初夜
「似合ってるな」
「そっちこそ」
僕とサズ子はレストランから帰ると、宿に戻ってダイヤさんに渡された服に着替えていた。
僕が渡された服は、白いワイシャツにスラックスというシンプルで、何だか学校の制服を思い出させるようなデザインの服だ。
ネクタイもあったのだが、僕の学校は学ランだった為、結び方が分からなかったのでしていない。
しかし、ダイヤさんにサイズが合ってるか分からないので、一度袖を通してみてくださいと言われたので着てみたが、これは護衛の仕事服のようなものなのか?
「……ところで、サズ子。本当に、やる気なのか?」
僕は目の前でメイド服に身を包んでいるサズ子を見ながら、複雑な顔でそれを見る。
サズ子は、僕と同じくダイヤさんから貰った裾の長い真っ黒なメイド服を着ているのだが、見た目はまさにやさぐれメイドという感じで休憩室でサボっている姿が容易に想像出来る。
「無論」
「出来るのか?」
「私に出来ない事などない。ただ、やらないだけ」
「それを世間では、出来てないって言うんだよ……サボるだけならいいけど、本当にトラブルだけは起こすなよ? ただでさえ、僕達はダイヤさんに借金があるんだから」
「善処する」
サズ子はそう言うが、正直全く信用出来ない。
まあ、最悪僕が近くで見張っているしかないか……きっと、それが結果的にダイヤさんの護衛に繋がる気がするし。
「あれ? そういえば、普段着ている服はどうしたんだよ?」
コイツは元々黒を基調としたフリルの多い服を着ていたはずなのだが、脱いだ服が何処にも見当たらない。
ていうか、サズ子と出会った時から当たり前のように最初から着ていたから、今まであまり気にした事はなかったが……そもそも、あの服は一体何処で調達してきたのだろうか?
「あの服は、いわば私の身体の残骸みたいなもの。だから、私なら好きな形に変形出来る。例えば、今なら下着にしているけど……見る?」
「見ないです」
「蒼は女の子の下着を見たことが無いんだから、遠慮する事は無い」
「やかましいわ!」
「はい、黒のレースだよ。可愛いでしょ?」
サズ子は僕の言葉をガン無視して長いスカートをたくし上げると、細くて真っ白い足とその付け根にある黒いナニかを僕に見せつけてくる。
「ちょっ、やめろって⁉」
「折角、可愛いデザインにしたのに……」
僕が叫ぶと、サズ子はつまらなさそうに口をとがらせながら、スカートを手放してベッドに座り込む。
「……それより、サズ子。何であんな怪しい話に乗ったんだよ?」
「私達には、時間がない。それなのに、お金が無くて上の海層に行けない。でも、モラルがある世界で育った蒼は犯罪かそれに近しい行為に抵抗がある。なら、危ない橋を渡るしかない」
「……」
サズ子は自分の思考プロセスを語るかのように、酷く淡々と僕に説明する。
「……蒼。自分でも分かっていると思うけど、ここは日本じゃない。海賊は普通にいるし、アルコールは安全な飲料水としての役割を果たしている。蒼が蒼のままでいるのに自分の信念を持つことは大切だから、あまりうるさくは言わないけど……それなりのリスクを背負わないと、この世界では生きていけない。それに蒼の世界でだって、お金がないのに旅行する人なんていないでしょ?」
「ああ……」
「私達は日本よりも危険な世界で、自分の世界に帰る為にどんな状況だろうと進むことを強いられている。だから、安全な道だけを通る事は不可能に近い」
「……ごめん。サズ子を疑ってた訳じゃないんだけど、僕の考えが甘すぎたんだな」
「いいよ。私は、蒼の甘い部分に救われたんだから。苦い部分は、悪である私に任せて」
「……でも、僕はサズ子を兄貴の代わりにしたいんじゃない」
「当たり前。だって、私達は対等なんでしょ?」
「え?」
「契約の時、蒼は対等な契約を結び直そうと私に言った。違う?」
「……でも、僕はサズ子に何も返せてない」
「ううん、私はちゃんと代償を貰ってるよ」
サズ子は優しく微笑むと、ベッドの隣をポンポンと叩く。
……座れ、という意味だろうか?
