働き口
「うふふっ、蒼様。遠慮せず、たくさん食べてくださいね♪」
「ギメイ、何か好きな物はあるか?」
「何故、こんな事に……」
「全く分からん……」
あの後、突然現れたダイヤさんとアランさんというサズ子に騙された男性の誘いで、僕達は雰囲気の良い高級そうなレストランに連れてこられていた。
勿論、僕達はお金がないからと最初は断っていたのだが、今後のことで相談したい事がある。夕食はご馳走するから、どうかお願いします。とダイヤさんに頭まで下げられてしまっては、お金を借りている身の僕としては断る訳にもいかず……折れる形で、了承してしまったのだ。
「それで、お話というのは……?」
「まあまあ、そう焦らずとも、まずは料理が届いてからでも良いではないですか」
「はぁ……」
僕達が自分から料理を注文する気はないと察したのか、ダイヤさんはメニューからみんなで食べられそうな料理をいくつか見繕って店員に注文する。
「ギメイ達は、お酒は飲めるのか?」
「……」
「えーっと、僕もサ……ギメイも一応飲めます」
「良し。なら、これも追加で頼む」
アランさんがそう言うと、すぐにお酒が運ばれてくる。
「とりあえず、乾杯致しましょうか」
ダイヤさんはニッコリと笑うと、グラスを掲げる。
「では、今日この時に出会えた偶然に、乾杯」
「乾杯」「……」「か、乾杯」
……き、気まずい。僕の家は居酒屋だが、ここまで盛り下がってる客なんて見たことない。
しかし、どうやらそう思っているのは僕だけのようで、みんな気にせずにお酒を飲むと、それぞれの話題に花を咲かす。
「ギメイ、君は何処から来たんだい?」
「この世の果て」
「はっはっはっ! 面白いことを言うな!」
「別に」
……ヤバい、サズ子がこれ以上ないほど不機嫌そうだ。
「蒼様。本日は急なお誘いを受けて頂き、誠にありがとうございます」
「い、いえ……むしろ、まだお金を返せてないのに、ご馳走になってしまってすみません」
「気にしないでください。それより、お酒の味はいかがでしたか?」
「あっ、すみません。まだ飲んでなくて……今、頂きます」
僕はグラスに注がれた、エメラルドグリーンのお酒を一口飲む。
味はまるでグリーンアップルのようなサッパリした甘みのあるお酒で、とても飲みやすかった。
「美味しいです」
「それは良かったです。でしたら、次はこちらのお酒も飲んでみませんか?」
「え? あ、ありがとうございます……?」
僕はダイヤさんに勧められるままに、次々とお酒を飲んでいく。
すると、大体十杯目を超えた辺りだろうか?
ダイヤさんが冷や汗を流しながら、恐る恐ると僕に聞いてきた。
「あ、蒼様って、とってもお酒が強いんですね……」
「まあ、そうみたいですね」
「ち、ちなみに、どのくらいまで飲めますの?」
「どのくらいですか?」
はて、このままだと際限なく飲むとでも思われたのだろうか?
別に、僕は普通の水でも構わないのだが……。
「うーん、参考になるかは分からないんですけど、消毒された水をジョッキで十杯くらい飲んでも大丈夫でしたね」
「じゅ、十杯⁉︎ 消毒された物をですか⁉︎」
「は、はい……」
「そ、それは、本当に人間ですの……?」
「で、でも、僕は別に消毒されてない普通の水でも大丈夫ですよ?」
ダイヤさんが戦慄したような表情を浮かべるので、僕は一応フォローのようなものを入れておく事にする。
流石に、陸地だったら消毒されてない普通の水もあるだろう。
「蒼。ちなみに言っておくけど、ここでは生のままで飲める水の方が高級」
「えっ、そうなのか⁉」
「うん。馬鹿げたほどの値段がする訳じゃないけど、価格は消毒された水の方が断然安い。ていうか、アレは普通飲めたもんじゃないから、値段もただ同然」
「なるほど……じゃあ、僕は消毒された水でいいですよ?」
僕がそう言うと、ダイヤさんは今度こそポカーンッとした顔のまま固まってしまった。
「蒼、飲み物よりも食べ物を食べるといい。ここの料理もなかなかいける」
「おっ、確かに美味そうだな」
僕はハート形になっていたエッグベネディクトのような物を切り分けると、半分を自分の皿に移す。
変わった形だが、この世界ではこれが普通なのだろうか?
