サンドイッチとコーラ
何はともあれ、問題は解決した。ミライもそのうち平野の本性に気付いて別れるだろうから、もう二度とあんな恐ろしい悪魔女に会うことはない。一件落着、ケースクローズだ。
そう思っていた翌日。予備校のラウンジで、俺は平野と出会った。
「げっ。なんでこんなとこにいるんですか、お兄さん」
平野は俺の姿を見るや否や、あからさまに眉毛をへの字にした。「そりゃこっちのセリフだ」と俺も同じように顔をしかめる。
制服姿の平野は隣にコンビニのビニール袋を置いて、カウンター席の端に座っていた。右手にはスマホを、左手にはサンドイッチを持っている。
「私は勉強しにきただけですよぉ」
そう言うと、卵のはみ出しそうなサンドイッチを綺麗に一口かじった。
ほんとかよ? と意味のない返事をしながら俺はとりあえずコーラを買う。
普通に予備校に通っているということは、貧乏学生の設定は完全に嘘だったのだろう。俺は少しほっとしたが、同時に少しむっとした。
「なんか私に対してあたりきつくないですか? あ、照れてるんですかぁ?」
「違う、浪人生にとって現役生なんて全員敵みたいなもんだからな。そうやって制服で予備校に来られるとこっちは敵対心を煽られたような気がするんだ」
俺が一つ席を空けて平野の二つ隣に座り、ちらりと制服に目をやると、彼女は勝ち誇ったように笑った。
「いや、さすがにイライラしすぎじゃありません? あ、てかそれって制服姿の現役女子高生を見て下心を燃やしてるだけじゃないんですか? イライラじゃなくて、ムラムラ。うわっ、きもっ」
「うるさいわ。お前みたいな悪魔女が近くにいたらそりゃイライラするっつの」
「はあ? 悪魔じゃないですぅ。百歩譲って小悪魔ですぅ」
自分で言っていたら世話ない。
平野はサンドイッチを食べ終わったらしくガサゴソとゴミをビニール袋にまとめた。
「それはそうと、なんかさっきからこっち見てる人がいるんですけど、知り合いですか?」
平野が目で示す方向を見ると、ラウンジの入り口あたりにくすんだ黄色のパーカーに黒のスキニーといういで立ちのリンがいる。友達だと伝えると、平野は俺を馬鹿にするために目を見開き、口元に手を当て、心底驚いたという表情をつくった。
「お兄さんに女の子の友達がいるなんて。あ、わかりました、昨日言ってた好きな子ってあの人ですね?」
平野の記憶力の良さを見くびっていた。やはり余計なことは言うべきではない。俺は脳内辞典の「沈黙は金」という言葉に改めてアンダーラインを引いておくことにした。
「そのお兄さんて呼び方そろそろやめろよな、悪魔女」
「やめてほしくないんですね、オッケーです。でも余計な勘違いされたくないなら、お兄さんて呼び方のほうがよくないですか?」
平野はもう一度、目だけを動かしてリンの方を指し示した。
「いや、そっちのほうが勘違いされそうだろ。俺が呼ばせてるみたいだし。とにかくやめろよ」
コーラを飲み干し、「じゃあな」と言って椅子を引いた。
「え、紹介してくれないんですか、お友達に」
平野は「お友達」という部分を意味ありげに言った。少し目を細め、口を尖らせた彼女の仕草はなんだか色っぽく見えて、それがまた鼻についた。
「バカなのか?」と言い捨てて、俺は今度こそ悪魔女に別れを告げる。小走りでリンの元へ行くと、「まさか、ヤマトにあんな可愛い知り合いがいたなんて。お母さんびっくりよ」と開口一番訳の分からないことを言われた。
「いつから君は僕のお母さんになったんだい?」
「で、だれだれ?」
「知り合い」
まさか義理の妹ですと言うわけにもいかない。リンと二人、エレベーターへ向かう。休憩を取りに来たんじゃなかったのだろうか。
「じゃあどうやって知り合ったの?」と聞かれ、少しだけズルい自分が顔を出した。
「気になる?」と質問に質問で返してみる。
けれどリンは俺の意図に気付かなかったらしく、真面目な顔をしたかと思ったら「うーん、明日の晩御飯のメニューよりは。今日の晩御飯のメニューよりは気にならないかな」といつものように言った。
悔しいので、「じゃあ教えない」と俺は先にエレベーターへ乗り込む。
「えー、ケチ。教えてよ。もったいぶらないでさぁ」
リンも後を追いかけてエレベーターへ乗り込んだ。やきもちを焼いたりしてくれてくれないだろうかと思ったが期待するだけ無駄だったらしい。
単純に、女子の知り合いなんてまったくいなかった俺の進歩を喜んでくれているのだろう。だってリンは俺のことを手のかかる弟くらいにしか思っていないのだ。
それに、悪魔女と知り合ったことなんて、俺にとっては進歩というより不幸だ。
一気に飲んだコーラが胃の中でゴロゴロ言っている。飲みたかったから炭酸を選んだはずなのに、相変わらず俺はどうしようもないやつだった。




