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開戦当夜


「美味しかったね、蒼」

「ああ」


 僕達は下町の食堂みたいな場所でご飯を食べ終わると、笑い声が彩る歓楽街を二人で歩いていた。

 当然、お金はサズ子が破り捨てる前に何とか回収した。

 コイツ、褒めると嫌がらせをしてくるとかタチ悪すぎだろう。そのくせ、ディスると病むから最悪だ。


「しかし、サズ子はアレだけじゃ足りなかったんじゃないか?」

「大丈夫。私は食べようと思えばいくらでも食べられるけど、食べなきゃいけない訳じゃないから。最低限の栄養さえあれば、石ころ一つでも問題ないほど」

「えっ、じゃあ、いつもは無理して食べてたのか?」

「そんな事はない。蒼との食事は楽しいから、たくさん食べていたいだけ」


 サズ子は平然とそう言うが、僕は突然の褒め言葉に戸惑ってしまう。


 僕との食事が楽しいって……サズ子とまともに食事をしたのは、さっきがほぼ初めてだぞ?

 船の上では、色々あった直後だったからほぼ言い争いみたいになってたし、ダイヤさんに連れて行って貰ったレストランでは、サズ子は終始不機嫌そうだった。


「あっ、蒼。明日船に乗る時、ついでに蒼の服を買おう」

「服? まあ、確かにヴァンから貰ったヤツはもうボロボロだけど、ダイヤさんから貰ったこの服があるから大丈夫だぞ」

「私が蒼にプレゼントしたいの。それに、このお金は私が稼いだお金なんだから、私がどう使おうと勝手なはず」

「まあ、そうだけど……ありがとうな、サズ子」


 僕がお礼を言うと、サズ子は嬉しそうに頷く。

 正直、お金は出来るだけ節約したいが、サズ子が稼いだお金をサズ子が使うのであれば、僕があれこれ口出しする権利はないだろう。

 それに僕の服を買うのに、こんなにも楽しそうな顔をしているサズ子に水を差すのは申し訳ないと思った。

 僕は何だか父親にでもなった気分で、隣を歩くサズ子を見る。


 ……あとは、せめて服のセンスだけは最悪じゃないことを祈ろう。


「「「「「「「「「


 翌日、僕達は朝早くから港の方へ向かっていた。


「蒼。昨日もだけど、何でそんな眠そうなのに起きるのが早いの?」

「……何でだろうな」


 目に深い隈を作った僕は、わざとなのか嫌味なのか分からないサズ子の問いかけに乾いた笑みで答える。

 僕が寝不足の理由なんて、簡単だ。


 サズ子が、昨日も僕に半裸で抱き着いて眠ってきたからに決まっている。


 勿論、僕だって馬鹿じゃない。

 昨日は、ちゃんと二部屋を取ろうと思っていた。

 しかし、考えてみれば、僕達はただでさえお金が無いのに、部屋を二つも借りるなんて贅沢が出来る訳もないし、そもそも部屋が開いている宿屋がほとんど無いのだ。

 せめて、二つベッドがある部屋を借りられたら良かったのだが……。


「何故、わざわざ高い料金を払ってまでベッドを二つ用意する必要があるの? 昨日みたいに、一緒に寝ればいい」


 と、サズ子に一蹴されてしまった。

 そして部屋を借りるお金をサズ子が払っている以上、僕に言えることもなく……結局、昨日と全く同じ状況になってしまったという訳だ。


 しかし、おかしいな……海を漂流している間は数日寝なくても全然疲れなかったのに、今はめちゃくちゃ眠いぞ。多少なりとはいえ、ベッドの上で眠っているはずなのにだ。


 僕は首を傾げながらも、頭を振って目を覚ます。

 いつ指名手配されるかも分からない現状、急いで上の海層を目指さなければあっという間に捕まってしまうだろう。

 船の席が空いているかは分からないが、さっさと港に行ってチケットを買ってしまいたい。


 港に着くと、そこにはすでに大勢の人達が忙しそうに動いていた。

 恐らく、船の乗組員の人達だろう。

 どうやら、船の出港準備をしている真っ最中のようだ。


 僕は港の中でも一際大きな船の近くで座り込んでいる、初老のおじいさんに声を掛けた。


