箱入り?お嬢様
僕達は【汚泥の鱗】を使うと、甲板のあまり人目に付かない場所に降りる。
改めて、周囲に人がいない事を確認すると、僕は【汚泥の鱗】を静かに解除した。
「ふぅ……っ。おい、サズ子。腕が疲れたから、もう下ろすぞ」
「拒否する」
「何でだよ」
「その理由だと、まるで私が重いみたいで嫌」
「よいしょっと」
「……」
訳の分からない事を言っているサズ子を無視して適当に地面に下ろすと、何処からかジッと視線を向けられている気がする。
「おーい。拗ねてないで、姿を見せろって」
「……まあ、いい」
すると、サズ子が少し離れた場所で、僕に背を向けながら姿を現した。
「何だよ、そんなに怒るなって。ずっと姿を消している訳にはいかないし、お前を抱えていると目立つんだから、しょうがないだろ」
「……はぁ、別にそうじゃない……けど、そうね。私達はただ目立たずに船から降りられれば、それでいい」
「うん? まあ、そうだな」
「だから、危害を加えられない限り、こちらからは手を出さない」
「当たり前だろ」
急に何を言っているんだ、コイツは?
僕は突然おかしな事を言い出したサズ子を胡乱な目で見ていると、サズ子はくるりと僕の方を振り返り、さっさと甲板の方へ歩いて行ってしまった。
「行こ、蒼。人間の身体だとお腹が減ってしょうがない。船を探索して食堂を見つけよう。時間的には、ご飯が用意されていてもおかしくないはず」
「あっ、おい! ご飯があっても、僕達はお金を持ってないんだぞ」
「大抵、こういう場所ではチケット代にご飯代も含まれている。堂々としていれば、バレる心配もない」
「ほ、本当かよ……?」
「知らない。けど、蒼もいい加減、お腹減ったでしょ?」
……まあ、確かに何日もご飯を食べてないので死ぬほどお腹は減っているが、折角船を見つけたのに追い出されるリスクを負ってまで、僕はご飯を食べたいとは思わない。
しかし、サズ子はよっぽどお腹が減っているのか、その場から逃げるように船内に向かっていく。
はぁ……、しょうがない。
どうせ止めても聞かないだろうし、アイツ一人を行かせてしまったら、どんなトラブルを起こすか分かったもんじゃないからな。
僕は大きく溜息を吐くと、急いでサズ子の後を追うのだった。
****************
船の中は、僕の想像を遥かに超えるほど豪華だった。
通路には高級そうな赤い絨毯が一面に敷いてあるし、カジノやプールなど、様々なアミューズメント施設が用意してある。
当然、レストランもあるにはあったのだが……。
「おい。ここ、絶対に高いぞ」
「どうせ、タダだから変わらない。むしろ、食事に期待出来そうで何より」
「僕はタダじゃなかった時の話をしてるんだ」
「大丈夫。いざという時は、私に任せて」
「いらっしゃいませ、お客様。何名様でしょうか?」
「二人で」
「かしこまりました。只今、お席にご案内致します」
サズ子はレストランの前にいたスタッフにそう伝えると、さっさと中へ入って行ってしまう。
……どうしよう、果てしなく不安だ。
今のうちに、皿洗いのバイトに空きはあるかどうか確認しておいた方がいいかもな。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
「選ぶのが面倒くさい。私達は結構食べるから、ボリュームのある料理を何品か適当に持ってきて」
「かしこまりました」
僕が重い足取りで席に辿り着くと、ちょうどサズ子がとんでもなく無茶な注文を席まで案内してくれたスタッフに向かってしている所だった。
……実家の居酒屋で両親の手伝いをしていたから分かるが、メニューも見ずにおまかせでとこちらに全て注文を投げてくる客など、最悪でしかない。
しかし、この店のスタッフは良く教育されているようで、そんなサズ子の無茶な注文にも少しも動じずにアレルギーの有無だけを確認すると、軽やかにその場を去って行く。
「楽しみだね。蒼」
「ああ、さっきからドキドキが止まらないよ……」
「それは、料理に? それとも、私に?」
「両方」
「料理と並べられるなんて屈辱。そこはズバッと、私と言って欲しかった」
「ちなみに一応言っておくが、これは別に褒め言葉でも何でもないからな」
「なら、構わない。けど、今の言葉は覚えておくと良い。いつだって、選ばれる時は一番でありたい。女ってそういうもの」
「任せとけ。改めて、お前よりも最悪な奴はいないと再認識したよ」
僕とサズ子が口論以下喧嘩未満のくだらない会話をしていると、ドンッと目の前にジュウジュウと音を立てた分厚いステーキが置かれた。
「お待たせ致しました。こちらは、海牛のシャトーブリアンで御座います」
「美味しそう」
「ありがとうございます。お飲み物は、ワインでよろしかったでしょうか?」
「問題ない」
「かしこまりました。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
スタッフは流れるような動作でワインボトルを開けると、トクトクと綺麗な音を立ててグラスにワインを注ぐ。
「何を言っているの? これだけで、足りる訳がない」
「……はい?」
しかし、そこで初めてスタッフが動揺したような声を漏らす。
だが、気持ちは分かる。いくら腹が減っていると言っても、僕もサズ子も決して巨漢ではない。むしろ、この世界の人に比べたら華奢な方だ。
このステーキが一体何グラムあるのかは知らないが、普通ならきっと二人で食べても満足のいく量があるのは間違いないだろう。
しかし、サズ子はスタッフの困惑した表情など気にせず、注文を続ける。
「最低でも、この倍は欲しい。ステーキじゃなくてもいいから、可能なだけ持ってきて」
「か、かしこまりました」
「あっ、すみません」
「な、何でしょう?」
「ついでに、水をください」
「はい?」
「え?」
僕がそう言うと、スタッフは今度こそ目を丸める。
……あれ? 僕なにか不味い事を言ったかな?
