秋の日は釣瓶落とし
秋の日は釣瓶落とし、ということわざがある。
井戸の水を掬う桶がするすると落ちていくように。日が暮れるのがどんどんどん早くなる。そんな様を表した言葉だ。
時間という波に揉まれ、それでもなお現代へ生き残った言葉というのは、時空を越えられる何かを持っている。このことわざには、色や匂いがあるように思われる。
太陽が沈むのが日に日に早くなるのを、嫌でも感じた。桶が落ちていくように、するすると残された時間がこの手の中から滑り落ちていくような感触が、今の自分には確かにあった。
日照時間が短いほど、鬱になりやすいというのは本当だろう。日が落ちるのが早くなればなるほど、それと共に焦りが募る。不安が増す。どんどんどん不安になる。
気持ちが逸り、寒さが身に染みる。
まだ冬は始まってもいないのに、はやく春よ来いと思う。
春を迎えられる保証もないのに、はやく春よ来いと思う。
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先日、田辺に会った。
あの日、田辺と別れた後に何があったのかを話した。
田辺は「ラウンジまで聞こえてたよ。お前の叫び」と笑ったあと、心から「良かったなぁ」と言って、自分のことのように喜んでくれた。
感謝しても、仕切れなかった。
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今日は週に二日の、現代文の日だった。
比較的現代文が得意な俺はついついその勉強を後回しにしてしまうため、最低でも一週間で二問は現代文の長文を解くと決めている。
今日読んだのは、「脱呪術化」についての文章だった。
評論文ではお決まりなテーマだ。
――近代になって、それまで世界に広がっていた「呪術」は、「科学」と「宗教」にわかたれ、「必然」はなくなる。
たとえば、悪人が神の裁きを受けるのは、「必然」だ。
――だが、「科学」はそれを許さない。落雷のメカニズムは科学的に解明され、天罰などというものは単なる「偶然」に過ぎないと証明される。
――人々は降り注ぐ雷に、後から都合の良い理由を付けているだけだったのだと気づく。そして非科学的なものは、空想だとして駆逐されていく……。
そんなよくある文脈の中で展開されるありがちな主張だ……。
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先日、平野に会った。
仲直りしたことを報告した。
平野は「よかったです。これで心置きなくお兄さんをけなせます」と楽しそうに言った。それが照れ隠しであることは、もうとっくにわかっていて。彼女なりにずっと負い目を抱えていたのかと思ったら少し申し訳ない気持ちにもなった。
でもやっぱり素直に言うのも俺達らしくないなと思って、「勘弁してくれ」と笑うだけに留めた。
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今日の文章は、やり尽くされたポストモダンというありがちなテーマ。丁寧に近代という言葉が持つ意味を微分していき、その成り立ちという角度からモダニズムの限界を指摘する……。
しかし、今日の文章はそれだけではなかった。
最後の段落で話が少し先へと進み、主張が急に捻じ曲がったのだ。無論それは突如変化したわけでなく、筆者の主張は最初から一巻している。ただ、抜粋部分のみを読んだ受験生が気づけなかっただけだ。最終段落でいきなり話が変わったかのような印象を受けるのは、作問者のいじわるだ……。
俺はスリーポイントシュートを決めた時のようにニヤニヤと自分のファインプレーを思い返し、読みの深さを自画自賛した。
最近、現代文のコツをようやくつかみ始めた気がする。
現代文は元々偏差値は悪くなかったが、現役のときは文章との相性で点数にバラツキがあり、偏差値が良いときは六十五。悪いときは五十五という、安定しない科目だった。
だがこの頃、ようやくそのブレが収まってきた。
現役の時のように、
――ありがちがな主張だな。くだらない文章だ……。
と読み流すことなく、真摯に文章に向かい合う。
すると、
――あれ、ありがちだけど、この人が言いたいことは……。
と、これまで見落としていた部分に気づけるようになったのだ。
自分の中にあるコンテクストに引きずられることなく、傾聴の精神を持って読めば、現代文ほど簡単な科目は無い。だって問題文に答えが書いてあるのだから。
俺は現代文について、ようやく確かな自信を手に入れた。
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先日、ミライに連絡した。
無事、仲直りしたぞ、と。
ミライは「これで心置きなく勉強できるな。受験受かったら告白とかすんの?」と舐めた口を利いてきたが、そこは兄貴なので大目に見てやることにした。
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リンと仲直り出来た。田辺と平野という友達も出来た。
俺にはもう、こんなにもたくさんある。
失うことすらできないほどに、何もかもを失って。絶望の淵にたたずんで。そして、救われた。
あんな地獄でも、勉強ができたのだ。今、出来ない理由はない。勉強に集中できないわけがない。
取り返したいものはもうない。あとはもう、新しく取りにいくだけだ。
向上心と、自己否定は、紙一重だと思う。現状に満足できないからこそ、上を目指せる。足枷にしか思えなかった劣等感はきっと、足を前に進ませるのにも役立っていた。
足に繋がっていた重りを失っても、前以上の力で。前以上に速く、この足を先へ進めなければならない。頑張れない理由はもう、一つもないのだから。