「すみません。第三海層に行く船のチケットは何処で買えますか?」

「あん? 何だ、君達。第三海層に行きたいのか?」

「はい」

「諦めな。チケットは当分売り切れさ」

「えっ、何でですか?」

「……そうか。事情を知らないのか」


 おじいさんはパイプ煙草を取り出すと、火をつけて、ふぅー……っと大きく深呼吸する。


「逆に聞くが、君達は何で上の海層に行きたいんだい? 旅行かね」

「いえ、詳しい事情は言えないんですけど……どうしても、出来るだけ早く上の海層に行かなくてはならないんです」

「訳アリか……出身はこの国かい?」

「違う。東の方にある島」

「東……」


 サズ子がそう言った瞬間、おじいさんは憐れそうな目で僕達を見る。


「……部屋は用意出来るか分からないが、それでも良いなら私の船に乗せてあげよう」

「え?」

「勿論、代金は頂くがね」


 おじいさんは、背後にある船を親指で差す。


「改めて、私はブラックマリーン号の船長ロバーツ・ハイムだ。短い間だが、よろしく頼むよ。お若いお二人さん」



「「「「「「「「「「



「さて、これからどうするか」


 あの後、船長さんにお金を払った僕達は港近くにある魚市場のような場所に来ていた。

 どうやら、漁船で採ってきたばかりの新鮮な魚が並んでいるらしく、朝が早いのに活気が凄い。

 行った事はないが、テレビなどで見る築地などもこんな感じなのかも知れないな。


「船が出るのは午後らしいし、ここでご飯を食べてから服でも見に行けば良い」


 サズ子はそう言うと、興味津々に市場に並んでいるカラフルな魚を眺める。

 正直、地球の魚と見た目はあまり変わらないが、採れたてというだけで途端に美味しそうに見えるから不思議だ。


「あっ、蒼。あそこに座れるところがある」

「本当だ。とりあえず、休憩するか」

「うん。私は出店で適当に朝ご飯を買って来るから、蒼は座って待ってて」

「え? あ、ああ、分かった」


 よっぽど気になる出店があったのか、サズ子はそう言うとさっさと何処かへと走り去ってしまった。

 一瞬、子供をおつかいに出すかのような不安が頭をよぎったが、サズ子は僕よりもよっぽど警戒心が強い。きっと、大丈夫だろう。


 僕は言われた通りベンチに座ると、ぼーっと道を歩いている人達を見る。

 楽しそうに市場や出店で手に入れた戦利品を手に笑って話している人達がほとんどだが、よく見ると暗い顔をしながら俯いている人達がちらほらと混じっている。


 ……サズ子には言わなかったが、僕はずっと港での事が気になっていた。

 あのおじいさんが言ってた事もそうだが、港にいる人達は全員まるで鬼気迫るような……そんな表情をしていたのだ。

 それに、一度違和感を覚えると道行く人達の表情にも自然と目が行く。

 この市場に着いてから、大抵の人は笑顔だったり、忙しそうだったりしているのだが、たまにこの世の終わりかのような……そんな顔をしている人達がいる。

 ……もしかしたら、何かこの国に起ころうとしているのかも知れない。


「失礼、少しいいかな?」


 その時、不意に横から声がかけられる。

 この声は……。


「君に、少し話があるんだ」

「アランさん……」


 アランさんは僕の隣に座ると、周りに聞こえないように声を潜めながら話しかけてくる。


「……サズ子の事ですか?」

「ギメイ……君の言う、サズ子の事ではない。俺は、お嬢様の使いだ」

「ダイヤさんの?」

「ああ」

「……すみません。僕達は、午後にはこの島から出るんです。なので、あまり時間は……」

「安心しろ、そんなに時間はかからないとおっしゃっていた。それに、お嬢様がその気になったら船ごと買収しかねんぞ」

「そ、そんな事が出来るんですか?」

「ああ、何と言っても、お嬢様は公爵家の出であられるからな」

「公爵……」


 それって、僕の記憶違いじゃなければ王族の次に偉いんじゃ……?