「い、いえ、大変申し訳ございません。只今、お持ちいたします」
僕が冗談を言っている訳じゃないと察したのか、スタッフは最早何が起こっているのか分からないといった表情のまま、そそくさとその場を立ち去っていく。
「……ちなみに、この世界の船に常備されている水……というか、飲み物は全て消毒済み。だから、普通はワインみたいに消毒された水を何かで割って飲む。原液のままで飲もうとする人は、ほとんどいない」
「え、そ、そうだったのか? でも、子供とかもこの船には乗っているだろ?」
「蒼が何を勘違いしているのか知らないけど、この世界には消毒された状態の飲み物を飲むことを咎める法律は存在しない」
サズ子はそう言うと、コクリとワインに口を付ける。
うわぁ、そうなのか……。どうしよう……。
「まあ、安心すると良い。蒼の世界のお酒の質が悪いだけで、こっちの消毒された水は身体に何の害もない。アルコールに近い、全く別の物質だと考えれば分かりやすいはず」
「え、本当か?」
「うん。その証拠に、蒼は消毒された水をいくら飲んだところで死ななかったし、体調を崩すことも無かったでしょ?」
「それは確かに」
遺伝的にはアルコールに強い耐性を持っているはずなので、てっきり、そのおかげで飲めているのかと思っていたが……なるほど、そういう裏事情があったのか。
……良かった。実は消毒された水を飲むたびに、少しだけ罪悪感はあったのだ。
「ワインとか言うから、てっきり、お酒なのかと思ったよ」
「何度も言うけど、それは別に間違ってない。消毒された水は、蒼の世界のアルコールと近い存在。だから、飲んだら個人差はあるけど酔ったような感覚には陥る。ただ、蒼の世界のお酒と違うところは、本当に何の害もないだけ。二日酔いも急性アルコール中毒も、この世界のお酒には存在しない。だから、子供がお酒を飲むこと自体は別に問題じゃない。ただ、味の問題で子供にはジュースの方が人気」
「あー……、まあ、確かに大人が全員お酒の味を好きな訳じゃないもんな」
「そういうこと。ちなみに、蒼はしっかりとアルコールに強い。消毒された水は、そっちの世界の度数に換算すると90%を優に超える」
「……将来の参考にするよ」
その時、ちょうどスタッフの人が消毒された水をボトルで持ってきてくれた。
僕はそれを受け取ると、ポンッと良い音を立てながらボトルの栓を開ける。
その瞬間、ブワァッと周囲にいつもの独特な匂いが漂い始めた。
もう慣れたとはいえ、そういう事情があるなら確かにコレを好き好んで飲む人はいないだろうな……。
僕はそれを一緒に渡されたグラスには注がず、直接ボトルを口に付けてゴクリと一気に飲み干す。
……うん。やっぱり、全然美味しくないや。
こんな事なら変な罪悪感とか感じずに、もっと別の飲み物を頼めば良かった。
僕は何故か吐きそうな顔でこちらを見ている店員に空になったボトルを渡すと、ついでに適当な飲み物を追加で注文する。
その時、スタッフにまだ飲む気ですかというような顔をされたが、別にこれくらいブラックハーツにいた頃に比べたら大した事はない。
「さて、それじゃあ新しい料理が来る前に、さっさと目の前の肉を片付けよう。不便な事に、空腹だと人間の身体は全く役に立たない」
「そういえば、こんなに頼んでお前ちゃんと食べられるんだろうな? 一応、飲食店の息子として、一口食べてお腹いっぱいとか言い出したら、流石に怒るぞ」
「心配しなくとも、私は元暴食の化身」
サズ子はそう言って、切り分けられたステーキを一切れパクッと食べる。
「……っ!」
すると、サズ子は驚いたように目を見開いた。
「……美味しい」
「おっ、そんなにか」
正直、届いた時から早く食べたくてしょうがなかった僕は、早速自分のお皿に二、三切れ取り分けると、口に運ぶ。
その瞬間、ジュワッと肉汁が溢れ出して幸せな味が口一杯に広がった。
うーん、美味い。白いご飯があれば、すぐさまかき込んでしまいたいくらいだ。
僕はすぐさま取り分けた肉を食べてしまうと、再び何切れか自分のお皿に取り分けようとする。
しかし……。
「……おい、何でもう肉が無いんだ」
