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to be reconciled

 


 俺はリンと話したいことがたくさんあって。


 いや、話したいことなんか本当は無くて、ただもっと一緒にいたくて。


 たぶんそれは、リンも同じで。


 俺達はそのまま二人で家に帰ることにした。


 とっくのとうに夏は終わっていて、街はともすれば冬の匂いがした。ピリッと澄んだ空気で、頬に残った涙の跡がひんやりとした。


 街路樹は徐々に色づき始めている。今の俺にはそんな何気ない景色さえ、特別に映る。


 紅葉するのは葉緑素がなくなり、枯れ落ちる前だからだという話を以前、父に聞いて、がっかりしたことをよく覚えている。


 ――死の間際まで、どうしてこんなに美しい色をしていられるのだろうって。そんな儚い理由でこんなにも彼らは綺麗に色づいているのかって。今でも少し、切ない気持ちにさせられる。


 俺は道に落ちている葉を破かないようにそっと歩いた。


「夏休み、いっぱい勉強したの?」


「うん、もうこれ以上できないってくらい。勉強しかしてなかった」


「へぇ、まじで。ウチはようやく本気になってきたよ」


「え、今?」


「心配すんなって。これでもC判定だから。それに、ちゃんとやる気を計画的にコントロールしてたんだよ」


 強い風が、くるんとしたリンの髪を撫ぜていく。懐かしい香りがした。


「コントロールって?」


「まずさ、一年間もやる気が維持できないじゃん。最初から全力でトばすと疲れちゃうじゃん」


「うん、続けて。あとでまとめて指摘するから」


 俺のキレのないツッコミにリンは楽しそうに笑ってくれた。


「春はまだ一年もあるやんけ、ってだらけるっしょ。去年の貯金があるから現役生どもに大差つけてどや顔できるし。

 で、夏は夏で、今頃他の同級生はキャンパスライフでキャッキャウフフしてんだろうなぁって悔しくなってだらけるじゃん。『夏が、正念場だぞ』ってキメ顔で予備校のおっさんに言われても、世の中が夏休みなのだからええじゃろってなるやん。で、自習室が現役生で混み始めて暑くて家から出たくもなくて、結局家で勉強すると意外と集中できんじゃん。と思ったら冷房とアイスまみれの毎日を送って太るじゃん。ブクブクに太るじゃん。

 で、秋に『ここが踏ん張りどころだぞ』とか言われて、それ夏も言ってましたよねぇぇって思うんだけど、日が短くなるのと共にやばしやばしって思うっしょ。

 そいえば去年『現役生は直前まで伸びる』って言われた気がするけど、浪人生はもう伸びないんですかぁぁ、って本格的に焦り始めて、十二月とかはもう過去問毎日やってたらそれで終わっちゃうなって考えたら、ほら、やっぱりやる気のマネージメントは大事だよ」


 昔からリンは頭の回転が速いのか、話が早い。今も、息継ぎをしているのかも怪しいペースで一気に話しきった。よく途中で噛まないものだなぁとしみじみ思う。


「話が長くて最初の方ちょっと忘れたし、最後の方だいぶグダグダだったけど、なんか、余計に心配になってきたよ」


 リンは眉毛を八の字にして、「ヤマトがあたしの心配とか、生意気」とむくれた。


 名前を呼ばれただけで途端に胸が苦しくなって、顔がにやけそうになってしまう。俺はそれを、奥歯を噛んでぐっと堪えた。


「あたしだってヤマトの心配してたんだからね。一人で昼ご飯食べてそうだなぁとか、シャーペン忘れたとき貸してくれる人いないんじゃないかなぁとか」


「たしかに昼ご飯は一人が多かったけど、友達はできたよ」


 ちゃんと胸を張って言えた。今思えば、田辺には感謝してもしきれない。今度ちゃんと報告をして、お礼に高いラーメンでも奢ろうと思った。


 リンは「ええ、すごい」と言ってくれたが、そこにはほんの少しだけ残念だというニュアンスが込められているような気がした。


 だから俺はつい、「でも、寂しかったよ」と続けてしまった。


 ブレーキが利かなくなっている自分の口を叱りつけながら恐る恐る表情を窺うと、リンはちょっと驚いた顔をしたあと、「うん、あたしも。寂しかった」とにっこりと笑いかけてくれた。

 

 俺はもうなんだか、死んでもいいと思った。




 お互いの家の前にたどり着いた。


 もっとゆっくり歩いて、出来れば遠回りでもすればよかったと思っていると、リンが「ちょっとここで待ってて」と言って、とことこ自分の家へ駆けて行った。


 なんだろうかと思っていると、すぐにリンは家から出てきた。手には何か小包を持っている。


 リンは息を切らせながら俺の目前にやってくると、

「はい、どーぞ。誕生日おめでとう」

 という言葉と共に、それをこちらに差し出した。


 俺はいきなりのことで、もうただただ驚くばかりだった。


「俺、誕生日、だっけ?」


「八月三十一日でしょ、忘れたの?」


 そうだった。少し前に、終わっていたのだ。母から一本連絡が来て、父から五千円をもらって、それで終わりの日だったからすっかり忘れていた。


 俺と喧嘩していた間も、リンは俺のことを考えていてくれて、俺の誕生日を覚えていてくれた。そのことが俺にとっては信じられなくて、こんなにも幸せなことが起こっていいのだろうかと思った。せっかく引っ込んだ涙がまた出そうになった。


「ありがとう。開けていい?」


「どーぞどーぞ」


 包装紙を破かないようにそっとテープをはがし、綺麗に折りたたんで脇に挟む。出てきた紙の箱をそっと開けると、手触りのいい紺色のマフラーだった。


「おー、やわらけっ」


「いいっしょ? これから寒くなるし」


「ほんと嬉しいよ。ありがとう」


 今日はなぜか、素直に感謝の言葉を言うことが出来た。


 いつもはなんだかよそよそしくて、上っ面だけ取り繕ってるみたいで、全然素直に言えないその言葉を、今日は言いたくて言いたくて仕方が無かった。


「でもなんで夏にマフラー?」


「それは……、内緒。自分で考えなさい」


 楽しそうに。そして少し恥ずかしそうに、ニヤニヤと笑っているリンの姿を、俺は一生忘れないと思った。また涙が溢れそうになって、それを必死で堪える。


 俺はまた、もう死んでもいいかと思った。そしてすぐに思い直した。


 いま死ぬには後悔がありすぎる。正しくは、「生きてて良かった」だ。


 嬉しくて嬉しくて、気が変になりそうだった。


 人生には絶望がある。それは間断なく俺達の目の前に現れ、生きる理由を問うてくる。


 ――もう、いいだろ? ぜんぶ投げ出して、楽になろう。


 絶望は甘く囁き続ける。絶望の中に身を浸し続けることは、決して容易いことではなく絶望は虚しくも絶望を食らう。


 けれど、絶望に触れた時、人は初めて人になる。足掻きながら、のたうち回りながら、泥にまみれ、それでも前に進もうと必死になった日々を、青春と呼ぶのだろう。


「変わりたい」と、「変われない」とを。「世間体」と「生きづらい」とを。「大人になれ」と「譲れない」とを。ひかれあう俺たちのように。反発しあう俺たちのように。近づいたり、遠ざかったりを繰り返しながら、俺たちは緩やかに時間を紡いでいく。


 秋の風がふわりと金木犀の匂いを運んできた。俺は昔から、この匂いが大好きだった。


 すぐに秋も終わる。そして冬が来る。受験はすぐそこまで来ていた。


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