第7話:嵐の転校生
――シーン1:境界線上の目覚め――
「……っは!」
気づくとあたしは、自分の部屋のベッドの上にいた。
窓の外はすでに夜の静寂に包まれている。
(……あたし、どうやって帰ってきたの?)
旧校舎の屋上で一ノ瀬久遠に詰め寄られ、謎の声を聞いたあとの記憶が霧に包まれたように曖昧だ。
体を起こすと、ピンク色のネグリジェがさらりと肌を撫う。
この感触に「安心」を覚え始めている自分に、あたしは猛烈な恐怖を感じた。
机の上には如月博士から渡されたピンクの小瓶。
一ノ瀬の言葉がリフレインする。
『あんたの体は二人の少女を再構築されたスペアなんだ』
あたしは震える手で鏡を手に取った。
銀色の髪。碧い瞳。
この美しさは、あたしが恋した「さくら」だけのものじゃなかったのか?
あたしは今、誰の人生を誰の器で演じているんだろう。
――シーン2:一ノ瀬久遠の沈黙――
翌朝。登校したあたしを待っていたのは、いつもの「学園の女神」を崇めるような男子たちの視線と――。
斜め後ろの席に座る一ノ瀬久遠の、冷徹な背中だった。
「おはよ、さくら! 昨日、旧校舎の方で見かけたけど、あんなとこで何してたの?」
隣の席の佐倉ゆきなが、心配そうに覗き込んでくる。
「あ、えっと……ちょっと探しもの。……大丈夫、なんでもない……わよ」
必死に「お淑やかな女子」を演じる言葉が喉に引っかかる。
あたしは意を決して、一ノ瀬の席に歩み寄った。
「一ノ瀬くん。昨日のこと……」
彼は教科書から目を上げ、あたしをじっと見つめた。
その瞳には昨日見せたような激昂はなく、ただ深い、何かを覚悟したような静寂が宿っていた。
「……忘れるんだ。ここではあんたはただの『白雪さくら』でいい」
「え……?」
「それが、あんたをこの学校へ送り込んだ連中の望みだ。……俺も、その歯車の一つに過ぎない」
一ノ瀬はそれだけ言うと、ヘッドホンを耳に当てて会話を拒絶した。
「歯車の一つ」。
その言葉の真意を問いただす前に、教室のドアが勢いよく開いた。
――シーン3:招かれざる「特別講師」――
「諸君、今日は急遽、科学の特別講義を行うことになった」
教室に入ってきた人物を見て、あたしは息が止まりそうになった。
白衣を翻し、不敵な笑みを浮かべて教壇に立ったのは、如月慎一郎博士。
「如月……じいさん……?」
あたしが思わず呟くと、博士はあたしの方を向き、口角を上げた。
「私の名は如月。今日からこの学校の理事も兼ねることになった。よろしく生徒諸君」
クラス中が「若くて渋い博士だ!」と盛り上がる中、あたしだけがその「監視の目」に射すくめられていた。
博士の視線は、あたしの隣を通り過ぎ、一ノ瀬久遠の元で止まる。
二人の間に流れる、火花が散るような沈黙。
それは、この学校がもはや「安全な日常」の場ではないことを告げていた。
「さくら、顔色が悪いわよ。保健室、行く?」
ゆきながあたしの手を握る。
その手の温かさだけが、あたしが「生きている人間」であることを繋ぎ止めていた。
(あたしはあたしのままでいたい……)
けれど、博士が黒板に書き始めた数式は、生命を記号化する冷酷な論理だった。
あたしの身体の深淵から、またあの「銀色の声」が囁き始める。
『……さがして』
何を。誰を。
あたしは震える手でブレザーの裾を握りしめ、嵐の前の静けさに耐えることしかできなかった。
(次回予告)
学園に乗り込んできた如月博士。
彼は「学力テスト」と称して、さくらと一ノ瀬に特殊な検査を強いる。
一方、五十嵐先輩率いるバレー部が、さくらの驚異的な身体能力に目をつけ……。
次回、第8話「お弁当は甘い罠」
日常と非日常が、苺味のサプリメントと共に混ざり合っていく。