「言われた通り、残さず食べたまでのこと」
「ふざけんな。僕の分も少しくらい残しとけよ」
「そんなに食べたいなら、追加で注文すればいい。私もアレだけじゃ少し物足りないところだった」
信じられない事に、サズ子はあんな分厚い肉をほぼ一人で食べ切ったくせにまだ足りないらしい。
僕の抗議の視線も無視して、さっさとスタッフを呼ぶ。
「今のと同じ肉を、あと三枚くらい追加で」
「さ、三枚ですか……?」
「そう。あと、残りの料理はまだ来ないの?」
「た、大変失礼致しました。すぐにお持ちします」
どうやら、スタッフもいよいよ僕達が普通の客ではないと悟ったらしい。
大慌てで厨房に向かって行くと、次から次へと様々な料理が運ばれてくる。
「お、おい。何だか、洒落にならないくらいの量が運ばれてくるけど……本当に、全部食い切れるんだろうな?」
「任せて」
サズ子は心なしか目を輝かせながら、自信満々に料理に手をつけ始める。
それにしても、コイツいちいち幸せそうに食べるな……そんなにお腹が減ってたのか?
ぐぅー……。
すると、僕のお腹が盛大な音を立てる。
サズ子の食べっぷりを見ていたら、こっちまでお腹が減ってきた。
……未だにお金の心配はあるが、これだけ料理が来てしまった以上はもう手遅れだろう。
僕は諦めて、目の前にあったパスタのような物を口に入れる。
ボンゴレのような風味と共に、口の中で海鮮の旨味が広がっていくようだ。
これはまた、絶品だな。
「あっ、蒼。私もそれ食べたいから、ちゃんと残しといてね」
「お前、自分は遠慮なく全部食うくせに……分かったよ。その代わり、そのピザみたいなヤツを僕にもくれ」
「うん。二人で分け合おう」
サズ子はそう言うと、半分ほど残ったピザを僕の前に差し出してくる。
珍しく素直だな。やっぱり、食の力は偉大だという事か。
僕とサズ子は、暫くそのまま次々と運ばれてくる料理を黙々と食べながら、数日ぶりの食事を堪能する。
「さて、それじゃあ、そろそろ情報交換といこう。蒼は、私に聞きたい事がたくさんあるはず」
「え、いいのか?」
「いいのか、とは?」
「いや、お前はどうせ聞いても本当のことを教えてくれないと思ってたから」
「……まあ、これは私に非があることだから強くは言えないけど、私と蒼はすでに運命共同体。基本的には、隠し事はしない」
「基本的には……ね」
「そんなに知りたいなら、私のスリーサイズを教えてあげてもいい」
「興味ないわ!」
「それはそれで、とても不満」
サズ子はジト目で僕を見つめるが、僕はそんなセクハラ野郎ではないのでお金を貰ってもそんな質問をする気はない。
……しかし、本当に素直に答えてくれる気があるのなら、聞きたいことはそれこそ山のようにある。
「それじゃあ、とりあえず、お前の槍はどうしたんだ? あと、ディアから貰った鎌も」
「ああ、槍はそろそろ蒼に渡そうと思っていた。はい、これ」
サズ子は何処からか黒銀の指輪を取り出すと、僕に手渡してくる。
「え、何これ?」
「婚約指輪」
「いらねっ」
「いくら何でも、女の子からのプレゼントにその反応はないと思う」
「いや、どう考えても重過ぎるだろ。僕一人じゃ、とても受け止めきれねえよ」
「はい、病んだ」
サズ子は拗ねたように、ぷくっと頬を膨らます。
「折角、あのままじゃ邪魔になると思ってわざわざコンパクトにしたのに、こんな反応されるとは思ってなかった」
「……えっ? じゃあ、本当にこの指輪があの槍なのか?」
僕は手渡された指輪を、改めて良く観察する。
指輪のデザインはシンプルで、黒銀のリングの表面にザラザラとした蛇が這いずったような刻印があしらわれている。
素材は、恐らく何かの金属で出来ているのだろう。指輪にしては確かな重さがあるが……流石に、黒銀の槍ほどではない。
「これ、本当に槍なのか? 仮に槍に戻ったとしても、鉛筆くらいのサイズにしかならないと思うんだけど……」
「あの槍は、私の意志で重さも大きさも自由自在に姿を変えられる。だから、もしも蒼が槍を使いたくなったらイメージしてみるといい」
「何を?」
「私の姿」
「お前の? 槍じゃなくて?」
「そう」
「何で?」
「分からないの?」