僕がベッドに腰かけると、サズ子は僕の膝を枕にして仰向けに寝転がる。
「私が悪い事をした時、私を叱ってくれたのは誰? 自分の為に、私に危ない事をして欲しくないと言ったのは誰? 私が泣いてる時、頭を撫でてくれたのは誰?」
「そんなの……当たり前のことをしただけだよ」
「私は、その当たり前が堪らなく嬉しいの。だって、私はそんな当たり前を知らないから。私が甘えたい時、こうやって膝を貸してくれる相手がいる。それだけで、私は十分過ぎるほどの代償を貰ってるわ」
「……そっか」
僕は何だか照れくさくて、サズ子の顔をまともに見れなくなる。
人間になってから、サズ子は変わったと思う。
相変わらず、最悪な時はあるが、前ほど成す事全てが最悪という訳ではなくなったし、僕が怒ればちゃんと自分の間違いを認めるようになった。
今だって、前までのサズ子だったら、こんな真正面から感謝を伝える事はなかっただろう。
「さ、さて、明日は早いし、もう寝るか」
「うん」
「じゃあ、僕は僕の部屋に戻るな」
「え?」
「……え?」
僕とサズ子は、そこでお互いに首を傾げる。
「ここだけど?」
「じゃあ、サズ子の部屋は?」
「ここ」
「……よし、分かった。百歩譲って一緒の部屋なのはいい。ギリギリ妥協出来る……だが、何故ベッドが一つしかないんだよ⁉ しかも、シングル!」
「これじゃあ、駄目なの?」
「なあ、それはどっちなんだ⁉ 天然か⁉ それとも、わざとなのか⁉」
サズ子は心底不思議そうな顔で、僕を見つめ返してくる。
……まさか、コイツ男女が同じ部屋で過ごす意味をご存じない?
普通なら異世界の常識が違う事を疑うところなのだが、しかし、何故かサズ子がこの手の事を知らない訳がないという確信的な予感がある。
「……さて、それじゃあ、寝るとしよう。私が明かりを消してくるから、蒼は布団に入っているといい」
「え、でも……」
「何にそんな動揺しているか知らないけど、私はもう眠い」
「わ、分かったよ」
だが、どんなに魂がそんな訳がないと叫んでも、僕はサズ子を問い詰める事は出来ない。
……何故なら、もしサズ子が本当に事情を知らなかった場合、それを僕が嫌がると知った最悪を名乗る彼女は、逆に喜んで次からも一緒の部屋で寝ようとするからだ。
僕は心臓が破裂しそうなほど緊張しながらも、さも平然を装って布団の中に入る。
だ、大丈夫だと思うけど、ちゃんと寝れるかな……サズ子、顔だけはめちゃくちゃ美少女だし、何だか色々な意味で緊張してきた。
すると、パチンッという音で電気が消え、同時にシュルシュルという音が聞こえる。
うん。何の音だ?
「蒼。そんな端っこにいないで、もっと真ん中に来て」
「で、でも……」
「早く」
有無を言わさないサズ子の口調に押され、僕は恐る恐る身体を中心に寄せる。
すると、何か暖かくて極上の柔らかさを誇るものが布団に潜りこんできて、そのまま僕の身体に蛇のように絡みついてきた。
「おま……っ! 何で服を脱いでるんだ⁉」
「……うん? 服を着て寝るのに、慣れてないから脱いだだけ。何か問題がある?」
慌てて布団を捲ると、見惚れてしまうほど白くて細い身体を惜しげもなく晒したサズ子が、瞼を擦りながら不機嫌そうに聞いてくる。
「い、いや……でも、寝づらいからもっと離れてくれよ」
「こうしないと、ベッドから落ちるから嫌……それより、この下着どう?」
サズ子は僅かに身を離すと、華奢なくせにそこだけやけに主張の激しい純白の双丘を僕に見せてくる。
「上下セットで作ったの。特にここのレースの模様は、結構こだわった。蒼……よく見て、感想を聞かせて?」
「そ、そんなところ、見れるわけないだろ……」
「ふーん……、蒼の意地悪。見てくれないなら、私はもう寝る」
「あっ、おい、サズ子」
「おやすみ、蒼♪」
サズ子は再び絡みつくように僕に抱き着くと、すぐに寝息を立て始めてしまった。
いくら何でも、寝付き良過ぎるだろう。
確実に狸寝入りだとは思うが……クソッ、駄目だ。やはり、聞けない!
今ここで僕が取り乱してしまえば、確実にコイツは鬼の首を取ったかのように僕を煽り散らしてくる!
例え、もしサズ子が僕をからかうためにワザとやっているのだとしても、今日だけは堪えるしかないのだ。
僕は諦めて横になると、壊れてしまったかのように鼓動をかき鳴らす心臓を必死に宥めながら、今度から宿は絶対に僕が取ろうと固く心に誓うのだった。




