴ほど、内心優しいもんさ」
「……それは、ただの快楽殺人鬼の間違い」
「悪ぶんなよ。お前は快楽で人を殺さねえだろ? そんくらい、目を見りゃすぐに分かる」
「……お前は、本当に生意気な奴」
私は筋肉女目掛けて、槍を投げる。
強がってはいたが、すでに動く気力も残っていなかったのだろう。
筋肉女は飛んできた槍を躱せず、あっさりと脳天を貫かれて死んだ。
しかし、その顔は……最期まで、ただ満足そうに笑っていたのだった。
「……はぁ、これだから、人間は……」
普段は死体だろうと容赦なく罵倒する主義なのだが……何故か、今日はそれ以上言葉を続ける気にはならなかった。
……変わった日もあるものだ。
****************
——圧死しろ。病死しろ。毒死しろ。惨死しろ。縊死しろ。餓死しろ。溺死しろ。頓死しろ。刎死しろ。轢死しろ。爆死しろ。焼死しろ。凍死しろ。窒息死しろ。衰弱死しろ。出血死しろ。転落死しろ。ショック死しろ。このまま狂って死ね。
「……最後、願望が混じってるぞ」
あれから、何時間経ったのだろう?
時間の感覚が、酷く曖昧だ。
何日も経過した気もするし、数時間しか経っていない気がする。
永遠と流れてくる呪詛と身体を蝕む激痛のせいで、まともな思考が出来ない。
……ただ一つ言えることは、僕はすでにあまり正気では無いのだろう。
さっきから夢から覚めるみたいにふと意識が戻ったかと思えば、いつの間にか再び気絶している……その繰り返しだから。
しかし、何となくだが意識が無い時間が増えているような気がする。
たぶん、もう精神が摩耗して擦り切れる寸前なのだろう。
「お前、何でそこまで僕を恨んでいるんだ」
——お前を恨むだと? ハンッ! お前は蟻の巣に水を流し込む時に、蟻を恨んでいるのか?
「いや、僕は蟻が可哀想だから、そんな事やってない……」
——比喩表現だとも分からない、愚かな人間め。不愉快だから、さっさと死ね。
「ああ、比喩か……悪いな。頭の中がぐちゃぐちゃで、もう訳が分からなくなってるんだ」
僕は、最後の正気を振り絞って目の前にいるサズ子と会話を続ける。
こうしてないと、僕は本当にこのまま狂ってしまうと本能的に察したからだ。
「じゃあ、言い方を変えるよ……お前は、何をそんなに恨んでいるんだ」
——これは、私の運命だ。人類の敵対者として与えられた、絶対的な悪意だ。だから、理由などない。
「……それじゃあ、それはお前の意思じゃないのか?」
——やはり、お前は愚かだ。確かに、これはお母様から与えられた悪意だが、既に私の一部でもある。お前だって、母から与えられた自分の肉体を母親の物とは思わないだろう?
「それは……そうだけど…………でも、お前だって生まれてから、これまで一度も悪意以外の感情が芽生えなかった訳じゃないだろ?」
——不愉快だ。人間の価値観を私に押し付けるな。人間は、善悪のどちらにも属さない不完全な生物だ。だから、善意も悪意も持つ。しかし、悪として生まれた私は、悪意以外の感情を持つ事などありはしない。
「…………じゃあ、お前はずっと、この強烈な悪意を感じながら生きてきたのか?」
——そうだ。
僕は、今も僕を犯し続ける悪意に意識を向ける。
それは……言葉では言い表せないくらい……辛くて、苦しくて……悲しい感情ばかりだった。
「お前は、なんて可哀想な生き物なんだ……」
——何だと⁉
「ずっと、こんな悲しくて辛い感情を抱えて生きていくなんて……死ぬよりも、何百倍も苦しいに決まってる。そりゃあ、幸せを求めるのも当たり前だ」
——黙れ! お前如きが、知った風な口を聞くな‼
「僕は……お前の悲しみがどれほど深くて、お前の苦しみがどれほど重いのかなんて分からない……でも、確信した。お前は、幸せになるべきだ」
——黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!
「僕は、必ずお前を元の世界に連れて行くよ。そんで、帰ってお母さんに会ったら言ってやれ。自分の子供を何だと思っていやがる。いい加減、私の事を少しは幸せにしてみせろ。このクソババア! ってな」
——うるさい! 憐れみを、私に向けるな! お前等は、そうやって一時の善意で誰彼構わず手を差し伸べるが、不完全なお前等はすぐに裏切る! 面倒くさくなったら、無視するだろう⁉ 手に負えなくなったら、捨てるだろう⁉ 恐怖したら、逃げるだろう⁉ そんな不安定な感情を信じられるか‼
「……ああ、そっか。お前は、僕を信じるのが怖かったんだな」
まあ、こんな悪意を何百年も抱えてたら、マイナス思考になるのも当然だ。
嘘しか吐かないのも、人の弱みを的確に握って脅してくるのも、すぐにメンヘラになるのも、全ては不安の裏返し……まあ、だからと言って、怒るときは怒るけど。
「でも、僕はそれでもお前を受け入れるよ。お前がどんな悪意を持っていたとしても、お前がどれだけ僕を信じられなくても、僕は絶対にお前を裏切ったりしない。命を賭けたっていい。……だから、もし少しでも、お前が僕を信じる気になってくれたのなら、これからも僕と一緒に居てくれないか。サズ子」
——……それでも、私はお前を信じられない。
その瞬間、まるで空気が抜けたように大蛇の身体が崩れ、抜け殻のようになってしまった。
僕は一瞬何が起こったのか分からなくて呆然としていたが、あれだけ激しかった悪意の奔流が嘘のように消えている。
……いや、それどころか悪意と痛みで限界まで擦り切れていたはずの精神状態も、悪夢から覚めたみたいに完全に元通りだ。
まるで、本当に全てが嘘だったかのように……。
「これまさか、あの凶悪な悪意でさえ、ただの残骸って意味じゃないよな?」
僕は力なく笑いながら、解放された右腕を見る。
見るも無惨なほどズタボロになった服の袖から覗く右腕には、まるで蛇が這いずったような傷跡が刻まれているのだが……前は二の腕くらいまでだった傷跡が、肘から肩くらいまで広がっている。
これが果たして、サズ子の信頼の証なのか。はたまた、サズ子の魂とやらに僕の身体が乗っ取られそうになっている前兆なのか。
「……そんなの分かんないけど、あれだけ言ったんだから、貫き通すしかないよなぁー……」
僕は深く溜息を吐くと、人間状態のサズ子を思い浮かべる。
……人間になってからは、少しは楽しいと思ってくれているのだろうか?
アイツは嘘吐きだから、本当はどう思っているなんて分からない。
ただ、何が本当で、何が嘘なのかも良く分からない、アイツの言葉を……僕は嘘でも信じよう。
「力を貸してくれ、サズ子」
その瞬間、暗闇は吹き飛び、太陽の代わりに燦燦と輝く海の光と共にズシリと重い感触が右手に現れた。
僕は目を慣らすように薄っすらと瞼を開けると、徐々に重い物の正体が見えてくる。
僕の右手には、太陽を象った黒銀の槍……そして、まるで僕を拘束するように、見た事も無い黒銀のガントレットのような物が身に付けられていた。
「…………いや、何コレぇぇええええええええっ⁉」