「分からないから聞いてるんだ」
「いつも私を思い出してってこと♡」
「すみませーん、この船に指輪の買取してる店ってありませんかー?」
「それを売った瞬間、この船全体に響くくらいの大声で泣きながら海に飛び込んでやる」
「おい、それ事情を知らない人が見たら、まるで僕のせいでお前が自殺したみたいになるだろ」
「知らない」
サズ子はそう言うと、再びパスタをモグモグと食べ始めてしまった。
どうやら、これでこの質問は終わりということらしい。
……いや、突然机の下で僕の足をガンガン蹴り始めたので、もしかしたらまだ怒っているのかも知れない。
「……それじゃあ、あの鎌もアクセサリーにしてお前が持っているのか?」
「あれは捨てた」
「はい?」
「いつまでも使えないゴミを持っていてもしょうがない。今頃は、海の底を漂っているはず」
「……いや、まあ、お前がディアに渡された物だから、別に良いんだけどさ」
折角、天海を目指すために役立ちそうだったのに……勿体ない。
僕は溜息を吐くと、渡された指輪をどうしようかと考える。
指輪なんて人生で一度も嵌めた事がないから、どの指に嵌めたら良いのか分からない。
「ちなみに、指輪のサイズは蒼の左手薬指に調整しておいた。無くすといけないから、そこに嵌めるのがオススメ」
「おっ、ラッキー。右手の人差し指に入るじゃん」
「……」
サズ子は更に強く僕の足をガスガスと蹴ってくるが、こればっかりは譲歩するつもりはない。
さてと、次は何の質問をしようかな?
僕は蹴ってくる足を思いきり踏みつけながら、涙目になったサズ子の方を見る。
「じゃあ、次の質問なんだけどさ。結局【異海の支配者】って、どんなスキルだったんだ? サズ子は、僕よりもあのスキルを使いこなしてそうだったし、何か知らないか?」
「……それは私も良く知らないし、間違いなく私より蒼の方が使いこなしていた……けど、あれはたぶん相当強い権限を持ったスキルだと思う」
「どういうことだ?」
「例えば、そうね……それこそ、神様が持っていてもおかしくないような」
「はぁ⁉︎ いやいや、そんな訳ないだろ! 僕はただの人間だぞ?」
「確かに、多少大袈裟に言ったのは事実。でも、海や海に巣食う化け物に干渉されないのは、人間が持つにしてはあまりに強すぎる……だからこそ、私は貴方のスキルを欲した。それさえあれば、帰れると思ったから」
「うーん……。まあ、仮にもしそうだとしたら、僕達はもう元の世界に帰れるって事にならないか?」
「……残念ながら、話はそう簡単じゃない。蒼、自分のステータスを確認してみて」
「え? 良いけど……【ステータス】」
名前 天条蒼 所属 ???
筋力 ??? 体力 ??? 魔力 ??? 体術 ??? 槍術 ???
スキル 「異海の???」「人体共存」
魔法 「鑑識魔法」「言語魔法」
その瞬間、以前よりも圧倒的に読めない箇所が増えた僕のステータスが現れる。
これ、仮にもしこのステータスを提示する事があったら、絶対に止められるだろうな……。
「気が付いてないみたいだけど、スキル名がまた読めなくなっている」
「え? あっ、本当だ!」
「どうやら、また性悪女にスキルを奪われたみたい」
サズ子はそう言って、はぁ……と溜息を吐く。
「何で、毎回ディアは僕のスキルを持っていくんだよ……」
「蒼が自分の知らないところで、天海に行くことを防止するためじゃない?」
「なら、さっさとスキルを返して、僕達と一緒に天海に行けば良いじゃないか。別に、ディアだけ置いて行くなんて意地悪するつもりないぞ」
「そんなの知らない。蒼を信用してないのか。今返しても意味が無いのか。はたまた、他に何かロクでもない考えがあるのか……色んな可能性があるけど、今はとにかく十二海層に向かって力をつけよう。それに、蒼はいざとなったら【異海の支配者】を自分の意思で取り返せる事が証明された。焦る必要はない」
そう言われて、ふとサズ子を助けた時の事を思い出す。
あの時は必死過ぎて考える余裕がなかったけど、もしかして黒海で見た太陽のような二つの光は……ディアとサズ子に奪われていた、僕のスキルだったのか?
