最悪の流儀
次の日、僕達は昨日と同じレストランで待ち合わせしていたダイヤさん達と合流すると、朝食を一緒に食べていた。
「蒼様、少しお疲れの様ですが、昨晩は良く眠れましたか?」
「ええ、まあ……」
「そうですか、失礼致しました。それでは、今日から一週間よろしくお願いしますね」
ダイヤさんは、その名の通り輝くような笑顔でペコリと僕に頭を下げる。
……ダイヤさんには申し訳ないが、正直昨日は全然眠れなかった。
僕はその原因を作ったサズ子を恨めしく睨むが、サズ子は何てことない顔で朝食のサンドイッチを美味しそうに食べている。
はぁ……、本当にコイツは最悪だ。
そうして、僕達はダイヤさん達と談笑しながら朝食を食べ終わると、ダイヤさんが仕事の内容を説明してくれる事になった。
「それで、今日の流れなんですけど……」
「はい」
「蒼様には伝えていた通り、私の護衛をして頂きます。サズ子様には、アランが私の屋敷に案内するので、そこでメイドの業務をお願いしたいのですが……」
「えっ、サズ子と別行動なんですか?」
「はい。何か問題がございましたか?」
「えーっと、問題があるというか……起こすというか」
「失礼な。報酬分の仕事はする」
「報酬以上のトラブルを起こすなって言ってんだよ」
「相手が何もしてこなければ、こちらも何もしない。目には最悪をの精神」
「何その聖書もびっくりの過剰防衛……」
「私を害した者には、その者にとって最悪の報復を返す。それが、私の流儀」
「なあ、お前もう一回確認するけど、本当にトラブルは起こさないんだよな?」
「もちろん」
「僕には、とてもお前の言葉が信用出来ないよ……」
「なら、この確認は無駄でしかない」
サズ子はそう言うと、僕の話はもう聞く気はないようにツーンっと明後日の方向を見る。
……やっぱり、コイツが変わった気がしたのは気のせいかも知れない。
「えっと、大丈夫そうですか?」
「……たぶん」
「そ、そうですか。とりあえず、アラン」
「かしこまりました、お嬢様。では、行こうか。ギメイ」
「分かった」
そうして、サズ子はアランさんと共に、ダイヤさんのお屋敷とやらに行ってしまった。
……果てしなく、不安だ。このままだと、絶対にアイツは厄介事を起こすという謎の確信がある。
「さて、私達も行きましょうか」
「はい……そういえば、僕達は何処に行くんですか?」
「とりあえず、まずはショッピングでも楽しみましょうか♪」
「……はい?」
****************
「ギメイ、何か困った事は無いか?」
「無い」
「ギメイ、何か欲しい物は無いか?」
「無い」
「ギメイ、そろそろ休憩しないか?」
「休憩する程の仕事をしてない」
私は欠伸をしながら、適当にそこら辺にあったベンチに座る。
はぁ……、鬱陶しい。このナンパ男はどんだけ暇なのだろうか?
