お金を短時間で稼ぐ、簡単な方法。
「はぁ…………はぁはぁ……………っ!」
「随分と遅かったね」
「……むしろ、ここまで辿り着けたことが奇跡だ」
僕が港に着いた頃には、昼間はあんなに明るく輝いていた海はすでに薄らと暗くなっていた。
き、キツかった……あの後、潮の影響なのかいくら泳いでも波に攫われて、永遠に陸との距離が縮まらなかったのだ。
スキルの影響で溺れる事はないので、何とかくじけずにここまで来られたが……軽くトラウマを植え付けられた気分だ。
「ゆっくりでもいいから、空を飛べばそんな事にはならなかった。言ったでしょ? 蒼は早く私の力を使いこなして、強くならなくちゃ」
「僕だって、空を飛びたかったけど……泳ぐよりもあっちの方が遅いし疲れるんだから、しょうがないだろ」
「使って慣れるしかない。そうすれば、私みたいに高速で移動する事もスタミナの消費を抑える事も可能」
サズ子はそう言って、港に大の字で寝転がっている僕に向かって手を差し伸べる。
「まあ、でも、お疲れ様。あんな遠くから、よく頑張ったね。お腹減ったでしょ? 一緒に、ご飯食べよ」
「……でも、お金ないだろ」
「言ったはず、お金は私が何とかすると」
ジャラッ!
金属がぶつかる音が頭の上から聞こえてくると思ったら、サズ子が片手に長財布のような物を持っている。
「それは……?」
「今夜は、私がご馳走してあげる」
****************
「さて、一体何をやらかしたんだ」
「……何もやってない」
現在、僕達はあらかじめサズ子が用意してくれていた宿屋に来ていた。
正直、死ぬほど腹は減っているが……出処が分からないお金でご飯を食べるほど、僕の神経は図太くない。
「蒼、私はこの状況の理不尽さに大変納得がいってない」
「じゃあ、どんな理不尽が起これば、半日で僕の一か月分の給料を超える収入が得られるんだ」
「あそこが、薄給だっただけ」
「だとしても、お前あれ何十万あったんだよ。日本でもあんな分厚い札束見たことねえよ」
僕は先程サズ子から見せて貰った、財布の中身を思い出す。
分厚過ぎて数える気にもならなかったが、もしかすると百万近くあったかも知れない。
「お子ちゃまの蒼は、知らなくてもいいこと」
「……お前、まさか?」
「ちなみに、私の身体には現在進行形で蒼以外には指一本触れさせたことはない」
「じゃあ、僕にはもう最悪な想像しか出来ねえよ」
「私が身体を売るのが、何故最悪の想像じゃないのだろうか」
いや、勿論それもそれで最悪なんだけど……それ以外で、法に触れずにこんな短期間でお金を稼ぐ方法があるのだろうか?