「……はぁ、結局、お前等は二人共最悪な事には変わりないんだな…………」
「あの性悪女はともかく、私まで同じ括りにされるのは納得がいかない」
「お前もディアも、やってる事に大差がねえんだよ。自分勝手に、僕のスキルを奪いやがって」
「ちなみに、私達がガイアから振り落とされたのは、あの性悪女にスキルを奪われているせいで、あの性悪女から離れると【異海の支配者】の効果が弱まるからだと考えられる」
「……なあ、やっぱり僕はディアと一緒に天海を目指した方が良い気がしてきたんだけど」
「それだけは、絶対嫌」
サズ子はツーンっとそっぽを向くと、話は終わりと言うように目の前の料理を食べ始める。
うーん。どちらにしろ、ディアがいないとスキルが発動出来ないなら、いざ天海に行く時は何処かで合流しなければならないと思うのだが……。
……まあ、今はいいか。僕はまだディアや兄貴と並べるほど強くはなっていないし、それにたぶんだけど……時が来たら、ディアの方から僕に会いにくる気がする。
「とりあえず、今は蒼のパワーアップが先決。今のままじゃ、蒼は弱過ぎる」
「そんなにか? そりゃあ、確かにディアと比べれば弱いけど、百人近くの人間相手に一人で渡り合えるくらいには強くなったんだぞ?」
「この世界の人間は、魔法という神の力を身体に宿す事で身体能力が際限なく高くなっている。蒼が相手していた奴等みたいに、精々三つか四つしか魔法を取得してない奴なら何百人来ても大丈夫だけど、金髪女みたいに何十個も魔法を取得している奴の相手にはならない。蒼が金髪女に勝てたのは、ただの偶然」
「いや、確かにアリスさんに勝てたのは、僕自身も何でか良く分かってないけど……ていうか、今思い出した。お前、僕のスキルは狙うくせにアリスさんの魔法には見向きもしなかったじゃないか。何でなんだ?」
「……流石に、私も宝石とガラス玉の違いは分かる」
「?」
つまり、アリスさんよりも僕の方が弱いから、スキルを奪いやすかったという意味だろうか?
「話が逸れた。とにかく、身体能力に関しては、私の魂の影響で蒼の身体は寝ていても強くなる。だから、後は私の力を使いこなせるようになればいい」
「おい、ちょっと待て。今サラッと聞き逃せない情報があったんだが……お前の魂の影響で、何で僕の身体が強くなるんだ?」
「私が蒼の魂の影響で人間に堕ちたように、蒼の身体が私の魂の影響を受けるのは必然。そして、私の魂は特別性だから、きっとすぐに蒼の身体を侵食していくはず」
「天海に行く前に、まずお前の魂を引き剥がす方法を探した方が良い気がしてきた」
「諦めた方がいい。私の魂はビニールテープよりも粘着質」
「だからって、僕に人間辞めるほどの覚悟はねえよ! あと例えが中途半端過ぎて全然しっくりこねえよ⁉︎」
「大丈夫。たぶん、蒼が蛇になったりとかはしないから……それに言われなくとも、私の魂が十分に回復したら勝手に出て行く」
「え? 靴底にへばりついたガムよりも鬱陶しくて、一度花についたら永遠に現れるアブラムシくらいしつこいお前が、自分から出て行くのか? ……何か、逆に怖いんですけど」
「例え、神が阻もうとも、絶対にもう二度と貴方から離れない。今、そう決めたわ」
「頼む! 全力で謝るから、それだけは勘弁してくれ!」
「はい、病んだ」
サズ子は、完全に拗ねたようにそっぽを向く。
「そんなに私の事が嫌いなら、最初から私なんて助けなければ良かったのに」
「うっ、ごめん……言い過ぎた。何かサズ子が相手だと、言葉から遠慮とか思いやりとか優しさが全て抜け落ちるんだよな」
「フォローに見せかけた更なる追い打ちをかけられて、もっと病んだ。大体、私ばかり質問攻めにあっていて不公平。私は正直に答えたんだから、蒼も私の質問を誤魔化さずにちゃんと答えるべき」
「質問?」
「……だから、蒼は何でこんな私の事を助けたりなんかしたの? 私は貴方の命すら、どうでもいいと思っていたのに」
「それは……」
僕がサズ子を助けた理由か……。
そんなの……?
「失礼、少しお邪魔させて頂いてもよろしくて?」
その時、不意に僕達のテーブルに茶色の髪をした深窓の令嬢といった風な女性がやって来た。
その女性は、玉虫色のような不思議な色の瞳を輝かせると、にっこりと僕に微笑む。
……誰だ、この人?