「ギメイ、暇なら話をしよう」
ナンパ男は勝手に私の隣に座ると、ペラペラと何やら自分の自慢話を語り始める。
私はそれを適当に聞き流しながら、一体こいつらの目的は何なのかと考える。
私が連れて来られたのは、恐らくこの島でもかなりの上流階級しか住めないような国の中心部、そこに建っていた大きな屋敷だった。
どう考えても、私のような得体の知れない者をメイドに雇うほど人手に困っているようには見えない。
実際、与えられた仕事と言えば、こうしてナンパ男の世間話に付き合うくらいだ。
「だから、君のような美しい女性には、もっと身の丈に合った人がいると思うんだ。俺だったら、君に苦労は掛けないし、みすぼらしい恰好をして君に恥をかかせたりもしない」
ピクッ。
「……ねえ、ナンパ男」
「なん……それは、俺のことか?」
「貴方以外の誰がいるの」
「言っておくが、俺はナンパなんてしていない。ただ、君が困っていそうだったから声を掛けただけだ」
ほう。それはまた、随分と下心の籠った親切心だ。
助けられた女性も、さぞかし多い事だろう。
「あっそ。そんな事より、あの迷惑女は何者なの?」
「迷惑女……お嬢様の事か?」
「当たり前」
「……俺の事はまだ良いが、あまりお嬢様をそんな風に言わない方が身のためだぞ」
「なるほど。流石、迷惑女ですぐ連想されるだけはある」
「……」
ナンパ男は、本格的に警戒したように周囲を見る。
……どうやら、この屋敷の中ではあの迷惑女の悪口は禁句らしい。
「何故、お嬢様の事を知りたいんだ?」
「むしろ、気にならない方がおかしい。あの女と最初に出会ったのは、ここに向かう船の上だった。その時、あの女はこう言っていたわ……自分は田舎が嫌で飛び出してきたって。私には、ここが田舎とは思えない」
「感覚は人それぞれだ。お嬢様は、きっと故郷を離れて独り立ちされたかったのだろう」
「じゃあ、何故あの女はここに戻って来たの?」
「お嬢様は、温室育ちだからな。旅に出たものの、すぐにホームシックになってしまわれたのだろう。俺としても、お嬢様が帰って来てくださって一安心だ」
「へえ、意外ね」
「意外? 何がだ?」
「だって、貴方は迷惑女を恐れているから」
私がナンパ男に視線をやると、ナンパ男は険しい目で私の事を睨んでいた。
「何を言っている、ギメイ。俺がお嬢様を恐れているだと? そんな事あるはずないだろう」
「なら、貴方が昨日あの迷惑女と再会してから、会話どころか目すら合わせようとしないのは、何故?」
「……っ⁉︎」
ナンパ男は、今度こそ顔を驚愕に歪める。
「ギメイ……、君は何を知っている?」
「そうね。少なくとも、迷惑女もお前もロクな人間じゃない事は分かるわ。ただ、そんなのはハッキリ言ってどうでもいい。だって、どちらも私にとっては取るに足らない小物でしかないから」
「……口には気を付けろよ」
「はんっ、何だ怒ったのか? だが、口に気を付けろはこっちの台詞だ。お前如きが、私を殺せるとでも思っているのか? それより、私に協力しろ」
ナンパ男が臨戦態勢に入るが、私は心底呆れながらそれを見つめる。
まったく、コイツは本当に救いようがない。
「私は、迷惑女のスキルの事を知っている。お前、あの迷惑女に早くこの島から出て行って欲しいんだろ? なら、大人しく私に頭を垂れていろ。お前に、最悪を教えてやる」
蒼は自分の為に尽くすなと、私に言った。
だから、これは蒼の為なんかじゃない。勿論、私の個人的な感情の為なんかでもない。
ただ、契約通り、蒼に悪意を向けてきた者に最悪を下すだけだ。
——目には最悪を。それが、私の流儀だから。
****************
僕達は一通り街を散策しながら主にダイヤさんがショッピングを楽しんだ後、休憩のため喫茶店に入っていた。
しかし、今のところ護衛のごの字もないのだが、ダイヤさんは一体何が目的なのだろう?