「悪い事は言わん。お嬢様には、逆らわない方がいい」

「……それは、脅しですか?」

「違う。俺はサズ……ギメイの心配をしているのだ」


 アランさんは真剣な目をしながら、僕に向かってそう言う。

 ……どうやらセクハラを受けたというのは、サズ子の嘘だったみたいだな。


「分かりました。何処に行けば良いんですか?」

「こっちだ」


 アランさんは立ち上がると、街の高台の方へ歩いて行く。

 僕はチラリとサズ子が向かった出店の方に視線を向けると、静かにベンチから立つ。

 たぶん……ていうか、絶対にサズ子は僕を探すだろう。

 流石に、僕を見つけられるかまでは分からないが、最悪合流出来なくても、船に乗るのはお互いの共通認識なので、船の前で待っていれば大丈夫なはずだ。


 僕は心の中でサズ子に謝りながら、アランさんの後を追う。



 ****************



 夜が開けぬ頃、ほの暗い闇の中で私はギラギラとした欲望に輝く無数の獣の群れにいた。


「さて、皆様。大変お待たせ致しました。これより、狩りの時間ですわ」

「ったく。ほんとにおせーぞ、お嬢。故郷だからって、ヴァージン拗らせた喪女みてえにノスタルジックに浸ってたんじゃねえだろうな?」


 私がそう言うと、獣の群れの一匹である赤髪の良く鍛えられた身体をした女が声をあげる。


「そんな事ありませんわ。ただ、気になる殿方がいたものですから」

「あん? お嬢、男に興味あったのか?」

「失礼な、私はレズビアンではありませんわ。気になる殿方くらいいます」

「はーん。それじゃあ、昨夜は自分一人で楽しんできたってワケか」

「いえ、それが残念ながら、私フラれてしまいましたわ」


 すると、一瞬の沈黙の後、船内が爆笑の渦に包み込まれる。


「ぶぅわっはっはっは! 何だよ! それじゃあ、一人で泣いて帰って来たのか! だっせぇーっ!」

「ふふっ、本当ですね」

「じゃあ、狩りっていうのは、フラれた可哀想なお嬢の代わりに、私達でその男をぶっ殺してこいって事か? やれやれ、処女を拗らせた女は怖いねぇー」

「うふふ……っ。いい加減にしないと、貴女を殺しますよ。アルビダ」

「おっと、そんなに怒んなよ。ちょっとしたジョークだぜ?」

「そのジョークが、自分の身を滅ぼす事になるかも知れませんよ?」

「おいおい……らしくないぜ、お嬢。何をそんな——」

「天条蒼」


 私がその名前を出した瞬間、船内の全員がショック死したのではないかと錯覚するほどの静寂が訪れる。


「私達が愛してやまない彼が、今この街に居ますよ」

「……マジかよ」

「ええ、マジです。ですから、もし彼を殺してしまっては、あのネクロフィリアに殺されてしまいますよ?」

「ハハ……ッ! もし、本当に天条蒼がいるんなら、殺すなんてとんでもねえ! むしろ、パンツ脱いでケツ振ってやってもいいくらいだ!」

「やめなさい、下品な」

「同じ事しようとしたお嬢に、言われたくはねえなぁ」

「ふふっ。確かに、もしも彼からお誘いがあったのなら、私は決して拒まなかったでしょう。しかし、私が言う狩りというのは、そういう話ではありません……彼に、私達の力を存分に見せつけて来なさい。力づくで、彼の興味をこちらに引くのです」

「なるほどな。それで“狩り”ってワケか。オーケー、お嬢。断然、気合入って来たぜ」


 船内に、闇より暗い嗤いが満ちる。

 ああ……やはり、彼女達は素晴らしい。

 私はこれから起こる惨劇に胸を躍らせながら、彼に想いを馳せる。


 さあ、貴方様の選択をこの私に見せてくださいませ。


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