「突然、申し訳ありません。お二人がとても楽しそうに会話をしていたのを見て、つい羨ましくなってしまって……もし、よろしければ、私もお昼をご一緒させて頂いても?」
「えっ? でも、僕達みたいな得体の知れない人と食事して、お連れの方とかは心配しないんですか?」
「ふふっ、安心してください。私、今一人旅をしていますから。それに、お二人ともとても危険な方には見えませんわ」
はて、こんな見るからに箱入りのお嬢様みたいな人が、一人旅なんかするだろうか?
しかし、アリスさんの例もあるし、この世界では見かけで人を判断するのは危険かも知れない。
「残念ながら、貴女の眼は節穴。私達は、極悪非道の最悪カップル。後悔したくなければ、近づかないことをオススメする」
「誰がカップルだ」
「何故、極悪非道よりもそっちを否定したのか詳しく聞かせて欲しい」
「お前が極悪非道なのは事実だけど、僕とお前はカップルじゃないからだ」
「あら、お二人は恋仲ではありませんの?」
「だから、なに?」
「い、いえ、特に深い意味は……」
「おい、威嚇するなって」
僕は般若みたいな顔をしているサズ子を諫めながら、内心突然現れたこの女性に感謝していた。
……良かった。とりあえず、この女性のおかげでさっきの質問はあやふやになったみたいだな。
しかし、僕もサズ子に対して辛辣になり過ぎているのかも知れない。
これからは、少し注意しながら話すようにしよう。
「とりあえず、座って下さい。実はちょっと料理を頼み過ぎてしまったみたいなので、手伝って頂けると助かります」
「ちょっと、蒼。これは二人で分け合う約束のはず」
「いや、言わなかったけど、これ何人前あると思ってんだよ。正直、僕は半分も食い切れないぞ」
「そ、そうですね。私もどれだけ戦力になれるかは分かりませんが、そういう事でしたら、喜んでお手伝いさせて頂きます」
女性はちょっと引いたように目の前の料理を眺めながら、恐る恐ると席に座る。
何だろう。別に巻き込んだつもりは無いのだが、少し申し訳ない気持ちになるな。
「……何が目的?」
「……そんなに警戒なさらないでください。本当に、少しお話がしたいだけですよ」
女性はそう言うと、僕の方を見る。
「その……お名前を伺っても、よろしいでしょうか?」
「僕ですか? 僕は、天条蒼って言います」
「天条蒼……不思議なお名前ですね」
「あー、確かに。ここら辺じゃ、あんまり見かけない名前かも知れませんね」
今まで周りが自然と受け入れてくれてたので、あまり気にした事はなかったが……この世界じゃ、あまり見かけないタイプの名前構成だろう。
何と言っても、僕は異世界の住人なのだから。
「ですが、不思議な響きなのに自然と頭に残る素敵なお名前です」
「あ、ありがとうございます……えっと、貴女のお名前は?」
「私は、ダイヤと申します」
「よろしくお願いします、ダイヤさん。こっちは一緒に旅をしているサズ子です」
「……」
「よろしくお願いします、蒼様。サズ子様」
「さ、様……? 僕達のことは、呼び捨てでも大丈夫ですよ?」
「申し訳ございません。これは癖みたいなものですから、不快でなければ、このままで呼ばせてくださいませ……むしろ、私の方こそ呼び捨てでも構いませんよ?」
「ダイヤさんで、お願いします」
「ご自分の事は呼び捨てで構わないとおっしゃっていたのに、私の事はさん付けですか? やはり、警戒されているのでしょうか?」
「いえ、ただあんまり女の人に慣れてないだけです」
僕は勤めて冷静にそう言うと、目の前にあったスープを一口飲む。
……全然、味が分からない。
いや、聞いて欲しい。僕は日本にいた頃は、本当にただ勉強しか取り柄のない冴えない男子高校生だったのだ。
当然、女子にモテた事なんてないし、何だったらクラスの女子と一年に数回話すか話さないかレベルのド陰キャだった。
そんな僕が、いきなり年上の綺麗なお姉さんと緊張せずに話せるわけがない。
「あら、そうなのですか? こんなにも綺麗なお連れ様がいらっしゃるので、てっきり女性の扱いはお手の物かと」
「とんでもない。そいつが、例外なだけです」
「何がどう例外なのかによっては、徹底抗戦も辞さない覚悟」
「接しやすいって意味だよ」
「……なら、もう少し、大事にしても罰は当たらないと思う」
「お前から罰に当たりに来てるんだから、しょうがないだろ」
「はい、病んだ」
「ふふっ、本当に仲がよろしいんですね。お二人はどちらに向かっているのですか?」
「えーっと、とりあえず、上の海層に行きたいなと考えていまして」