「蒼様は、何故サズ子様と旅をしているのですか?」
「はい?」
不思議に思いながらダイヤさんを見ていると、上品に紅茶を飲んでいたダイヤさんが急にそんな事を聞いてくる。
うーん……、何故と言われても事情が複雑過ぎて上手く説明出来ないな。
「うふふっ、突然失礼しました。しかし、私が思うに……蒼様は自ら進んでサズ子様と旅をしているというよりは、付きまとわれた結果、仕方なく旅をしているように思えましたので」
「えっ、凄いですね。本当にそんな感じですよ。まあ、僕もサズ子には助けられているんで、感謝はしてるんですけどね」
「でも、圧倒的にトラブルの方が多い。そうではありません?」
ダイヤさんはティーカップを置くと、やけに確信的な口調でそう断言してくる。
僕が驚いて目を丸くしていると、それを見たダイヤさんはクスリと笑った。
「私、人の運命が見えるんです」
「運命?」
「はい。例えば、その人のこれまで辿ってきた道。そして、これから辿る道。それらが光の輪っかみたいになって見えるんですよ」
「はぁ……」
「ふふっ、まあ、すぐに信じてくださらなくても良いですよ」
ダイヤさんはいつもと変わらぬ穏やかな微笑みを浮かべながら、再び紅茶に口を付ける。
「蒼様、単刀直入に言いましょう。サズ子様とは、これ以上旅を続けない方が身のためです」
「……何故、ですか?」
「蒼様とサズ子様では、住む世界が違うから」
……それは、流石に文字通りという意味ではないだろうが、僕の心臓を跳ねさせるには十分な言葉だった。
「サズ子様は、恐ろしい方です。まるでトレンチコートを羽織るような気軽さで、その身に悍ましいほどの悪意や狂気を纏っている。私は色々な方の運命を見てきましたが、あそこまで恐ろしい運命を持つ方は見た事がありません」
「……」
「逆に、蒼様の運命は宝石箱の中身のよう。カラフルに色付いた運命は、その一つ一つが人生を変えるくらいの輝きを放っている。きっと、貴方様は世界中で語り継がれる大英雄になる事でしょう」
「……僕は、そんな大層な人間じゃないですよ」
「いえ、決してそんな事はありません。ご謙遜なさらないでください。……しかし、だからこそ、貴方はサズ子様に魅入られてしまった」
「サズ子に?」
「ええ、本来輝かしいはずの貴方の運命には、現在黒い靄のようなモノが、蛇のように絡みついています」
黒い靄が、蛇のように……か。
「このままだと、サズ子様はきっと貴方を不幸にしますわ。だから、どうかこのままお一人で第三海層までお逃げください。船は、私が手配致します」
「……それを伝える為に、僕をわざわざ護衛に?」
「勿論、下心もございますわ」
ダイヤさんは少し照れたように笑うと、僕をその不思議な色の瞳で真っ直ぐ見つめる。
「蒼様。改めて、私を貴方の旅に連れて行ってくださいませ。私、これでも結構便利なスキルや魔法を持っていると自負しております。決して、蒼様を後悔させない事をお約束致しますわ」
「……何故、ダイヤさんはそこまでして僕の旅について来たいんですか?」
僕がそう訪ねると、初めてダイヤさんが言葉を詰まらせる。
「それは……その…………私は、私の人生は、平凡なのです。蒼様と比べれば、輝き一つない石ころみたいな運命。私はそんな自分の運命が嫌で、旅に出たのです」
「それは凄いですね」
「いえ、決してそんな事はございません……旅に出て分かりました。私一人では、運命を変えることは困難だと。だからこそ、私は蒼様のような素晴らしい運命を持つ方と旅がしたいのです」
「……そうですか」
僕は少し俯くと、紅茶の水面に映る自分の顔を見つめる。
ダイヤさんは、僕の人生をさも素晴らしいモノのように語ったが……僕だからこそ、確信を持って言える。
僕の人生は、決して宝石のような輝かしいものではない。
むしろ、生まれてからこれまでを語ったら、ダイヤさんが失望するくらいのどうしよもない人生を歩んできた。
「……ごめんなさい。やっぱり、ダイヤさんは僕について来ない方が良いと思います」
「……それは、何故ですか?」
「僕は、ダイヤさんが思っているような凄い人間じゃないからです。それに、これから僕達が歩んでいく道のりも……きっと、ダイヤさんの想像しているような輝かしいモノなんかじゃない」
「……そう、ですか…………あの、聞いてもよろしいですか?」
「何ですか?」
「先程、私の聞き間違いでなければ僕達が歩んでいく道のり……とおっしゃっていましたが、僕達とは、つまり……」