「頼む、サズ子。後ろめたい事がないなら、正直に言ってくれ」
「……蒼は、私の事を信用してないの?」
「そうじゃない。ただ、僕はお前の事が心配なんだよ」
すると、いじけたような顔をしていたサズ子が驚いたように僕を見る。
「びっくり。どうせ、肯定されるかと思ってた」
「あのなぁ……僕がお前を信じてない訳ないだろ? お前はワガママで、理不尽で、常に自分の事しか考えてない、最悪な奴だけど、僕の事だけはいつも守ってくれていたじゃないか。まあ、僕というより、僕のスキルを守るのが目的だったんだろうけどさ」
「……確かに、最初はそうだった。でも、今は——」
「知ってるよ。僕は、お前と契約したんだからな」
僕は布団の上で正座しているサズ子と視線の高さを合わせる為に、少しだけ身をかがめてサズ子の綺麗な漆黒の瞳を見つめる。
「サズ子。契約の時、何故僕がお前に嘘を吐くなと言わなかったと思う?」
「……知らない」
「それは、僕がお前になら嘘を吐かれたって良いと思ったからだ」
「嘘を……? なんで?」
「だって、嘘を吐かないサズ子なんて、サズ子じゃないだろ?」
コイツは、自分が死ぬ間際まで嘘を吐き続けた大馬鹿だ。
しかし、僕は知っている。
自分が死ぬと分かっていながらも、僕を守る為に嘘を吐き続けたコイツの嘘には、悪意だけじゃなく、ちゃんと優しさも混じっているのだ。
だからこそ、僕は命を賭けてサズ子を助けたいと思った。
「……でも、私は貴方の信頼を勝ち取らなければならない」
「信頼なら、もうとっくにしてるよ。僕がお前を絶対に裏切らないように、お前も僕を絶対に裏切らないと信じている。それに例え、お前が僕を裏切ったとしても、その時はふざけんなって言ってまた連れ戻すさ。だから、サズ子……僕の為に、危険な事はしないでくれ。僕に嘘をついてまで、僕に尽くそうとしないでくれ。そんな事をしなくても、僕はお前から絶対に離れたりはしない」
「……っ!」
僕がそう言うと、突然サズ子は唇を噛み締めたままボロボロと大粒の涙を流し始めた。
「……おかしい…………悲しくなんてないのに……涙が止まらない」
「……人間の身体は、そういう風に出来てるんだよ」
「……理不尽極まりない。だって、本当は嬉しいのに…………これじゃあ、私は身体まで嘘吐きだ」
その瞬間、サズ子はベッドに顔を押し付けると声にならない声で泣きじゃくる。
その姿はまるで、自分の感情が上手く制御出来ない子供みたいだ。
……海の中でサズ子の声を聞いた時、まるで迷子の子供が必死に助けを求めているみたいに聞こえた。
コイツが今までどんな人生を歩んできたのかは知らないが……もしかしたら、サズ子は僕が思っているよりも、ずっと未熟な存在なのかもしれないな。
僕は静かにベッドに腰かけると、泣いているサズ子の頭をそっと撫でてやるのだった。
****************
「あ、あの……」
「うん?」
あの後、泣いていたサズ子はそのまま寝てしまった為、僕は一度お風呂に入って汗とか塩とか流してサッパリする事にする。
この世界の海は入ってもあまりベタつかないからまだ良いが、何やかんやで長いことお風呂に入ってないのが気になっていたのだ。主に、臭いとか。
まあ、サズ子もダイヤさんもあまり嫌な顔をしてはいなかったので、大丈夫だとは思うんだけど……。
とりあえず、そんな感じで僕がお風呂から上がって部屋に戻ると、サズ子が気まずそうな顔をしながらベッドの上に座り込んでいた。
「……迷惑をかけた」
「別に、僕は何も迷惑はかけられてないぞ」
……まあ、僕はだが。
「……それで、お金のこと何だけど」
「おう」
「……アレは、その……ナンパ男達に貢がせた物を、売って手に入れた」
「はい?」
ナンパだって?
「……私が、街で適当にブラつく。私は可愛いから、すぐに声がかけられる。相手をして欲しいなら、それ相応の贈り物をしろと要求する。すると、馬鹿な男達はすぐそれに食い付くから、何かしらの高価な物を買ってくる。私はそれを受け取って、質屋に直行してそれをお金に変える。これを二、三回繰り返した」
「……なるほど?」
お前は何処の月姫だと言いたいが、確かに、サズ子の顔はとてつもない美少女だ。
中身を知っていなければ、ナンパくらいはされるかもしれない。
……しかし、だからと言って、そんな単純な手に引っかかるような奴がいるのだろうか?