「なるほど。だから、ガルバンディアに向かっているのですか」
「がる……はい、そうです」
思わずボロが出そうになってしまったが、何とか堪えられた。
恐らく話の流れからして、この船の行き先がそのガルなんちゃらなのだろう。
僕は平然を装いながら、ついでに情報を集めようとする。
「ダイヤさんは、その街に行った事があるんですか?」
「はい。街というよりは国にですが……良く知っておりますよ」
ダイヤさんは少し不思議そうな顔をしながらも、笑顔でそう答える。
……ヤバい、早速話が食い違ってしまった。
僕が助けを求めるようにサズ子を見ると、呆れたような顔をしたサズ子が仕方ないといったように会話に加わる。
「私達は田舎から出て来たばかりだから、都会の事は良く分からない。出来れば、ガルバンディアについて教えて欲しい」
「あら、そうだったのですか。出身は何処なんですか?」
「日本列島という場所」
「二ホンレットウ?」
「第二海層の極東にある、小さな島。私達はそこから出て、世海を見て回る旅に出ている」
「そうだったんですね。素敵です。実は、私も田舎暮らしが嫌になって旅を始めたんですよ? もしかしたら、私達気が合うかも知れないですね」
「……さあね」
サズ子は相変わらず不機嫌そうだが、僕の為なのか話を中断させようとする様子はなさそうだ。
「……私は、ぜひともお二人と仲良くなりたいと思っていますよ。さて、それではガルバンディアについてでしたね。ご存じだとは思いますが、ガルバンディアからは上黒海が近いので、人の流通が多く、様々な産業が盛んに行われています。その為、第二海層最大の商業国家とも呼ばれる事もありますね」
「街の様子は?」
「とても活気に満ちていますよ。田舎から来たのであれば、人の多さにビックリしてしまうかも知れません」
「そう。上の海層には、どのくらいで行けるの?」
「それは、お金の話でしょうか?」
「それも含めて、時間とかもろもろ」
「そうですね……一人三万ボルもあれば、この船と同じような客船が出ていますので、部屋が余っていれば即日にでも第三海層のジョルノ黒海近くにあるヨクネ公国に行けると思いますよ」
「分かった」
「……お二人は、ガルバンディアにあまり滞在する気は無いんですか?」
「どうする、蒼?」
「うーん、行きたくてもお金が無いからしばらく働くしかないかなー……」
この世界の通貨であるボルは、大体一ボル一円みたいな感覚なので、僕とサズ子の二人合わせて合計六万円で上の海層に行けると思えば、良心的な価格ではあるのだが……どちらにしろ、一文無しの僕達に船のチケットを買うような余裕はない。
「でも、時間が無いよ?」
「……確かに」
しかし、恐らく海軍に目を付けられている僕達には、サズ子の言うようにあまり時間が無い。
僕達がどれくらい海を漂っていたかは知らないが、もうとっくにガルバンディアで指名手配を食らっていてもおかしくないほどだ。
「困ったな……」
「あの……もし、よろしければ、お金を貸してあげましょうか?」
「え?」
「その代わり、私を貴方達の旅に一緒に連れて行ってください」
「お断り」
サズ子はそう言うと、テーブルから立ち上がる。
いつの間にか、あんなに大量にあった料理は綺麗に食べ尽くされていた。
こ、コイツ、あれほどの量を全部一人で食べ切ったのか?
「行こう、蒼」
「で、でも、サズ子……」
「そんな良く分かんない女に頼るくらいなら、密入国する方が何倍もマシ。それに、私達の旅に余計な同行者はいらない」
「いや、そうじゃなくてさ……さっきから、店の入り口で怖い顔したマッチョの集団が、こっちをずっと見てるんだけど……」
「……」
サズ子が冷や汗を流しながら僕の視線の方を振り向くと、タイミングを見計らったように、ずっと僕達の注文を聞いていたスタッフがスタスタとこちらに歩いてきた。
「お客様、当店自慢の料理はご満足頂けたでしょうか? ……でしたら、お会計をお願い致します」
****************
「……あの、本当にすみませんでした」
「いえ、困った時はお互い様ですから」
僕が深々と頭を下げると、ダイヤさんは笑顔で気にする事ないというように手を振る。
結局、僕の予想通りあのレストランは有料だったようだ。しかも、超高級と頭に付くような。
優に二十人は第三海層行きの船に乗れるくらいのご飯をご馳走になってしまった僕は、もう完全にダイヤさんに頭が上がらなくなっていた。
「ほら、サズ子。お前もお礼を言えって」
「……どうも」
「いえ、良いんですよ。それで、お金のこと何ですけど……」
「あっ、勿論すぐにどこかで働いて返します!」