「あ、それ、俺がギメイと食べようとしてた……」
僕が不思議に思いながらそれを口に入れた瞬間、ボソリとアランさんが呟く。
……おかしいな。一瞬美味しかったはずのエッグベネディクトが、途端に味がしなくなったぞ。
「蒼、次はこれも一緒に食べよう」
しかし、サズ子はアランさんの様子など全く意に介さずに、次々に食べ物を僕とシェアしようとしてくる。
ま、まあ、奢ってもらっている身としては、同じ立場のサズ子と分け合って食べた方が気楽で良いんだけどさ。
何だろう、アランさんの方から恨めしい視線を向けられている気がして、さっきから冷や汗が止まらない。
「蒼様、次はこちらのお酒はいかがですか!」
すると、ダイヤさんがいつの間にか注文していた蜂蜜色のお酒を差し出してきた。
「これは、工業用アルコールを飲料用に味付けしたお酒でして、とても度数が高いんですよ!」
「こ、工業用?」
どうしよう、僕の聞き間違いじゃなければ、明らかに人体に有害そうな物質を飲まされようとしている気がする。
いくらお酒に強いと言っても、僕は別に度数の高いお酒が飲みたい訳でも、お酒が好きな訳でもないのだが……。
「おい、迷惑女。さっきから、お前は蒼に強い酒を飲ませてどうするつもりだ?」
「い、いえ、何も致しませんよ。私はただ、蒼様に楽しんでもらいたくて……」
「なら、お前のやっている事は見当違いだ。私も蒼も、お前とお友達になりたくてここにいるんじゃない。もっと、有意義な話を聞きにきた」
「お、おい、サズ子……」
あまりにも鋭いサズ子の言葉に、ダイヤさんは威圧されたように黙り込んでしまう。
「す、すみません、ダイヤさん。サズ子は少し気難しい奴でして……僕の為に、わざわざ飲み物を選んで頂きありがとうございます。これは……ありがたく、飲ませてもらいます」
僕はダイヤさんからお酒を受け取ると、覚悟を決めて一気に飲み込む。
うぇ……っ、薬品みたいな味がして全然美味しくない……。
しかし、ダイヤさんはそれを見て、感動したように瞳を輝かせている。
「蒼様……っ」
「そ、それで、お話の事なんですけど……」
「……はい。分かっております。私もそろそろ、お話しようと思っていたところです」
ダイヤさんは姿勢を正すと、僕の目を真っ直ぐ見つめながら言う。
「蒼様。一週間、私の護衛として雇われてはくれませんか?」
「護衛?」
「はい。勿論、お給料は出させて頂きます。サズ子様も、メイドとして雇っても構いません」
「サズ子が、メイドって……」
そんなの、絶対無理じゃん。
すると、サズ子は僕の思考を読んだようにギロリと睨むと、テーブルの下でゲシゲシッと僕の足を蹴ってくる。
「な、何で、僕を護衛にしたいんですか? 僕、そんなに強くないですよ?」
「ご謙遜なさらないでください。蒼様が一角の実力を持っているのは、一目見れば分かります」
「いや、本当に……―」
何故、ダイヤさんがこんなに僕を信頼しているのかは分からないが、流石に誰かの護衛をやれるほどの実力があると思うほど、僕も自惚れてはいない。
海軍試験の時は、逃げる事が出来たから捌けただけで、真正面から戦っていたら普通にボコボコにされていただろうし、ディアやアリスさんみたいな真の強者が相手だったら言うまでもない。
「……お願いです。どうか、一週間……いえ、三日でも構いません。私を、守ってはくれないでしょうか?」
「うーん……」
「……ちなみに、お給金はこれくらい出せます」
そう言って、ダイヤさんは指を7本立てる。
「いや、お金の問題というか……」
「七十万では足りませんか……」
「は?」
「お仕事内容によっては、このくらいまで出せるのですが」
ダイヤさんの指が、追加で3本立つ。
「これでも、駄目でしょうか……?」
「蒼、受けよう」
「いやいやいやいやっ!」
どう考えても、怪し過ぎるだろう。
途端に、話が胡散臭くなってきたぞ。
「そうですか……でしたら、サズ子様だけでもどうですか?」
「お金が満額支払われるなら、行っても良い」
「勿論です」
「歓迎するぞ、ギメイ」
「お、おい、サズ子?」
おかしい。僕でも怪しいと思うのに、何故かサズ子はすっかり乗り気だ。
しかし、このままサズ子だけ働かせに行かせたら、もっと厄介な事になるに違いない。
「……ダイヤさん。やっぱり、僕も働かせてもらって良いですか?」
「ぜひっ!」
ダイヤさんは嬉しそうに手を合わせると、いつものように優しい顔で微笑む。
……はぁ、何事もなく終わってくれればいいが。




