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夏の終わり

 


 夏休み最終日の今日は、模試があった。


 去年も思ったが、なにも夏休みの最後の日に模試をやらなくてもいいのではないだろうか。長期休暇の余韻を楽しませてくれてもいいだろう。


 まあ今年は学校がないのだから、夏休み最後というのはあまり関係がないのだけれど、文句の一つでも言って強がっていたい心境だった。


 実を言うと、俺は一週間くらい前から緊張していた。単なる模擬試験に緊張するというのは初めてで、正直戸惑った。


 試験が始まってからも、不思議な気分の高揚は止まらず、身体が妙にふわふわしていて、あまり集中しきれていないというか、試験を受けているという実感が湧かなかった。


 家に帰って解答を見直してみると、案の定イマイチだった。これはこの前勉強したのに忘れていたなぁとか、もっと時間があればこの問題は解けたのになぁというのが多い。後悔しても仕方ないが、反省のためにも後悔は必要だろう。


 なんだか夢から覚めたような気分だった。俺はもしかしたら、満点を取ってそのままの勢いでリンに会いに行けると、本気で思っていたのかもしれない。


 ――まあいっか。切り替えて頑張ろう。今はまだ、リンに会うときじゃないってことだろう。


 一晩寝てすっきりした頭でそんな情けないことを考えていた翌日、予想外の展開が待ち受けていた。リンに、友達ができていたのだ。


 夏休みが明けて初めての、リンと同じクラスでの授業だった。リンが隣の席の女の子と親しげに話しているのが聞こえてきたのだ。


「古文のおじいちゃん先生の低音ボイスやっばい、心地良すぎて眠くなる。ありゃ高級スピーカーだねぇ」


 リンの声に俺の耳が、超高級録音機のように反応したことは言うまでもない。


「わかる、コントラバスみたいだよね。いや、ファゴットかな」


「へー、ファゴットってあんな音するんだ。さすがゴッドなだけあるね」


「ハハ、親父ギャグかよ」


 懐かしいリンの声にこみあげてくるものがあった。同時に俺は絶望した。


 これではもう、リンが俺と話す理由がないじゃないか。キレのないツッコミをする役目をあの眼鏡の地味そうな女の子に取られてしまったではないか、と。


 相手が女子なのはせめてもの救いだ。しかしそれは、無人島に遭難したかと思って途方に暮れていたら、そこには人食い民族が住んでいた、というくらいの救いだ。


 予備校で偶然会った平野にそのことを話すと、「バカみたいな独占欲ですね。早く仲直りしないからそういうことになるんです。独り相撲してるヒマがあったら当たって砕けた方がいいですよ。もちろん骨は拾いませんけど」とくだらないバラエティ番組を見たときのように鼻で笑われた。


 平野は別れ際に、「あ、ミライ君が会いたがってましたよ」と付け足した。そう言えばミライとも、四人で動物園に行ったときから会っていない。自分のかつての子どもっぽい振る舞いを思い出し、俺は胃から苦いものがせり上がってくるのを感じた。


 悶々としていると平野と別れた直後、「よーっす、きくやん。調子どうよ?」と言って、相変わらずタバコ臭い田辺が現れた。


「最悪だよ、助けてくれ田辺」


「おっ、どしたどした? 話聞くぜ、飲みいこ」


 テンポよく、迷いなく。そんなことを言う田辺に、俺の心は軽薄さを感じることはもうなくて、純粋に嬉しいなと思った。


「いや酒はいい。酒ばっかり飲んでっと脳細胞が駆逐されるぞ。でも話は聞いてくれ」


 田辺には申し訳ないが、次に酒を飲むときはリンと一緒にと決めている。それに、この間も平野と出かけてしまった。息抜きは多くとも月に一回までだ。


「気にスンナって、ストレス発散したぶん勉強はかどるんだからプラマイプラスだろ。てかむしろガソリンだから。あれないとオレ動けねーから」


「お前ほんとに二十歳かよ、実は四十五とかなんじゃねえの」


「やめれって。俺が二十歳なのはトップシークレットだから。あ、じゃあさ、ラーメンとかどうよ?」


「おう、ニンニクがきつくないところならいーよ」


 俺は田辺に連れられてあごだしラーメンの店に行き、愛しいあの人の隣をどこからか現れた雌猫に取られたという話をした。


 田辺は笑って、お前がストーカーにならないか心配だと言った。そして、あごだしというのは飛び魚からとった出汁のことで、女の子と一緒に行っていいラーメンはあごだしの店だけだと熱く語った。


 ラーメン屋のあの独特な薄暗さとか、隣の客との距離が近いところとか、店員が無愛想でともすれば高圧的なところとかが俺はとても苦手なのだが、田辺と一緒ならそれも気にならない。


 ただ、久しぶりだったのでつい調子に乗って大盛りなんぞを食べてしまったから、午後は胃が破裂しそうでつらかった。


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