「でも、蒼。私達には時間がないとさっきも話したはず」
「お前、あんな大金を肩代わりして貰っておいて、良くそんな事が言えたな……」
「別に、払ってくれなんて頼んでない。私達は、あの状況でも逃げようと思えばいつでも逃げられた」
「仮にそうだとしても、僕がそんな事を許すと思うか?」
「……はぁ、蒼は真面目過ぎる」
サズ子は大きな溜息を吐くが、食い逃げは何処の世界でも犯罪だし、飲食店の息子である僕が食い逃げなんてしたら、両親に顔向けが出来なくなってしまう。
「あ、いえ、そうではなく……先程の件なのですが……」
「その話は、もう断ったはず」
「おい」
「だって、蒼。この女は、人の弱みに付け込んで自分の要求を通そうとしている卑怯な女。信用出来ない」
「ちなみに、それお前が良く僕にしている事だからな」
「……自分が有利な位置に立ってないと素直になれない。女ってそういうもの」
「そんな最悪な奴は、お前だけだ」
まさか、今日偶然会った相手に食事代を貸してくれるような人が、そんな事をする訳がない。
それに見ず知らずの僕達相手に、これだけ食い下がってくるのだから、きっと何か事情があるのだろう。
とりあえず、このまま話が進まないので一旦サズ子は放って置いてダイヤさんの話を聞くとするか。
「ちなみに、理由を聞いても良いですか?」
「はい。実は、私はずっと自分の人生が嫌で……平凡な日常を変えたいと思って、家を飛び出て来たのです。勿論、お二人がただの旅人ではないのは承知しております。ですから、どうか私を一緒に連れて行ってはくれないでしょうか? 雑用でも財布代わりでも構いませんので……」
「……だったら、辞めといた方が良いかも知れません。僕達は、かなり危険な旅をしていますから」
「……やはり、蒼様は海賊なのですか?」
「はいぃっ⁉」
あまりにも突拍子もない事を言われたので、思わず大きな声を出してしまう。
……おかしいな。一応、僕達は客としてこの船に乗っている設定なのだが。
「い、いや、違いますよ! 何でそうなるんですか⁉」
「も、申し訳ございません……そうですよね。海賊でしたら、そもそもこの船に乗れていませんもんね」
「そ、そうですよ」
「はい……」
僕達の間で、気まずい沈黙が流れる。
すると、その様子を見ていたサズ子が溜息を吐いて割り込んできた。
「はぁ……、蒼。無理だと分かっているなら、ハッキリ断ってやれば良い。お金の事を気にしているのなら、私がどうにかする」
「え、サズ子がか?」
「うん。おい、迷惑女。明日の昼、あの港に来い」
サズ子が、不意に船の進行方向を指差す。
僕達がつられてそちらを見ると、僅かにだがちょうど島らしきものが見え始めていた頃だった。
「蒼、行くよ」
「え、行くって……」
「どうせ、私達がこの船のチケットを持っていないのはそこの女も分かっている。隠していても仕方がない」
サズ子は船の手すりを乗り越えると、僕の方を振り向く。
「島は見つけた。あとは泳ごう」
次の瞬間、ドボーンッと盛大な音を立ててサズ子は海に飛び込む。
「な……っ⁉ 相変わらず、無茶苦茶過ぎるぞ……っ! すみません、ダイヤさん! お金は、絶対に返します!」
「えっ、蒼様⁉ 駄目です! 危険ですよ!」
ダイヤさんの悲鳴のような声が後ろから聞こえるが、アイツを一人にすると何をやらかすか分からない。
僕は目を瞑ると、最後までお金の心配ではなく、僕の心配をしてくれていたダイヤさんに、本当にすみませんと心の中でもう一度謝りながら海へ飛び込む。
一瞬、視界が泡で真っ白になるが、海面に顔を出すとすぐにサズ子が近くまで泳いで合流してきた。
「……お前、泳げたのかよ」
「蒼の身体の動きを真似しただけ。まだ長距離は無理だから、抱っこして?」
「嫌だっつの」
僕は島の方を向くと、さっさと泳ぎ始める。
正直、いくら溺れないとは言っても、この距離を人間一人抱えて泳ぎ切る自信はない。
「……蒼の意地悪。もういい」
「あっ、ズルいぞ!」
しかし、サズ子は頬を膨らますと、空を飛んで一人で島の方に飛んで行ってしまう。
その手があったかと思い、僕も慌てて空を飛んで追いかけようとするが……何だこれ、全然スピードが出ないし、早く飛ぼうとすると泳ぐよりも何百倍も疲れるのが早いぞ。
僕が苦戦している間にも、サズ子は物凄いスピードで島に向かい、すでに豆粒ほどの大きさになっている。
何故、アイツはあんなに空を飛ぶのが早いんだ⁉
僕は飛ぶのを諦めて、海に戻ると泳ぐのを再開する。
……頼むから、トラブルだけは起こさないでくれよ。サズ子!