「まあ、いいや。それで、その人達は今どうしてるんだ?」
「どうもしてない……ただ、用事があるからちょっと待っていてと言ったまま、逃げて放置しているから……」
「……はぁ、僕も一緒に行ってやるから、今から謝りに行くぞ」
「でも、もう居ないかも……」
「そしたら、また明日探そう。どうせ、このお金をダイヤさんに渡すわけにはいかないし、暫くはこの街に滞在するからな」
「……はい」
サズ子はそこで、落ち込んだようにシュンッとしてしまった。
まあ、僕が何も言わなくても反省してたみたいだし、これ以上はしつこく言う必要もないだろ。
「ほら、元気出せって。ちゃんと謝ってお金を返せば、きっと許してくれるさ」
「……うん。ありがとう、蒼」
さて、それでは行くか。
僕は散々漂流してボロボロになった服を羽織ると、そのまま部屋を出る。
うーん。しかし、ヴァンから貰ったお古の服も結構悲惨な事になってきたな。
親切で服をくれたヴァンには申し訳ないが、そろそろ他の服をどこかで調達したいところだ。
「……本当は、蒼に色々買ってあげたかったのに」
「うん? 何か言ったか?」
「何でもない……」
はぁー……っと、盛大な溜息を吐きながらサズ子はトボトボとついてくる。
どうやら、相当落ち込んでいるみたいだな。
まあ、サズ子はたぶん人に謝る事に慣れていないだろうし、憂鬱な気分になっているんだろう。
一体、どんな人を騙したのかは知らないが、出来るだけ僕がフォローしてやらないとな。
****************
「本当に、すみませんでした!」
「……ごめんなさい」
「い、いえ、良いんですよ。顔を上げてください。ちゃんと、お金は返して頂きましたし……」
少し顔に皺の寄った優しそうな男性はそう言うと、気まずそうな顔をしながらお金を受け取ってそそくさと去って行く。
これで、三人目か……しかし。
「あんな優しそうな人が、ナンパなんてするのか?」
さっきから、サズ子をナンパした人達はみんな優しそうで、例えるなら学校の先生なんかをやっていそうな穏やかな雰囲気のある大人の男性ばかりだ。
しかも……。
「なあ、この世界でも左手の薬指に指輪を嵌めている人は……その…………」
「うん。結婚してるよ」
「……ていうことは」
「そう。言っちゃえば、浮気のようなもの」
「お前のナンパって、要はパパ活の事かよ……」
そりゃあ、相手も気まずそうな顔をする訳だ。
「ちなみに、私から声をかけた人は一人もいない。全員、自分の意思で私に声をかけてきた」
「そうか……何と言うか、こっちも後味が悪いな」
「結局、人は愚かな生き物ということ」
「……そうかもな」
色々な意味で最悪な気分になりながら、僕は大きな溜息を吐く。
「もう、他にはいないのか?」
「あと一人だけ」
「まだ、いるのかよ……」
「うん。でも、その人は結婚してないよ。ただ、一番しつこかったから……その」
「……その人は、何処にいるんだ?」
「待ち合わせしてたのは、あっちの広場」
サズ子はそう言って、大きな噴水のある広場を指差す。
「はぁ……、さっさと行くか。何か色んな意味で今日は疲れたし、早く宿に戻って寝たい」
「……ごめんね」
「……いや、たぶん、お前のせいだけじゃないから気にすんな」
僕は世の中の大人達に失望しながら、噴水のある広場に向かう。
これなら、まだ思いきり怒鳴られた方がマシだったかも知れないな……。
「……あっ、居た」
広場に着いた瞬間、サズ子が短くそう漏らした。
ふぅ……、何とか今日中に全員に謝ることが出来そうだな。
しかし、さっきのおじさんといい、みんな良くこんな遅くまでサズ子のことを待っているものだ。
僕は半分呆れながら、顔を上げる。
広場には、見たところ一人しかいないようだ。
「……あの人か?」
「そう」
「マジか」
その人は先程の人達と比べると随分と若く、また同姓の僕から見てもとても顔立ちの整った誠実そうな男性だった。