「……はい。僕はサズ子と、ここで別れるつもりはありません」
「それは、私の話を信じていない……という事でしょうか?」
「違います。アイツが最悪なのは知っています。ただ、アイツがどれだけ最悪だったとしても、僕はそれでもアイツと旅をすると決めましたから」
「……なるほど。全く、羨ましいものですね」
ダイヤさんは席を立つと、代金をそっとテーブルに置く。
「分かりましたわ、蒼様。残念ですが、仕方ありません。今回は大人しく身を引きます」
「ダイヤさん? あの……」
「ああ、お金の事だったら気にしないでくださいませ。あのくらい私にとっては、はした金ですので。その服も差し上げますわ」
それでは……と、綺麗な一礼すると、ダイヤさんは何処かへと立ち去ろうとする。
しかし、すぐにピタリと足を止めた。
「ああ、そうそう。最後に一つ、忠告して差し上げますわ。街を出るなら、出来るだけお早めにした方がよろしいですわよ」
そう言うと、ダイヤさんは今度こそ何処かへと去っていく。
「蒼」
その時、ちょうどいつもの服装に戻ったサズ子が現れた。
「あれ? 何で、サズ子がここにいるんだ?」
「クビになった」
「いや、早すぎだろ……一体、何をやらかしたんだよ」
「別に、ただナンパ男にセクハラされそうになったから引っ叩いてやっただけ」
「そっか」
「怒らないの?」
「うん? だって、それが本当ならサズ子に非は無いだろ。それに、僕もちょうど今クビになったところだから、お互い様だしな」
「蒼……いくら持て余しているからって、私以外にセクハラをするのは流石に引く」
「そんな事はしてないし、お前にもしたことねえだろ! 公衆の面前で堂々と僕を貶める嘘を吐くんじゃねえ!」
声が聞こえていたのか、隣のテーブルから蔑んだ目を向けられながら、僕は盛大に溜息を吐く。
本当にサズ子がセクハラをされたのかどうかは謎だが……どちらにしろ、最悪なコイツは遅かれ早かれクビになっていただろう。
「それにしても、これからどうしようかな……」
「蒼、暇ならご飯食べに行こ」
「だから、お金がないだろ」
「お金なら、ここにある」
サズ子はそう言うと、白い封筒みたいな物を取り出す。
「クビになったとはいえ、労働の対価はキチンと支払われるべき。少ないけど、報酬は貰って来た」
「……サズ子」
「なに?」
「やっぱり、お前は最高だ」
「……とても、複雑な気分……やっぱ、捨てて来ようかな」
****************
私はこの国全体が見渡せる高台で、海から広がる闇が静かに街を包むのを眺めていた。
しかし、街が完全に闇に沈む事は無い。
夜になっても家屋から洩れる光は闇を払い、歓楽街の喧騒は止むどころか、むしろどんどん騒がしくなっていく。
「何と平凡な……相変わらず、ここは退屈な国ですわね」
「お嬢様」
その時、不意に背後から懐かしい声が聞こえて来る。
「あら、良くここが分かったわね」
「お嬢様は、この場所が昔からお好きでしたので」
「別にそんな事はないけれど、確かに貴方を連れてきた事はあったわね。でも、意外だわ。貴方から私に会いに来るなんて」
私がチラリとアランに視線を向けると、その瞬間、物凄い勢いで彼は俯いてしまう。
少しはマシになったかと思ったが、どうやら彼も相変わらずのようだ。
この国と同じ、つまらない存在。
「それで、私に何の用ですの?」
「……お嬢様は、いつまでこの国にいらっしゃるのですか?」
「はて、おかしな事を言いますね。それではまるで、私に出て行って欲しいみたいではありませんか。私の帰るべき故郷は、この国ですよ」
「それは……」
「言いたい事があるなら、ハッキリおっしゃってくださいませ」
「……」
私がそう言うと、アランは完全に押し黙ってしまう。
良く見ると、その肩は僅かに震えている。
「はぁ……、貴方は本当に少しも成長しておりませんね。黙っていれば、周りが察してくれると思っている。弱いフリをしていれば、相手が呆れて許してくれると思っている。まあ、実際貴方は弱いのですが」
私は立ち上がると、アランに近づき腹を蹴り上げる。
別段、大した力は込めていない。
だが、アランはまるで酷い暴力を受けたかのように大仰に尻もちをついた。
「安心しなさい。用も済んだし、もう行くわ。ただ、そうね。最後に、貴方に仕事をあげる」
「……仕事、ですか?」
「そうよ。とっても、大事な仕事……もし、それが出来ないようなら、私は貴方を殺してしまうかも」