「なぁ、何でさっきからお前をナンパする奴は、あんな良い人そうな方ばかりなんだ?」
「一応言っとくけど、私だって無差別にナンパに反応していた訳じゃない。私なりに、救いようが無さそうな奴を選別していた」
「救いようが無さそうな奴?」
「そう。一度痛い目を見ないと、反省しなさそうな質の悪い奴を」
うーん、僕にはあの人がそんな悪そうな人には見えないけどなぁ。
髪を短く切り揃え、オシャレなシャツを着こなし、バスケ部のようなバランスの良い体型をしたその男性は、僕の世界なら間違いなくクラスの中心人物にいそうなタイプに見える。
「ああいう優しい顔したイケメンに限って、性格に問題を抱えていたりする」
「……まあ、仮にそうだとしても、間違いなく今回迷惑をかけてるのはお前の方だけどな」
「……そうだけど」
「はぁ……、とりあず、謝りに行くか」
僕達が広場に近づくと、その男性はサズ子に気が付いたようでパッと顔を輝かせてこちらに駆け寄ってくる。
「ギメイ! 良かった! 待ち合わせ時間をとっくに過ぎても来ないから、何処かで事件に巻き込まれたのかと思ったぞ!」
いや、ギメイって……何と言うか、サズ子のやる気の無さが伝わってくる名前だな。
僕が呆れていると、男性は僕の存在に気が付いたのか訝し気な顔をして立ち止まる。
「うん……? 君は誰だ?」
「あー……、僕はコイツの付き添いみたいな者です」
「……どういう事だ?」
「えっと……ほら、サ……ギメイ。とりあえず、早く謝れって」
「……ごめんなさい」
「え……?」
その男性は、相変わらず何がなんだか分からないように戸惑った顔をしたままだ。
……さて、後は僕から事情を説明するか。
自業自得とはいえ、流石に自分のした悪事を自分で説明させるのは可哀想だしな。
「……実は、ギメイは僕の為にお金を集めようとしてくれたみたいで、それでその……貴方から貰った物を売ってしまったんです」
「……」
事情を察したのか、男性は僅かに険しい顔つきになる。
「本当に、すみませんでした。全額ではないのですが……今はひとまず、これでどうか許してくれないでしょうか?」
僕はそう言うと、サズ子から預かっていたお財布ごとその男性に渡す。
これで、僕達は真の意味で無一文に逆戻りしたわけだが……まあ、何とかなるだろう。
漂流していて気が付いたが、サズ子の影響か、僕の身体は数日何も食べなくてもお腹が減らなくなっているし、睡眠だって僅かな時間で済ませられるようになっている。
だから、短期のバイトを不眠不休で何日かやっていれば、宿代くらいはすぐに返せるはずだ。
「……ギメイ、本当なのか?」
「うん。ごめんね」
「……そうか」
男性は腕を組むと、難しそうな顔で考え込む。
「……君とギメイは、一体どういう関係なんだい?」
「……保護者みたいな?」
「何故、疑問系なんだ」
「いえ、改めて聞かれると難しくって」
困ったようにサズ子を見ると、少し不満そうなサズ子が私は子供じゃないとそっぽを向きながら呟いていた。
「はぁ……、やれやれ。これじゃあ、俺は誰に怒ればいいんだろうな」
「すみません……」
「いや、過ぎた事はもういいんだ。謝りに来てくれただけ、複雑ではあるが俺は嬉しいと感じている」
そう言って、男性は苦笑しながら首を振る。
あのサズ子が救いようがないと言うくらいだから、どんな人なのかと思ったけど……良かった。どうやら、良い人そうだ。
僕が思わず、ホッと安堵の息を吐いていると。
「……それで、もし良ければ何だが——」
「待ちなさい、アラン」
その時、突然後ろから最近聞いたことがあるような声が聞こえた。
「貴方と私の思考は、同じと考えました」
後ろを振り向くと、そこには不思議な色の瞳を輝かせた綺麗なお姉さんが立っている。
「ダイヤさん? 何でここに……?」
僕が思わず首を傾げていると、目の前から驚いたような声が聞こえてきた。
「お、お嬢様……?」
……はい?




